ある日、AV男優になった元大学生

華愁

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第四話 阿久津の過去の話

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黎都の話が一段落したころ、
今度は阿久津が過去の話をし始めた。

『俺の過去の話も聞いてくれるか』

『もちろんです』

阿久津は黙って一度だけ息を吐き、
それから窓の外に目をやった。

夜風がカーテンを揺らし、
室内の空気を少しだけ冷やす。

『俺さ、元々、地元じゃ
まあまあ有名だったんだよ。

ヤンチャで、喧嘩ばっかしてた』

苦笑気味に語る声は、
どこか懐かしさと後悔を滲ませていた。

『母子家庭でさ。

母ちゃん、昼も夜も働き詰めで、
ほとんど家にいなかった。

だから俺、勝手にグレて、
悪い仲間とつるんで……

そのうち、半グレみたいな連中と
関わるようになってた』

黎都は黙って聞いていた。

阿久津の声が、普段よりも少し低く、
遠くを見て話すようだったから。

『一度だけ、本気で人を殴ったことがある。

相手は……母ちゃんの恋人だった。

酔って母ちゃんに手をあげてたのを見て、
止められなかった』

拳を握る音が、かすかに響いた。

『その一件で警察に補導されて、
保護観察処分になって……

だけど、その時の担当がいい人でさ。

“お前の正義感は間違ってない。

でも、やり方を間違えるな”って
言ってくれたんだよな』

阿久津は少しだけ、視線を黎都に向ける。

『……それから、やり直そうと思って、
フリーターやりながら生活立て直してた頃、
知り合いの先輩にAVの現場を紹介された。

最初は不安だったよ。でも、
“自分の身体で稼いで、
自分で選べる仕事”ってのが、
当時の俺には救いだった』

黎都の表情が揺れる。

どこか、似たような孤独を
知っている目をしていた。

『俺が今、この仕事を続けてるのは……

たぶん、自分の過去を否定しないためなんだと思う。
自分が選んだ道を、
“間違いじゃなかった”って信じたいだけなんだ』

静かに語るその声に、
黎都は自然と引き寄せられるように口を開いた。

『……阿久津さん、すごいですね。 

俺、まだそこまで割り切れてないです。

自分の過去も、今やってることも』

『割り切る必要なんてないよ。

時間かかっていい。

でも、“選んだこと”は、自分で
大切にしてやんなきゃな。

……誰より、自分のためにさ』

その言葉に、黎都はゆっくりと頷いた。

過去を語るということは、傷を晒すということ。

それを互いに許し合える
相手がいるということが、どれほど尊いかを、
ふたりは今、実感していた。

『それから、一度結婚して子供が
三人できたけど離婚した』

黎都は驚いたように目を見開いた。

『……お子さん、三人も』

『ああ。上から二十五、十四、十四。

下の双子は、中三くらいだな』

少し照れたように笑って、
阿久津は後頭部をかいた。

『俺、家庭ってもんを
上手く築けなかったんだよな。

元嫁は普通の人で、俺の仕事には
最初からいい顔してなかったし、
俺も、家にちゃんと向き合えてなかった』

そう言ってふっと視線を落とす。

『でも……子供たちは、可愛いよ。

今でも時々会ってる。

長男とは……まあ、たまに飲みに
行くくらいの関係だな』

『……素敵な話じゃないですか』

黎都がぽつりと言うと、
阿久津はわずかに目を丸くした。

『意外だったか?』

『ううん……阿久津さんみたいな人でも、
家族のことで悩むんだなって』

『“みたいな人”ってなんだよ』

冗談めかして笑った後、阿久津は
少し真面目な顔に戻った。

『家族って、むずかしいな。

特に、子供には嘘つけない。

俺の仕事のことも、いずれ話さなきゃ
ならない時が来ると思ってる。

長男には二十歳になった時に話んだが
かなり嫌な顔をされたのを覚えてるよ。

下の双子は……

案外、娘の方が理解してくれるかもしれないな。

弟の方はかなり純粋というか素直だから
俺の仕事を理解するのは難しいだろう』

黎都は、その言葉に強く心を動かされた。

“いずれ話さなきゃならない”
その覚悟が、どれほど重いものか。

『……俺も、いつか、
阿久津さんみたいに言えるようになりたいです』

『ん?』

『“自分で選んだ道だ”って、
言い切れるように……

ちゃんと、自分のことを
肯定できるようになりたい』

阿久津は少し目を見開き、
それから柔らかく笑った。

『……黎都、お前、ほんとに変わったな』

『え?』

『最初はもっと、刺々しかった。

誰のことも信じてなかっただろ』

『……それは、阿久津さんが……

俺のこと、ちゃんと見てくれたからですよ』

その言葉に、阿久津は少しだけ目を伏せた。
そして、ぽつりと呟く。

『……俺さ、もう一度、家族ってものを
ちゃんと考えてみたいと思ってるんだ』

『家族……?』

『無理に“父親”しようとか、
そういうんじゃなくてさ。

ちゃんと、大事な人と、もう一度……

ちゃんと向き合って生きていくって
意味での、家族』

それが黎都に向けた言葉なのか、
それともまだ自分の中で揺れている思いなのか。

黎都は答えなかった。

ただ、静かにうなずいた。

月明かりが、そっとふたりの
影を伸ばしていた。

互いの過去と向き合いながら、
確かに、心の距離は近づいていた。
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