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5章 我
3 御倉
しおりを挟む待ち望んでいた連絡が来たのは、その翌日のことだった。
千逸の指定した座標に意気揚々と向かった霧島でだったが、なんとその場所に直接向かう自動走行車はなかった。途中で下車する羽目になり、その後、古典的なマップを端末にダウンロードしようやくたどり着いたのだが――。
目的地は、最低限の非常灯で照らされた薄暗い通路の途中だった。
「来たか」
「ああ。とりあえずな」
千逸の姿を見つけたと同時に霧島は安堵したものの、同時に一言二言文句を言いたくなった。
「それにしても、なんていう場所を指定してくれたんだ。ここはどこだ?位置的に「かぐら」の奥であることはわかるんだが、この通路に入ったあとから、地図データが確認できなくなってしまった」
すると千逸は答える。
「ここは、数あるプラントのうちのひとつだ。ただ、いまは存在をほとんど忘れられていて、訪れるものはいない。――こっちだ」
まったく答えになっていない、そう思いながらも、霧島は千逸の後を追う。通路脇に設けられた小さな手動扉をあけ、その中へと続いた。
そこは管理用通路だったのだろうか。薄暗い照明のなかに錆びた階段があり、数階分昇るとその先にはエレベーターがあった。
中に入った瞬間青白い照明がともり、霧島は安心する。そこは想像以上に広く、近代的であった。千逸はそんな霧島の様子を見ていたのだろうか、一度微笑みを浮かべると、パネルを操作し動かし始めた。
――どこへ向かっているのだろうか。
エレベーターが昇り始めてすでに数分が経過していた。それは、霧島の住まう「やしろ」のエレベーターよりもはるかに長い時間であったので、疑問に思う。
――仮に地下通路から昇るとしても、これほどの時間を要するだろうか。相当の上層階か、もしくは――プラントの外へと向かっているのだろうか。
霧島はその考えを瞬時に否定する。
――ありえない。
プラントの外はいまだ死の空間が広がっているはずなのだ。放射性物質の塵が舞い、分厚い雲を作る世界では、生物だけでなく植物すらいまだ生きることはできない。
自らの身体を捨て、素体の肉体を得てはいるものの、核酸とタンパク質でできたこの身体もすぐにダメージを受けてしまう。人間の命を管理する機械知性たちは、それを絶対に許さないだろう。
霧島がそう思い始めたとき、エレベーターが減速したかと思えば、音が鳴り扉が開いた。
「ついたぞ」
霧島はごくりと唾をのむと、ぼんやりと明るい光のなか一歩を踏み出した。
そこは管制室のように見えた。
中央奥に無数のモニターそれを囲うようにテーブルが円型に配置され、そこにもモニターや機材が並ぶ。
そんななかで霧島が目を奪われたのは、部屋の全面を囲うように設けられた一面の窓と、その奥に続く光景だった。
部屋の床から天井までおよぶ窓には澄んだ青が映り、霧島が近づいていくと、その下に広がる緑が見下ろせた。そこにあったのは、新緑で覆われどこまでも続く山の連なりと、その間を優雅に流れる川だった。
霧島は動揺を隠せない。
「……これは…どういうことだ?ここは……なんだ?」
「ここは管理プラント「みくら」の観測室だ。驚いただろう。塵に覆われているはずのプラントの外はすでに青い空が覗き、こうして緑が広がっているんだ。誰も知らないがな。……ああ、安心しろ。鉛ガラスだからここの線量に問題ない」
霧島は透明な窓に触れていた手を離す。
すこしも違和感なく受け入れてしまったものの、確かに美しい風景に目を凝らすも、動くものは見当たらない。外にはいまだ高濃度の放射性物質が残っており、高い線量があるのだろう。
「本当に……外なのか?」
「ああ。すでに世界を覆っていた塵は降下し空は晴れている。結果、世代間隔の短い植物はすでに息を吹き返したようだ。まだ線量は高いらしいがな」
霧島はその言葉に違和感をもちぴくりと反応する。
「……らしいというのは?」
「すでにここが機能しなくなって数百年は経っているんだ。かつては測定であったり、観測に勤しんでいたものがいたんだが……もう皆そんなことを忘れて、人生の余暇を満喫しているだろう?」
「そうか……」
霧島はそう言うも、想像もしていなかった光景に目が離せないでいた。
まさか、プラントの外を見ることが叶うとは。しかもずっと想像していた退廃的な世界ではなく、緑の広がる原野を。
――一生、分厚いコンクリートで覆われた鳥籠のなかで生きていくのだと思っていた。
そんな霧島にとって、それは希望の光のように見えた。
不意に涙がこぼれ落ちる。
「あれ……」
一筋の雫は頬を伝い、伸ばされた千逸の指がそれを優しく拭う。そちらに顔を向けると柔らかな微笑みがあって、なぜか千逸の顔が近づき唇同士が触れる。
「……なんで今?」
霧島が笑いながら言うと千逸は、
「……聞くな」
とだけ答え、静かに迫った。
霧島の背は窓にあたり、千逸はそこに手を当て、覆い被さるように身体を預ける。
雄大な緑を背景に、二人は無言で唇を重ね続けた――。
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