【完結】死ぬことが許されない未来社会。仮の肉体を継いでなお生きる理由はあるのだろうか? ~プシュケの彼方~

上杉

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3章 欲

2 肉欲の香

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「こんなに……広かったか?」

「……ああ。きみが来ていなかっただけだろう」

 そう花角に諭されるほど、まるで知っている場所とは思えないくらいに「とこよ」は広々と充実していた。
 霧島は花角の後ろを歩きながら、このプラント特有の構造を眺める。
 「とこよ」のなかは、かつての日本の街のように、細い小路と乱立する建物ばかりで構成されている。そのため道から見える空が狭く時間を感じにくくなっている上、そもそも他プラントで統一されている外部環境が、ここでは適用されていないらしい。
 一般的に他プラントでは、季節や時間、気温、日照などが自動で制御されており、コンクリートのドーム内と思わせない工夫がされている。しかし、どうやらこの場所はそれが抹消されているらしい。
 広告を煌々と照らすためなのか、人を光で惑わせるためなのか、霧島にはわからなかった。
 しかし、天の照明は奥へと進むたび、暗くなるよう設定されているように思えた。

 建物をひとつ抜けると、霧島が過去に訪れた覚えのない、まるで夜の歓楽街を感じさせるエリアに入った。

「霧島、迷子になるなよ」

 花角がそう言うのも納得できた。
 細い小路はさらに細くなり、普通に歩くだけでも誰かと自然と肩が触れてしまう。それなのに空気はむっと汗ばむくらいで、どこかから響くリズミカルな音楽がさらに身体を不快に揺らした。
 またこのエリアに入ったときから霧島が気になったのは、行き交う人々の服装である。彼らは身体をむき出しにしており、あられもない姿で街を闊歩しているではないか。
 まるで、顔と手しか露出していない自分と花角は、異物であると言わんばかりである。そんな様子に動揺する霧島を、さらに襲ったのは、むせ返るような甘い香りだった。

 ――この匂いは……。

 自然と顔を伏せてしまうほど、脳の奥に響くような甘美な香り。霧島は少しだけ、覚えがあった。

 ――これは人間同士が互いの肉体を求め合う、欲の香りだ。

 気付いた霧島は隣を振り返り、

「花角、俺は――」

 ――こういうことには興味がない。

 そう言おうとした。
 しかし、さっきまでそこにいたはずの花角の姿はなかった。
 あるのは黒々とした闇のなかのネオンと、それに彩られた人々のうごめき。
 そのなかでただひとり佇む霧島だけであった。

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