【完結】死ぬことが許されない未来社会。仮の肉体を継いでなお生きる理由はあるのだろうか? ~プシュケの彼方~

上杉

文字の大きさ
47 / 59
8章 始

1 闇の奥

しおりを挟む

 霧島は過去の行動履歴から座標を設定し、無事に管理プラントの入口である、あの小さな扉のもとへと辿り着いた。
 真っ暗な闇のなかを、指の端末で小さく照らしながらドアノブに手をかける。それは鍵がかかっておらず、きぃという乾いた音をたてて開いたので、霧島は安心して中へと進む。
 奥の階段を一歩一歩上がり、観測室へと向かうエレベーターがあった場所へと向かいながら、霧島は思う。

 ――ひとりだと、すこし怖いな。

 ここでもし何かあったら、自分は死んでしまうのだろうか。
 あたりを見回しても小型機械がすこしも見当たらず、頭上でカメラが動作しているのかもわからない。
 人の動きを監視し、なにかあったときに命を助けてくれるものが見当たらないこの場所は、実は死を迎えるのに適した場所なのではないか。
 ぼんやりと浮かびあがった考えを、霧島は振り払うように頭を左右に振ると急ぎ階段を上った。

 ――今は死ぬためにここに来ているのではない。

 霧島至旺として死ぬために。まずは本来の自分を取り戻さなければならないのだ。

 ひらけた場所に出た、と霧島が思った時であった。左のほうに顔を向けると、あの見覚えのある扉がみえた。
 観測室へと昇るそのエレベーターは、電源が入っていないようで前を歩いてもぴくりともしなかった。
 ただ、今日はそれが目的ではないので目の前を通り過ぎ、奥の何も見えない闇のなかへと足を踏み出す。
 恐怖を払い除け一歩一歩小さく進んでいくと、そこに合ったのは、小さな扉だった。

 ――これだ。

 エレベーターの真新しく巨大な扉とは違う、錆びて年季を感じる小さな開き扉。霧島は手を伸ばし、恐る恐る開けた。
 奥も入口と同様に闇が広がっていたものの、霧島は臆することなくそのなかに足を踏み入れる。
 そうして無心でしばらく歩いた時だった。
 突然、闇の彼方から女性の声が聞こえたかと思えば、それは聞き覚えのある自動音声であることに気づく。

『省エネルギー化に伴い全館電源供給を一時停止しています。人間の活動を確認しました。電源供給を開始する場合は音声入力をしてください』

 そういうモードになっているのかと納得すると、その声に従い霧島は、

「活動者あり。電源供給開始」

と言った。
 すると突然なにかが回りだす音がしたかと思えば、あたりはぼんやりと明るくなりはじめた。
 天井の人工太陽が再現したのは、日の沈み始めた夕方の空だった。おそらくこのプラントも、他プラントの現在時刻と連動しているのだろう。また光と同時にみるみる空調も稼働しはじめたようで、あたりを初夏の爽やかな風が吹きぬけた。
 霧島は、目前にぼんやりと浮かび上がりつつある街並みを見て気づいた。
 どうやら、このプラントには学校施設や研究施設などの教育機関がひとくくりに集められていたらしい。校舎のような比較的階数の低い四角い建物が、奥へ奥へと連なっているようにみえた。
 霧島はどれが目的の場所なのかまだわからなかったので、傾いた太陽によって黒く染まった建物の陰に近づき、その門のひとつひとつをみて回る。
 そうして小学校と中学校の校舎を通り過ぎたときだった。霧島を突然既視感が襲ったのは。

 ――この建物は。

 これまでとは違う、比較的背の高い建物は、いま霧島が住まう居住区画を思わせた。
 しかしそういう見覚えとはすこし違ったのだ。
 その建物の窓からは階段が覗いており、霧島はなぜかその階段を駆け下りたことがある気がした。また、近寄り建物を囲う塀に触れたところで、それに手をかけ乗り越えていった記憶が蘇る。

 ――二階の窓から出ると、ちょうど高さがあって簡単に塀の上に乗れて近道になるんだ。……そうだ。何回も怒られた気がする。

 ここは、学生が寝食を共にした寮に違いない。
 霧島はそう思いながらしばし眺めたあとで、塀の続いていく道の先へと足を速めた。
 途中、塀は背の高い枯木になったかと思えば、それは次第に低くなり、目の前には大きな入口がみえた。
 霧島はその門に書いてある文字を確認もせずに、なにかに呼ばれるように敷地内へと足を進める。
 広々とした道の左右を、すでに枯れてしまった並木が寂しく囲うなか。
 霧島はなぜかかすかな木の匂いを感じながら、空は夕焼け空であるのになぜか眩しいと感じながら、淡々と歩いていく。
 そうして、広場のような場所にたどり着いたときだった。
 誰もいない、だだっ広いこの場所で、霧島はひとりざわめきを感じていた。
 それは記憶のなす幻聴か、それとも自分の心臓が発するものなのかもわからなかった。
 ただ、このときの霧島に言えたことは、記憶の鍵となる場所はこの建物の奥に必ずあるということ。
 そして、およそ三百年前のこの場所で。
 霧島至旺は空山千逸に出会い、声をかけたという確信だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...