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第五話 思い出を抱いて
【五】炎の化け物?
しおりを挟むキッチンから流れくる黒煙が天井を埋め尽くして下へと手を伸ばしてくる。
煙い。どうなってしまったのだろう。
早く火を消さなきゃ。無理か。
樹実渡は咳き込み、袖で口と鼻を塞ぐ。
これは、おかしい。さっきまで何もなかったのに。
まさか、さっきの黒い影の仕業か。
そうだ、一一九番だ。樹実渡は居間に置きっぱなしにされたスマホで通報した。
火乃花は、しきりにハルを呼んでいる。返事がないってことは、まさか……。
炎の勢いは強まるばかり。このままでは自分たちも危ない。逃げなきゃ。そういえばグレンはどこだろう。外にいればいいけど。
「火乃花、外へ逃げよう」
「嫌よ、ハルが一緒じゃなきゃ嫌だ」
「ダメだ、きっとハルも逃げているさ」
火乃花は首を左右に振る。
「ハルはこの中よ。私にはわかる」
樹実渡は燃え盛る炎をみつめた。
感じる。確かに、ハルの気を感じる。キッチンにいる。まだ、生きている。
キッチンのどこかにいる。火が回っていない場所があるのかもしれない。ならば助けなきゃ。でも、どうやって。
火乃花は炎に向けて炎をぶつけている。それではダメだ。火では消せない。意味がないことは火乃花もわかっている。それしか出来ないこともわかっていた。それならば、自分が。ダメでもやるしかない。
樹実渡は庭の植物たちに力を借りた。植物たちの水分で火を消せないかと思ったのだが、炎の勢いは増すばかり。発光する炎の悪魔だ。
こういうときに流瀧がいてくれたら。火には水だ。
『流瀧、来てくれ』
心の中で樹実渡は叫ぶ。通じるはずだ。絶対に流瀧は来てくれる。それまでの間、持ちこたえてくれ。
炎の中を蔦のように木の枝が伸びていく。葉が炎に体当たりしていく。
「行け。頑張ってくれ」
声援も虚しく、炎が木の枝も葉もすぐに灰に変えてしまった。
ダメだ、このままじゃ。いつの間にか戻ってきていたグレンも何かしなきゃと思っているようだが、炎の熱さに腰が引けてしまっている。気づけば、炎はキッチンから這い出して居間のほうへも侵入していた。まずい、逃げられなくなってしまう。
「グレン、頼む。流瀧を連れてきてくれ」
その言葉とともにグレンは頷き、外へ行こうと窓の方に走りかけた。
「ギャッ」
「グレン、大丈夫か」
炎は嘲笑うかのように回り込んで、火の壁を作りグレンの行く手を遮っていた。一瞬、炎が手の形をしたように映った。
そんなことってあるのか。目の錯覚か。
グレンは炎をみつめてその場で足踏みをしていたが、意を決したのか少し後ろへ戻り助走をつけて火を飛び越えていく。
あっ、グレン。
グレンを包み込もうと炎が手を伸ばす。
またしてもグレンの悲鳴があたりに響く。
炎の向こう側に消えたグレンは大丈夫だろうか。
まずい。グレンを心配している場合ではない。炎は揺らめき次から次へと壁を作っていく。出口が徐々に塞がれていく。逃げるなら今だ。あとちょっとで出口が完全に塞がれてしまう。
ダメだ、ハルを助けなきゃ。
あいつら生きているのか。本当に炎の化け物なのか。どう見ても、これはただの炎じゃない。
くそっ、くそっ、くそっ。
熱い、煙い。誰か、誰かいないのか。
どうにか持ち堪えなきゃ。
グレン、早く流瀧を連れて来てくれ。消防車は来ないのか。
どうしたらいい。何ができる。
この炎の中、できることは……。樹実渡は頭を振った。
ダメだ、やっぱり逃げるしかなさそうだ。
樹実渡は火乃花に目を向けて叫ぶ。
「火乃花、逃げろ」
「嫌だ、ハルを助けるの」
「ダメだ、このままじゃみんな助からない。火乃花は行け。おいらがハルを助ける」
火乃花は涙目になって頭を振った。
「ダメ。樹実渡だけじゃ無理よ。私も一緒に」
炎は火乃花の言葉も掻き消して、高波のように盛り上がって飛びかかってきた。
「うわぁーーーーー」
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