ある日、AV男優になった元大学生

華愁

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第二十話 帰宅後・華山友記のカミングアウト

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「ただいま」

玄関の扉を閉めた瞬間、母の声が飛んでくる。

その声音には、心配と不安がにじんでいた。

「友記、大丈夫?」

「うん……でも、それより聞いてほしい話がある」

靴を脱ぎ、重い足取りでリビングへ向かう。

ソファには父と、テレビを見ていた妹の美咲がいた。
三人の視線が自分に向く。

「それで、話って何かしら?」と母。

深く息を吸い、友記は覚悟を決めた。

「四年前、俺と部活の仲間三人は――同性の後輩に酷いことをした。

二年前、美咲がされたのと同じことを……

俺たちはその後輩にやったんだ。

抵抗できない相手に、無理やり……しかも複数で」

美咲の目が大きく見開かれる。父の眉間には深い皺が刻まれた。

「父さん、『“あの頃”俺がされたこと』って映画、見た?」

「ああ……脚本家で俳優の浅水黎都のやつだな」

「――あれ、そのままが俺たちのしたことなんだ。

被害者は、その脚本家で俳優の浅水黎都本人なんだよ」

一瞬、空気が止まる。

父は信じられないという表情のまま、低く呟いた。

「……ちょっと待て。あの映画が実話なら……

お前たちがやったことは……。

浅水くんは、どんな気持ちであれを脚本にし、
自分で演じたんだ……?

監督の阿久津陣が“本人の意思で
撮影に臨んだ”と言っていたが……

恋人のそういうシーンを撮るなんて……

想像を絶する精神力がいるだろうな……」

その名前を聞いた瞬間、友記の脳裏に昼間の光景がよみがえる。

黎都の隣に立っていた長身の男――

鷺沼が「阿久津」と呼んだ人物。

あれが、映画の監督だったのだ。

「実は……昼間、黎都に謝罪してきた」

俺は俯いたまま、言葉を選びながら続けた。

「美咲の話をした時、黎都は……真っ先に美咲の心配をしたんだ。

“妹さんはトラウマになっていませんか?”

“ご家族で心のケアをしてあげてくださいね”って……」

父は一瞬まばたきをし、深く息を吐いた。

「……自分がお前たちにされたことよりも、
先にお前の妹を気遣ったのか」

「……ああ」

「……それが、本当に強い人間ってやつだ。

お前たちが奪ったのは、そういう優しさを持った
人間の時間や未来なんだ」

父の声は静かだったが、その静けさの奥には重い怒りがあった。

友記はその視線から逃げられず、喉の奥が詰まる。

「……だからこそ、お前はこれから、口先だけじゃなく行動で示せ。

謝罪の後に何をするのか……それが全てだ」

友記はただ、小さくうなずくしかなかった。

友記は、父の言葉を胸の奥に重く受け止めたまま、
ゆっくりと視線を妹に向けた。

美咲は口元を固く結び、膝の上で握った手をぎゅっと力ませていた。

「……美咲、ごめん」

低く、掠れるような声。

美咲はすぐには反応せず、ただ俺を見つめていた。

やがて、小さく息を吐く。

「……正直、今はどう返事していいかわかんない。

兄貴が、そんなこと……って思うし、同時に、
あたしも“あの日”のことが頭に蘇る。

でも……黎都さんがあたしを心配してくれたって
話を聞いたら……なんか……悔しくなった」

「悔しい……?」

「だって、兄貴が奪ったのは、
あたしみたいに震えてる被害者の“今”じゃなくて、
もっと前から優しくて、人を思いやれる人の未来だったんでしょ? 

 ……その人、すごく強いよ。

あたしには、そんなふうに他人を思う余裕、今もないもん」

俺は、妹の言葉が胸に鋭く突き刺さるのを感じた。

父も母も何も言わず、ただその場の重い空気を受け止めている。

「……俺は、これから償うためにできることを探す。

 黎都に許されなくても、やれることはあるはずだから」

「……探す、じゃなくて、やりなさい」

母が初めて口を開く。声は冷たくはないが、揺るぎない。

「謝って終わりじゃない。動き続けなさい。

……それができなかったら、
あなたはただ“逃げた”だけの人間になるわ」

友記は唇をきゅっと結び、深くうなずいた。

そのうなずきには、言い訳も逃げ道もなかった。

胸の奥で――昼間、黎都が見せた穏やかな笑みと、
「妹さんは大丈夫ですか?」という声が響き続けていた。

それは、罪を突きつける刃よりも鋭く、
自分の中の怠慢や甘さを切り裂いていくのだった。

――その夜、友記は自室に戻っても眠れなかった。

天井を見つめても、昼間の光景が何度も脳裏に蘇る。

黎都が自分を見つめた目。

あの穏やかさの裏に、どれほどの痛みと苦しみを抱えてきたのか。

そして――その隣で静かに立っていた阿久津陣の視線。

恋人を守ろうとする鋼のような意思が、あの眼差しにはあった。

(……俺、あの二人の前で「すみません」って言っただけで……何をしたつもりになってたんだ)

枕元に置いたスマホを手に取り、SNSを開く。

映画『“あの日”俺がされたこと』の感想や議論が、
今もタイムラインを埋め尽くしている。

「勇気をもらった」「泣いた」「怒りが込み上げた」――

その中には、被害を受けた人間が自らの
体験を打ち明ける投稿も少なくなかった。

スクロールを止めたのは、ひとつの短いポストだった。

>「被害者を加害者が名乗り出てくれることなんて、ほとんどない。

でも、もし名乗るなら、
謝罪の言葉よりもまず行動を見せてほしい。

それができなきゃ、ただの自己満足だと思う」

胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
 
まるで自分のことを言われているようで、逃げ場がない。

俺はスマホを伏せ、机の上のノートを開く。

そこに、今日父や美咲、母から言われた
言葉を一つひとつ書き出した。

ペン先が震えるのを感じながら、
書き終えると、ページの下に自分の言葉を足す。

> 逃げない。行動で示す。

許されなくても、やる。

深く息を吸い、ノートを閉じた。

まだ何をどうすればいいのかはわからない。

でも――何もしないままでは、
この罪は一生、自分を腐らせていくだけだ。

窓の外では、遠くで夏祭りの花火が上がっていた。
夜空に一瞬だけ広がる光が、やけに遠く、
そして手の届かないものに見えた。

その光を見上げながら、友記は静かに拳を握った。

もう二度と、あの日の自分に戻らないために。
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