ある日、AV男優になった元大学生

華愁

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第五話 阿久津陣の嫉妬心

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 黎都が仕事に慣れ台本も躓かずに
 演技ができるようになり阿久津以外の
 男優や女優とも絡むようになった。

 “監督”としては喜ばしいことだが
 “阿久津陣”という個人としては
 嫉妬心を抱いていた。
  
「浅水、最近すごく伸びてるじゃん」

「このままいけば主演も近いかもな」

 周囲のスタッフや共演者からそう囁かれることは、監督としての阿久津にとっては
 誇らしい成果だ。

 ──だが。

(なんで、あいつが別の男と
 笑ってんのを見て、こんなに腹立つんだ?)

 視界の端に、黎都が別の若手男優と
 ふざけあう姿が映る。

 楽しげに笑う黎都の顔。

 それを向けられているのが自分じゃない──

 ただ、それだけで喉の奥が苦くなる。

(仕事だろ。演技だろ。それくらいで……)

 心の中で何度も言い聞かせても、
 嫉妬の棘は消えなかった。

 その日の撮影が終わったあと。

 控室でひとり、シャツのボタンを
 外しながら阿久津は鏡の前で呟いた。

『……恋人でもないのに、
 俺は何で嫉妬してるんだか』

 ふと視線を落とす。

 黎都の笑顔が、目を閉じても
 脳裏に焼きついて離れない。

(そうか。俺は──)

『……あいつのこと、好きなんだな』

 ぽつりと零した言葉に、
 自分でも思わず苦笑した。

 色恋に疎いわけじゃない。

 だがこんな風に、気づかぬうちに
 誰かを想っていたなんて。

 ふと、携帯が震えた。

 黎都からのメッセージだった。

 ──今日はありがとうございました。

 明日もよろしくお願いします!

 素直な言葉に、自然と口元が綻ぶ。

 阿久津は短く返信を打った。

 《お疲れ。よく頑張ってたな。

 明日、また演技見せてくれ》

その指先に、少しだけ想いが
滲んでしまっていることを、自分では
気づいていなかった。

翌日も黎都の撮影があった。

『〘あっ、そんな所に、嫌……〙』


「〘いや? 嘘つくなよ、
 ほら、体は素直だぜ?〙」

黎都の撮影中、阿久津は内心、複雑だった。

演技だとわかっていながらも黎都が
“他の誰か”に触れられていることが嫌だった。

撮影が終わり、黎都が軽く頭を下げながら、
共演者と談笑している。

阿久津はモニター越しに
その様子を見つめながら、
胸の奥でうずく感情を持て余していた。

(笑ってんじゃねえよ……

そんな顔、俺にだけ見せてりゃいいだろ)

自分でも驚くほど、独占欲が
濃くなっているのがわかる。 

撮影後、スタッフに笑顔で対応している
黎都を横目に、阿久津は喉の奥で
短く吐息を洩らした。

その夜。

『……お前、最近よく笑うな』

ふと、車で送ってやる帰り道に、
何気ない風を装って言った。

『え?』

黎都が助手席で目を瞬かせる。

阿久津は前を向いたまま、口元だけで笑った。

『悪い意味じゃねぇよ。

ただ……その笑顔、見せんの
俺にだけにしろって思っちまった』

自分で言ってから、言葉の重みに気づいた。

黎都は一瞬黙り込み、
それからぽつりと呟いた。

『……じゃあ、今度からは阿久津さんに
 一番たくさん笑いかけるようにします』

『……!』

その返答に、ハンドルを握る指先に力が入る。

思わず、赤信号でブレーキを強く踏みすぎた。

隣で、黎都が小さく笑った。

その笑顔は、たしかに阿久津だけに
向けられていた。

(……ダメだ、完全に堕ちてる)

自覚とともに、
もう後戻りできないことを悟る。

──嫉妬も、独占欲も、恋しさも。

すべてまとめて、自分の中に染みついている。

そして、次の撮影日。

相変わらず、黎都は演技に熱が入り、
また別の共演者と絡むシーンが始まった。

『〘あんっ……だめ……っ、そんな急に……〙』


「〘いい声、出るじゃねぇか……〙」

カメラの横で、阿久津は腕を組みながら、
じっとモニターを見つめていた。 

役者としての黎都を、演出家の目で見る。

だが。

(こんな声、俺だけに聞かせろよ……)

どこかでまた、もう一人の“陣”が囁いていた。

そうして、心のバランスが、
少しずつ崩れていく。

(勧誘したのは俺だが辞めさせたいと
思ってるあたり重症だよな)

黎都が仕事を始めてから同居している二人だが
阿久津は一切、黎都に触れていなかった。

 ‥‥‥

撮影が終わり、
全員が撤収しはじめたスタジオの隅。

黎都が共演者と談笑しながら、
笑って肩を叩かれた瞬間──

阿久津は自分でも驚くほど強く、
拳を握っていた。

(……ふざけんなよ)

心の中で、誰に向けるでもない
怒気が沸き上がる。

(他の奴が、あいつに触れていいわけねぇだろ)

それは監督としてではなく、
“男”としての怒りだった。

 ──

夜。

帰宅後、黎都はシャワーを浴び終え、
タンクトップ一枚の姿でリビングに現れた。

濡れた髪をタオルで拭きながら、
無邪気な笑顔で阿久津を見上げる。

『今日の演技、大丈夫でしたか?』

阿久津は返事もせず、ただソファの背に
手をかけたまま、しばらく黙っていた。

『……お前さ』

『はい?』

『……もう、我慢できそうにねぇんだけど』

『──え?』

黎都の手が、タオルを握ったまま止まった。

静かな部屋に響いた阿久津の声は、
普段よりも低くて、熱を孕んでいた。

黎都はタオルを握ったまま、
動けずに阿久津を見つめる。

『……阿久津さん』

呼ぶ声が、少しだけ震えた。

ソファの背から手を離し、
阿久津がゆっくりと近づく。

距離はほんの数歩だというのに、
鼓動の高鳴りが耳にうるさいほどだった。

『俺……今まで、
お前に触れねぇようにしてきた。

職場の関係だし、監督と演者だし、
下手すりゃ潰すって思ってた』

そう言いながらも、阿久津の視線は
黎都の頬に、鎖骨に、濡れた髪の雫にさえ
惹きつけられていた。

『でもな。……もう無理だわ』

『……』

黎都は少しだけ唇を噛み、
ふいに阿久津の手をそっと取った。

『──俺なら、大丈夫ですよ』

その声は、小さく、でも揺るぎなかった。

『阿久津さんにだったら……

触れられても、壊れたりしないし、
たとえ壊されても大丈夫だから』

言葉の途中で、黎都の手が阿久津の指に絡んだ。

『……俺に、触れてもいいです』

その瞬間、張り詰めていた糸が、
音もなく切れた。

阿久津は、黎都の頬に手を添えた。

指先が触れた瞬間、黎都の体がわずかに震えた。

『……ほんとに、いいんだな?』

問いかけに、黎都はこくんと小さく頷いた。

『……阿久津さんが初めてです。

こんな風に……好きになったのも』

その言葉が、最後の一押しになった。

阿久津はそっと黎都を抱き寄せ、髪に口づけた。

濡れた髪が肩にかかり、黎都が目を閉じる。

『……浅水』

唇が額を、まぶたを、
頬をなぞるたびに、黎都の体が
柔らかくなっていく。

まるで、心ごと預けてくれているようだった。

『好きだ。お前が、他の誰かと笑ってるのが
耐えられねぇくらいには……好きだ』

『……俺も、阿久津さんがいないと、
寂しくて苦しくなるくらいには、好きです。

黎都って呼んでください。

陣さんって呼んでもいいですか?』

『かまわねぇよ。俺も黎都って呼ぶな』

ふたりの唇が重なる。


熱く、長く、ゆっくりと──


それは演技でも、仕事でもない、
紛れもなく“ふたりだけの時間”の始まりだった。

──そしてその夜、
阿久津は初めて黎都に触れた。

何度も躊躇しながら、
何度も確かめ合いながら。

まるで壊れ物を扱うように優しく。

阿久津の手が、黎都の頬をなぞる。

指先が触れるたびに、
黎都の体が微かに震えるのを、
阿久津は逃さなかった。

『……怖くないか?』

掠れるような声で問えば、黎都は
そっと首を横に振った。

『陣さんなら……怖くない。』

その言葉に、阿久津の胸が締め付けられる。

黎都は、誰かに傷つけられてきた。

だからこそ、今、自分の手で触れることの
重みを知っている。

阿久津は、黎都の体に触れるたびに、
問いかけるように唇を重ねた。

額に、まぶたに、頬に、唇に──

すべてを確かめるように、
ゆっくりと、丁寧に。

『……ちゃんと、気持ちよくさせてやるから。』

囁く声は、どこまでも優しく、
どこまでも切実だった。

黎都の目尻から、涙がひとすじ零れる。

『……ありがとう、陣さん』

その声が震えていたのは、恐怖ではなく──

きっと、安心からだった。

阿久津はそっと黎都を抱きしめながら、
深く息を吐いた。

ただ求めるだけじゃない、
 だ奪うだけじゃない、
こんなにも、ひとりの人間を
大切に思うことができるなんて──

『黎都……』

『ん、……?』

『好きだよ。心から、そう思ってる。』

その言葉に、黎都の腕が
ぎゅっと阿久津の背を抱きしめた。

『……陣さんも、俺のこと、
大事にしてくれるの、
ちゃんと伝わってます。』

重ねた肌の温もりが、
過去の痛みさえ癒していく。

──初めての夜は、激しさよりも、
優しさに包まれていた。

何度もキスを交わし、何度も名前を呼び合い、
互いの心と体を確かめながら、
ふたりは深く繋がっていった。
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