本の御魂が舞い降りる

景綱

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第五話 思い出を抱いて

【三十六】幸せの雅楽が鳴る

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 いよいよ、その日がやってきた。
 雲一つない青い空。そよ風が頬を撫でていく。
 目の前には白無垢姿の小海が頬を染めている。目が離せない。とても似合っている。ああ、もう。心がどんちゃん騒ぎをしている。

『おい、落ち着け。落ち着けって。深呼吸だ。深呼吸』

 あたりに目を向けて、大きく息を吸い吐き出した。そうだ、ここは神社だ。

 神社の厳かな雰囲気に気も引き締まる。

「小海、綺麗だよ」
「ありがとう」

 神前結婚式ってのもいいものだ。

「本当に綺麗だな」
「もう何度も言わなくてもいいのに。けど、ありがとう。遼哉の紋付き袴も様になっているよ」

 神様の前で結婚を誓い合うっていうのもいいものだ。ただ間違いを犯したら大変なことになりそうだけど。そうならないようにしよう。

 あっ、風だ。心地いい風だ。

 小海に微笑みかけて、空を見上げた。あれ、雲が。なんだか龍の顔みたいだ。まさか龍神様が来てくれたのか。

 縁起がいい。
 きっと神様も祝ってくれているだろう。そう願いたい。

「準備が整いましたので、本殿のほうへどうぞ」

 声をかけられて、本殿へと向かう。
 雅楽ががくの心地よい音色が耳をくすぐる。何とも言えない不思議な音色だ。別世界に入り込んでしまったようだ。

 神職の祓詞はらいことば祝詞奏上のりとそうじょうも心が洗われる。
 三々九度、指輪交換、誓詞奏上せいしそうじょう、玉串拝礼と進むうちに小海と夫婦になるのだと実感が湧いてくる。すでに一緒に住んでいるとは言え、やっぱり結婚式とは感慨深いものがある。改めてスタート地点に立てた気がする。

 この厳かな雰囲気はなかなか味わえるものではない。
 神前結婚式にして正解だった。天国に逝ってしまったみんなもどこかで見ていてくれるだろうか。


***


 滞りなく結婚式も終わり、一息ついた。披露宴は歩いて行ける近くのホテル。移動中、「お幸せに」との声をかけてくれる人もいて温かな気持ちになった。

 披露宴は、そんなに仰々しくやるつもりはない。報告会みたいなものだ。それでも一応和装から洋装に着替えることにした。小海は真っ白なドレス、自分はタキシードに。

 ホテルに着き、宴会場に足を踏み入れると伴治と朋美はもちろん、宝文堂の保立、文港堂の佐久間、翔子、葵もいた。流瀧、金之丞、土筆もいる。もちろん、両親も兄もいる。
 みんな、拍手で迎えてくれた。

 ただ空席が、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。誰もいない席をみつめて、小さく息を漏らした。

 源じぃ、ハル、樹実渡、火乃花の席だ。
 源じぃとハルは写真が立てられている。樹実渡と火乃花の席には書物がある。
 見えないがそこにいてくれていると信じたい。

 あっ、源じぃ。ハルも。
 薄っすらとだが確かに見えた。見間違いじゃない。微笑みを浮かべて手を振ってくれた。
 けど、樹実渡と火乃花は書物のままだった。

 ふと、いつかの朝のことが脳裏に蘇る。
 樹実渡が話す夢のことが鮮明に思い出されて、遼哉は天井を見上げた。

 樹実渡は天井あたりでこの様子を見ているのではないかと見上げて探し続けた。あのとき樹実渡が話した夢は正夢だったのかもしれない。そうだとしたら、火乃花はあのテーブルで寝ているのだろうか。いや、騒いでいるだろうか。

「ドレス、綺麗。私も着たい」とか口にしているに違いない。小海の足もとでドレスを引っ張っているってこともあるのか。
 きっとそうだ。

 姿はなくてもきっといる。
 そう思ったら、自然と涙が頬を伝った。

『俺の心の中には樹実渡も火乃花もいるからな。忘れないからな。もちろん、源じぃもハルさんも』

 遼哉は心の中で呟き、グッと歯を噛み締めた。


***


「遼哉、小海、おめでとう。おいら遼哉の真上から見ているからな。それにしても美味そうだ。食いたい、食いたい、食いたいよぉ~。いつかきっと復活して美味い料理を食ってやるからな」

 なんだかな。遼哉ともっともっと楽しいことしたかったのに。

「樹実渡、みっけた」
「んっ、なんだ。ぷくぷくか」
「なんだとは、なんだ。俺様がせっかくみつけてやったんだぞ。感謝しろ」

 感謝ねぇ。というか、ぷくぷくには見えるのか。

「おまえも死んだのか」
「な、何を言う。俺様は悪魔だ。探そうと思えば見えない世界にも行けるってことだ。凄いだろう」

 本当だろうか。じーっと樹実渡はみつめた。

「なんだ、その疑いの目は」
「まあいいか。そうだ、遼哉に伝えてくれ。おいらは元気だからなって」
「それだけでいいのか。復活したいんだろう」

 なんだそのいやらしい目は。

「まさか、復活できる術を知っているのか」
「あはは、知らない」

『うぎゅ』

「踏む奴があるか。謝罪だ、謝罪しろ」
「それにしても美味そうだな」
「おい、無視するな」

 遼哉、小海、いままでありがとう。

「それじゃ行くとするか。樹実渡、ハルさん。火乃花も」
「はい、はい。行きますよ」
「もう行くの。寂しいな。源蔵、もうちょっとだけいていい」
「いや、もう行く時間だ」

 樹実渡は遼哉と小海をみつめて手を振った。ハルも火乃花も手を振っていた。

「こらー、みんなして俺様を無視するなー。俺様は悪魔だぞ」

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