本の御魂が舞い降りる

景綱

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第三話 溜め息を漏らす本たち

【十三】ガンバレ、樹実渡にグレン

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「グレン、駅前商店街に行こう」
「ニャ」
「商店街に入ったら、おいらは人形になりきるからな。あとは頼むな。そうそう、あまり人に近づき過ぎないでくれよ。そうじゃないと、おいらもじっとしていられなくなっちまうからな」
「ニャ」

 よし、これで大丈夫だろう。グレンと意志疎通は出来ている。人に聞こえない程度の小声だったらグレンと話せるだろう。問題はないはず。

「えっ、嘘。あれ、なに」

 おっ、早速見つけられたようだ。

「グレン、いい距離を保ってくれよ」
「ニャニャ」

 そうか、わかっているか。

「猫に乗っているのって小人。まさか違うわよね。人形よね、きっと。動かないもん。写真撮ろうよ、すごく可愛い。インスタにアップしようよ」

 そうそう、それでいい。思わず笑みを浮かべそうになりスッと真顔に戻す。

「グレン、ちょっとストップ」

 カシャ。

「良い感じ」

 よしよし、写真撮ったな。

「可愛いね。賢そうだし。猫ちゃん、おいで」

 グレンは呼ばれるままに近づいていく。

「ちょっと待て。ダメだって。行くぞ」

 樹実渡はグレンにだけに聞こえるように話す。グレンは理解してくれたのだろう。
 足を止めてグレンは声をかけてきた人をチラッと見遣り、回れ右をして歩き出した。

「行っちゃうの」との背後からの声に後ろ髪を引かれたが、ここは宣伝が優先だと耳を閉ざした。

 これが正解だ。
 危ない、危ない。
 あのまま近づいていたらと思うとゾッとする。

 話しかけられて返事をしてしまう自分が想像できた。そんなの最悪だ。樹実渡は頭を振って嫌な想像を振り払った。

 怖がられてすべて終わりだ。宣伝どころではない。変な噂でもちきりになってしまう。
 やめ、やめ。今はそんなことより、宝文堂の宣伝だ。
 最悪な事態になっていないんだから、問題ない。

 そろそろ商店街だ。うまくいくだろうか。

「うわっ、可愛い」

 おっ、きたきた。スマホをこっちに向けている。
 樹実渡は手をあげかけてすぐに戻した。

 馬鹿か。何をしている。動いたらダメだ。
 んっ、この匂い。焼きたてのパンだ。蒸かした饅頭の匂いもする。なんていい匂いなんだろう。

「グレン、向こうに。いやいや、違う。そのまま通り抜けてくれ」

 今は辛抱のときだ。宝文堂のためだ。わかるだろう。
 むむむ、今度はカレーの匂いがしてきた。ああ、腹の虫が騒ぎ出してしまう。
 まずい、よだれが。
 どうする、このまま店に乗り込んじゃおうか。

「グレン、あの店へ」

 宝文堂の本たちの悲痛な声が蘇り、言いかけた言葉を呑み込みグッと堪える。

「やっぱり、行くな。混雑していない向こう側へ行こう」

 これでいい。宝文堂の本たちと保立の笑顔を取り戻すんだ。宣伝を成功させるんだ。
 カシャカシャとの小気味いい音があちこちからしてくる。
 同時に「可愛い」とか「もうちょっと近くに来てくれないかな」とか「あの旗って何。なんか書いてあるみたい」との声が耳に届く。

 みんなが構えているスマホに向けて、笑みを浮かべそうになるのを必死に堪える。
 少しばかり遠いだろうか。宝文堂の宣伝だと気づかせなきゃダメか。

「グレン、手が届かないくらいのところまで近づいて止まってくれ」
「ニャ」

 みんなこっちを見ている。よし、よし。
 たくさん撮ってくれ。宝文堂の文字をしっかり写してくれ。SNSに投稿してくれ。
 まずい。近づいて来た。ここはもういい。別の場所へ行こう。

「グレン、そろそろ駅のほうに向かおう」
「ニャニャ、ニャー」

 なんだ、グレンも何か食べたいのか。どうやら、グレンはいい匂いに我慢の限界が来ていたようだ。どうしたらいい。

 ダメだ。考えている場合じゃない。捕まっちまう。
 早く商店街から離れなきゃ。
 樹実渡はグレンの耳元でこそりと話す。

「お願いだ。我慢してくれよ。おいらだって食いたいの必死で我慢しているんだぞ。きっと、あとで美味いもの食えるからさ」
「フニャ」

 グレンは掴まりそうになる寸前で駅のほうへ駆け出した。ただ、残念そうな顔でチラッと肉屋に目を向けていた。

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