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第三話 溜め息を漏らす本たち
【十七】フラワーガーデンの流瀧
しおりを挟むここがふれあい広場か。
フラワーガーデン入り口も見える。
流瀧はひとり頷き、気合いを入れた。
「ニャ」
「茶トラ、着きましたね。お疲れだと思いますが、もう少し頑張ってください。ほら、お客さんもある程度いそうですし、期待できそうです。行きましょう」
茶トラ猫の肩をぽんぽんと軽く叩き促した。
大人三百円、子供百円の料金表を眺めて、素知らぬ顔をして入り口を通り抜けて行く。
自分も猫も当てはまらない。無料で問題なし。
チケット売り場の人と目が合った気がしたが、見逃してくれたようだ。
「おおっ」
しまった。慌てて口を閉ざし、あたりに目を向ける。
大丈夫。誰もまだ気づいていない。
『声を出してしまうなんて。僕としたことが、火乃花のこと言えないではないですか』
それにしても、なんと素晴らしい景色だろう。
一面に咲き誇る芝桜に見惚れてしまう。
ピンクに白に紫っぽいものもある。これは芝桜の絨毯だ。
遼哉と小海にあとで教えてあげよう。いいデートコースになりそうだ。その前に、今は宣伝だ。
芝桜の写真を撮っている仲良さそうな親子に、わちゃわちゃ騒いでいる女子グループもいる。
流瀧は茶トラ猫に芝桜周辺をゆっくり歩くように指示して、じっと動かずに人形を演じた。
「あっ、あれなに。可愛い」
早速、気づいたようだ。女子三人グループのひとりだ。シャッター音がする。誰だかわからないが、連写している人もいる。そこまで連写しなくても逃げないのにと思いつつ、流瀧はあたりの様子を窺った。
声を聞いた周りのお客たちが集まって来ている。ある程度写真を撮られたら別の場所に移動しよう。
「猫ちゃん、こっちこっち」
「あの旗、何かな」
「あの人形も可愛いね」
「ツイッターにアップしちゃった」
「私も。あっ、見てよ。『いいね』がいっぱい。リツイートもすごい」
そんな声が聞え飛んでくる。
「もっと近づいてみようか」
まずい、近づかれると困る。流瀧は茶トラ猫に囁き、少し先に見える池のほうに向かわせた。
順調だ。
違う花が見え始めてきた。なんの花だろう。まだ、蕾で花は咲いていない。これからって感じだ。
「向こうのベンチあたりに行きましょう。あっちは花が咲いているようですから」
小走りに向かう茶トラ猫の背がかなり揺れる。落ちないように気をつけないといけない。
パンジーとビオラのようだ。
ここは芝桜よりは見栄えはしないが、なんとなく落ち着く。
火乃花はもしかしたら、この場所は好きかもしれない。樹実渡はどうだろう。
おや、いい匂いがしてきた。
樹実渡が好きそうな美味しそうな匂いだ。この先でバーベキューをしているのか。これなら、みんなと来ても満足しそうだ。みんなうまくやっているだろうか。
「あー、猫ちゃんだぁ。お人形さんもいる」
小さな子供の甲高い声が耳に響いてきた。
「あら、可愛い。みーくん、写真を撮ろうか」
「うん」
子供がいるベンチ脇にいい距離をとって乗るように茶トラ猫に指示をした。この距離なら子供も触れないだろう。もちろん、ブックカバーの旗も見えるように掲げておくことを忘れない。
シャッター音が鳴った瞬間に茶トラ猫に「行くぞ」と囁き次の場所へと向かう。
「猫ちゃん、お人形さん、バイバイ」
思わず手を振りそうになったが、なんとか動かずに済ませた。代わりに茶トラ猫が「ニャ」と短めの返事をしてくれた。
おお、これは堪らなくいい匂いだ。ステーキだろうか。
茶トラ猫も同じ思いなのだろう。軽快な足取りであっという間に、バーベキューコーナーに辿り着く。
気づいてくれるだろうか。みんな美味しそうに肉や新鮮な野菜を頬張っている。そう思っていたらタイミングよく茶トラ猫が「ニャ―」と鳴き、頬張っていたお客たちの目が一斉にこっちに向いた。
やるな、茶トラ猫。
焼肉のお裾分けも貰って満足している。羨ましい。いやいや、ここは辛抱だ。
その間、写真をたくさん撮られたことは言うまでもない。
「よく出来た人形だな」
背後からの声にビクッとなったが、すぐに人形と化す。
茶トラ猫は肉に夢中だ。困ったものだ。早いところここから離れてほしいのに。どうしたものか。今は茶トラ猫に指示できない。後ろにいる人に声が聞こえてしまう。
「そこに書いてある宝文堂って隣町の本屋だよな」
知っている人もいるのか。
「本当だ。これって宣伝か。何か本屋でイベントやってんじゃないのか」
「そうかもな」
「ねぇねぇ、この人形ほしい」
欲しいだと。
愛くるしい笑顔の女子がすぐそこにいた。
『茶トラ、早く離れてください』
足に力を入れて、心で念じて気づかせようと試みた。
手が伸びてきた瞬間、間一髪のところで茶トラ猫が後退りした。
助かった。
「茶トラ、行きましょう」
***
バーベキューコーナーから少し離れたところの池の傍で少しだけ風に当たった。
気持ちいい風だ。
あそこに咲いているのは、金魚草とジギタリスか。まだこれからって感じだ。
バラもこれからみたいだ。
向こう側にあるのは青一色のネモフィラという花だったか。芝桜同様に広大な敷地に青の景色が広がっている。いや、水色か。花の海とでも言うべきか、大地に広がる空と言うべきか。可愛らしい花だ。
チューリップも綺麗だ。
花は心を癒してくれる。なかなかいい場所だ。次に来るときは、皆とゆっくりしたいものだ。
茶トラ猫はあまり花に興味はなさそうだが、花に寄ってくる蜜蜂に目を奪われていた。
「追い駆けないでくださいよ」
きちんと理解してくれなかったのか、低い体勢になって狙いを始めた。
「ダメです。お願いですから、落ち着いてください」
流瀧は茶トラ猫の頭を軽く小突き、どうにかやめさせた。
本当にここはいいところだ。ずっとのんびりしたい気分ではあるが、そういうわけにもいかない。
空を見上げて、深呼吸をひとつ。
もう十分だろう。ちょっと宝文堂まで距離があるからそろそろ帰ったほうがいい。
「帰りますよ」
「ニャ」
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