本の御魂が舞い降りる

景綱

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第三話 溜め息を漏らす本たち

【四】樹実渡の力

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「あれ、おかしいな」

 宝文堂の自動ドアが開かない。今日は休みじゃないはずなのに。店内は暗い。
 どうしたのだろう。店内の様子を窺うが、人の気配も感じられない。

「保立さん、いないんですか」

 自動ドア前から呼びかけてみるが返事がない。

「どうしたのかな。今日、行くって連絡してあるのに」

 小海も暗い店内をじっとみつめて小首を傾げていた。

「電話してみるよ」

 遼哉はスマホを取り出して電話をかける。
 呼び出し音が鳴るものの誰も電話には出ない。急に休まなくてはならない用事でも出来たのだろうか。宝文堂は保立店主がひとりで経営している小さな書店だ。もしもそうだとしても連絡はくれるはずだ。それに臨時休業するのならいつも貼り紙が貼られていた。自動ドアにはそれがない。何かあったのだろうか。妙な胸騒ぎを感じる。

「ねぇ、ちょっとあそこ誰か倒れていない?」

 小海の指差すほうに目を凝らす。
 どこだ。

 あっ、誰か倒れている。人の足が書棚の間から覗いている。落ち着け、ここには保立店主しかいない。それなら、あの足は保立のもの。

「小海、救急車を呼んで。俺はどこか入れそうなところを探してみる」

 遼哉は書店の裏へと走った。裏口だ。そこから入れるかもしれない。
 ここか。
 息を整えて、扉のノブを回したがガチャガチャなるだけだった。

 くそっ、ダメか。閉まっている。どうしたらいい。扉を壊すしかないか。いや、それは最終手段だ。
 念のため書店の周りを見回ってみた。入れそうなところはどこにもない。結局、正面の自動ドアのところに遼哉は戻って来た。

「救急車、呼んだからね。保立さん大丈夫かな。動いていないように見えるけど」
「仕方がない。自動ドアのガラスを割るか」

 遼哉がそう口にしたとき、足元から「おい、待て。おいらに任せろ」との声が飛んできた。そこにいたのはグレンにまたがる樹実渡だった。

 どうしてここに。そう思ったのだが、この書店は遼哉の家から近い場所にあることを思い出した。
 任せろってどうするつもりなのだろうか。そんなことよりも、こんな姿を見られたら目立っただろうに大丈夫だったのか。

 猫に人形が乗って歩いているって思われただろうか。噂にでもなっていたら大変だ。樹実渡自身はあまり気にしていないみたいだけど。

 今はそんなことを言っている場合じゃない。早いところ保立のところに行かなくては。
 樹実渡はグレンから飛び降りて、書店の入り口横にあった鉢植えに手を添えていた。

 な、なんだ。
 平たい植木鉢に咲く花がユラユラと揺らめきはじめた。花が動くなんて。
 樹実渡が動かしているのか。

「樹実渡、どうするつもりなんだよ。保立さんを助けないと」
「大丈夫、ヒメウツギが今頑張ってくれるから」

 ヒメウツギってこの花の名前か。頑張るってどういうことだ。そう思っていたら、不思議なことに植木鉢から枝がどんどん伸びていく。まるで意志を持ってでもいるように自動ドアの下の隙間へと伸びていく。

 カチリと音がした。もしかして、自動ドアの鍵を開けたのか。
 遼哉は自動ドアのわずかな隙間に手をかけて開けようと試みる。少し重さを感じるがゆっくりと開いていった。

 よし、これで通れる。
 遼哉は店内に飛び込み、保立のもとへ駆け出す。小海もあとからついてくる。樹実渡もグレンとともに追い駆けてきた。

「保立さん、保立さん」

 呼びかけると呻き声をあげて少しだけ手をあげた。生きている。大丈夫だ。

「聞こえますか、保立さん。高宮です」
「あ、ああ」

 保立は薄っすらと目を開けて言葉にならない言葉を発した。いったい何があったのだろう。脳梗塞だろうか、心筋梗塞だろうか。それとも違う病気か。
 近づいて来る救急車のサイレンが耳に届く。

「小海、救急車をこっちへ誘導してやってくれ」
「わかった」

 小海と言葉を交わしていたら、樹実渡が保立の肩のあたりに手を添えて目を閉じていた。

「何をしているんだ、樹実渡」
「少しだけ生命の息吹を分け与えている」

 生命の息吹? 分け与えるって。

「あ、ああ、た、高宮さん」

 保立の言葉が少しだけはっきりしてきたような。

「おいらに出来ることはこれくらいかな。ふぅ、命の息吹の力は流石に疲れる。なんだか腹が減ってきた」
「おい、何がどうなってるんだ」
「そ、それは、またあとでな」

 樹実渡の視線を追うと、救急隊が店内に入って来るところだった。

「樹実渡」

 あれ、いない。


***


 保立は救急車に運ばれて、市立病院へと向かうことになった。小海は保立に付き添い一緒に救急車に乗り込んでいった。
 走り行く救急車を見送り、大きく息を吐く。

「大丈夫だろうか」
「きっと大丈夫さ」

 いつの間にか樹実渡が戻って来ていた。

「樹実渡。そういえば、さっきの生命の息吹って」

 気づくと樹実渡とグレンはいなくなっていた。なんだあいつ。見回してみると、走り去るグレンのお尻とその上に跨る樹実渡の背中が小さく見えた。

 声もかけずに行くなんて、仕方がない奴だ。さっきの不思議な力の話を訊きたかったのに。
 まあいいか。

 遼哉は戸締りし、書店をあとにした。残りの書店を回ろう。
 保立の容態は気になるが、仕事をしなきゃいけない。小海が保立の病状を連絡してくれるだろう。

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