本の御魂が舞い降りる

景綱

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第四話 消えた挿絵

【三十四】古い写真でみつけた存在

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 翌日の朝。
 鼻を押された感触があり、目を覚ます。目の前にグレンがいて肉球を押しつけていた。
 遼哉は口元を緩めて、枕元で覗き込んでくるグレンの頭を撫でた。

「おはよう、グレン。けどもう少し寝かせてくれ」
「ニャニャ」
「んっ、もしかして朝ご飯か。お隣さんがいるだろう。徹夜したから眠いんだよ」

 猫に話している自分ってどうなんだろうと思ったが、樹実渡以外は誰も聞いているわけじゃない。気にすることはない。

 遼哉は大口を開けて欠伸をした。つられたのかグレンも大欠伸をしている。
 徹夜はやっぱり辛い。

 父親から急ぎの仕事を頼まれたから仕方がない。最終稿をチェックだったから、疲労感が強い。そんなことはグレンには関係ないか。

 そう思っていたら肉球攻撃はなくなりグレンはベッドから降りた。理解してくれたのかもしれない。と思ったのは間違いだった。足のほうに回り込み再びベッドに飛び乗ると、腹の上に香箱座りをして目を閉じた。

 重い。腹の上で寝るのは勘弁してほしい。
 そんな重みを感じながら自然と瞼が下りていく。重さよりも眠さのほうが強かったらしい。このまま寝てしまったら、グレンの重さのせいで悪夢を見るかもしれない。
 それでもいいか。寝よう。

「遼哉、みつけたぞ」

 心地よい眠りに入り込めそうだったのになんだ。樹実渡か。
 嘆息を漏らして目を開ける。

「なんだよ、いったい」
「ほら、これだ。見てくれよ。ここに写っている奴を見てくれよ」

『頼むから眠らしてくれ』との声を胸の奥へと押しやって上体を起す。

「いてぇ」

 グレンが腹の上に乗っていたことを忘れていた。いきなり起き上がったせいでグレンは爪を立ててしがみつこうとしていた。
 悪いのは自分だ。グレンを怒るわけにいかない。グレンのもの言いたげな瞳を見たら怒るどころか「ごめん」と謝っていた。

 Tシャツをまくって腹を見たら少しだけ血がにじんでいた。これは軟膏なんこうでも塗っておかないとダメだ。
 グレンを見遣ると、何もしていませんよとばかりに部屋の隅っこで毛繕いをしている。

「おい、遼哉。これだってば。見てくれよ」

 いったい、何を見ろっていうんだ。仕方がなく樹実渡の差し出しているものに目を向ける。
 写真だった。しかも色褪せていてずいぶん古い写真だ。

「これってもしかして、源じぃの若い頃の写真か」
「そうだ。けど、見るのはそこじゃない」
「樹実渡と流瀧もいるな」
「違う、そこじゃない。左上を見ろ」

 左上だって。
 遼哉は首を傾げつつ、視線を左上に向けて目を見張った。
 こいつは、このあいだの黒タイツ。名前なんだっけ。

「気づいたか。悪魔小僧ぷくぷくだろう」
「そうだ、ぷくぷくだ」

 源じぃも会っていたのか。

「おいら思い出したんだ。こいつも源蔵たちが書いた小説に関わっていたって」
「えっ、『本の御魂』にか」

 樹実渡は頷く。

「なんでそうなったかは思い出せないけど」
「そうか」
「けど、こいつ一週間くらいでどっかへ行っちまったんだよな」

 そんなことがあったのか。源じぃのエッセイにはそんな話は確かなかった。

「不思議な縁だな」
「そうそう、あいつは不思議なんだ」

 樹実渡がそれを言うか。本の御魂三人衆も十分不思議だ。まあいいけど。

「ところで、この写真はどこにあったんだ。他にも昔の写真あるんだろう」
「あるぞ。源蔵の奴、昔のアルバム奥の方に隠してあった。いや、隠していたわけじゃないのかもしれないけど。ただ、ぷくぷくが写っていたのはその一枚だけだ」

 本当にそうなのか。探せばまだあるかもしれないじゃないか。

「樹実渡、そのアルバムちょっと持ってきてくれよ」
「ああ、いいよ。けど本当に写っていないと思うぞ」
「いいから」

 樹実渡は「グレン」と叫ぶと跨り源じぃの部屋へと向かった。
 その後姿を見つつ、瞼が閉じていった。

「ほら、これだ」

 遼哉はハッとして目を覚ますと渡されたアルバムに目を向ける。
 源じぃもだけどハルや伴治も若い。ぷくぷくが写ったものは今のところない。しばらくアルバムを見ていると文港堂書店の前で撮った写真があった。

「おい、樹実渡。この人ってもしや佐久間店主か」
「そうだな」

 ということは、女性と女の子は誰だろう。女の子はなんとなく面影がある。凛子に似ている。

「なあ、この子は凛子さんか」
「そうだな」
「じゃ、隣の女性はお母さんか」
「そうだな」

 綺麗な人だな。女優とかモデルとかでも通用する感じだ。
 あっ、こっちは浅間神社だ。

「樹実渡、この写真すごいじゃないか」
「そうだな」

 遼哉は興奮していた。浅間神社の写真には凛子とその母の輝子、そして木花咲耶姫命このはなさくやひめのみことも薄らと写っていた。みんな笑顔だ。そう思った矢先、狛犬に目が釘付けになった。
 これって。

「樹実渡、みつけたぞ」
「そうだな」
「おい、さっきからなんだその返事は」
「だって、おいら腹が減ってきちまってもうダメだ」

 まったく樹実渡の奴は、話を聞いていなかったのか。

「朝飯作ってやるから、その前にここを見てみろ。狛犬がくわえている奴はあいつだろう」
「えっ、あいつって。あ、あああ、ぷくぷくじゃないか。気づかなかった」

 想像するに、ぷくぷくは狛犬にらしめられているのだろう。けど、これってどういうことだろう。凛子もぷくぷくと会っていたということなのか。それにしても、悪魔がよく神域に入り込めたものだ。

 ふと昨日の帰り道で会ったぷくぷくを思い出す。
 もしかしたら、ぷくぷくも凛子のことが気になって自分たちのあとをついてきていたのかもしれない。今となっては訊くことも出来ないが、またいつかぷくぷくに会うことが出来たらそのときに確認しよう。

「遼哉、朝飯だ」
「わかったよ」
「ニャニャ」
「グレンも食べるって。用意してくれ遼哉」
「はいはい、わかりましたよ」

 樹実渡もグレンもしかたがない奴らだ。眠たいっていうのに。

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