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第三話 黎都の過去の話
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夏の半ばに阿久津に勧誘されてから、早くも半年が経っていた。
撮影にも慣れ、阿久津とも少しずつ打ち解けてきた頃。
黎都は、これまで誰にも話してこなかった過去を、
ぽつりぽつりと語り始めた。
『……高校の頃、先輩に――性的な被害を受けました。
あの時から、触られることも、見られることも、怖かった』
小さな声だった。だが、その言葉の一つひとつに重みがあった。
『母親が借金をしていて、俺、バイトをいくつも掛け持ちして……。
けど、阿久津さんに声をかけられたあの日――
その日の朝、母親に、全財産を使われたんです』
少し笑った。自嘲気味に。
『幸いだったのは、水道光熱費と家賃だけは引き落としが終わってたことと、
財布を持って出てたこと……それだけでした』
ぽつり、ぽつりと過去を語る黎都の横顔を、阿久津はただ黙って見つめていた。
『最初は、正直迷いました。AVっていう仕事が怖かったわけじゃない。
でも、あのトラウマがまた蘇るんじゃないかって、それが――何より怖かった』
阿久津は何も言わなかった。
ただ黙って、黎都の話に耳を傾け続けた。
言葉じゃなく、沈黙で寄り添ってくれる人がいることが、
黎都には救いだった。
『……だから、最初の撮影の日、すごく緊張してて。
変な汗、いっぱいかいて……震えてたんですよ。覚えてます?』
黎都が少し顔を上げて、阿久津の表情を窺うように見た。
『……ああ。覚えてる。台本読みながら、唇噛んでたよな』
懐かしむような、でも優しい声音で阿久津が応えた。
『……俺、あの時、阿久津さんが“無理ならやめていい”って言ってくれたのが、
すごく、嬉しかったんです。
ちゃんと“人として扱ってくれてる”って思えて……
あの瞬間に、なんか、安心した』
ふと、黎都の瞳が揺れた。少し赤くなっている。
こらえようとしても、涙が滲んでくるのを止められなかった。
『……俺、本当は、誰かに助けてほしかったのかもしれない。
あの時、阿久津さんじゃなかったら……たぶん、壊れてたと思う』
涙が一筋、頬を伝った。
阿久津はそっと、黎都の肩に手を置いた。
その手の温もりは、言葉以上にまっすぐで、あたたかかった。
『……壊れなくてよかったよ。
黎都が、今ここにいてくれて、俺は嬉しい』
その言葉に、黎都の顔がくしゃりと歪んだ。
声にならない嗚咽が、肩を震わせる。
長い時間をかけて閉じ込めてきた感情が、
静かに、でも確かに、少しずつ溶けていく。
やがて黎都は、阿久津の胸元に額を押しつけたまま、小さく呟いた。
『……ありがとう。阿久津さんがいてくれて、ほんとに、よかった』
阿久津は何も言わず、そのままそっと抱きしめ返した。
夜の静けさの中、ふたりの間に流れる時間は、どこまでも穏やかだった。
撮影にも慣れ、阿久津とも少しずつ打ち解けてきた頃。
黎都は、これまで誰にも話してこなかった過去を、
ぽつりぽつりと語り始めた。
『……高校の頃、先輩に――性的な被害を受けました。
あの時から、触られることも、見られることも、怖かった』
小さな声だった。だが、その言葉の一つひとつに重みがあった。
『母親が借金をしていて、俺、バイトをいくつも掛け持ちして……。
けど、阿久津さんに声をかけられたあの日――
その日の朝、母親に、全財産を使われたんです』
少し笑った。自嘲気味に。
『幸いだったのは、水道光熱費と家賃だけは引き落としが終わってたことと、
財布を持って出てたこと……それだけでした』
ぽつり、ぽつりと過去を語る黎都の横顔を、阿久津はただ黙って見つめていた。
『最初は、正直迷いました。AVっていう仕事が怖かったわけじゃない。
でも、あのトラウマがまた蘇るんじゃないかって、それが――何より怖かった』
阿久津は何も言わなかった。
ただ黙って、黎都の話に耳を傾け続けた。
言葉じゃなく、沈黙で寄り添ってくれる人がいることが、
黎都には救いだった。
『……だから、最初の撮影の日、すごく緊張してて。
変な汗、いっぱいかいて……震えてたんですよ。覚えてます?』
黎都が少し顔を上げて、阿久津の表情を窺うように見た。
『……ああ。覚えてる。台本読みながら、唇噛んでたよな』
懐かしむような、でも優しい声音で阿久津が応えた。
『……俺、あの時、阿久津さんが“無理ならやめていい”って言ってくれたのが、
すごく、嬉しかったんです。
ちゃんと“人として扱ってくれてる”って思えて……
あの瞬間に、なんか、安心した』
ふと、黎都の瞳が揺れた。少し赤くなっている。
こらえようとしても、涙が滲んでくるのを止められなかった。
『……俺、本当は、誰かに助けてほしかったのかもしれない。
あの時、阿久津さんじゃなかったら……たぶん、壊れてたと思う』
涙が一筋、頬を伝った。
阿久津はそっと、黎都の肩に手を置いた。
その手の温もりは、言葉以上にまっすぐで、あたたかかった。
『……壊れなくてよかったよ。
黎都が、今ここにいてくれて、俺は嬉しい』
その言葉に、黎都の顔がくしゃりと歪んだ。
声にならない嗚咽が、肩を震わせる。
長い時間をかけて閉じ込めてきた感情が、
静かに、でも確かに、少しずつ溶けていく。
やがて黎都は、阿久津の胸元に額を押しつけたまま、小さく呟いた。
『……ありがとう。阿久津さんがいてくれて、ほんとに、よかった』
阿久津は何も言わず、そのままそっと抱きしめ返した。
夜の静けさの中、ふたりの間に流れる時間は、どこまでも穏やかだった。
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