74 / 161
第三話 溜め息を漏らす本たち
【八】宝文堂を閉店にするな(一)
しおりを挟む
えっと、このあたりのはずだけど。
遼哉は保立幹夫の病室を探しつつ歩みを進めた。
「ここだ」
小海と目を合わせて頷き中へ入る。
六人部屋の一番奥右側に幹夫はいた。そこには息子の達哉もいた。これは丁度いい。宝文堂の今後のことが訊けるかもしれない。
「おや、遼哉くんに小海ちゃんじゃないかい。わざわざ来てくれなくてもよかったのに。ほら、達哉、この二人が救急車を呼んでくれたんだよ。お礼を言いなさい」
「今回は本当にありがとうございました」
達哉は深々とお辞儀をしたが、どこか素っ気なく感じた。
「そんな、お礼だなんて。当たり前のことをしただけですから。本当に元気そうでよかったです」
「遼哉くん、ありがとうね。小海ちゃんも」
「私はたいしたことしていないですから」
手を振り、小海は苦笑いを浮かべていた。
だいぶ顔色もいいし、順調に回復しているようだ。おそらく樹実渡の力のおかげでもあるのだろう。遼哉は胸を撫で下ろして小さく息を吐く。
問題は、宝文堂のことだ。
すぐに訊きたいのになかなか言い出せない。世間話ばかりが続いてしまう。それは小海も同じなのだろう。チラチラとこっちに目を向けている。
早いところ切り出さなくてはいけない。
「そうだ、遼哉くん。源蔵さんの本が発売したっていうのに店を開けられなくてごめんよ」
「いえ、それは気にしないでください」
今だ。訊き出すチャンスだ。そう思い、言葉を続けた。
「それよりも、あの、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「何かな」
心臓の鼓動が速まっていく。
『落ち着け、大丈夫だ』
遼哉は生唾を呑み込み、意を決すると言葉を喉奥から吐き出した。
「宝文堂は今後どうするつもりでしょうか。閉店してしまうのか心配で」
一瞬、達哉の眉間に皺が寄った気がした。あまり触れられたくない話題なのだろう。
幹夫のほうはまるで違った反応だった。笑みを浮かべて答えてくれた。
「ありがとうね。心配してくれて。宝文堂か。あそこは私にとっての人生が詰まった店だからね。正直、閉店はしたくはない。だけど、この身体じゃ無理は出来なさそうだし。どうしたものか」
そこまで話してチラッと息子の達哉に目を向けた。書店を引き継ぐ気はやっぱりなさそうだ。そんな顔をしている。
「やっぱり店は閉めることになるんだろうな」
「そうですか。残念です」
幹夫の溜め息が床へと落ちていく。錯覚だろうけど、そう見えた。
『達哉さんが引き継いではくれないのですか』
その言葉をグッと喉の奥へ呑み込んだ。言いたいけど言えない。横にいた小海が何かを言いかけようとするのを肩に手を置き、頭を左右に振った。
無理強いはできない。
「お願いだ、宝文堂をやめないでくれ。本たちの願いを聞き入れてくれ。なあ、頼むから息子だろう。引き継いでくれよ。協力するから」
突然、樹実渡が幹夫の寝ているベッド上に現れて、幹夫と達哉を交互に見遣り訴えはじめた。樹実渡の瞳が潤んでいる。
保立親子は口をポカンと開けて樹実渡に釘付けだ。
いきなり人形が現れて話し出すのだから当然だ。
遼哉は保立幹夫の病室を探しつつ歩みを進めた。
「ここだ」
小海と目を合わせて頷き中へ入る。
六人部屋の一番奥右側に幹夫はいた。そこには息子の達哉もいた。これは丁度いい。宝文堂の今後のことが訊けるかもしれない。
「おや、遼哉くんに小海ちゃんじゃないかい。わざわざ来てくれなくてもよかったのに。ほら、達哉、この二人が救急車を呼んでくれたんだよ。お礼を言いなさい」
「今回は本当にありがとうございました」
達哉は深々とお辞儀をしたが、どこか素っ気なく感じた。
「そんな、お礼だなんて。当たり前のことをしただけですから。本当に元気そうでよかったです」
「遼哉くん、ありがとうね。小海ちゃんも」
「私はたいしたことしていないですから」
手を振り、小海は苦笑いを浮かべていた。
だいぶ顔色もいいし、順調に回復しているようだ。おそらく樹実渡の力のおかげでもあるのだろう。遼哉は胸を撫で下ろして小さく息を吐く。
問題は、宝文堂のことだ。
すぐに訊きたいのになかなか言い出せない。世間話ばかりが続いてしまう。それは小海も同じなのだろう。チラチラとこっちに目を向けている。
早いところ切り出さなくてはいけない。
「そうだ、遼哉くん。源蔵さんの本が発売したっていうのに店を開けられなくてごめんよ」
「いえ、それは気にしないでください」
今だ。訊き出すチャンスだ。そう思い、言葉を続けた。
「それよりも、あの、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「何かな」
心臓の鼓動が速まっていく。
『落ち着け、大丈夫だ』
遼哉は生唾を呑み込み、意を決すると言葉を喉奥から吐き出した。
「宝文堂は今後どうするつもりでしょうか。閉店してしまうのか心配で」
一瞬、達哉の眉間に皺が寄った気がした。あまり触れられたくない話題なのだろう。
幹夫のほうはまるで違った反応だった。笑みを浮かべて答えてくれた。
「ありがとうね。心配してくれて。宝文堂か。あそこは私にとっての人生が詰まった店だからね。正直、閉店はしたくはない。だけど、この身体じゃ無理は出来なさそうだし。どうしたものか」
そこまで話してチラッと息子の達哉に目を向けた。書店を引き継ぐ気はやっぱりなさそうだ。そんな顔をしている。
「やっぱり店は閉めることになるんだろうな」
「そうですか。残念です」
幹夫の溜め息が床へと落ちていく。錯覚だろうけど、そう見えた。
『達哉さんが引き継いではくれないのですか』
その言葉をグッと喉の奥へ呑み込んだ。言いたいけど言えない。横にいた小海が何かを言いかけようとするのを肩に手を置き、頭を左右に振った。
無理強いはできない。
「お願いだ、宝文堂をやめないでくれ。本たちの願いを聞き入れてくれ。なあ、頼むから息子だろう。引き継いでくれよ。協力するから」
突然、樹実渡が幹夫の寝ているベッド上に現れて、幹夫と達哉を交互に見遣り訴えはじめた。樹実渡の瞳が潤んでいる。
保立親子は口をポカンと開けて樹実渡に釘付けだ。
いきなり人形が現れて話し出すのだから当然だ。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる