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8章 始
2 霧島至旺
しおりを挟む霧島至旺が物心ついたときには、すでに人類の滅亡は決まっていた。
放射線を避けるための巨大なプラント内で、静かに迫りくる死を前に誰もが死んだような目をして生きていた。
大人は「未来がない」とか「もう終わり」という直接的なことばを口にすることはなかった。しかしどこか狂ったように、先の未来のことを語りたがった。
「あなたたちならどうにかできるかもしれない」
そう言って、霧島に大学進学を勧めたのも親だった。
若いから時間があるとか無限の可能性があると言い、かれらは若者にすべてを押し付けた。そして自分たちは時間がないと言い張って、遊ぶだけ遊んで死ぬつもりのようにみえた。
その頃には、社会全体がすでにそうだったのだろうと霧島は思う。
大人が若者にすべてを押し付け投げ出そうとしているのが見え見えで、だから若者も次第に責任逃れを始めてしまったのだ。
――まあ、その気持ちはわかる。
エネルギー不足のために、いつもぼんやりとした曇り空のような天井の下で、なぜ自分たちは窮屈に生きなければならないのだろう。人類滅亡の原因は、今生きている誰のせいでもない。だからと言って自分には関係ないと逃げ出したら、すべてが終わってしまう。
――栄枯盛衰の定めは逃れられない。けれど、最後の人類として、俺たちはできる限りのことをしなければならない。
そう考える霧島にとって、遊びや恋愛はよくわからないもののひとつだった。
心が折れた若者は、誰かと一緒にいたいと言い青春を謳歌していた。しかし霧島にはまったく理解できなかった。
――一緒にいたいというのなら、なぜその時間を延ばす努力をしないのだろう。なぜ、何もしないでいられるのだろうか。
それならこの世界を変えるために動くほうが、意味があるに決まっている。
霧島はそう思い彼らを冷ややかな目で見ながら、未来のために――いわゆる素体交換技術を確立するために、東京先端科学大学へと進学したのだった。
この頃には、すでに試験管ベイビーは存在していた。ただし、それは魂のない抜け殻であり、今後の『素体』という意味だったが。
すなわちこの時期には、放射線によって多くの遺伝子を破壊された人間の細胞から、クローニングすることは十分にできていたのだ。そういう背景があり、この時代の研究者たちは、魂を別の肉体へ移し替えようと躍起になっていたという訳だ。
もちろん、霧島もそのうちの一人だった。
――この問題さえ解決できれば、ひとは永遠のいのちを生きることが可能になる。
それがどれだけすごいことを意味するか、人間自体が少なくなったいま、あまり実感はなかった。しかし、人類史に名を刻むようなことであることは、頭の片隅でなんとなく理解していた。
しかしその一方で、霧島にも平等に試練の波が襲いかかったのだ。
霧島は学士四年の時期に、自分の限界を知ることになった。
入学後熱意のまま必死に勉学に励んだ彼は、座学――ひとつの分野の知識理解において、十分すぎるほど優秀な学生だった。それは博士課程を取るだけなら十分なくらいに。
しかし目標としている技術開発は応用なのだ。
一つの専門分野が理解でき取得できたところで、何も生み出すことはできない。理学、工学、医学、生命科学など、幅広いあらゆる学問を理解したうえで、そのすべてを繋ぐことができなければ難しい。
大学卒業直前の卒論執筆段階で、霧島は自分の力ではいつまで経ってもそこにいけないことを察したのだった。
そうして彼もようやく理解することになった。
この大学に入った誰もが、はじめはやる気満々で入学したことを。その誰もが現実を見て挫かれ途方もなさを知り、諦めてしまうことを。
結局、霧島がずるずると大学院に進学したあとも、まわりいたものは口ばかりで、国から予算をもぎ取りその金で遊ぶものばかりだった。
その姿を見ながら霧島は思った。
――人類も、もう終わりだな。
未来を創るはずの最後の世代がこうでは、あとは静かに滅亡するだけだろう。
そうして霧島の中の熱もすっかり冷め、諦めようとしていたときのことだった。
空山千逸が彼の前に現れたのは。
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