【完結】死ぬことが許されない未来社会。仮の肉体を継いでなお生きる理由はあるのだろうか? ~プシュケの彼方~

上杉

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5章 我

4 知りたいのは

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「なぜ、突然こんなところで……」

 霧島は、管制室の黒いカーペットの床に横たわりながら言った。その声はどこか眠たげで、身体にはなにも身につけておらず、冷えないように千逸の上着をかけられていた。
 窓の外にはすこしだけ雲が現れたものの、先ほどと変わらない風景が望めた。
 千逸はそれに目をやりながら、ぼそりと答える。

「…………気にしていると思って」

 なにを、と思ったが、不意に先日の桃園での光景が浮かぶ。千逸が気にしているのは、おそらく霧島のつっかかってしまったあの男の発言――青姦のことだろう。
 霧島はぷっと吹き出して言う。

「なんだ、そんなことか。……ここに来てすっかり忘れてたさ」

 それは霧島の本意だった。聞いたあの瞬間は気になっていたものの、この雄大な光景を見たことできれいに忘れていたのだった。
 千逸は、まるで言い訳をするように小さな声で続ける。

「……あの男が言っていた通り、一時期相手を取っ替え引っ替えしていた時期は確かにある。ただ、いまこうしているのはあんただけだ。だから――」 

「わかっている。あのとき言っただろう。長い人生だから相手が変わるのは当たり前だと。それが俺のすべてだ」

 そう言うと、千逸はきょとんとした表情をしたあとで微笑んだ。それをみた霧島は続ける。

「――まあ、千逸の面白い性癖を知れてよかったけどな」

「……違う。相手が、せっかくするなら外がいいと俺を引きずり出したんだ。それで――」

「ははは。そういうことにしておくよ。わかったわかった」

 そう言いながらも霧島は、

 ――また、子どもみたいな表情をする。

 と思い愛しさを感じた。しかし、先日のことがあったので、なるべく口に出さないように努める。
 霧島は上着を肩にかけると、千逸の隣に寄り添うように肩を並べた。そして人間や生き物のまるでいない、美しい原野を眺めながら思う。

 ――この景色を見ていると、内から湧き上がるものがある。

 それは勇気であり、希望のような前向きな気持ちだろう。プラントの外に人が住めるかもしれない空間がある事実が、霧島にとって希望の光のように思えた。

 ――自分も、やるべきことをやろう。

 千逸の求めるかつての霧島を取り戻すために。いや、素体交換に関わっていたというかつての自分を取り戻すために。
 その自分ならば、この未来のない世界を変えることができるかもしれない。

「千逸、俺はこのあとすこし用事があって……」

 そう言うと、千逸は驚いた顔をみせた。想像もしていなかったというよりも、まるで違う人物に話しかけられたというような顔で。

「……珍しいな」

「ああ。「かぐら」のサーバーで調べたいことがあるんだ」

「そうか。俺は今日はこの光景を見せられればと思っていたから、用事があるなら行くといい」

「ああ。そうさせて貰うことにする」

 霧島はありがとう、とだけ言うと、エレベーターへと駆け出し部屋を後にした。
 その後ろ姿を見送り、ひとり残された千逸はぽつりと呟いた。

「昔の……あのひとみたいな顔だった」


 暗い通路を戻り、行政プラント「かぐら」へとやってきた霧島は、行政区画の個人情報管理課へと向かった。
 以前訪れた素体交換課と同じ建物ではあるが、この課は地下部に設けられており、ひとの姿は見当たらなかった。
 事前に利用申請をしていたこともあり、課の入口の個人認証を受けた後は、ボディチェックなどを通過しスムースに部屋へと入ることが叶った。
 そうしてたどり着いた目的の場所は、中央に端末が置かれたテーブルと腰掛けがある、ただの白い部屋だった。

 ――まるで家と同じじゃないか。

 霧島はそう思ったものの、この端末こそが唯一官公庁のサーバーにアクセスできるものであり、個人に関する仔細なデータが検索できるものなのだ。
 かつては個人を管理する番号にもとづいて、投薬履歴や税務手続きなどが紐付けられていた。それがいま、単純に人一人の人生が伸びた上、アクティビティの行動履歴や位置情報などさまざまな情報も加えられて膨大なものとなった。結果、セキュリティ上の理由もあって、ここ以外からのアクセスは制限されているのだ。
 椅子に腰掛け端末と対面すると、それは動き出し、自動読み取り装置の緑の光が照射される。それが収まったかと思えば、女性の自動音声が鳴り響いた。

《こちらは、公的個人履歴閲覧サービスです。個人認証一致――キリシマシヲウ様でいらっしゃいますね?》

「ああ」

《どのようなデータを閲覧されますか?》

「…ここに残っている、俺の過去全ての行動履歴をリストアップしてくれ」

《かしこまりました》

 すると、前のモニターに文字列が続々と羅列されていく。読んだ本や鑑賞した映画、過去に体験したアクティビティなど、具体的な名称とそれにアクセスした時間が表形式であらわれる。
 膨大な量のデータに圧倒されるも、こうして見ると、なんてしょうもない人生をすごしてきたのだろう、と霧島は思う。

 ――時間が無限であるとわかったとき、ようやく何でもできるようになったと思ったのだろう。しかし、ここにあるどれもいまの自分の記憶の中には残っていない。

 霧島はため息をついたあとで言う。

「古い順に表示してくれ」

《かしこまりました》

 自動音声のあと、画面が移り変わる。

《完了しました。サーバーに残るもっとも古い行動履歴は、西暦二五〇一年六月二十日十一時三十二分です》

 二五〇一年という数字に違和感を抱くも、霧島はモニターに目を向ける。そこにあったのは、SR155系統に交換をしたという記録からなるデータの羅列だった。以降の詳細を目で追うも、すでに素体交換が一般化したあとの時代のようで、書籍アーカイブに接触した履歴ばかりが続く。

「……これがもっとも古いものか?これ以前のものはないのだろうか?」

 そう呼び出しコマンドを入力するも、

《ありません。ただ、システム導入以前のデータは検索できませんので、あらかじめご了承ください》

 明るい女性の機械音声に告げられ、霧島は黙り込む。

 ――素体交換以前の一世代目のことが知りたいというのに、官公庁のサーバーにはすでに存在しないのだ。それなら、ほかにどこに痕跡があるというのだろう。

 そう考えると、不意に千逸の顔が浮かんだ。

 ――だめだ。やんわりとかわされるに決まっている。ほかに相談するとなると……。

 霧島はしばし画面を眺めた後で、端末を終了すると急ぎ足でその部屋をあとにした。ひとり大通りを歩きながら指の端末を軽く振り、表示されたふたつの連絡先のうち一つに発信をした――。
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