ある日、AV男優になった元大学生

華愁

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第十五話 再び過去が戻ってくる時

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黎都は“演者”としても“脚本家”としてもそれなりに安定して来た頃、
トラウマになった元凶の高校時代の先輩と遭遇した……

「六年ぶりだな、浅水」

それは、撮影が終わり、
一人でスタジオを出たタイミングだった。

『……久地先輩、お久しぶりです』

恐怖で硬直するとはこういうことだと久しぶりの感覚に
黎都はその場に縫い付けられたように動けなくなった。

(陣さん……)

心の中で恋人の名前を呼ぶ。

『黎都!! そいつ誰?』

『陣さん……

高校時代に先輩から性暴力を受けたって話したでしょう。

目の前にいるのがその先輩の一人だよ』

(来てくれた)

「あんた誰?」

『´月下黒猫げっかこくびょうスタジオ`の
監督兼演者で黎都の恋人の阿久津陣だ』

「阿久津陣!?

映像業界きっての鬼才と呼ばれてる?

そんな鬼才が何でこんな奴の恋人なんだ」

言いたい放題の久地に阿久津はキレる寸前だった。

『黎都は“天才”なんだよ。

お前みたいなグズが話しかけていい相手じゃねぇんだ。

さっさとせろ』

阿久津の言葉に久地は小さく舌打ちして駅の方へ歩いて行った。

『怖かった……』

やっとの思いで吐き出した黎都の声は震えていた。

膝から力が抜け、阿久津の胸にもたれかかるように倒れ込む。

『もう大丈夫。俺がいる。お前は一人じゃない』

 阿久津は強く、けれど優しく黎都の背を抱きしめた。

その手の温度に、黎都のこわばった身体が少しずつほどけていく。

『……まさか、またあいつと会うなんて思わなかった。

全部、終わったつもりだったのに』

『終わったことにしてただけだろ? 無理もないよ。』

阿久津の声は、普段の強さの裏にほんの少し、痛みを含んでいた。

『でもな、黎都。思い出せ。お前は、あの頃のままじゃない。

今は脚本も書ける、主演だってこなせる“演者”で……

俺の大切な人だ』

黎都はうつむいたまま、震える手で阿久津の服の裾を掴んだ。

『ねえ、陣さん……俺、演じることしか
できない人間かもしれないって思ったこともあるんだ。

記憶を塗り替えるように、
違う誰かになれば平気になるんじゃないかって……』

ぽつりと漏れた言葉は、心の奥から零れ落ちた。

阿久津は静かに答えた。

『違う誰かじゃない。

黎都、お前は“自分”を取り戻すために演じてきたんだ。

過去に負けないために。そうだろ?』

その言葉に、黎都の目から涙がこぼれた。

『……ありがとう、陣さん』

歩道の片隅で、過去の影を越えて、黎都は初めて
「いまの自分」を抱きしめられた気がした。

――それでも、まだ終わりじゃない。

この恐怖を乗り越えるには、もう一歩踏み出さなければ。

『陣さん……俺、ちゃんと“告発”したい。

遅すぎるかもしれないけど、被害を公にしたい。

もう、黙ってるのは嫌だ』

黎都の瞳に宿った光に、阿久津はゆっくり頷いた。

『わかった。俺も全部、力になる』

静かに、しかし確かに交わされたふたりの決意が、
夜の空気を切り裂いていた。

翌日、阿久津と黎都は、阿久津の知人がいる
弁護士事務所を訪れた。

重たいドアを押し開けると、
書類とインクの混じった匂いがふわりと鼻をかすめる。

受付の奥から、長い髪をすっきりまとめた女性が現れた。

「初めまして、阿久津陣の義妹で弁護士の
高梨 恵たかなし けいです。よろしくね 」

声は落ち着いていて、よく通る。

それでいてどこか、
阿久津と似た“芯の強さ”を感じさせる響きがあった。

細身のスーツに身を包み、机の上には整然と並んだ資料。

無駄のない所作が、彼女の仕事ぶりを物語っている。

『初めまして、阿久津陣さんの“恋人”の浅水黎都です。

陣さんのスタジオの“演者”でもあります。』

そう言いながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
「義妹」という響きが、不意に距離を近づけるようで、
逆に構えてしまう。

『“義妹”ということは陣さんの弟さんの
お嫁さんということですよね?

ちょっと、陣さん!!

身内なら、事前に教えておいてほしかったんだけど……』

阿久津は苦笑し、少しだけ肩をすくめた。

『悪い。話すタイミングを逃してた。

恵は仕事の話になると容赦ないから、
心の準備がいるだろうと思ってな』

『……容赦ないって、どういう意味?』

つい突っかかるような声が出てしまった自分に、
黎都は小さく舌打ちした。

感情の棘は、彼女に向けたものじゃない。

ただ、“義妹”という言葉が、
阿久津の過去や家族の世界を勝手に覗き見てしまったような、
妙な距離感を生んでいた。

高梨恵は微笑む。

「大丈夫、私は味方よ。今日は事実確認と、
これからできることの整理から始めましょう」

応接スペースに通され、温かい紅茶が出された。

恵はタブレットとメモを用意し、
指先で軽やかに画面を操作する。

「まず――事件が起きた時期と場所、
そして可能であれば当時の証拠。日記、写真、メッセージ……
何でもいい。

被害届を出すにしても、
民事訴訟を視野に入れるにしても、証拠が要になるわ」

『……六年前、高校の部室で。時間も場所もはっきり覚えてます。

証拠は……直接的なものは、ありません』

言いながら、胸の奥に冷たい感触が広がる。

何年も、思い出さないようにしてきたのだ。

証拠なんて、残しているはずもない。

恵は頷く。

「証拠がなくても、諦める必要はないわ。

証言を裏付ける状況証拠や、他の被害者の証言を探す方法もある。

ただ……刑事は時効の可能性が高い。

民事での名誉回復や告発記事の発表という形になるかもしれない」

『記事……』

黎都は呟き、阿久津の顔を見た。阿久津は小さく頷く。

『それなら、映像でもできる。俺たちのやり方で、
事実を形にできる。

『「君の過去を“上書きしたい”」の更に進んだ話になるだろうが
黎都、書けるか?かなり具体的に書かなきゃならないが……』


『あの頃、されたことを思い出すのは正直言って苦痛だけど
書かなきゃ。俺みたいに“性暴力”を受けて声を
挙げられない人は沢山いると思うから
伝えられる手段を持っているなら、
俺は自分の言葉できちんと伝えたい』

恵の目が鋭く光った。

「映像化するなら、事実と創作の境界を慎重に扱って。

相手方からの訴えを防ぐためにも、事前に私がすべて確認するわ」

プロの口調と温度感。その冷静さが、黎都の背筋を伸ばさせる。

『……やるよ。もう逃げない。

俺の“物語”で、あいつらのしたことを白日の下に晒す』

そう言った瞬間、胸の奥で長い間固まっていた氷が、
音を立てて割れた気がした。

それが痛みを伴っても、前へ進むための音だと黎都は知っていた。

恵はタブレットを軽く回転させ、黎都の前に置いた。
「まずは、時系列で整理しましょう。

覚えている限り、細かいことでも構わないわ」

画面の白地に、ぽつぽつと打たれる文字。
黎都は指先に力を込め、声を押し出すように話し始めた。

『……六月の放課後。部室には俺と、久地先輩たちだけだった。

扉は……鍵がかかってた』

言葉を吐くたび、喉が焼けるように熱くなる。

阿久津がそっと隣で、紙コップを差し出した。

温かい水のぬくもりが、指先の震えをわずかに和らげる。

『映像にする時、演者は黎都本人じゃなくてもいい。 

でも――視点は、お前でなきゃ描けない』

阿久津の低い声が、静かに響く。

『……わかってる。俺が、ちゃんと語るし俺自身がる』

恵が画面を保存し、軽くタップして別の資料を開く。

「次は、映像化のスケジュールと、
公開の形態を決める必要があるわ。

ネット配信か、映画祭か。発表の場で伝え方は大きく変わる」

黎都は、机の上の紅茶を見つめながら呟いた。

『……どうせなら、逃げ道がない場所にしたい。

中途半端に終わらせたくないから』

その言葉に、阿久津が短く笑った。

『なら、腹括れよ。俺も全力で作る』

ふたりの視線が、重くも確かな形で結ばれた。

過去を告発する物語は、すでに始まっていた。
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