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(前編)
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~1~
「きみ、響くんやろ?」
教室の南側一番後ろで、顔をうずめるように文庫本を読んでいた響は、顔を隠すため目にかかるように伸ばした癖のある髪を掻き分けもせず、本から視線を上げた。
ひょろっとした上背の丸眼鏡のマッシュルーム刈りが響を見下ろして来ていて、響は二年生に進級しクラス替えをし、初めて呼び止めてきたクラスメイトの名前すら興味もなく頷く。
「あのさ、おんし、トランペット吹けるん?」
響は首を慌てて横に振り、文庫本に目を泳がせながら、指先がすぅと冷たくなって行くのが分かり、ページを捲る指に力が入った。
「あっれぇ?黒田、人違いじゃん」
廊下側に呼び掛けた丸眼鏡は、廊下側の椅子に座っている強面のクラスメイトに間の抜けた声で喋り、話しかけられた学生が近寄ってくる気配がして、響は身構える。
「んなわけあらすか、藤井。俺はアパートまでつけたんやで?」
「うっわ!黒田、ストーカー張りやんか。おっかなあ」
丸眼鏡……藤井と、同じクラスの黒田が自分の頭の上でやり合う中で予鈴が鳴り、次の時間の音楽の準備をするために、響はロッカーから教科書を持ってこようと立ち上がった。
「絶対、おんしやわ。あの暴風警報ん中で、河原の公園の東屋で吹いとったやろた?『トランペット吹きの休日』歯切れのいいスタッカートやつだし」
響はそれを聞きロッカーに手を掛けてカタカタと震え、目の前に来た低い声の、藤井より上背のある黒田を見上げ、首を何度も横に振る。
あれを聞かれていたのかと不安がよぎる。黒田が引き下がらず、響の前に立ち直して踏ん反り返って、
「んな、訳あらすか。そのもじゃもじゃ髪を風に靡かせて、トランペットを高い位置でキープしとった」
と、しみじみを語っていたが、響はそれを聞くことが出来ず、息苦しくなって胸を押さえた。
「黒田、響くん、二年音楽は音楽室やて」
「音楽室……」
ひゅう…と息苦しく音楽室という文字が頭の中をエコーして、忘れていた残像がフラッシュバックを始める。
「や……いやだ……っ……近寄っ……ひゅううっ」
「響?おい?」
喉が苦しくなり、もがきながら床に倒れこんだ。きゃーっと女子の悲鳴が聞こえて、脂汗が吹き出る。
「響くん、それ、過呼吸だし。落ち着いて、ゆっくり吸って吐いて」
丸眼鏡の藤井が黒田を押しのけて、響を横にしながら声を掛けてきた。
「ひゅっ……ひゅ……ひゅぅっ……」
呼吸は吸い込むばかりで吐くことが出来なくて身体が硬直し、手足が痙攣しているのが分かる。
「吐けてえへん……誰か、保健の先生呼んで、え?黒田?」
「二酸化炭素くれてやりゃーいいんだろ?」
苦しさにもがいている響を仰向けにして、黒田がのしかかり
「ふうっ…」
と息を押し込んで来て、響は合わさった唇から無理矢理熱い息を飲み込みこまされる。
女子の悲鳴が更に上がるが、黒田は二度三度、響が呼吸をするたびに唇をつけて息を送り込んで来て、眩暈がするほどの呼吸が楽になった途端脱力感に苛まれ、藤井にリストバンドをしていない右手を掴まれる。
「心拍まだ早い。保健室に行こまい。ねえ、誰か音楽の先生に話しといて。黒田手を貸してや」
黒田にひょいと抱えられそうになると、流石にお姫様抱っこには抵抗し、肩を貸された形で響は、藤井に荷物を持たれて保健室に連れて行かれた。
「さっすが、元水泳部。息上がってへん。それにしても女子の悲鳴」
くっくっ……と含み笑いをする藤井に、黒田が
「うるっせ」
と唸り、
「な、お前、大丈夫なんか?」
と今度は響に声を掛けてきた。
響は頷くことも出来ず、脱力感と眠気に朦朧としていて、養護教諭出張の保健室のベッドに横にされると、命の危機を感じたくらいの過呼吸症候群を押さえてくれた黒田を、ぼさぼさに伸ばした髪の毛の中から仰ぎ見る。
かっこいい部類に入るのだろう黒田は、襟足できちんとまとめた短めな黒々とした髪と、鼻梁が通りやや濃いめのバタ臭い目元の好青年で、ひょろひょろの丸眼鏡の藤井とは違い、筋肉の均等に整った健康そうな感じがした。
「もうじき職員室から先生が来るけど、一人で大丈夫かん?」
藤井の言葉に響は頷いた。とにかく一人になりたくて何度も頷いて、やっと二人が保健室から出て行き、響は椅子に座ったまま脱力感に机の上で学生服の両腕で顔を覆った。
春の霧雨のような雨が嫌だった。雨は『あのこと』を思い出す。
部活動をしていない響が下校しつつコンビニエンスストアで弁当を買い、ワンルームアパートの階段を上がると長身の黒田が今日もいて、響は無視して部屋の鍵を開けた。
「今日こそ中に入るしっ」
「……」
何日も無視し続けて業を煮やしたのか、黒田が無理やり素早く室内に入り、響は動揺して弁当を投げ出して、隠さなくてはならない物にすがりつこうとする。
「やっぱあるやんか。トランペット」
トランペットケースを掴まれて、響はとうとう叫んだ。高校に入って初めて声を出した。
「返して!」
変にしゃがれ声になり、トランペットケースを奪い返そうと、黒田に馬乗りになる。
「あんな、あんな音を出しよりながら、なんでトランペットせえへんのだ!」
「やりたくないからだよ!」
叫び返すと喉が痛んだが、響は俯きながらトランペットケースをむしり取ろうとして、黒田の下肢に尻を打ち付ける結果となった。
その刺激か黒田が劣情しているのが分かって、響は身震いをした。
「どいてっ、この変態」
自分にできることは、黒田を怒らせて殴らせるかして、この部屋から追い出すことだけだと、響は感じていた。
「変態で結構だ。吹いたよな、おんし」
「トランペットなんてふくわけないっ」
「嘘やし!響、犯してまうぞ」
ひっくり返され床に手荒く背をつけられ、横にトランペットケースが見える。目を閉じた。
「やればいい!こんなこと慣れてるから!ひっ……!」
スラックス越しに股間を痛むほど握られ、中心部からぞわりとする。
あの時だって何人もによってたかって犯されたが、痛みだけで意外にも体だけは平気だった。今回はたった一人だから、じっとして一回だけ我慢すればきっと排出すれば黒田は気が済んで諦める。
「くそっ…」
響は外から漏れる電灯だけの真っ暗な中、ブレザーとシャツをまくられ、スラックスごと下着を脱がされて、部屋のフローリングの冷たさに尻がビクついた。
あの時はそのまま、乾いた襞にねじこまれ痛くて、しかし押し込まれた下着に叫ぶことも出来ず声がくぐもり、必死で歯を食いしばったのだ。
今回は口は開くから、無理矢理の痛みに下手くそと嘘吹くつもりだった。投げ出した足を腹に引き寄せられ、髪で隠れた視野を閉じ、尻にぬるりと違和感が走り襞を拡げられ、ゆるゆると何かが入り込んできた。
「ひっ……あっ……」
黒田の指が何かのぬめりをまとい尻の襞を拡げていて、響は痛みのない奇妙な排泄感が気になって、後ろ手に服をたぐならせ括られた不自由な態勢でフローリングをずり上がる。
「逃げんな。東京モンは慣れてるんやろうが?さすが都会人やな」
腰を掴まれて黒田の膝に乗せられたのが分かり、熱い切っ先がぬくりと尻襞を拡げて来た。
「あっ、あっ、うっ……ん!」
ゆっくりとぬめりを伴い挿入された屹立は、切っ先の張り出しを飲み込んだ後も長大な太さを感じさせ、黒田の硬い下生えが尻肉に当たる程に埋め込まれた時には襞がぴりぴりと痛み、響はそれだけではない違和感に尻を緊張させる。
まるでアタリをつけるかのようにゆっくりと、内壁を抉る屹立の張り出しに、じれったいような気がして腰が動き、その無意識の行動に響は真っ赤になり、とうとう目を開けてしまった。髪にうっすらと隠れた視野の向こうには、泣きそうな程真剣で真摯な瞳が見下ろしていて、響はぞくと震えたつ。
「あっ、やっ、なんっ……ぅああっ!」
尻の尾てい骨を擦るように挿入出され、内壁が気持ちいい。奥の下腹の裏側を切っ先でごりと潰されると、信じられない程敏感になり、足指を丸めて内腿に力を入れた。
「やっ、んんんっ……」
先走りが訳も分からず飛び出し腹を汚しぬるついているのを、黒田が躊躇無く扱き始め、信じられない程高ぶり響は首を横に振った。
「やっ、こんなっ、ダメ、触らないでっ!」
「イけし」
低い声が耳元に吹き込まれ、響は尻の襞がきゅう…と萎み、太い屹立を締め付けて絶頂に向かう。
パタパタ……と黒田の手の中に白濁を零し、まだひくひくとひくつく襞は黒田の屹立を締め付けた。
「くっ……締めすぎやわ……」
内壁に黒田の熱い滴りを感じ、また快楽の果ての終焉を感じて、響は体の力を抜いた。こんな風に体内で感じる快楽は初めてで、太ももが震えて痙攣を繰り返している。おかしくなりそうだった。
もう終わったと肩で息をしてじっとしていると、
「トランペット、おんしが吹いたん?」
と耳元に囁かれる。
「違う……違っ、あっ!」
「認めるまで、したる」
膝を掴まれ絶頂を迎えた内壁を揺すられると、痺れるような快楽が足指まで支配して、響は
「んん……」
と悦混じりの溜め息をついてしまい、慌てて歯を食いしばった。
「も、やめっ、ああっ!」
顔を覆う髪が横に流れ響の真っ赤になった顔があらわになり、響は慌てて顔を振って隠そうとし、その動きが更に絶頂に向かわせる。
「言えし、響」
白濁を何度か搾り出され、穂先がツン……と痛む頃には、響は体力尽き果てとうとう
「僕が、河原でトランペットを吹いた」
と疲労困憊の舌足らずに告白させられ、互いの精液でどろどろになったまま、気を失った。
「うるさ……」
洗濯機の音とか……やけに部屋に響く生活音に、響は実家にいるのかと目を開いた。
リビングダイニングの片隅に布団が引かれ、裸のままうつ伏せに寝ていた響は、その前で下着だけ上半身裸の黒田が、トランペットのピストンを分解して手入れをしているのを見てしまう。
手慣れた手付きでグリスを塗り磨き上げ、ピストンを戻し、マウスピースを拭いてケースに戻す真摯な態度は、音楽を……トランペットを好きでたまらない感じがして、その姿はあの頃の自分のようで涙が出そうになった。
「お、起きたん?バスタオルとかタオルとか借りたし。あと、お前の精液で俺のシャツベタッベタやし、まとめて洗濯機してっから」
人を犯したいだけ犯しておいて普通の会話をしている黒田に、響は無言で起き上がろうとして、腰から下が全く力が入らないのに必死でもがく。
「シャワー浴びるかん?ケツん中綺麗にするだろ?サラダ油でぬるぬるやしな」
ひょいと抱っこで持ち上げられると、ユニットバスに連れていかれ、その目先ミニキッチンのコンロに置いてある賞味期限はとっくに過ぎ去ったサラダ油を尻襞に塗られた事を理解し眩暈がしそうになった。
小さいが洗い場のある風呂場で立っていられなくて、縁に掴まっているのが精一杯の響の体を手早く洗い、緩んだ内壁から伝い溢れた精液を洗い流してくれる黒田の手際の良さに驚きながら、どうでも良くなってされるがままにされていると、バスタオルで拭かれてしまい、子供のように布団に座らされる。
「飯、弁当ばっか、体に悪いし。実家から野菜とか送って来てるの、なんで使わないんのん?」
毎週段ボールで送ってくるのにそのままになっている野菜は、半分以上腐っていて、部屋の中で異臭を放っていたが無視していた。そんな響をじっと見ていて、黒田が響に言い放つ。
「おんしさあ、音楽部に来いや」
「……」
「そんなら、入るまで居座ったるわ」
響は声もなく驚いた。
~2~
響が前のめりに胸を押さえながら、一人で弁当を食べている。
「ふむ……」
同じクラスの藤井は昼食のパンを持って、三組の黒田の席に行った。黒田は弁当を広げていて、その内容に藤井は丸眼鏡の中で笑った。
「響くんと同じ」
黒田がぱくぱくと食べる弁当の中身は、響の弁当と同じなのだ。
「俺が作ったからやし。響食っとった?」
「食っとる。胸苦しそうやし。ストレス性過呼吸?」
黒田がにやりと笑うのを見て、藤井は目を見張る。
「よかった」
「何がさ。黒田、響くんとこ住んどるって、まじ?」
「ああ、部活に入るまで、粘るし。なんで?」
「黒田と響くん、おんなじ匂いするし」
「シャンプーおんなじやし」
響を見て男らしく笑うのを見て、藤井はついつい思っていたことを口にした。
「したん?」
「しとるし」
「合意なん?」
「いや、響、慣れとるんやてよ」
「……さようで、はあ。可愛い顔して、まあ。東京モンは進んどる」
「俺は初めてやったけどな。なんか悔しいがな」
「まさかの一目ぼれ」
「初めはひと音ほれで、あとはもう、あいつ頑固やし。毎日セックスして飯食わして俺依存させて音楽部に入れさす」
「ヤクザだねえ、黒田は。見た目まあまあのくせに、しつこくて、ねちっこくて、束縛系で。何人の女の子に振られたの?」
「数えきれん。俺はヤクザじゃねえし。ただ手に入れたいもんは手に入れたいだけやん」
黒田が響のトランペットの音に惚れ抜いているのは知っていたが、実は響自身にも惚れ抜いていたとは、いままでそれほど思っていなかったのだ。
「ああ、でも部に参加するってどうしても言わへんから、乳首にクリップ付けてやったし」
藤井はそれを聞いて吹き出しそうになり、だが、我慢できなくて笑ってしまう。
「く…クリップ…ってあの、ふつーのQ事務用品の?」
「ああ、あいつの乳首を出して、クリップのU字部分で締め付けたった。痛がって泣いとるのに部参加を嫌がっとる」
「黒田はドSやねえ、好きな子には。ま、彼には必要だと思う。乳首クリッ……プじゃなくてね……あはははっ」
目元を隠していて表情が伺えない響のきっちりと閉めたシャツの下で、乳首はクリップに突き出され真っ赤になって緩慢な痛みを発信しているのだ。
「い……いいね、彼。黒田、君にぴったり……はははっ……」
小学生の頃から黒田の性癖は知っているし、黒田がゲイであるのではと指摘したのも藤井だったから、響を好きになった黒田が住み込んでいるのを知り、それなりの事に及んでいるのは理解出来ていたが、やや強引ではなかろうかと思ってしまう。
「俺だって、無茶振りしてんのは、分かってるし。だけど……こうでもせんと、響は前に進めん」
黒田が弁当を閉じると、鈍色の空を不貞腐れているように眺めた。
「響くんのトランペットがあれば、僕らの音楽部も深みが増すね。ただ……」
黒田も響の左手首の傷には気がついている。たぶん、リストカットだ。そのリストカットの深い傷は縫い痕すらあり、ためらい傷ではなく死に至る思い悩みの苦しみだったのだろうと容易に想像できるだけの深い傷。リストバンドから見える傷は、ざっくりと左手首を覆っていた。
トランペットや音楽室に怯える響。教室での音楽の時間の鑑賞で動く指は、トランペットのピストンだ。
「ま、何はともあれ、響くんは僕らの部活に入るべきやわ。吹奏楽とかじゃのーてな」
シャツに擦れて、突き出され充血した乳首が痛い。かれこれ三日になり、今朝はペンチでクリップの端を締め上げられて、痛くて自分では外せないし、外せば音楽部に行かなくてはならないのだ。
「っ……」
あれから帰宅する頃にはアパートに毎日来て、黒田は食事を作り当然のように居座っていた。
好きにすればいいと流されて来たが、布団に入ると背後から抱きしめられて始まる黒田とのセックスは『あの時』を払拭し、あまつさえ凌駕する快楽がやってくる信じられないほど喘ぎ、黒田の与える快楽に
「もっと……」
と泣き囁いた自分に混乱している。
「年齢確認いらない商品でよかったぜ」
ドラッグストアで買って来たというスキンと、粘度の高いローションが響の内部への侵入を助け、痛みのない性交と求められる快楽に響は溺れかけていた。
「お前の音が好きやし」
「一緒にセッションせなかん」
繰り返し囁かれる熱い言葉と、響を心底求める屹立の硬さ、快楽から逃げられずに、響はどうしていいかわからない。トランペットを吹きたい。だけど、知れたら……知られてしまったらと思うと前に進めないのだ。
「いっ、痛……」
五限目の体育で、バスケットボールを受けそこねて胸を直撃し、響はあまりの痛みに体育館の床にへたり込んだ。
「響っ!」
男子合同体育の最中、隣のコートでシュートを決めた黒田が走り込んで来るのを藤井が制して、響の腕を掴んで引き上げる。
「響くん、顔色が悪いやんか。先生、保健室に連れていきます」
ジンジンと痛む胸を庇いつつ、響は無人の保健室に連れて行かれると、ベッドに導かれ藤井がカーテンを引いたのを見上げた。
「とってあげるし。ええと……乳首の。黒田は少しやり過ぎだしね」
「なんで……」
「これでも黒田と親友?やし」
「知って……」
響は真っ赤になって俯いた。
男に犯され喜ぶおかま野郎とか揶揄されると思ったからだ。
「別にお互いいいならなにしててもかまへん、僕はそういう偏見ないし。ただ、乳首のは、黒田に無理やりされたんやろ?」
「でも……」
拷問のような枷を外せば、音楽部に入らないといけないのだ。
「部活行くだけでいいし。トランペットを吹かなくてもいいやんか。絶対に入会しろなんて言われてないやろ?」
「うん……」
「黒田はね、本当に好きだといじめっ子になっちゃうんやわ。君のこと一目惚れらしいし、好きで好きでたまらんのさけ。さ、脱いで」
丸眼鏡の中は柔和な少し困った笑い顔で、響はもそもそと体操服を脱いで、繊維にも痛む乳首を晒す。
真っ赤になって二倍に腫れ上がった乳首を、昨日は舐められ噛まれて泣きそうになった。痛いのに屹立から雫が溢れ出し、内壁は乳首を噛まれる度にひくひくと尻襞に力が入り震え快楽を感じてしまい、響は恥ずかしくてたまらなかったのだ。
「バスケットボールが当たった方、クリップの先が刺さっとる」
藤井が指で外そうとして、響は痛みのあまりに悲鳴を噛み殺し、
「う~ん」
と藤井が悩み、最終的には保健室のピンセットで乳首を押しつぶすようにして、事務クリップを外してくれた。
「血が滲んどるから、消毒するしね」
「ひっ……」
ツン……とした痛みが走り、消毒綿で濡らされて、響は体操服を渡される。
「授業後案内するね。体育はこのままゆっくりしてなよ」
響はベッドに横になり、腕で顔を覆った。大丈夫、トランペットは吹かなくていいんだから……と何度も繰り返す。東京から逃げたこの西尾乃高校で、静かに暮らしていれば『あれ』はまだ無効なものになるのだ。
「音楽部の部室は三階の資料室だから。楽器を運び出すのも一苦労やし」
授業後渋々着いて行く響の後ろには、逃げないようにかいつの間にか黒田がいて、道案内よろしく藤井が資料室と書かれたプレートの扉を横にスライドした。
パイプ椅子に黒の譜面台。そして個人練習のざわついた音……。
音楽室でない安心感が響を安堵させたが、数名の男子生徒に注目され、緊張のあまり「ひゅう」と息を吸い込み、黒田が後ろ手に肩を抱きしめて来た。
「大丈夫だかん。心配すんな。息を吐けし」
このまま過呼吸になれば、黒田が公衆面前で口を塞いで来る。あれは後から本当に火が出るほど恥ずかしかったのだ。
「う、うん」
はあ…と何度か息を吐き動悸が治まると、藤井が
「見学さんやしね、今日のところは」
とパイプ椅子をガタガタと揺らして持って来て座らされた。
「うちはね、専属楽器を持って来られれば誰でもオッケーな男子音楽部やしね。学校には吹奏楽もあるから、部と言っても実際は同好会……サークルみたいなもんじゃんね。ええと……黒田はトランペットで」
椅子に座っても大きく見える黒田が、色あせた金のトランペットをケースから出していた。
「一番後ろの打楽器ならなんでもの打田さん。打田さんは留年してるし、同じ二年生」
三白眼の小柄な打田が
「よう、同級生の新人かよ」
と手をあげて来る。
「キーボードの白石さんは、熱で入院中。同じく留年二年生組。虚弱体質なん。あと、サックスの一年生は双子で、兄の中西優人くんと弟の中西秀人くん」
同じ顔の双子を見て、響は以前M響でご一緒した世界的なサックス奏者の中西英人を思い出した。独身のはずだから、甥とか親族かもしれない。
「二年生のギターの金城と、ベースの時岡。軽音部からの転部組。仲良し二人組だよ」
「沖縄出身の故郷は『遠い』のに『近い』きんじょーです。なんてな、よろしく。親の都合でこっちに引っ越してきてんさ」
丸刈りのおよそエレキギターを弾くより野球部と言った感じの金城と、その横でベースの調整をしていたさらさらそうな前髪を真ん中で分けた時岡が、
「金城、めちゃすべってるし」
と、恥ずかしそうに小さく手を振って来たので、とりあえず頭を下げておいた。
「吹奏楽部からたった一日で退部した一年の川原くん。クラリネット」
「あんな賞取りたがりのヒステリー集団はごめんです」
四角い眼鏡の背の高い一年生は、確か入学式で一年総代として謝辞を呼んだ秀才だ。
「三年生でボーンの森野先輩も、吹奏楽部脱会組で、音楽部創立メンバー」
ふんわりとした癖毛の髪をかしかしと掻き、優しい垂れ目な表情でぺこりと会釈をしてくる森野は、ボーンで
「こんにちは」
と音階で吹いて見せるパフォーマンスをしてくれた。
「ははっ、さすが。森野先輩のお茶目。幼稚園で人気者やし。あとは……部長の三年生の……」
扉が勢い開いて
「今週の営業日は土曜日。曲目は演歌」
と、涼しげな目元の青年が入って来て、びくりと肩を震わせた響を見下ろした。
「おやあ、副部長藤井くん、彼は誰だい?」
「榊先輩、彼は響くんです」
「うん?ああ、マネージャーか!僕が鞄持ち欲しいのを覚えていてくれたんだね。うん、採用!ただ、前髪がもっさいから、藤井のとこでカット。今すぐ」
「だから、見学で。え、今すぐですか?」
藤井が動揺していて、響に至っては事の成り行きが掴めずにいる。
「ああ、今すぐ。はい、演歌のスコアとパート譜面配るよ。あれ~白石、まだ休みかあ。ま、病院に持っていくかな。初見して、十分後音出しするよ。あ、藤井行って来て、散髪」
一年生双子の片割れとギターの丸刈りのブーイングの中でもマイペースな部長の榊に逆らえないようで、
「悪いこって、響くん」
と藤井に腕を掴まれ、黒田が楽譜とトランペットを置いて立ち上がり横に来たのを、榊がちらりと見送って、響は無言の混乱のまま、学校横の『藤井理髪店』に連れて行かれた。
確か頭髪検査に引っかかった学生御用達の理髪店で、正門で待ち構えている教師が、髪を染めた女生徒を連れて行ったのを見た事がある。
「え?あのっ」
「ここ、僕の家。姉さ~ん、カットいいかな?母さんはいいから」
理髪店の奥から、長い髪の若い女性が出て来て
「いいよぉ」
と小さく声を出した小柄な女性は半袖なのに、両腕の手首から肘にかけて長いサポーターをしていて、膝までありそうな長い髪とやたら細い身体が人間より人形のようで、響は居心地悪そうに椅子に座る。
「前髪カットと、全体を整えてん」
「え、あのっ、まっ……」
響は逃げ出そうとしたが、藤井の姉が水スプレーをかけて来てさく…とハサミを入れた。
「ひゃっ」
あれから一年以上伸ばした前髪を切られてしまう……目の前が明るくなって視界が開ける。『あれ』を忘れられそうなくらいに…。
「眉毛も少しカットするし」
小さな声を聞いて、頷く前に眉にカミソリが当てられ、薄目に痩せた腕から下がったサポーターの中から無数にリストカットの痕を見てしまい、慌てて目を閉じた。
肩まで伸びた緩い巻き髪を整えられ、響は久しぶりに前髪の中ではない視野で周りを捉える。
「え~なかなか……かわゆらしいな、黒田」
鏡に映った自分は、中学の頃とは違い、まるで別人みたいだった。緩めのウェイブの茶色ががった髪に、前髪を梳かれて淵が茶色いのに緑の瞳が露わになる。昔はもう少し茶色い瞳だったのに。
何世代か前にロシアの血が入っているとか聞いた顔は、顎が鋭角過ぎるかなと思う以外に、意外にも無様ではなく整っていて、人目を避けるように引きこもり気味過ごした肌は抜けるように白くて、少し外人みたいだった。
「瞳、少し緑がかってたんだ、へえ…綺麗な色、ね、黒田、黒田?」
「うっせ、部活に戻るぞ」
黒田がぽかん…と口を開けて鏡を覗き込んでいて、急に機嫌の悪くなり苦々しい感じで叫び、響は動揺したのだった。
「やあ、いいね、いいね。まるで夢見る王子様みたいだ」
資料室に戻るなり指揮棒をかったるそうに振っていた榊が、響に駆け寄って来て、指揮棒を藤井に寄越し、響を入院中の白石パートであるキーボードの椅子に座らせた。
回りのメンバーも驚いたように響を見ているから、響はいたたまれなくなり俯いてしまう。
「楽譜読めるかな?まあ、聞いていてごらんよ」
『北酒場』
『津軽海峡冬景色』
『天城越え』
『川の流れのように』
四曲のスコアがあり、昭和演歌で祖母が熱唱する響が知っている曲だ。
藤井がコンダクターなのにも驚いたが、初見で音出しが出来る彼らにも驚いて、その中で黒田のトランペットが耳にはいる。
そこは……もっと強く吹いて……黒田くん、ピストン番号違うよ……指がもつれ……そう立て直して……指が自然に動いてしまい、思わず苦笑してしまう。
ああ……吹きたいなあ。この音の渦の中に入りたい……響が切にそう思ってしまうほど、綺麗な音だった。
四曲が終わり、音出ししていた面々が楽器を片付け始めた。
「うちは基本イベントのある週の四時から六時までしか練習しないからね。さてと、マネージャーくんは僕と、今から白石の病院に行くよ。いいね、藤井くん」
「あ、じゃあ、僕も行きます。っと、黒田は?」
トランペットを片付けていた黒田が顔を上げて響を一瞬見て、目を逸らした。
「いや、俺は……」
その後に何か話しをしていたようだったが、響は真っ青になって再び俯いてしまう。理髪店から変だった黒田の様子に、響はどうしたらいいか分からず、榊と藤井に連れて行かれた病院で、ベッドに座る自分よりはるかに小柄な白石に楽譜を渡した。
「多分、明日には退院できるんで、練習に間に合うし、榊」
「主旋律のキーボードがいないと、締まらないからね」
「まあね、ま、そうやしな」
にこっ……と笑い榊と左手でハイタッチをする白石の腕は真っ白なのに点滴の青あざだらけで、響は目を逸らして上目遣いに二人の先輩の様子を見る。
「マネージャーだってな、響くん。榊にこき使われないように気にしとくし、いつでも言ってくれん」
「は、はい」
虚弱体質で辛いはずなのに入院中に笑顔で笑う白石の様子に、響はただ俯いているしかできず、それよりも黒田が着いて来なかったことがじくじくと胸を蝕んでいた。
「もう少し近況報告してるよ」
と言った病室に榊を置いて、学校近くで藤井と別れて、商店街を抜けてアパートに戻り階段を上がると、廊下を見渡す。いつもいるはずの長身がいなくて、アパートの鍵を開けたが、勿論いるはずもなく、響は玄関で靴を脱ぐとへたへたと座り込んだ。
別に一人でも……。前と一緒だからと思い、その瞬間、あの悪夢を見なくなっていた事実を思い出し、黒田の影を探す。黒田と眠るようになってから、たった十日程度だが、毎日のように見ていた悪夢を見ることはなかったのだ。
抱かれて疲れ果てて眠るからかもしれないし、黒田の元水泳部の腕に抱きしめられている安心感かもしれないが、中学校の悪夢は出て来なくて、夢自体も見ない深い眠りが響を優しく包んでくれていた。
黒田がいないとまた夢がやって来るかもしれない。それは悪夢であり、響を『あの時』に引きづり込むのだ。
急に喉が苦しくなって、
「ひゅっ」
と息を吸い込み、それは発作的にやって来て、息を吐き出さないとと焦るが全く出来ずにフローリングに崩れてもがく。
「ひゅ、ひゅうっ、ひ……」
藤井が過呼吸で死ぬことは無いと言っていたから、意識が遠ざかるのは気絶するだけだと理解している。だが、その後にやってくる眠りが怖かった。また、悪夢にうなされて叫びながら起きるのだ。
「響、おい、響っ」
フローリングに必死で爪を立てて気絶しないようにしていると、聞き慣れた低い声が響を呼んでいて、響は差し出された腕に縋り付き息が出来ない苦しさの中で叫んだ。
「黒田くっ……もっとひどいこっ……していいからっ!一人にしなっ……いで!一人だっ……夢をっ……ひゅーっ、げほっ、見るっ……嫌だっ、げほっ!」
「響、響、落ち着けっ!吐いて、吸え。ほら!」
響は黒田の厚めの唇に塞がれ、はあっ…と息を吐き、黒田の息を吸い込んだ。
「ふっ……ん……んっ……」
息を弾ませて黒田の呼吸に合わせると、胸が楽になり力が抜けてきて、舌を甘噛みされるとぞくと背中を甘い疼きが駆け上がってくる。
「お前、俺の話しを聞いてなかったんやな。一度うちに帰るってゆったん」
「え?」
「お仕置きやし」
響は黒田がぺろ…と舌舐めずりをしたのを、見てしまった。
裸に剥かれて布団の上にうつ伏せにされ、後ろ手に紐で括られてしまうと、尻を持ち上げられローションを垂らされ襞を拡げられる。
「あっ、なんでっ……」
「なんで縛るのかって?お前が嫌がることするからやし」
粘度の高いローションと毎日繰り返して行われる行為に、後孔はすぐに解れて柔らかくなり、響は確かな感触が欲しくて堪らなくなる。布団にバスタオルを引いた上にひっくり返し返されると、自分の背中に括られた手が押しつぶされて痛い。
黒田が器用にスキンを自分の屹立にかけるとさらにローションを塗り込めて、膝の上に抱え上げて切っ先をぬくりと押し込んで来た。
「あっ、んっ、んっ……」
ローションの助けを借りて腰が進むと、内壁が柔らかく軋んで長大な楔を受け止め、響は充足感にはあと甘いため息を着いてしまう。
「気持ち良さそうだな……じゃあ、お仕置きだ」
「え?」
乳首にキン……ッとした鋭い痛みが走って、摘み出される痛みに涙が溢れた。
「いったい……痛い!痛っ……あっ!あぐっ……」
目を見張ると今日の昼間まで事務用クリップで突き出されていた両乳首にプラスチック製の洗濯バサミがかけられ、鋭い痛みが脳天を突き抜ける。
「やめてっ、痛いっ!黒田くんっ!」
黒田が動くたびに、洗濯バサミが揺れて強烈な痛みが走るのに、手は塞がれていてどうにも出来なかった。
「すげえ締まるし……ははっ……痛いくせに」
黒田が洗濯バサミで潰すように突き出した乳首を黒田が舐めて来て響は顔を横に振る。
「い……痛いっ……やっ……あっ……やめっ!取って!ひっ……あっ!」
痛いのに内壁からぞくぞくとした快感が身体の末端まで広がり、それが急速に腰奥に集まって、カシと乳首を噛まれた瞬間、白濁が溢れ出し腹を温く濡らして、後孔に力が入り黒田の屹立をありありと感じ最奥を潰すように揺らされ
「ぁん……」
と甘い声が出た。
乳首が痛くてたまらない。なのに感じておかしくなりそうだ。更にうつ伏せにされて、痛くて洗濯バサミが床につかないように必死で膝を立てると、剥き出しの尻に切っ先が入り込み、深々と挿入出され、腰の裏壁が気持ち良くて腰を揺らす。
「やっ……痛……いっ、いたっ……あっ……あああっ!」
洗濯バサミが尻が揺れる度に酷く揺れて、泣きながら枕に顔を擦り付け、触られもせず屹立し白濁をとろとろと溢れさせながら、黒田の力強い激しい揺さぶりに再び内壁絶頂を感じ、息も絶え絶えに崩れてしまった。
甘いトマトソースの香りに、響は泥のような眠りから醒め、キッチンに緑がかった瞳を向ける。トランクスだけの黒田がキッチンで料理をしていて、響は裸のまま敷布に伸びており、ローションや放った白濁を拭いたようなバスタオルが横に置かれていた。
乳首を戒めていた洗濯バサミはなくなっていたが、真っ赤に腫れ上がり動くたびに痛みが走る。
「起きたん?飯にしまい」
敷布の横の座卓にトマト入りのあんかけパスタと、サラダを持って来られ、響はよろよろと身を起こした。
「……胸が痛い」
「ははっ。パンツいっちょで食えし」
膨らみ赤く腫れ上がった乳首は起き上がるとズキズキと痛み、響は黒田を睨んだが、黒田は嬉しそうに響の腫れて真っ赤な乳首にキスをして舌を這わせて来た。
「やっ……痛っ」
身を攀じるとさらに刺激となり、響は穂先がひくと半勃ちになり慌てて解放された手で覆い、グレーのボクサーパンツを履く。
「消毒、消毒。さ、食おうぜ」
響はどうしても聞きたいことがあって、横に座る黒田にしばらくしてから声をかけた。
「あの、髪切ってから……顔……目を合わせないのどうして……」
一年半近く誰とも喋らずに来て、うまく自分の気持ちを伝えることがさらに苦手になり、言葉を選んで短くなってしまう。
「あ~…なんだ。その……響の目があんまり綺麗やったし。見惚れちまうからやし」
パスタをフォークに絡めながら、黒田が真っ赤なるのを、響は新鮮な気持ちで見つめた。あの黒田が照れているのだ。
「ふ……あははははっ」
久しぶりに笑えて笑えて、涙が出てくる。
「笑うな、食べろし!」
「う、うんっ」
~3~
老人ホームに着くなり一部屋を貸し切り、メンバーが一斉に着替え始める。
「ス、スワローテール?」
響は『社務所用』と書かれた榊家の軽トラから楽器を降ろした後、衣装ケースを降ろして開くように指示され驚いた。
「響くんにもほら、予備のやつ。あ、少し大きいかもだけど」
白石のキーボードの横で楽譜を捲る役目を貰った響に、スワローテールを着た白石が衣装を寄越す。
「『音楽部』のユニフォームだよ。今日の演奏料で君のも買おうかね。あ、森野、蝶ネクタイ曲がってるし」
「え、白石、どこさ」
困った顔の森野のネクタイを直しに行ってしまった白石から渡された燕尾服に困っていると、黒田が近付いて来て響は口を開けてしまった。
制服の時よりも大人っぽい雰囲気に、上半身が綺麗に張り出しスワローテールが似合っていて、前髪を少し上げて固めているのに、心臓が跳ね上がり鼓動が早くなる。
「おんしだけ制服も目立つし。ジャージのスワローテールやから、気にするなし」
「え?あ……うん……」
誰もいなくなった控え室で着替え始める。学校のジャージの生地の黒のスワローテールは白いブラウスが縫い合わされ、真ん中の部分はジッパーで上げて整え、スラックスを脱ぐとジャージの下を履くと、低い舞台に自分たちでセッティングをしているメンバーに合流し、キーボードを設置している白石の手伝いをした。
「皆様、お待たせしました」
榊の司会と共に始まった慰問演奏会は、当初の人数の三倍は有に膨れ上がり広間は熱気に溢れ、響は白石の横で小さくなっている。
「さあ、楽しもうや、響くん」
榊の横笛の音色と共に、白石のキーボードが鳴り始めた。
楽譜にない装飾音符は、白石のオリジナルで、響はスコアを捲り回りの音を聞いている。
練習以上の音を引き出すのはやはりステージだ。しかも『音楽部』は大小関係なく年間ステージが膨大で、毎回人に見られる緊張間に晒され音は磨かれ、音楽を聞いてもらうことにより報酬を得ているという。
ある意味、プロだと思う。
演奏は順調に進み、四曲目の美空ひばりの『川の流れのように』に入る所で、白石は
「気持ちわりい……」
と身体を丸めた。
「え?大丈夫ですか?」
蒼白になった白石が
「無理。席代わって。右手だけでいいんだ」
と呟いた。
キーボードが主旋律のこの曲は老人に歌詞カードが配られ合唱になるのだが、白石が汗を額に滲ませ苦悶の表情になり、キーボードに突っ伏しそうになるのを止めて、響は自分の座る椅子に白石を座らせた。
トランペットじゃないんだから大丈夫。そう、トランペットではないんだから『あれ』は無効な筈だと、自分に言い聞かせ叱咤する。
ここは、舞台だ。
失敗は許されない。
藤井が息を呑んでタクトを上げる。
装飾音符はつけられないが、楽譜に忠実に弾く言葉できる。
「「知らず知らず歩いて来た、細く長いこの道…」
横笛が響き、ドラムとギター、ベースがサポートし、トランペットとトロンボーンが鳴り始め、サックスとクラリネットが郷愁を誘う。そんなコラボレーションの一体に涙が出そうになり、なによりも老人達を含む家族の歌声の大合唱に、響は弾きながら泣いてしまった。
中学校の頃の演奏は未熟なくせに「聞け」と言わんばかりの僭越的なもので、『音楽部』の聞いて下さいという真摯な音はなく、また観客が一体化する喜びも知らなかった。
あまつさえ、演奏途中の拍手ですら、イラついていた自分に情けなくなり、更に涙が出た。音楽は音を楽しむのだという本質が、ここにはある。
「それでは皆様ありがとうございました!」
拍手が巻き起こり涙していた陶酔から我に返り、響は横でぐったりとしている白石を連れて控え室に入ると、すぐに森野が慌てて追いかけて来て、ソファに横たわる白石の横で鞄から驚くことに聴診器を出し、電子体温計とでバイタルを確かめ始める。
「森野……入院は嫌やし……」
「大丈夫。人いきれにあたったんやし。熱もないがね。脈が少し早いかな、うん、白石うちに帰れるし。響くんタクシーを呼んでくれへんか?」
「は……はい」
響は言われるがまま、スマホでタクシーを呼んだ。それから、なんだか忙しかった。白石をタクシーに乗せて、軽トラに楽器を運び、老人ホームの院長に挨拶する部長の横にいて、謝礼を受け取ったりと、黒田と話す暇もない。
学校に楽器を運び込み、第二音楽準備室に楽器を運んでいるのを横目で見ながら、階上に上がり資料室を閉めると、響は緊張していた身体を解そうとため息を付く。
「響、泣いたやろ。跡がある」
ずっと手伝ってくれていた黒田が、本当に心配してくれているのが少しだけ笑えて、響は鍵を返しに職員室に向かった藤井を見送ると、ひと気のない廊下で黒田に告げた。
「でも……トランペットを吹かなければ……大丈夫」
トランペットさえ吹かなければ……大丈夫。あれは……どんな意味やんな……。廊下で聞いてしまった藤井は頭の中で反芻していた。
ゴールデンウイーク前の月曜日、しとしとと雨が降っている。
商店街は既にゴールデンウイークイベント週間になっていて、昨日の日曜日の商店街ミュージックジャンボリーでは、午前午後とアニメソングを中心に八曲編成で出演し、興行的は大成功だが学生本分の学業にどうにも身が入らない。
イベントぼけというやつかもしれない。
響に至っては発熱で休んでいるし、強制同棲をしている黒田は慌てふためいているしで、宥めたりとどうにもこうにも疲れが残り、午後の厳しく眠い英語の授業でつい居眠りをしてしまった。
「う~ん…」
藤井はそれがばれて、居残り自習をさせられているわけだが、少し前の老人ホーム慰問演奏会の後の学校で、響が黒田に話していた言葉を思い出す。
報告と収入を仮顧問に渡すため鍵を返しに職員室に行こうとして、黒田に鞄を昇降口に持って来てもらえるように頼もうと、踵を返した廊下で響の『発言』を聞いてしまった。
それがどういう事なのか、黒田に聞いてみたかったのだが、今日も黒田はとんぼ返りで帰宅したようで、藤井にしても近頃の響の様子についつい忘れていたのだ。
「響京介くん……かあ」
前髪を切った次の日の教室は、女子の甲高い黄色い悲鳴で始まり、何日かは囲まれる時間があったが困ったように黙っている響だった。女子は彼氏にはならない不可侵の『観賞用』と位置付けたようだった。
音楽部では、部長の榊の鞄持ちとしてあちこちの営業に同行したり、白石とキーボードを弾いたりしていたりしていて、白石とその横にいる森野と話しをしている姿を見ていたし、もちろん黒田とはあまり口ごもることなく話しているしで、演奏会では白石と二人で弾くこともあるから、すっかり問題は払拭しているように感じていたが少し違和感がある。
トランペットが本分なのならば、コンダクターとして聞いてみたいものである。
「藤井先輩、いたいた。優人、いたよ」
一年生の中西双子が、ひと気のない教室に走り込んでくる。
「なにやっとるんですか?」
優等生の優人に聞かれて、藤井は少し苦笑いをしながら、
「英語の居眠りペナルティ」
と答えると、優人に
「コンダクター、お疲れ様です」
と頭を下げられてしまい、苦いながらも軽く笑うしかない。
「昨日のミュージックジャンボリー、ローカル局でテレビ中継されていてね、叔父さんが見とったんっすよ」
優人を押しのけて秀人が、興奮して早口でまくし立てる。
「で、響先輩がキーボード弾いてるのを見て、なんでトランペット吹いてないん?なんでウィーンに留学してないん?って、びっくりしてたんっすよ」
藤井は秀人を見上げた。
「中西くんたちの叔父さんって、M響のサックス奏者だよね」
秀人はスマホを探して横を向いてしまい、優人が話し始める。
「はい。叔父は響先輩と二年前に演奏したんです。M響アワース『未来の演奏家スペシャル』テレビ収録もありました。その時引率の教諭から、響先輩の留学の話を聞いたそうです」
「留学」
「あった!これ、響先輩の出てる奴やし!」
スマホを突き付けられ、藤井は画面を見る。
『展覧会の絵・プロムナード』と表示された画面に、今より髪の短い響がきっと凛々しく顔を上げて後ろにM響を従え、ピアノ脇でトランペットを構えている。
ソロの位置だ。まさか、吹くのかと藤井が思った瞬間、銀のトランペットに口をつけ、指揮棒に合わせて吹き始め、藤井はスマホを落としそうになる。
「なっ」
藤井がおよそ聞いたことがない澄んだ高音のトランペットの音が、そこにあった。
身体が小さいのに圧倒的な音量と、キレのあるタンギング。全くブレない音振りは、M響が鳴り始めても聞き劣りせず、中学生ながらもトランペットソリストの片鱗を見せていた。
「おいっ!なんっだよ……この音!」
隣のクラスの同じく英語ペナルティを受けていた打田が、教室に入ってくる。
「すっげ!あれ、響、トランペット吹いて……つか、この制服、東京の音楽大付属中じゃね?」
藤井ももう一度見るが、詳しくはなくてどうこう言えずにいると、響の映像は消えて信じられないような音の演奏は終わった。
「響先輩、絶対音感があるしさあ。いずれM響にってオーナーからも言われていたらしいよ?なんでトランペット辞めたんやろね?」
秀人の意見はもっともだ。
あれだけの音をもっているなら、こんなコンクールにも全く無縁なこの田舎の高校になぜ来たのだろう。
打田が腕組みをして、
「俺、東京のゲーセンで聞いたことある。部長のくせに無責任にも急に部活辞めて、学校も来なくなった奴。副部長が代わりをして、付属中の吹奏楽部を日本一に導いたらしい。これ、響か?」
と言い出した。
今の響の様子からして、部長だとか、急に部活を辞めてとか、考えられなかったが……映像の演奏家としての響は、生き生きと凛としていて、いつも俯きがちな今の響とは違って見える。
響が怯える
『トランペット』
『音楽室』
にキーワードがあるのだろうが、それに触れることには躊躇われた。
「とりあえず……この話は置いておこう。響くんの過去を暴いても意味はない」
藤井はそう締めることにした。
昼前から雨が降っているのも止む気配がなく、嫌な感じの日だった。
「むっ……ぐぅっ……ふっ……ふっ……ぅ」
響は机にうつ伏せにされ、下着ごとスラックスを脱がされた両足を左右に開かれた状態で机の左右の鉄足に括られた惨めな状態で、尻の狭間が剥き出しにされていた。
腕も後ろ手に括られ、口の中には何かの布が押し込まれて、声が出せない響は目隠しもされておりただ呻くしかない。
響は授業後、誰よりも早く部活に来ると音楽室に椅子を並べ、譜面台をセッティングしていた。響が中学二年生の秋、部長になってから、ずっとやっていていることだった。
今年の県大会は金賞を取り、全国大会への布石になった。
三年生になってからはコンクールの為の部活では、響もかなり厳しいことを言ったし、練習も長かったから今日は少し短めにして、個々のパート練習に費やして……など、副部長に相談しなくては考えていた矢先だった。
響は指揮者のスコアが置けるように、教室用の机を真ん中に置いた後、後ろから叩かれて床に頭を打ち付け少し意識が飛んでいた。意識が戻ると信じられない格好で縛られていて、聞こえてくる声に総毛立つ。
「尻の穴に突っ込むなら、なんかいるだろ?」
「んーと、トランペットオイルで良くね?」
「いらねえよ、もったいない」
声と共に、尻を左右から捕まえられた。狭間に冷たい風が辺り、芯から冷える感じがする。
「んっ……んっ……うんっ……」
声も出せず響は頭を振り逃れようとしたが、縛られた身体は全く動けず、熱い切っ先が内壁をいきなり蹂躙した。
「どけよ、突っ込むから!狭っ……」
この声は……まさか……時任……!
「うぐっ……ぐうっ……うっ……ふっ……ぐっ……!」
強烈な痛みに、目隠しをされた布が涙で染みる。下腹が摩擦で熱くなり白濁を注がれて、一度尻から重みが離れ、再び尻に別の手を掛けられた。
「はは……二回目だと簡単に入る。めっちゃ締まるっ……やっべ……出る!」
この声もトランペットパートの……どうして……朦朧としながら考える。
尻を掴まれ奥底に体液を排出されるのは、襞に当たる相手の裏筋の緊張で分かった。
「次、傲慢な部長に粛清~」
すぐに終わるかと思っていた侮辱は、二人目、三人目と続き、中に排出され漏れた精液でぬるつく襞をいたぶり続け、呪いのような残滓を体内に溢れさせて行く。
「ひっ……ぐっ……ぐっ……!」
身体を抑え込まれ力任せ無茶苦茶に挿入出される犯され方をされ、太腿に生暖かい液体がどろりと伝い、酸化する白濁の臭いに吐きそうになった。
「ケツの穴、左右に広げろよ」
低いその声には、聞き覚えがあった。
ひときわ身体の大きな同級生で、響の指示に従わない事も多かった奴だ。尻肉を左右に無理矢理掴まれて開かれ、襞が楕円に引き攣れた孔に楔がきつく打ち込まれ、
「ひぐっ…ぐ…!」
ときつい痛みに悲鳴と涙が溢れる。一番辛い挿入になった。
「ぐっちょぐちょだなあ、ケツ」
低い嘲笑と、無慈悲な行為はまだ終わらず、
「次、かわれよ。部活終わっちまう」
どれだけの人間に犯されたのか分からないが、部活終了の音楽が流れて、笑いながら人の気配が消えて行き、響は尻襞に力が入らず精液の伝う独特の臭いの中で、縛られた状態のまま取り残された。
最後の方は脱力し意識が朦朧としていた響は、冷たい空気と雨の音に我に返って行く。
こんな姿を……誰かに……先生に見られたら……自分だけではなく、ほかの部員に、両親に迷惑がかかる。
「ふっ……ぐうっ……ぐっ……ぐ……がっ!」
誰か……助け……助けて!
「……助けてっ」
響の様子がおかしい。
テレビのボリュームを下げながら、宿題をしていた黒田がもがくような響の仕草に手を握った。
「響……響!おい!」
「助け……助けて!」
泣きながらめちゃくちゃに暴れて、黒田の顔に短めの爪がかかる。
「いっ……て、響!」
響が我に返り荒い息を吐きながら、汗まみれの手を引っ込めた。
「響、夢だ」
「夢……そう……夢。夢なんだ……」
熱がかなり上がっていて、うわごとのように夢という言葉を繰り返し、荒い息を吐く響を抱きしめる。
「響……お前、何があった?前もそうだ。雨の日はおかしい」
夕方の西日がきつい響の部屋で、クーラーを効かせすぎないようにと控え気味にしていると暑く、半身裸の黒田は響の熱と悪夢で汗まみれの顔をタオルで拭いて聞いた。
「部活の時間……吹奏楽部員に……机に縛られて、見えないし……身動きが取れないくて……気持ち悪いのに、何人も……何十人も……宇崎くん……宇崎くん……が助けて……助け……く……」
朦朧としうわ言のように呟き、抱きしめていた響が涙を流しながら眠りに入り、軽くしゃくり上げながら無意識に熱い手を黒田の背中に回してくる。
「くそっ」
黒田は抱きしめていた響を、ゆっくりと敷布に寝かせた。
『してやる!』
と黒田が言った時に
『こんなこと慣れている』
と吐き捨てた響の言葉。
音楽部の為に響を腕づくのセックスで取り込んだのだから、響を過去に犯した何人かと同じだ。響がトランペットを吹かない理由は、多分部員に強姦されたからだ。そして脅された。
「俺は……」
響の言葉の先にあるものを見ていなかった。東京の都会にいたから性的体験が安易な環境にいたと揶揄する自分がいた。響に性経験があるのにもやきもちを妬いていた。
しかし……。
響の抱える悪夢は、黒田にとって重くて苦しいものとなって黒田は頭を抱えた。
響の熱はなかなか下がらず、黒田は嫌がる響を自転車の荷台に乗せて、病院の午後診療に連れて行った。
「……あれ?」
森野がパンツスタイルの看護服を着て、老人が乗る車椅子を押していた。
「すんません、初診です」
「……君じゃないよね?」
「はい、響です」
「わあ……大丈夫?」
ぐったりとして肩に掴まっている響を見て、いつもおっとりとしている森野が慌てて看護師を呼んで、響を処置室のベッドに横たえることができ、黒田は受付に行き診察前所見ボードを渡され、響の生年月日すら知らず処置室に向かう。
「トランペット……好きなん?やればいいじゃん。白石に言わせると、人生何があるかわからんし、やるの今やろ!って」
森野の柔らかい高めのテノールが、処置室に流れていた。
「左手の腱を切ったてしまったので……長い間構えていられません……」
「切ってしまった?見せてみ。……自分でやったんちがう?」
「……はい」
「縫ってあるね。リハビリは?」
「していません。したくなくて必要なかったので」
黒田は胸の奥が痛くなり、その場で立ち尽くしてしまう。藤井が響の左手首の傷は自傷ではないかと話していた。
腱が切れるくらい深い傷を刻み込んだ辛い強姦と同等の行為を、黒田は響に強いていたのだ。黒田はボードを握りしめたまま、涙が出てきた。
響を傷つけ続けていたのだ。
自分が舞い上がっていた最中に。
肺炎で一晩入院した響は、同じく発熱から免疫低下していた白石と同室になり、同じように点滴を受けていた。
「おんなじウィルス拾ったのかね、きっとどこかのイベントだし」
白石は気だるそうに電動ベッドを上げて、もたれかかり座っている。
「なあ、トランペット、好きやろ、響」
「え……?」
昼過ぎの二人部屋に眩しい程の光が差し込んで来て、白石の色素の薄い髪と、抜けるような肌の白さを輝かせ天使のようで、響は思わず顔を上げた。
「黒田のパートの時によく指が動いてるし。森野がね、右手の小指がトランペット変形してるって言っとったよ」
全くもって無意識だったから、響は驚いてベッドから白石に向いた。白石は視線を合わせず、まっすぐに白い壁を見つめている。
「おんしが何故やらないのか、俺には分からんけど。でも、後悔するし?人間、本当にいつ死ぬか分んのだから、今を精一杯生きないといかん」
白石は小学生の頃から、原因不明の脱水症状と免疫低下症候群の為、発熱すると臓器のほとんどが炎症してしまうそうで、そのため入退院を繰り返していた。
幼馴染みの森野と打田と榊がプレゼントしたキーボードに、無気力になっていた白石がのめり込み、その白石の活動の場所として音楽部を立ち上げたのだと、藤井から聞いている。
常に死を身近に感じ続けている白石の言葉は、響にとって重かった。響も何日か死の淵を彷徨ったのだから。
「はい。考えてみます……」
それだけしか言えなかった。
一日入院の後響は自宅静養を言い渡され、一週間学校を休んでいて、初めの頃は高熱の後の怠さが抜けず、だらだらと寝たり起きたりしていたが、しばらくするとむずむずと落ち着かなくなって来た。
黒田は献身的に看病してくるし、三食昼寝付きで体力が余ってくると性欲も湧いてきて、なのに黒田は背後から抱きしめてきても、それ以上のことはしてこない。
黒田の男らしい若木のような香りに包まれるだけで下腹が切なくなるのに、病後気を使ってなのだろうか分からないでいた。
「あの……黒田くん」
あとから布団に入って来て後ろから抱きしめてきた黒田の腕を、初めて自分から解く。
人生初の肺炎に至る発熱は、響の中のうじうじもやもやした気持ちを昇華したかのようで、部屋の中でも絶対に外すことがなかった左手首のリストバンドも外していたし、黒田になら『あのこと』も、全てを話せるような気がしていたのだ。
「響……ごめん」
月明かりに黒田が泣いていた。
「……くろ……だ……くん?」
黒田が敷布に座り込み、壁にもたれて片手で顔を覆い頭を下げる。
「俺は……おんしに、あいつらんとうと同じことをした……」
黒田の微かな嗚咽に、
「……知ってたんだ……いつから……」
と響は脱力した。
「黒田くんとは違うよ……。彼らは卑怯だった」
と、月明かりの中で、左手首の傷を見つめた。
「僕は……」
知られて……全てが終わってしまったとしても、それが触らない理由だとしても、響はどうしても話したかったのだ。
「ふ、付属中学で部長になって舞い上がっていたんだと思う。ぶ、部員に憎まれて、その……」
レイプされたと言うべきか、犯されたと言うべきか悩んで、もう知られているならと、一番嫌な言葉でと開き直る。
「ご、強姦ってやつ……かな。部活時間内されて、腹ばいに机に縛られたままだった、ぼ、僕を助けてくれたのは宇崎くんで、副部長の宇崎くんは第一トランペット達から写メを送られて、あ、慌てて来てくれたんだ。彼のタオルを潰してき、綺麗にしてくれたし…」
身支度まで手伝ってくれた部活でも、音楽教室でも一緒だった頼れる親友は、響の姿にも冷静だった。
「スマホの写真を見せてもらった時、す、すごくショックだったよ。時任くんが怒った顔してて、ほ、本当にされてる写真だったし。時任くんたちは、僕が部活を辞めてトランペットをやらないと、ち、誓わなければ、写真をネットにまくって……。僕はもうぼろぼろで、た、多分頷いてうちに帰ったんだと思う」
ずっとトランペットを吹いていた。毎日の部活とその後のレッスン。夜中に帰って必ずイメージトレーニングをして……。宿題と予習復習は学校の休み時間にやっていた、そんな大好きなトランペット中心の生活を取り上げられるなら……いっそ。
「そ、その時はトランペットが全てで、出来ないなら腕はいらないって思い込んで……おかしかったんだ……。帰るなりキッチンの包丁の歯を手首内側に叩きつけて」
黒田が涙を流した顔をあげ、響と目が合い響は眉をひそめる黒田の男らしい顔が好きだな……と思った。
「ほ、包丁は骨で止まったんだけど、腱と血管を切って緊急手術と輸血。ぼ、僕は失血で意識低下で……何日か危険だったみたい。め、目が覚めたらもうどうでも良くなったんだ……」
学校に行かなくなり、喋らない人形のようになり、腫れ物を触るような両親から逃げた。曽祖母が入院する特別養護老人ホームを毎日見舞うことを条件に、都心から離れた私立西尾乃高校に入学した。その曽祖母も去年の夏休みに亡くなり、無味乾燥な日々を送って来た響の心をこじ開けて、トランペットの音を入れて来た黒田を、驚きはしたが疎ましく思ったことはない。
「僕は……あの……く、黒田くんのことが好きだ……と思う」
黒田が目を丸くしているのがわかり、何だか嬉しくなった。
「だから……されたいし……して欲しいんだ。その…さ、触るだけじゃなくて……あの『黒田くんのしたいようにしりん』」
たどたどしい精一杯の三河弁の言葉がどんなにか黒田を嬉しくさせ高ぶらせたのか、響には知る由もなかったが、黒田が響の左手首にキスをし、頬にキスをして唇に触れて来る。
少しざらついた舌が唇を舐め、舌を絡めて来て、響はじんと下腹が重くなるのを感じる。
「……どんな風にされたん?」
「え……なにが?え?」
久しぶりのキスに酔いしれていた響は、黒田が
「た、確か……後ろ手に縛って」
と呟きながら、たたんであるフェイスタオルで手首を縛り、敷布を折りたたんで腹の下に置いた所にうつ伏せに押し倒されてしまう。
「少し低いけどいいかん?見えない……と、あと、目隠しか」
黒田がにやにやしながらかけてある学生服からネクタイを抜くと、響の瞳を覆い、『あの時』みたいに下着ごとズボンを脱がされて、響は既に兆している穂先に指をかけられ、びく…と身体を震わせる。
「なあ、時任とかにヤられた時、感じたか?」
響は切っ先をぬるぬると触られては、悶えるように感じてしまい、しかし決定打のない快楽に甘いため息をつく。
「こ……怖かったから……見えないし…」
「じゃ、感じてないんだな」
ラテックスの臭いがして、指が解放に向かうと響は安堵に身をよじると、響の多めの柔らかな陰毛を掻き分けるようにして、スキンできつく結ばれてしまい、排出への道が閉ざされてしまった。
「やっ……だ!黒田くんっ。い……痛い!」
「感じなかったんだろ?こうしないと、俺の気が済まない」
折りたたんだ敷布の上にうつ伏せにされ、尻を突き出した状態で黒田の目に狭間をさらしている恥ずかしさに顔が熱い。
襞にジェルを塗られ指が伸ばすように広げられ、むず痒い感じのもどかしさに後ろ手に縛られた手を握りしめた。
「感じたらいかんでな、響」
初めての態勢で『あの時』と同じように犯されているのに、黒田に馴染んだ身体が快楽を甘受する。
屹立先が襞につき、
「あ……んんっ!」
と声が出て一気に突き刺され、尾骨側の内壁が気持ち良くて背をそらした。
「感じるなし、響」
含み笑いが聞こえていたが、響は慣れて感じる屹立が痛くて涙が出て、
「前外して……」
と懇願する。
「駄目、部活終了だと……二時間やしな」
後ろから深々と挿入出されると襞が拡がり、尾てい骨が痺れてしまい、脚に力が入らないで敷布に力無く伏した。
「やっ……あっ……あっ……あああっ!」
腰側の襞がひくひくっと痙攣して、甘い痺れが手足を支配する。
「くっ……」
襞が快楽に屹立を締め付け、黒田の熱く重たい白濁が内壁に排出されたのが分かり、初めての時のようにじんわりと腹が温かくなった。
「黒田くん……も……やだっ……出したいっ」
「中でも感じたらいかんて、ほら」
中に出された白濁を混ぜ返すように掻き回されて、響は排出したくて涙を流す。
「あっ!だめっ……動かないっ……うあっ!」
襞がきゅう…と充実した屹立を締め付け感じてしまうし、しかも一番感じる内壁の奥底を重点的に責められて、響はどうにも出来ずに尻を揺らす。
後ろからこんなにも突かれておかしくなりそうで、尻襞も奥の壁も柔らかくなり、排出出来ないため異常に敏感になって、ただ黒田の熱さに翻弄されていた。
「黒田くん……助けっ……もっ……やだっ……またっ……ひぃっ……んんっ!」
「お前の中、ぶっ壊したる」
響はびくっと背を反らして内壁絶頂に達し、腰奥の煮こごった熱さを排出したくて掛布に屹立を擦り付ける。
「はっ……はあっ……はあっ……ぁん……」
小刻みな絶頂が繰り返し襲い、体力不足から気が遠くなりかけた響は、ずるりと屹立が抜けて我に返った。
最奥に幾度目かの白濁が肉の楔が無くなることにより中から溢れ出て、脚を伝う感覚すら快楽になり響は背を震えた。
「……なに……?……え……あっ……ああ!」
目隠しをされている目元がほんのり明るくなり、再び襞をくちゅと揺らし、屹立が入り激しく貫かれる。
「あれ?ハメ画になるじゃん?俺の顔なんて写らんし。インカメラにすんのか?したらお前の頭写んないやんか」
スマホのカメラのシャッター音が聞こえて響は顔に血が登り、真っ赤になって暴れると黒田の屹立を締めてしまい、
「ふぁっ……」
と快楽にすり替わり喘いで悶えたが、恥ずかしくて涙が溢れる。
「泣きやんなや……」
羞恥に涙が出てしまい止まらなくなった響は前に手を感じ、戒めていたスキンを外してもらい、反り返る屹立を揉むように扱かれ、気が遠くなるほどの気持ちよさに歯をくいしばった。
「んっ……んっ……んっ……うっ……出る……っ」
後ろからも思い切り突き上げられ、握りこまれた屹立からやっと溢れ出す。溜まりに溜まった煮こごりが溶けて排出されて行く感覚に、通り道すら気持ち良くて、内壁もうねるような絶頂に腰を抜かしそうになる。
「もうじき二時間かあ……響、これで許してやるよ」
屹立を抜かれて響は脱力した。
しかしそれだけでは終わらず、その尻肉を左右に広げられて、
「尻に力を入れて中から出せし。俺の出したの」
と囁いて来たのだ。
「え……やだよ。いや……やだっ!」
「出せよ、ほら、力を入れろよ!拡げてやっから……」
尻襞に二本の指が入り楕円に伸ばして来て、トロトロと白濁が伝うのがわかる。
「ほら、出せて!響!」
叱られるように叫ばれて、響は下腹に何とか力を入れた。
「ううっ……くぁっ……ふっ……んっ!」
とぷぷ…と塊のように白濁が押し出され、双珠を伝い下にぼとぼとと落ち、残りが太腿を伝うのが恥ずかしい。
黒田に言われて何度か力をいれると、もう脚に力が入らなくて、ぐったりと敷布に伏せたまま啜り泣く。目隠しが外され電気のついた部屋で、恥ずかしい格好をさせられていたのを知り、さらに真っ赤になり、手枷であるタオルを外されて、尻の狭間を拭かれた。
「すっげ……どろっどろ……」
太腿を拭かれて掛布を腹から抜かれて、敷布に転がるが身体に全く力が入らない。
「響、結構綺麗に撮れたぜ?」
汗だくで全裸の黒田が嬉しそうにスマホの画面を、ぐったりと横になる響に見せて来た。
乱れた緩い巻き髪と白い背中、快楽のため桃色に色づいた尻には、白濁をまとい鈍色に光る赤黒い屹立が入り込み、引き締まる黒田の下腹と黒く艶めいた下生えが映る。
「やっ……なんでっ」
「あと、これな」
拡げられた尻の狭間から白濁が溢れ出ている動画には、自分の必死で押し殺した声が聞こえていて……。
「響、トランペット吹くよな?」
響は蒼白になった。
うつ伏せに腕を縛られて……ああ……またあの夢だと、響は夢の中で目を伏した。どうしてこんなに嫌われていたんだろう…とぼんやりと思う。響は何人もの部員に、後ろから犯されながら涙する。
「んっ……あっ……」
しかし急にぞくぞく…と快楽がせり上がり、長大な張りに響は腰を振った。それが…急速に馴染んだ快楽に変わる。そして排出の戒めをされた強烈な記憶を揺さぶる。
「やっ……出させて!」
「お前の中、ぶっ壊してやる」
腰が抜けそうな快楽と、溜まりに溜まった白濁の飛沫……。
「な、これ待受にしていいか?」
桃色に染まる尻を貫く赤黒い屹立の画像に、羞恥が増した。
「やめてよ、黒田くんっ!」
と、叫んで目を見開いた。
「……あれ?」
中学時代の夢を見ていたはずなのに。
途中から黒田に変わり……気持ち良くて……。
「わ……あっ……どうしよ……」
横で抱きつくように寝ている黒田を起こさないように、響は下着に手を入れた。べっとりとした湿り気は、響の夢の中で排出した体液そのもので、夢精をしてしまった恥ずかしさに、身体に乗っている黒田の腕を引き剥がそうとする。
「ん…響どした?まだ早い…」
「あ、あの、黒田くん起きたいんだけど……ト……トイレに……ダメ……やだっ!」
黒田の手が下肢に向かい響は腕を掴むが、パジャマのズボンを弄られて真っ赤になった。
「ん~……出すなら……んん?」
黒田が気づいたらしく、響はズボンから黒田の手を引き抜くと、
「もう、黒田くんが夢の中で変なことするから!」
と慌ててバスルームに走って行き、ドラム式洗濯機に下着とズボンを投げ入れて、恥ずかしさにシャワーを浴びる。
初めはいつもの嫌な夢だったのに、黒田にされた行為に変わり……。
あの二時間の後は本当に快楽に腰が抜けて、シャワーも抱っこされてするような恥ずかしい状態になり、治まったら軽い発熱と筋肉痛に悩まされ、やっと今日から学校だ。
授業は別クラスだが、黒田が勉強を教えてくれていたし安心していた。ただ……朝の特別部活でトランペットを吹く、そんな緊張感に変な夢を見たのだろう。
「響、入るし」
「もう出るから……。く……黒田くん!」
入って来た黒田のそそり立つ穂先を、シャワーミストの中で押し付けられ、壁に追い詰められた。
「俺の夢で夢精したん?なんかすっげえ嬉しくて勃った」
「そんなのっ……んぅっ……」
響は穂先を愛撫され大きな手に包まれて、黒田の屹立と合わせて追い詰められ、黒田の筋肉の厚い肩にすがりつく。
「んっ……あっ……あっ……ぅんっ……」
「響の……気持ちいい…」
屹立先を合わせられこらえ性のない響が先に飛沫し、そのぬめりを使い黒田が吐精し、その二つの白が水に溶けて行った。
「大丈夫だ、ここは田舎だ。東京にわかる訳はない」
時任達にトランペットを吹いたら写真をばらまくと脅された響は、
「どうせ田舎だ」
と黒田に鼻で笑われたのだ。
「演奏も市内かせいぜい隣町。コンクールに出るわけでもない。分かるわけがない」
ちゅと唇を合わせられて、響は躊躇いがちに頷く。
「でも……」
「待受にすっぞ」
宇崎から見せられた携帯写真とは別のアングルで撮られた響の画像を盾に取る黒田を、身長差もあり下から泣きそうに睨み見上げた。
「可愛い顔してもダメだ」
「きみ、響くんやろ?」
教室の南側一番後ろで、顔をうずめるように文庫本を読んでいた響は、顔を隠すため目にかかるように伸ばした癖のある髪を掻き分けもせず、本から視線を上げた。
ひょろっとした上背の丸眼鏡のマッシュルーム刈りが響を見下ろして来ていて、響は二年生に進級しクラス替えをし、初めて呼び止めてきたクラスメイトの名前すら興味もなく頷く。
「あのさ、おんし、トランペット吹けるん?」
響は首を慌てて横に振り、文庫本に目を泳がせながら、指先がすぅと冷たくなって行くのが分かり、ページを捲る指に力が入った。
「あっれぇ?黒田、人違いじゃん」
廊下側に呼び掛けた丸眼鏡は、廊下側の椅子に座っている強面のクラスメイトに間の抜けた声で喋り、話しかけられた学生が近寄ってくる気配がして、響は身構える。
「んなわけあらすか、藤井。俺はアパートまでつけたんやで?」
「うっわ!黒田、ストーカー張りやんか。おっかなあ」
丸眼鏡……藤井と、同じクラスの黒田が自分の頭の上でやり合う中で予鈴が鳴り、次の時間の音楽の準備をするために、響はロッカーから教科書を持ってこようと立ち上がった。
「絶対、おんしやわ。あの暴風警報ん中で、河原の公園の東屋で吹いとったやろた?『トランペット吹きの休日』歯切れのいいスタッカートやつだし」
響はそれを聞きロッカーに手を掛けてカタカタと震え、目の前に来た低い声の、藤井より上背のある黒田を見上げ、首を何度も横に振る。
あれを聞かれていたのかと不安がよぎる。黒田が引き下がらず、響の前に立ち直して踏ん反り返って、
「んな、訳あらすか。そのもじゃもじゃ髪を風に靡かせて、トランペットを高い位置でキープしとった」
と、しみじみを語っていたが、響はそれを聞くことが出来ず、息苦しくなって胸を押さえた。
「黒田、響くん、二年音楽は音楽室やて」
「音楽室……」
ひゅう…と息苦しく音楽室という文字が頭の中をエコーして、忘れていた残像がフラッシュバックを始める。
「や……いやだ……っ……近寄っ……ひゅううっ」
「響?おい?」
喉が苦しくなり、もがきながら床に倒れこんだ。きゃーっと女子の悲鳴が聞こえて、脂汗が吹き出る。
「響くん、それ、過呼吸だし。落ち着いて、ゆっくり吸って吐いて」
丸眼鏡の藤井が黒田を押しのけて、響を横にしながら声を掛けてきた。
「ひゅっ……ひゅ……ひゅぅっ……」
呼吸は吸い込むばかりで吐くことが出来なくて身体が硬直し、手足が痙攣しているのが分かる。
「吐けてえへん……誰か、保健の先生呼んで、え?黒田?」
「二酸化炭素くれてやりゃーいいんだろ?」
苦しさにもがいている響を仰向けにして、黒田がのしかかり
「ふうっ…」
と息を押し込んで来て、響は合わさった唇から無理矢理熱い息を飲み込みこまされる。
女子の悲鳴が更に上がるが、黒田は二度三度、響が呼吸をするたびに唇をつけて息を送り込んで来て、眩暈がするほどの呼吸が楽になった途端脱力感に苛まれ、藤井にリストバンドをしていない右手を掴まれる。
「心拍まだ早い。保健室に行こまい。ねえ、誰か音楽の先生に話しといて。黒田手を貸してや」
黒田にひょいと抱えられそうになると、流石にお姫様抱っこには抵抗し、肩を貸された形で響は、藤井に荷物を持たれて保健室に連れて行かれた。
「さっすが、元水泳部。息上がってへん。それにしても女子の悲鳴」
くっくっ……と含み笑いをする藤井に、黒田が
「うるっせ」
と唸り、
「な、お前、大丈夫なんか?」
と今度は響に声を掛けてきた。
響は頷くことも出来ず、脱力感と眠気に朦朧としていて、養護教諭出張の保健室のベッドに横にされると、命の危機を感じたくらいの過呼吸症候群を押さえてくれた黒田を、ぼさぼさに伸ばした髪の毛の中から仰ぎ見る。
かっこいい部類に入るのだろう黒田は、襟足できちんとまとめた短めな黒々とした髪と、鼻梁が通りやや濃いめのバタ臭い目元の好青年で、ひょろひょろの丸眼鏡の藤井とは違い、筋肉の均等に整った健康そうな感じがした。
「もうじき職員室から先生が来るけど、一人で大丈夫かん?」
藤井の言葉に響は頷いた。とにかく一人になりたくて何度も頷いて、やっと二人が保健室から出て行き、響は椅子に座ったまま脱力感に机の上で学生服の両腕で顔を覆った。
春の霧雨のような雨が嫌だった。雨は『あのこと』を思い出す。
部活動をしていない響が下校しつつコンビニエンスストアで弁当を買い、ワンルームアパートの階段を上がると長身の黒田が今日もいて、響は無視して部屋の鍵を開けた。
「今日こそ中に入るしっ」
「……」
何日も無視し続けて業を煮やしたのか、黒田が無理やり素早く室内に入り、響は動揺して弁当を投げ出して、隠さなくてはならない物にすがりつこうとする。
「やっぱあるやんか。トランペット」
トランペットケースを掴まれて、響はとうとう叫んだ。高校に入って初めて声を出した。
「返して!」
変にしゃがれ声になり、トランペットケースを奪い返そうと、黒田に馬乗りになる。
「あんな、あんな音を出しよりながら、なんでトランペットせえへんのだ!」
「やりたくないからだよ!」
叫び返すと喉が痛んだが、響は俯きながらトランペットケースをむしり取ろうとして、黒田の下肢に尻を打ち付ける結果となった。
その刺激か黒田が劣情しているのが分かって、響は身震いをした。
「どいてっ、この変態」
自分にできることは、黒田を怒らせて殴らせるかして、この部屋から追い出すことだけだと、響は感じていた。
「変態で結構だ。吹いたよな、おんし」
「トランペットなんてふくわけないっ」
「嘘やし!響、犯してまうぞ」
ひっくり返され床に手荒く背をつけられ、横にトランペットケースが見える。目を閉じた。
「やればいい!こんなこと慣れてるから!ひっ……!」
スラックス越しに股間を痛むほど握られ、中心部からぞわりとする。
あの時だって何人もによってたかって犯されたが、痛みだけで意外にも体だけは平気だった。今回はたった一人だから、じっとして一回だけ我慢すればきっと排出すれば黒田は気が済んで諦める。
「くそっ…」
響は外から漏れる電灯だけの真っ暗な中、ブレザーとシャツをまくられ、スラックスごと下着を脱がされて、部屋のフローリングの冷たさに尻がビクついた。
あの時はそのまま、乾いた襞にねじこまれ痛くて、しかし押し込まれた下着に叫ぶことも出来ず声がくぐもり、必死で歯を食いしばったのだ。
今回は口は開くから、無理矢理の痛みに下手くそと嘘吹くつもりだった。投げ出した足を腹に引き寄せられ、髪で隠れた視野を閉じ、尻にぬるりと違和感が走り襞を拡げられ、ゆるゆると何かが入り込んできた。
「ひっ……あっ……」
黒田の指が何かのぬめりをまとい尻の襞を拡げていて、響は痛みのない奇妙な排泄感が気になって、後ろ手に服をたぐならせ括られた不自由な態勢でフローリングをずり上がる。
「逃げんな。東京モンは慣れてるんやろうが?さすが都会人やな」
腰を掴まれて黒田の膝に乗せられたのが分かり、熱い切っ先がぬくりと尻襞を拡げて来た。
「あっ、あっ、うっ……ん!」
ゆっくりとぬめりを伴い挿入された屹立は、切っ先の張り出しを飲み込んだ後も長大な太さを感じさせ、黒田の硬い下生えが尻肉に当たる程に埋め込まれた時には襞がぴりぴりと痛み、響はそれだけではない違和感に尻を緊張させる。
まるでアタリをつけるかのようにゆっくりと、内壁を抉る屹立の張り出しに、じれったいような気がして腰が動き、その無意識の行動に響は真っ赤になり、とうとう目を開けてしまった。髪にうっすらと隠れた視野の向こうには、泣きそうな程真剣で真摯な瞳が見下ろしていて、響はぞくと震えたつ。
「あっ、やっ、なんっ……ぅああっ!」
尻の尾てい骨を擦るように挿入出され、内壁が気持ちいい。奥の下腹の裏側を切っ先でごりと潰されると、信じられない程敏感になり、足指を丸めて内腿に力を入れた。
「やっ、んんんっ……」
先走りが訳も分からず飛び出し腹を汚しぬるついているのを、黒田が躊躇無く扱き始め、信じられない程高ぶり響は首を横に振った。
「やっ、こんなっ、ダメ、触らないでっ!」
「イけし」
低い声が耳元に吹き込まれ、響は尻の襞がきゅう…と萎み、太い屹立を締め付けて絶頂に向かう。
パタパタ……と黒田の手の中に白濁を零し、まだひくひくとひくつく襞は黒田の屹立を締め付けた。
「くっ……締めすぎやわ……」
内壁に黒田の熱い滴りを感じ、また快楽の果ての終焉を感じて、響は体の力を抜いた。こんな風に体内で感じる快楽は初めてで、太ももが震えて痙攣を繰り返している。おかしくなりそうだった。
もう終わったと肩で息をしてじっとしていると、
「トランペット、おんしが吹いたん?」
と耳元に囁かれる。
「違う……違っ、あっ!」
「認めるまで、したる」
膝を掴まれ絶頂を迎えた内壁を揺すられると、痺れるような快楽が足指まで支配して、響は
「んん……」
と悦混じりの溜め息をついてしまい、慌てて歯を食いしばった。
「も、やめっ、ああっ!」
顔を覆う髪が横に流れ響の真っ赤になった顔があらわになり、響は慌てて顔を振って隠そうとし、その動きが更に絶頂に向かわせる。
「言えし、響」
白濁を何度か搾り出され、穂先がツン……と痛む頃には、響は体力尽き果てとうとう
「僕が、河原でトランペットを吹いた」
と疲労困憊の舌足らずに告白させられ、互いの精液でどろどろになったまま、気を失った。
「うるさ……」
洗濯機の音とか……やけに部屋に響く生活音に、響は実家にいるのかと目を開いた。
リビングダイニングの片隅に布団が引かれ、裸のままうつ伏せに寝ていた響は、その前で下着だけ上半身裸の黒田が、トランペットのピストンを分解して手入れをしているのを見てしまう。
手慣れた手付きでグリスを塗り磨き上げ、ピストンを戻し、マウスピースを拭いてケースに戻す真摯な態度は、音楽を……トランペットを好きでたまらない感じがして、その姿はあの頃の自分のようで涙が出そうになった。
「お、起きたん?バスタオルとかタオルとか借りたし。あと、お前の精液で俺のシャツベタッベタやし、まとめて洗濯機してっから」
人を犯したいだけ犯しておいて普通の会話をしている黒田に、響は無言で起き上がろうとして、腰から下が全く力が入らないのに必死でもがく。
「シャワー浴びるかん?ケツん中綺麗にするだろ?サラダ油でぬるぬるやしな」
ひょいと抱っこで持ち上げられると、ユニットバスに連れていかれ、その目先ミニキッチンのコンロに置いてある賞味期限はとっくに過ぎ去ったサラダ油を尻襞に塗られた事を理解し眩暈がしそうになった。
小さいが洗い場のある風呂場で立っていられなくて、縁に掴まっているのが精一杯の響の体を手早く洗い、緩んだ内壁から伝い溢れた精液を洗い流してくれる黒田の手際の良さに驚きながら、どうでも良くなってされるがままにされていると、バスタオルで拭かれてしまい、子供のように布団に座らされる。
「飯、弁当ばっか、体に悪いし。実家から野菜とか送って来てるの、なんで使わないんのん?」
毎週段ボールで送ってくるのにそのままになっている野菜は、半分以上腐っていて、部屋の中で異臭を放っていたが無視していた。そんな響をじっと見ていて、黒田が響に言い放つ。
「おんしさあ、音楽部に来いや」
「……」
「そんなら、入るまで居座ったるわ」
響は声もなく驚いた。
~2~
響が前のめりに胸を押さえながら、一人で弁当を食べている。
「ふむ……」
同じクラスの藤井は昼食のパンを持って、三組の黒田の席に行った。黒田は弁当を広げていて、その内容に藤井は丸眼鏡の中で笑った。
「響くんと同じ」
黒田がぱくぱくと食べる弁当の中身は、響の弁当と同じなのだ。
「俺が作ったからやし。響食っとった?」
「食っとる。胸苦しそうやし。ストレス性過呼吸?」
黒田がにやりと笑うのを見て、藤井は目を見張る。
「よかった」
「何がさ。黒田、響くんとこ住んどるって、まじ?」
「ああ、部活に入るまで、粘るし。なんで?」
「黒田と響くん、おんなじ匂いするし」
「シャンプーおんなじやし」
響を見て男らしく笑うのを見て、藤井はついつい思っていたことを口にした。
「したん?」
「しとるし」
「合意なん?」
「いや、響、慣れとるんやてよ」
「……さようで、はあ。可愛い顔して、まあ。東京モンは進んどる」
「俺は初めてやったけどな。なんか悔しいがな」
「まさかの一目ぼれ」
「初めはひと音ほれで、あとはもう、あいつ頑固やし。毎日セックスして飯食わして俺依存させて音楽部に入れさす」
「ヤクザだねえ、黒田は。見た目まあまあのくせに、しつこくて、ねちっこくて、束縛系で。何人の女の子に振られたの?」
「数えきれん。俺はヤクザじゃねえし。ただ手に入れたいもんは手に入れたいだけやん」
黒田が響のトランペットの音に惚れ抜いているのは知っていたが、実は響自身にも惚れ抜いていたとは、いままでそれほど思っていなかったのだ。
「ああ、でも部に参加するってどうしても言わへんから、乳首にクリップ付けてやったし」
藤井はそれを聞いて吹き出しそうになり、だが、我慢できなくて笑ってしまう。
「く…クリップ…ってあの、ふつーのQ事務用品の?」
「ああ、あいつの乳首を出して、クリップのU字部分で締め付けたった。痛がって泣いとるのに部参加を嫌がっとる」
「黒田はドSやねえ、好きな子には。ま、彼には必要だと思う。乳首クリッ……プじゃなくてね……あはははっ」
目元を隠していて表情が伺えない響のきっちりと閉めたシャツの下で、乳首はクリップに突き出され真っ赤になって緩慢な痛みを発信しているのだ。
「い……いいね、彼。黒田、君にぴったり……はははっ……」
小学生の頃から黒田の性癖は知っているし、黒田がゲイであるのではと指摘したのも藤井だったから、響を好きになった黒田が住み込んでいるのを知り、それなりの事に及んでいるのは理解出来ていたが、やや強引ではなかろうかと思ってしまう。
「俺だって、無茶振りしてんのは、分かってるし。だけど……こうでもせんと、響は前に進めん」
黒田が弁当を閉じると、鈍色の空を不貞腐れているように眺めた。
「響くんのトランペットがあれば、僕らの音楽部も深みが増すね。ただ……」
黒田も響の左手首の傷には気がついている。たぶん、リストカットだ。そのリストカットの深い傷は縫い痕すらあり、ためらい傷ではなく死に至る思い悩みの苦しみだったのだろうと容易に想像できるだけの深い傷。リストバンドから見える傷は、ざっくりと左手首を覆っていた。
トランペットや音楽室に怯える響。教室での音楽の時間の鑑賞で動く指は、トランペットのピストンだ。
「ま、何はともあれ、響くんは僕らの部活に入るべきやわ。吹奏楽とかじゃのーてな」
シャツに擦れて、突き出され充血した乳首が痛い。かれこれ三日になり、今朝はペンチでクリップの端を締め上げられて、痛くて自分では外せないし、外せば音楽部に行かなくてはならないのだ。
「っ……」
あれから帰宅する頃にはアパートに毎日来て、黒田は食事を作り当然のように居座っていた。
好きにすればいいと流されて来たが、布団に入ると背後から抱きしめられて始まる黒田とのセックスは『あの時』を払拭し、あまつさえ凌駕する快楽がやってくる信じられないほど喘ぎ、黒田の与える快楽に
「もっと……」
と泣き囁いた自分に混乱している。
「年齢確認いらない商品でよかったぜ」
ドラッグストアで買って来たというスキンと、粘度の高いローションが響の内部への侵入を助け、痛みのない性交と求められる快楽に響は溺れかけていた。
「お前の音が好きやし」
「一緒にセッションせなかん」
繰り返し囁かれる熱い言葉と、響を心底求める屹立の硬さ、快楽から逃げられずに、響はどうしていいかわからない。トランペットを吹きたい。だけど、知れたら……知られてしまったらと思うと前に進めないのだ。
「いっ、痛……」
五限目の体育で、バスケットボールを受けそこねて胸を直撃し、響はあまりの痛みに体育館の床にへたり込んだ。
「響っ!」
男子合同体育の最中、隣のコートでシュートを決めた黒田が走り込んで来るのを藤井が制して、響の腕を掴んで引き上げる。
「響くん、顔色が悪いやんか。先生、保健室に連れていきます」
ジンジンと痛む胸を庇いつつ、響は無人の保健室に連れて行かれると、ベッドに導かれ藤井がカーテンを引いたのを見上げた。
「とってあげるし。ええと……乳首の。黒田は少しやり過ぎだしね」
「なんで……」
「これでも黒田と親友?やし」
「知って……」
響は真っ赤になって俯いた。
男に犯され喜ぶおかま野郎とか揶揄されると思ったからだ。
「別にお互いいいならなにしててもかまへん、僕はそういう偏見ないし。ただ、乳首のは、黒田に無理やりされたんやろ?」
「でも……」
拷問のような枷を外せば、音楽部に入らないといけないのだ。
「部活行くだけでいいし。トランペットを吹かなくてもいいやんか。絶対に入会しろなんて言われてないやろ?」
「うん……」
「黒田はね、本当に好きだといじめっ子になっちゃうんやわ。君のこと一目惚れらしいし、好きで好きでたまらんのさけ。さ、脱いで」
丸眼鏡の中は柔和な少し困った笑い顔で、響はもそもそと体操服を脱いで、繊維にも痛む乳首を晒す。
真っ赤になって二倍に腫れ上がった乳首を、昨日は舐められ噛まれて泣きそうになった。痛いのに屹立から雫が溢れ出し、内壁は乳首を噛まれる度にひくひくと尻襞に力が入り震え快楽を感じてしまい、響は恥ずかしくてたまらなかったのだ。
「バスケットボールが当たった方、クリップの先が刺さっとる」
藤井が指で外そうとして、響は痛みのあまりに悲鳴を噛み殺し、
「う~ん」
と藤井が悩み、最終的には保健室のピンセットで乳首を押しつぶすようにして、事務クリップを外してくれた。
「血が滲んどるから、消毒するしね」
「ひっ……」
ツン……とした痛みが走り、消毒綿で濡らされて、響は体操服を渡される。
「授業後案内するね。体育はこのままゆっくりしてなよ」
響はベッドに横になり、腕で顔を覆った。大丈夫、トランペットは吹かなくていいんだから……と何度も繰り返す。東京から逃げたこの西尾乃高校で、静かに暮らしていれば『あれ』はまだ無効なものになるのだ。
「音楽部の部室は三階の資料室だから。楽器を運び出すのも一苦労やし」
授業後渋々着いて行く響の後ろには、逃げないようにかいつの間にか黒田がいて、道案内よろしく藤井が資料室と書かれたプレートの扉を横にスライドした。
パイプ椅子に黒の譜面台。そして個人練習のざわついた音……。
音楽室でない安心感が響を安堵させたが、数名の男子生徒に注目され、緊張のあまり「ひゅう」と息を吸い込み、黒田が後ろ手に肩を抱きしめて来た。
「大丈夫だかん。心配すんな。息を吐けし」
このまま過呼吸になれば、黒田が公衆面前で口を塞いで来る。あれは後から本当に火が出るほど恥ずかしかったのだ。
「う、うん」
はあ…と何度か息を吐き動悸が治まると、藤井が
「見学さんやしね、今日のところは」
とパイプ椅子をガタガタと揺らして持って来て座らされた。
「うちはね、専属楽器を持って来られれば誰でもオッケーな男子音楽部やしね。学校には吹奏楽もあるから、部と言っても実際は同好会……サークルみたいなもんじゃんね。ええと……黒田はトランペットで」
椅子に座っても大きく見える黒田が、色あせた金のトランペットをケースから出していた。
「一番後ろの打楽器ならなんでもの打田さん。打田さんは留年してるし、同じ二年生」
三白眼の小柄な打田が
「よう、同級生の新人かよ」
と手をあげて来る。
「キーボードの白石さんは、熱で入院中。同じく留年二年生組。虚弱体質なん。あと、サックスの一年生は双子で、兄の中西優人くんと弟の中西秀人くん」
同じ顔の双子を見て、響は以前M響でご一緒した世界的なサックス奏者の中西英人を思い出した。独身のはずだから、甥とか親族かもしれない。
「二年生のギターの金城と、ベースの時岡。軽音部からの転部組。仲良し二人組だよ」
「沖縄出身の故郷は『遠い』のに『近い』きんじょーです。なんてな、よろしく。親の都合でこっちに引っ越してきてんさ」
丸刈りのおよそエレキギターを弾くより野球部と言った感じの金城と、その横でベースの調整をしていたさらさらそうな前髪を真ん中で分けた時岡が、
「金城、めちゃすべってるし」
と、恥ずかしそうに小さく手を振って来たので、とりあえず頭を下げておいた。
「吹奏楽部からたった一日で退部した一年の川原くん。クラリネット」
「あんな賞取りたがりのヒステリー集団はごめんです」
四角い眼鏡の背の高い一年生は、確か入学式で一年総代として謝辞を呼んだ秀才だ。
「三年生でボーンの森野先輩も、吹奏楽部脱会組で、音楽部創立メンバー」
ふんわりとした癖毛の髪をかしかしと掻き、優しい垂れ目な表情でぺこりと会釈をしてくる森野は、ボーンで
「こんにちは」
と音階で吹いて見せるパフォーマンスをしてくれた。
「ははっ、さすが。森野先輩のお茶目。幼稚園で人気者やし。あとは……部長の三年生の……」
扉が勢い開いて
「今週の営業日は土曜日。曲目は演歌」
と、涼しげな目元の青年が入って来て、びくりと肩を震わせた響を見下ろした。
「おやあ、副部長藤井くん、彼は誰だい?」
「榊先輩、彼は響くんです」
「うん?ああ、マネージャーか!僕が鞄持ち欲しいのを覚えていてくれたんだね。うん、採用!ただ、前髪がもっさいから、藤井のとこでカット。今すぐ」
「だから、見学で。え、今すぐですか?」
藤井が動揺していて、響に至っては事の成り行きが掴めずにいる。
「ああ、今すぐ。はい、演歌のスコアとパート譜面配るよ。あれ~白石、まだ休みかあ。ま、病院に持っていくかな。初見して、十分後音出しするよ。あ、藤井行って来て、散髪」
一年生双子の片割れとギターの丸刈りのブーイングの中でもマイペースな部長の榊に逆らえないようで、
「悪いこって、響くん」
と藤井に腕を掴まれ、黒田が楽譜とトランペットを置いて立ち上がり横に来たのを、榊がちらりと見送って、響は無言の混乱のまま、学校横の『藤井理髪店』に連れて行かれた。
確か頭髪検査に引っかかった学生御用達の理髪店で、正門で待ち構えている教師が、髪を染めた女生徒を連れて行ったのを見た事がある。
「え?あのっ」
「ここ、僕の家。姉さ~ん、カットいいかな?母さんはいいから」
理髪店の奥から、長い髪の若い女性が出て来て
「いいよぉ」
と小さく声を出した小柄な女性は半袖なのに、両腕の手首から肘にかけて長いサポーターをしていて、膝までありそうな長い髪とやたら細い身体が人間より人形のようで、響は居心地悪そうに椅子に座る。
「前髪カットと、全体を整えてん」
「え、あのっ、まっ……」
響は逃げ出そうとしたが、藤井の姉が水スプレーをかけて来てさく…とハサミを入れた。
「ひゃっ」
あれから一年以上伸ばした前髪を切られてしまう……目の前が明るくなって視界が開ける。『あれ』を忘れられそうなくらいに…。
「眉毛も少しカットするし」
小さな声を聞いて、頷く前に眉にカミソリが当てられ、薄目に痩せた腕から下がったサポーターの中から無数にリストカットの痕を見てしまい、慌てて目を閉じた。
肩まで伸びた緩い巻き髪を整えられ、響は久しぶりに前髪の中ではない視野で周りを捉える。
「え~なかなか……かわゆらしいな、黒田」
鏡に映った自分は、中学の頃とは違い、まるで別人みたいだった。緩めのウェイブの茶色ががった髪に、前髪を梳かれて淵が茶色いのに緑の瞳が露わになる。昔はもう少し茶色い瞳だったのに。
何世代か前にロシアの血が入っているとか聞いた顔は、顎が鋭角過ぎるかなと思う以外に、意外にも無様ではなく整っていて、人目を避けるように引きこもり気味過ごした肌は抜けるように白くて、少し外人みたいだった。
「瞳、少し緑がかってたんだ、へえ…綺麗な色、ね、黒田、黒田?」
「うっせ、部活に戻るぞ」
黒田がぽかん…と口を開けて鏡を覗き込んでいて、急に機嫌の悪くなり苦々しい感じで叫び、響は動揺したのだった。
「やあ、いいね、いいね。まるで夢見る王子様みたいだ」
資料室に戻るなり指揮棒をかったるそうに振っていた榊が、響に駆け寄って来て、指揮棒を藤井に寄越し、響を入院中の白石パートであるキーボードの椅子に座らせた。
回りのメンバーも驚いたように響を見ているから、響はいたたまれなくなり俯いてしまう。
「楽譜読めるかな?まあ、聞いていてごらんよ」
『北酒場』
『津軽海峡冬景色』
『天城越え』
『川の流れのように』
四曲のスコアがあり、昭和演歌で祖母が熱唱する響が知っている曲だ。
藤井がコンダクターなのにも驚いたが、初見で音出しが出来る彼らにも驚いて、その中で黒田のトランペットが耳にはいる。
そこは……もっと強く吹いて……黒田くん、ピストン番号違うよ……指がもつれ……そう立て直して……指が自然に動いてしまい、思わず苦笑してしまう。
ああ……吹きたいなあ。この音の渦の中に入りたい……響が切にそう思ってしまうほど、綺麗な音だった。
四曲が終わり、音出ししていた面々が楽器を片付け始めた。
「うちは基本イベントのある週の四時から六時までしか練習しないからね。さてと、マネージャーくんは僕と、今から白石の病院に行くよ。いいね、藤井くん」
「あ、じゃあ、僕も行きます。っと、黒田は?」
トランペットを片付けていた黒田が顔を上げて響を一瞬見て、目を逸らした。
「いや、俺は……」
その後に何か話しをしていたようだったが、響は真っ青になって再び俯いてしまう。理髪店から変だった黒田の様子に、響はどうしたらいいか分からず、榊と藤井に連れて行かれた病院で、ベッドに座る自分よりはるかに小柄な白石に楽譜を渡した。
「多分、明日には退院できるんで、練習に間に合うし、榊」
「主旋律のキーボードがいないと、締まらないからね」
「まあね、ま、そうやしな」
にこっ……と笑い榊と左手でハイタッチをする白石の腕は真っ白なのに点滴の青あざだらけで、響は目を逸らして上目遣いに二人の先輩の様子を見る。
「マネージャーだってな、響くん。榊にこき使われないように気にしとくし、いつでも言ってくれん」
「は、はい」
虚弱体質で辛いはずなのに入院中に笑顔で笑う白石の様子に、響はただ俯いているしかできず、それよりも黒田が着いて来なかったことがじくじくと胸を蝕んでいた。
「もう少し近況報告してるよ」
と言った病室に榊を置いて、学校近くで藤井と別れて、商店街を抜けてアパートに戻り階段を上がると、廊下を見渡す。いつもいるはずの長身がいなくて、アパートの鍵を開けたが、勿論いるはずもなく、響は玄関で靴を脱ぐとへたへたと座り込んだ。
別に一人でも……。前と一緒だからと思い、その瞬間、あの悪夢を見なくなっていた事実を思い出し、黒田の影を探す。黒田と眠るようになってから、たった十日程度だが、毎日のように見ていた悪夢を見ることはなかったのだ。
抱かれて疲れ果てて眠るからかもしれないし、黒田の元水泳部の腕に抱きしめられている安心感かもしれないが、中学校の悪夢は出て来なくて、夢自体も見ない深い眠りが響を優しく包んでくれていた。
黒田がいないとまた夢がやって来るかもしれない。それは悪夢であり、響を『あの時』に引きづり込むのだ。
急に喉が苦しくなって、
「ひゅっ」
と息を吸い込み、それは発作的にやって来て、息を吐き出さないとと焦るが全く出来ずにフローリングに崩れてもがく。
「ひゅ、ひゅうっ、ひ……」
藤井が過呼吸で死ぬことは無いと言っていたから、意識が遠ざかるのは気絶するだけだと理解している。だが、その後にやってくる眠りが怖かった。また、悪夢にうなされて叫びながら起きるのだ。
「響、おい、響っ」
フローリングに必死で爪を立てて気絶しないようにしていると、聞き慣れた低い声が響を呼んでいて、響は差し出された腕に縋り付き息が出来ない苦しさの中で叫んだ。
「黒田くっ……もっとひどいこっ……していいからっ!一人にしなっ……いで!一人だっ……夢をっ……ひゅーっ、げほっ、見るっ……嫌だっ、げほっ!」
「響、響、落ち着けっ!吐いて、吸え。ほら!」
響は黒田の厚めの唇に塞がれ、はあっ…と息を吐き、黒田の息を吸い込んだ。
「ふっ……ん……んっ……」
息を弾ませて黒田の呼吸に合わせると、胸が楽になり力が抜けてきて、舌を甘噛みされるとぞくと背中を甘い疼きが駆け上がってくる。
「お前、俺の話しを聞いてなかったんやな。一度うちに帰るってゆったん」
「え?」
「お仕置きやし」
響は黒田がぺろ…と舌舐めずりをしたのを、見てしまった。
裸に剥かれて布団の上にうつ伏せにされ、後ろ手に紐で括られてしまうと、尻を持ち上げられローションを垂らされ襞を拡げられる。
「あっ、なんでっ……」
「なんで縛るのかって?お前が嫌がることするからやし」
粘度の高いローションと毎日繰り返して行われる行為に、後孔はすぐに解れて柔らかくなり、響は確かな感触が欲しくて堪らなくなる。布団にバスタオルを引いた上にひっくり返し返されると、自分の背中に括られた手が押しつぶされて痛い。
黒田が器用にスキンを自分の屹立にかけるとさらにローションを塗り込めて、膝の上に抱え上げて切っ先をぬくりと押し込んで来た。
「あっ、んっ、んっ……」
ローションの助けを借りて腰が進むと、内壁が柔らかく軋んで長大な楔を受け止め、響は充足感にはあと甘いため息を着いてしまう。
「気持ち良さそうだな……じゃあ、お仕置きだ」
「え?」
乳首にキン……ッとした鋭い痛みが走って、摘み出される痛みに涙が溢れた。
「いったい……痛い!痛っ……あっ!あぐっ……」
目を見張ると今日の昼間まで事務用クリップで突き出されていた両乳首にプラスチック製の洗濯バサミがかけられ、鋭い痛みが脳天を突き抜ける。
「やめてっ、痛いっ!黒田くんっ!」
黒田が動くたびに、洗濯バサミが揺れて強烈な痛みが走るのに、手は塞がれていてどうにも出来なかった。
「すげえ締まるし……ははっ……痛いくせに」
黒田が洗濯バサミで潰すように突き出した乳首を黒田が舐めて来て響は顔を横に振る。
「い……痛いっ……やっ……あっ……やめっ!取って!ひっ……あっ!」
痛いのに内壁からぞくぞくとした快感が身体の末端まで広がり、それが急速に腰奥に集まって、カシと乳首を噛まれた瞬間、白濁が溢れ出し腹を温く濡らして、後孔に力が入り黒田の屹立をありありと感じ最奥を潰すように揺らされ
「ぁん……」
と甘い声が出た。
乳首が痛くてたまらない。なのに感じておかしくなりそうだ。更にうつ伏せにされて、痛くて洗濯バサミが床につかないように必死で膝を立てると、剥き出しの尻に切っ先が入り込み、深々と挿入出され、腰の裏壁が気持ち良くて腰を揺らす。
「やっ……痛……いっ、いたっ……あっ……あああっ!」
洗濯バサミが尻が揺れる度に酷く揺れて、泣きながら枕に顔を擦り付け、触られもせず屹立し白濁をとろとろと溢れさせながら、黒田の力強い激しい揺さぶりに再び内壁絶頂を感じ、息も絶え絶えに崩れてしまった。
甘いトマトソースの香りに、響は泥のような眠りから醒め、キッチンに緑がかった瞳を向ける。トランクスだけの黒田がキッチンで料理をしていて、響は裸のまま敷布に伸びており、ローションや放った白濁を拭いたようなバスタオルが横に置かれていた。
乳首を戒めていた洗濯バサミはなくなっていたが、真っ赤に腫れ上がり動くたびに痛みが走る。
「起きたん?飯にしまい」
敷布の横の座卓にトマト入りのあんかけパスタと、サラダを持って来られ、響はよろよろと身を起こした。
「……胸が痛い」
「ははっ。パンツいっちょで食えし」
膨らみ赤く腫れ上がった乳首は起き上がるとズキズキと痛み、響は黒田を睨んだが、黒田は嬉しそうに響の腫れて真っ赤な乳首にキスをして舌を這わせて来た。
「やっ……痛っ」
身を攀じるとさらに刺激となり、響は穂先がひくと半勃ちになり慌てて解放された手で覆い、グレーのボクサーパンツを履く。
「消毒、消毒。さ、食おうぜ」
響はどうしても聞きたいことがあって、横に座る黒田にしばらくしてから声をかけた。
「あの、髪切ってから……顔……目を合わせないのどうして……」
一年半近く誰とも喋らずに来て、うまく自分の気持ちを伝えることがさらに苦手になり、言葉を選んで短くなってしまう。
「あ~…なんだ。その……響の目があんまり綺麗やったし。見惚れちまうからやし」
パスタをフォークに絡めながら、黒田が真っ赤なるのを、響は新鮮な気持ちで見つめた。あの黒田が照れているのだ。
「ふ……あははははっ」
久しぶりに笑えて笑えて、涙が出てくる。
「笑うな、食べろし!」
「う、うんっ」
~3~
老人ホームに着くなり一部屋を貸し切り、メンバーが一斉に着替え始める。
「ス、スワローテール?」
響は『社務所用』と書かれた榊家の軽トラから楽器を降ろした後、衣装ケースを降ろして開くように指示され驚いた。
「響くんにもほら、予備のやつ。あ、少し大きいかもだけど」
白石のキーボードの横で楽譜を捲る役目を貰った響に、スワローテールを着た白石が衣装を寄越す。
「『音楽部』のユニフォームだよ。今日の演奏料で君のも買おうかね。あ、森野、蝶ネクタイ曲がってるし」
「え、白石、どこさ」
困った顔の森野のネクタイを直しに行ってしまった白石から渡された燕尾服に困っていると、黒田が近付いて来て響は口を開けてしまった。
制服の時よりも大人っぽい雰囲気に、上半身が綺麗に張り出しスワローテールが似合っていて、前髪を少し上げて固めているのに、心臓が跳ね上がり鼓動が早くなる。
「おんしだけ制服も目立つし。ジャージのスワローテールやから、気にするなし」
「え?あ……うん……」
誰もいなくなった控え室で着替え始める。学校のジャージの生地の黒のスワローテールは白いブラウスが縫い合わされ、真ん中の部分はジッパーで上げて整え、スラックスを脱ぐとジャージの下を履くと、低い舞台に自分たちでセッティングをしているメンバーに合流し、キーボードを設置している白石の手伝いをした。
「皆様、お待たせしました」
榊の司会と共に始まった慰問演奏会は、当初の人数の三倍は有に膨れ上がり広間は熱気に溢れ、響は白石の横で小さくなっている。
「さあ、楽しもうや、響くん」
榊の横笛の音色と共に、白石のキーボードが鳴り始めた。
楽譜にない装飾音符は、白石のオリジナルで、響はスコアを捲り回りの音を聞いている。
練習以上の音を引き出すのはやはりステージだ。しかも『音楽部』は大小関係なく年間ステージが膨大で、毎回人に見られる緊張間に晒され音は磨かれ、音楽を聞いてもらうことにより報酬を得ているという。
ある意味、プロだと思う。
演奏は順調に進み、四曲目の美空ひばりの『川の流れのように』に入る所で、白石は
「気持ちわりい……」
と身体を丸めた。
「え?大丈夫ですか?」
蒼白になった白石が
「無理。席代わって。右手だけでいいんだ」
と呟いた。
キーボードが主旋律のこの曲は老人に歌詞カードが配られ合唱になるのだが、白石が汗を額に滲ませ苦悶の表情になり、キーボードに突っ伏しそうになるのを止めて、響は自分の座る椅子に白石を座らせた。
トランペットじゃないんだから大丈夫。そう、トランペットではないんだから『あれ』は無効な筈だと、自分に言い聞かせ叱咤する。
ここは、舞台だ。
失敗は許されない。
藤井が息を呑んでタクトを上げる。
装飾音符はつけられないが、楽譜に忠実に弾く言葉できる。
「「知らず知らず歩いて来た、細く長いこの道…」
横笛が響き、ドラムとギター、ベースがサポートし、トランペットとトロンボーンが鳴り始め、サックスとクラリネットが郷愁を誘う。そんなコラボレーションの一体に涙が出そうになり、なによりも老人達を含む家族の歌声の大合唱に、響は弾きながら泣いてしまった。
中学校の頃の演奏は未熟なくせに「聞け」と言わんばかりの僭越的なもので、『音楽部』の聞いて下さいという真摯な音はなく、また観客が一体化する喜びも知らなかった。
あまつさえ、演奏途中の拍手ですら、イラついていた自分に情けなくなり、更に涙が出た。音楽は音を楽しむのだという本質が、ここにはある。
「それでは皆様ありがとうございました!」
拍手が巻き起こり涙していた陶酔から我に返り、響は横でぐったりとしている白石を連れて控え室に入ると、すぐに森野が慌てて追いかけて来て、ソファに横たわる白石の横で鞄から驚くことに聴診器を出し、電子体温計とでバイタルを確かめ始める。
「森野……入院は嫌やし……」
「大丈夫。人いきれにあたったんやし。熱もないがね。脈が少し早いかな、うん、白石うちに帰れるし。響くんタクシーを呼んでくれへんか?」
「は……はい」
響は言われるがまま、スマホでタクシーを呼んだ。それから、なんだか忙しかった。白石をタクシーに乗せて、軽トラに楽器を運び、老人ホームの院長に挨拶する部長の横にいて、謝礼を受け取ったりと、黒田と話す暇もない。
学校に楽器を運び込み、第二音楽準備室に楽器を運んでいるのを横目で見ながら、階上に上がり資料室を閉めると、響は緊張していた身体を解そうとため息を付く。
「響、泣いたやろ。跡がある」
ずっと手伝ってくれていた黒田が、本当に心配してくれているのが少しだけ笑えて、響は鍵を返しに職員室に向かった藤井を見送ると、ひと気のない廊下で黒田に告げた。
「でも……トランペットを吹かなければ……大丈夫」
トランペットさえ吹かなければ……大丈夫。あれは……どんな意味やんな……。廊下で聞いてしまった藤井は頭の中で反芻していた。
ゴールデンウイーク前の月曜日、しとしとと雨が降っている。
商店街は既にゴールデンウイークイベント週間になっていて、昨日の日曜日の商店街ミュージックジャンボリーでは、午前午後とアニメソングを中心に八曲編成で出演し、興行的は大成功だが学生本分の学業にどうにも身が入らない。
イベントぼけというやつかもしれない。
響に至っては発熱で休んでいるし、強制同棲をしている黒田は慌てふためいているしで、宥めたりとどうにもこうにも疲れが残り、午後の厳しく眠い英語の授業でつい居眠りをしてしまった。
「う~ん…」
藤井はそれがばれて、居残り自習をさせられているわけだが、少し前の老人ホーム慰問演奏会の後の学校で、響が黒田に話していた言葉を思い出す。
報告と収入を仮顧問に渡すため鍵を返しに職員室に行こうとして、黒田に鞄を昇降口に持って来てもらえるように頼もうと、踵を返した廊下で響の『発言』を聞いてしまった。
それがどういう事なのか、黒田に聞いてみたかったのだが、今日も黒田はとんぼ返りで帰宅したようで、藤井にしても近頃の響の様子についつい忘れていたのだ。
「響京介くん……かあ」
前髪を切った次の日の教室は、女子の甲高い黄色い悲鳴で始まり、何日かは囲まれる時間があったが困ったように黙っている響だった。女子は彼氏にはならない不可侵の『観賞用』と位置付けたようだった。
音楽部では、部長の榊の鞄持ちとしてあちこちの営業に同行したり、白石とキーボードを弾いたりしていたりしていて、白石とその横にいる森野と話しをしている姿を見ていたし、もちろん黒田とはあまり口ごもることなく話しているしで、演奏会では白石と二人で弾くこともあるから、すっかり問題は払拭しているように感じていたが少し違和感がある。
トランペットが本分なのならば、コンダクターとして聞いてみたいものである。
「藤井先輩、いたいた。優人、いたよ」
一年生の中西双子が、ひと気のない教室に走り込んでくる。
「なにやっとるんですか?」
優等生の優人に聞かれて、藤井は少し苦笑いをしながら、
「英語の居眠りペナルティ」
と答えると、優人に
「コンダクター、お疲れ様です」
と頭を下げられてしまい、苦いながらも軽く笑うしかない。
「昨日のミュージックジャンボリー、ローカル局でテレビ中継されていてね、叔父さんが見とったんっすよ」
優人を押しのけて秀人が、興奮して早口でまくし立てる。
「で、響先輩がキーボード弾いてるのを見て、なんでトランペット吹いてないん?なんでウィーンに留学してないん?って、びっくりしてたんっすよ」
藤井は秀人を見上げた。
「中西くんたちの叔父さんって、M響のサックス奏者だよね」
秀人はスマホを探して横を向いてしまい、優人が話し始める。
「はい。叔父は響先輩と二年前に演奏したんです。M響アワース『未来の演奏家スペシャル』テレビ収録もありました。その時引率の教諭から、響先輩の留学の話を聞いたそうです」
「留学」
「あった!これ、響先輩の出てる奴やし!」
スマホを突き付けられ、藤井は画面を見る。
『展覧会の絵・プロムナード』と表示された画面に、今より髪の短い響がきっと凛々しく顔を上げて後ろにM響を従え、ピアノ脇でトランペットを構えている。
ソロの位置だ。まさか、吹くのかと藤井が思った瞬間、銀のトランペットに口をつけ、指揮棒に合わせて吹き始め、藤井はスマホを落としそうになる。
「なっ」
藤井がおよそ聞いたことがない澄んだ高音のトランペットの音が、そこにあった。
身体が小さいのに圧倒的な音量と、キレのあるタンギング。全くブレない音振りは、M響が鳴り始めても聞き劣りせず、中学生ながらもトランペットソリストの片鱗を見せていた。
「おいっ!なんっだよ……この音!」
隣のクラスの同じく英語ペナルティを受けていた打田が、教室に入ってくる。
「すっげ!あれ、響、トランペット吹いて……つか、この制服、東京の音楽大付属中じゃね?」
藤井ももう一度見るが、詳しくはなくてどうこう言えずにいると、響の映像は消えて信じられないような音の演奏は終わった。
「響先輩、絶対音感があるしさあ。いずれM響にってオーナーからも言われていたらしいよ?なんでトランペット辞めたんやろね?」
秀人の意見はもっともだ。
あれだけの音をもっているなら、こんなコンクールにも全く無縁なこの田舎の高校になぜ来たのだろう。
打田が腕組みをして、
「俺、東京のゲーセンで聞いたことある。部長のくせに無責任にも急に部活辞めて、学校も来なくなった奴。副部長が代わりをして、付属中の吹奏楽部を日本一に導いたらしい。これ、響か?」
と言い出した。
今の響の様子からして、部長だとか、急に部活を辞めてとか、考えられなかったが……映像の演奏家としての響は、生き生きと凛としていて、いつも俯きがちな今の響とは違って見える。
響が怯える
『トランペット』
『音楽室』
にキーワードがあるのだろうが、それに触れることには躊躇われた。
「とりあえず……この話は置いておこう。響くんの過去を暴いても意味はない」
藤井はそう締めることにした。
昼前から雨が降っているのも止む気配がなく、嫌な感じの日だった。
「むっ……ぐぅっ……ふっ……ふっ……ぅ」
響は机にうつ伏せにされ、下着ごとスラックスを脱がされた両足を左右に開かれた状態で机の左右の鉄足に括られた惨めな状態で、尻の狭間が剥き出しにされていた。
腕も後ろ手に括られ、口の中には何かの布が押し込まれて、声が出せない響は目隠しもされておりただ呻くしかない。
響は授業後、誰よりも早く部活に来ると音楽室に椅子を並べ、譜面台をセッティングしていた。響が中学二年生の秋、部長になってから、ずっとやっていていることだった。
今年の県大会は金賞を取り、全国大会への布石になった。
三年生になってからはコンクールの為の部活では、響もかなり厳しいことを言ったし、練習も長かったから今日は少し短めにして、個々のパート練習に費やして……など、副部長に相談しなくては考えていた矢先だった。
響は指揮者のスコアが置けるように、教室用の机を真ん中に置いた後、後ろから叩かれて床に頭を打ち付け少し意識が飛んでいた。意識が戻ると信じられない格好で縛られていて、聞こえてくる声に総毛立つ。
「尻の穴に突っ込むなら、なんかいるだろ?」
「んーと、トランペットオイルで良くね?」
「いらねえよ、もったいない」
声と共に、尻を左右から捕まえられた。狭間に冷たい風が辺り、芯から冷える感じがする。
「んっ……んっ……うんっ……」
声も出せず響は頭を振り逃れようとしたが、縛られた身体は全く動けず、熱い切っ先が内壁をいきなり蹂躙した。
「どけよ、突っ込むから!狭っ……」
この声は……まさか……時任……!
「うぐっ……ぐうっ……うっ……ふっ……ぐっ……!」
強烈な痛みに、目隠しをされた布が涙で染みる。下腹が摩擦で熱くなり白濁を注がれて、一度尻から重みが離れ、再び尻に別の手を掛けられた。
「はは……二回目だと簡単に入る。めっちゃ締まるっ……やっべ……出る!」
この声もトランペットパートの……どうして……朦朧としながら考える。
尻を掴まれ奥底に体液を排出されるのは、襞に当たる相手の裏筋の緊張で分かった。
「次、傲慢な部長に粛清~」
すぐに終わるかと思っていた侮辱は、二人目、三人目と続き、中に排出され漏れた精液でぬるつく襞をいたぶり続け、呪いのような残滓を体内に溢れさせて行く。
「ひっ……ぐっ……ぐっ……!」
身体を抑え込まれ力任せ無茶苦茶に挿入出される犯され方をされ、太腿に生暖かい液体がどろりと伝い、酸化する白濁の臭いに吐きそうになった。
「ケツの穴、左右に広げろよ」
低いその声には、聞き覚えがあった。
ひときわ身体の大きな同級生で、響の指示に従わない事も多かった奴だ。尻肉を左右に無理矢理掴まれて開かれ、襞が楕円に引き攣れた孔に楔がきつく打ち込まれ、
「ひぐっ…ぐ…!」
ときつい痛みに悲鳴と涙が溢れる。一番辛い挿入になった。
「ぐっちょぐちょだなあ、ケツ」
低い嘲笑と、無慈悲な行為はまだ終わらず、
「次、かわれよ。部活終わっちまう」
どれだけの人間に犯されたのか分からないが、部活終了の音楽が流れて、笑いながら人の気配が消えて行き、響は尻襞に力が入らず精液の伝う独特の臭いの中で、縛られた状態のまま取り残された。
最後の方は脱力し意識が朦朧としていた響は、冷たい空気と雨の音に我に返って行く。
こんな姿を……誰かに……先生に見られたら……自分だけではなく、ほかの部員に、両親に迷惑がかかる。
「ふっ……ぐうっ……ぐっ……ぐ……がっ!」
誰か……助け……助けて!
「……助けてっ」
響の様子がおかしい。
テレビのボリュームを下げながら、宿題をしていた黒田がもがくような響の仕草に手を握った。
「響……響!おい!」
「助け……助けて!」
泣きながらめちゃくちゃに暴れて、黒田の顔に短めの爪がかかる。
「いっ……て、響!」
響が我に返り荒い息を吐きながら、汗まみれの手を引っ込めた。
「響、夢だ」
「夢……そう……夢。夢なんだ……」
熱がかなり上がっていて、うわごとのように夢という言葉を繰り返し、荒い息を吐く響を抱きしめる。
「響……お前、何があった?前もそうだ。雨の日はおかしい」
夕方の西日がきつい響の部屋で、クーラーを効かせすぎないようにと控え気味にしていると暑く、半身裸の黒田は響の熱と悪夢で汗まみれの顔をタオルで拭いて聞いた。
「部活の時間……吹奏楽部員に……机に縛られて、見えないし……身動きが取れないくて……気持ち悪いのに、何人も……何十人も……宇崎くん……宇崎くん……が助けて……助け……く……」
朦朧としうわ言のように呟き、抱きしめていた響が涙を流しながら眠りに入り、軽くしゃくり上げながら無意識に熱い手を黒田の背中に回してくる。
「くそっ」
黒田は抱きしめていた響を、ゆっくりと敷布に寝かせた。
『してやる!』
と黒田が言った時に
『こんなこと慣れている』
と吐き捨てた響の言葉。
音楽部の為に響を腕づくのセックスで取り込んだのだから、響を過去に犯した何人かと同じだ。響がトランペットを吹かない理由は、多分部員に強姦されたからだ。そして脅された。
「俺は……」
響の言葉の先にあるものを見ていなかった。東京の都会にいたから性的体験が安易な環境にいたと揶揄する自分がいた。響に性経験があるのにもやきもちを妬いていた。
しかし……。
響の抱える悪夢は、黒田にとって重くて苦しいものとなって黒田は頭を抱えた。
響の熱はなかなか下がらず、黒田は嫌がる響を自転車の荷台に乗せて、病院の午後診療に連れて行った。
「……あれ?」
森野がパンツスタイルの看護服を着て、老人が乗る車椅子を押していた。
「すんません、初診です」
「……君じゃないよね?」
「はい、響です」
「わあ……大丈夫?」
ぐったりとして肩に掴まっている響を見て、いつもおっとりとしている森野が慌てて看護師を呼んで、響を処置室のベッドに横たえることができ、黒田は受付に行き診察前所見ボードを渡され、響の生年月日すら知らず処置室に向かう。
「トランペット……好きなん?やればいいじゃん。白石に言わせると、人生何があるかわからんし、やるの今やろ!って」
森野の柔らかい高めのテノールが、処置室に流れていた。
「左手の腱を切ったてしまったので……長い間構えていられません……」
「切ってしまった?見せてみ。……自分でやったんちがう?」
「……はい」
「縫ってあるね。リハビリは?」
「していません。したくなくて必要なかったので」
黒田は胸の奥が痛くなり、その場で立ち尽くしてしまう。藤井が響の左手首の傷は自傷ではないかと話していた。
腱が切れるくらい深い傷を刻み込んだ辛い強姦と同等の行為を、黒田は響に強いていたのだ。黒田はボードを握りしめたまま、涙が出てきた。
響を傷つけ続けていたのだ。
自分が舞い上がっていた最中に。
肺炎で一晩入院した響は、同じく発熱から免疫低下していた白石と同室になり、同じように点滴を受けていた。
「おんなじウィルス拾ったのかね、きっとどこかのイベントだし」
白石は気だるそうに電動ベッドを上げて、もたれかかり座っている。
「なあ、トランペット、好きやろ、響」
「え……?」
昼過ぎの二人部屋に眩しい程の光が差し込んで来て、白石の色素の薄い髪と、抜けるような肌の白さを輝かせ天使のようで、響は思わず顔を上げた。
「黒田のパートの時によく指が動いてるし。森野がね、右手の小指がトランペット変形してるって言っとったよ」
全くもって無意識だったから、響は驚いてベッドから白石に向いた。白石は視線を合わせず、まっすぐに白い壁を見つめている。
「おんしが何故やらないのか、俺には分からんけど。でも、後悔するし?人間、本当にいつ死ぬか分んのだから、今を精一杯生きないといかん」
白石は小学生の頃から、原因不明の脱水症状と免疫低下症候群の為、発熱すると臓器のほとんどが炎症してしまうそうで、そのため入退院を繰り返していた。
幼馴染みの森野と打田と榊がプレゼントしたキーボードに、無気力になっていた白石がのめり込み、その白石の活動の場所として音楽部を立ち上げたのだと、藤井から聞いている。
常に死を身近に感じ続けている白石の言葉は、響にとって重かった。響も何日か死の淵を彷徨ったのだから。
「はい。考えてみます……」
それだけしか言えなかった。
一日入院の後響は自宅静養を言い渡され、一週間学校を休んでいて、初めの頃は高熱の後の怠さが抜けず、だらだらと寝たり起きたりしていたが、しばらくするとむずむずと落ち着かなくなって来た。
黒田は献身的に看病してくるし、三食昼寝付きで体力が余ってくると性欲も湧いてきて、なのに黒田は背後から抱きしめてきても、それ以上のことはしてこない。
黒田の男らしい若木のような香りに包まれるだけで下腹が切なくなるのに、病後気を使ってなのだろうか分からないでいた。
「あの……黒田くん」
あとから布団に入って来て後ろから抱きしめてきた黒田の腕を、初めて自分から解く。
人生初の肺炎に至る発熱は、響の中のうじうじもやもやした気持ちを昇華したかのようで、部屋の中でも絶対に外すことがなかった左手首のリストバンドも外していたし、黒田になら『あのこと』も、全てを話せるような気がしていたのだ。
「響……ごめん」
月明かりに黒田が泣いていた。
「……くろ……だ……くん?」
黒田が敷布に座り込み、壁にもたれて片手で顔を覆い頭を下げる。
「俺は……おんしに、あいつらんとうと同じことをした……」
黒田の微かな嗚咽に、
「……知ってたんだ……いつから……」
と響は脱力した。
「黒田くんとは違うよ……。彼らは卑怯だった」
と、月明かりの中で、左手首の傷を見つめた。
「僕は……」
知られて……全てが終わってしまったとしても、それが触らない理由だとしても、響はどうしても話したかったのだ。
「ふ、付属中学で部長になって舞い上がっていたんだと思う。ぶ、部員に憎まれて、その……」
レイプされたと言うべきか、犯されたと言うべきか悩んで、もう知られているならと、一番嫌な言葉でと開き直る。
「ご、強姦ってやつ……かな。部活時間内されて、腹ばいに机に縛られたままだった、ぼ、僕を助けてくれたのは宇崎くんで、副部長の宇崎くんは第一トランペット達から写メを送られて、あ、慌てて来てくれたんだ。彼のタオルを潰してき、綺麗にしてくれたし…」
身支度まで手伝ってくれた部活でも、音楽教室でも一緒だった頼れる親友は、響の姿にも冷静だった。
「スマホの写真を見せてもらった時、す、すごくショックだったよ。時任くんが怒った顔してて、ほ、本当にされてる写真だったし。時任くんたちは、僕が部活を辞めてトランペットをやらないと、ち、誓わなければ、写真をネットにまくって……。僕はもうぼろぼろで、た、多分頷いてうちに帰ったんだと思う」
ずっとトランペットを吹いていた。毎日の部活とその後のレッスン。夜中に帰って必ずイメージトレーニングをして……。宿題と予習復習は学校の休み時間にやっていた、そんな大好きなトランペット中心の生活を取り上げられるなら……いっそ。
「そ、その時はトランペットが全てで、出来ないなら腕はいらないって思い込んで……おかしかったんだ……。帰るなりキッチンの包丁の歯を手首内側に叩きつけて」
黒田が涙を流した顔をあげ、響と目が合い響は眉をひそめる黒田の男らしい顔が好きだな……と思った。
「ほ、包丁は骨で止まったんだけど、腱と血管を切って緊急手術と輸血。ぼ、僕は失血で意識低下で……何日か危険だったみたい。め、目が覚めたらもうどうでも良くなったんだ……」
学校に行かなくなり、喋らない人形のようになり、腫れ物を触るような両親から逃げた。曽祖母が入院する特別養護老人ホームを毎日見舞うことを条件に、都心から離れた私立西尾乃高校に入学した。その曽祖母も去年の夏休みに亡くなり、無味乾燥な日々を送って来た響の心をこじ開けて、トランペットの音を入れて来た黒田を、驚きはしたが疎ましく思ったことはない。
「僕は……あの……く、黒田くんのことが好きだ……と思う」
黒田が目を丸くしているのがわかり、何だか嬉しくなった。
「だから……されたいし……して欲しいんだ。その…さ、触るだけじゃなくて……あの『黒田くんのしたいようにしりん』」
たどたどしい精一杯の三河弁の言葉がどんなにか黒田を嬉しくさせ高ぶらせたのか、響には知る由もなかったが、黒田が響の左手首にキスをし、頬にキスをして唇に触れて来る。
少しざらついた舌が唇を舐め、舌を絡めて来て、響はじんと下腹が重くなるのを感じる。
「……どんな風にされたん?」
「え……なにが?え?」
久しぶりのキスに酔いしれていた響は、黒田が
「た、確か……後ろ手に縛って」
と呟きながら、たたんであるフェイスタオルで手首を縛り、敷布を折りたたんで腹の下に置いた所にうつ伏せに押し倒されてしまう。
「少し低いけどいいかん?見えない……と、あと、目隠しか」
黒田がにやにやしながらかけてある学生服からネクタイを抜くと、響の瞳を覆い、『あの時』みたいに下着ごとズボンを脱がされて、響は既に兆している穂先に指をかけられ、びく…と身体を震わせる。
「なあ、時任とかにヤられた時、感じたか?」
響は切っ先をぬるぬると触られては、悶えるように感じてしまい、しかし決定打のない快楽に甘いため息をつく。
「こ……怖かったから……見えないし…」
「じゃ、感じてないんだな」
ラテックスの臭いがして、指が解放に向かうと響は安堵に身をよじると、響の多めの柔らかな陰毛を掻き分けるようにして、スキンできつく結ばれてしまい、排出への道が閉ざされてしまった。
「やっ……だ!黒田くんっ。い……痛い!」
「感じなかったんだろ?こうしないと、俺の気が済まない」
折りたたんだ敷布の上にうつ伏せにされ、尻を突き出した状態で黒田の目に狭間をさらしている恥ずかしさに顔が熱い。
襞にジェルを塗られ指が伸ばすように広げられ、むず痒い感じのもどかしさに後ろ手に縛られた手を握りしめた。
「感じたらいかんでな、響」
初めての態勢で『あの時』と同じように犯されているのに、黒田に馴染んだ身体が快楽を甘受する。
屹立先が襞につき、
「あ……んんっ!」
と声が出て一気に突き刺され、尾骨側の内壁が気持ち良くて背をそらした。
「感じるなし、響」
含み笑いが聞こえていたが、響は慣れて感じる屹立が痛くて涙が出て、
「前外して……」
と懇願する。
「駄目、部活終了だと……二時間やしな」
後ろから深々と挿入出されると襞が拡がり、尾てい骨が痺れてしまい、脚に力が入らないで敷布に力無く伏した。
「やっ……あっ……あっ……あああっ!」
腰側の襞がひくひくっと痙攣して、甘い痺れが手足を支配する。
「くっ……」
襞が快楽に屹立を締め付け、黒田の熱く重たい白濁が内壁に排出されたのが分かり、初めての時のようにじんわりと腹が温かくなった。
「黒田くん……も……やだっ……出したいっ」
「中でも感じたらいかんて、ほら」
中に出された白濁を混ぜ返すように掻き回されて、響は排出したくて涙を流す。
「あっ!だめっ……動かないっ……うあっ!」
襞がきゅう…と充実した屹立を締め付け感じてしまうし、しかも一番感じる内壁の奥底を重点的に責められて、響はどうにも出来ずに尻を揺らす。
後ろからこんなにも突かれておかしくなりそうで、尻襞も奥の壁も柔らかくなり、排出出来ないため異常に敏感になって、ただ黒田の熱さに翻弄されていた。
「黒田くん……助けっ……もっ……やだっ……またっ……ひぃっ……んんっ!」
「お前の中、ぶっ壊したる」
響はびくっと背を反らして内壁絶頂に達し、腰奥の煮こごった熱さを排出したくて掛布に屹立を擦り付ける。
「はっ……はあっ……はあっ……ぁん……」
小刻みな絶頂が繰り返し襲い、体力不足から気が遠くなりかけた響は、ずるりと屹立が抜けて我に返った。
最奥に幾度目かの白濁が肉の楔が無くなることにより中から溢れ出て、脚を伝う感覚すら快楽になり響は背を震えた。
「……なに……?……え……あっ……ああ!」
目隠しをされている目元がほんのり明るくなり、再び襞をくちゅと揺らし、屹立が入り激しく貫かれる。
「あれ?ハメ画になるじゃん?俺の顔なんて写らんし。インカメラにすんのか?したらお前の頭写んないやんか」
スマホのカメラのシャッター音が聞こえて響は顔に血が登り、真っ赤になって暴れると黒田の屹立を締めてしまい、
「ふぁっ……」
と快楽にすり替わり喘いで悶えたが、恥ずかしくて涙が溢れる。
「泣きやんなや……」
羞恥に涙が出てしまい止まらなくなった響は前に手を感じ、戒めていたスキンを外してもらい、反り返る屹立を揉むように扱かれ、気が遠くなるほどの気持ちよさに歯をくいしばった。
「んっ……んっ……んっ……うっ……出る……っ」
後ろからも思い切り突き上げられ、握りこまれた屹立からやっと溢れ出す。溜まりに溜まった煮こごりが溶けて排出されて行く感覚に、通り道すら気持ち良くて、内壁もうねるような絶頂に腰を抜かしそうになる。
「もうじき二時間かあ……響、これで許してやるよ」
屹立を抜かれて響は脱力した。
しかしそれだけでは終わらず、その尻肉を左右に広げられて、
「尻に力を入れて中から出せし。俺の出したの」
と囁いて来たのだ。
「え……やだよ。いや……やだっ!」
「出せよ、ほら、力を入れろよ!拡げてやっから……」
尻襞に二本の指が入り楕円に伸ばして来て、トロトロと白濁が伝うのがわかる。
「ほら、出せて!響!」
叱られるように叫ばれて、響は下腹に何とか力を入れた。
「ううっ……くぁっ……ふっ……んっ!」
とぷぷ…と塊のように白濁が押し出され、双珠を伝い下にぼとぼとと落ち、残りが太腿を伝うのが恥ずかしい。
黒田に言われて何度か力をいれると、もう脚に力が入らなくて、ぐったりと敷布に伏せたまま啜り泣く。目隠しが外され電気のついた部屋で、恥ずかしい格好をさせられていたのを知り、さらに真っ赤になり、手枷であるタオルを外されて、尻の狭間を拭かれた。
「すっげ……どろっどろ……」
太腿を拭かれて掛布を腹から抜かれて、敷布に転がるが身体に全く力が入らない。
「響、結構綺麗に撮れたぜ?」
汗だくで全裸の黒田が嬉しそうにスマホの画面を、ぐったりと横になる響に見せて来た。
乱れた緩い巻き髪と白い背中、快楽のため桃色に色づいた尻には、白濁をまとい鈍色に光る赤黒い屹立が入り込み、引き締まる黒田の下腹と黒く艶めいた下生えが映る。
「やっ……なんでっ」
「あと、これな」
拡げられた尻の狭間から白濁が溢れ出ている動画には、自分の必死で押し殺した声が聞こえていて……。
「響、トランペット吹くよな?」
響は蒼白になった。
うつ伏せに腕を縛られて……ああ……またあの夢だと、響は夢の中で目を伏した。どうしてこんなに嫌われていたんだろう…とぼんやりと思う。響は何人もの部員に、後ろから犯されながら涙する。
「んっ……あっ……」
しかし急にぞくぞく…と快楽がせり上がり、長大な張りに響は腰を振った。それが…急速に馴染んだ快楽に変わる。そして排出の戒めをされた強烈な記憶を揺さぶる。
「やっ……出させて!」
「お前の中、ぶっ壊してやる」
腰が抜けそうな快楽と、溜まりに溜まった白濁の飛沫……。
「な、これ待受にしていいか?」
桃色に染まる尻を貫く赤黒い屹立の画像に、羞恥が増した。
「やめてよ、黒田くんっ!」
と、叫んで目を見開いた。
「……あれ?」
中学時代の夢を見ていたはずなのに。
途中から黒田に変わり……気持ち良くて……。
「わ……あっ……どうしよ……」
横で抱きつくように寝ている黒田を起こさないように、響は下着に手を入れた。べっとりとした湿り気は、響の夢の中で排出した体液そのもので、夢精をしてしまった恥ずかしさに、身体に乗っている黒田の腕を引き剥がそうとする。
「ん…響どした?まだ早い…」
「あ、あの、黒田くん起きたいんだけど……ト……トイレに……ダメ……やだっ!」
黒田の手が下肢に向かい響は腕を掴むが、パジャマのズボンを弄られて真っ赤になった。
「ん~……出すなら……んん?」
黒田が気づいたらしく、響はズボンから黒田の手を引き抜くと、
「もう、黒田くんが夢の中で変なことするから!」
と慌ててバスルームに走って行き、ドラム式洗濯機に下着とズボンを投げ入れて、恥ずかしさにシャワーを浴びる。
初めはいつもの嫌な夢だったのに、黒田にされた行為に変わり……。
あの二時間の後は本当に快楽に腰が抜けて、シャワーも抱っこされてするような恥ずかしい状態になり、治まったら軽い発熱と筋肉痛に悩まされ、やっと今日から学校だ。
授業は別クラスだが、黒田が勉強を教えてくれていたし安心していた。ただ……朝の特別部活でトランペットを吹く、そんな緊張感に変な夢を見たのだろう。
「響、入るし」
「もう出るから……。く……黒田くん!」
入って来た黒田のそそり立つ穂先を、シャワーミストの中で押し付けられ、壁に追い詰められた。
「俺の夢で夢精したん?なんかすっげえ嬉しくて勃った」
「そんなのっ……んぅっ……」
響は穂先を愛撫され大きな手に包まれて、黒田の屹立と合わせて追い詰められ、黒田の筋肉の厚い肩にすがりつく。
「んっ……あっ……あっ……ぅんっ……」
「響の……気持ちいい…」
屹立先を合わせられこらえ性のない響が先に飛沫し、そのぬめりを使い黒田が吐精し、その二つの白が水に溶けて行った。
「大丈夫だ、ここは田舎だ。東京にわかる訳はない」
時任達にトランペットを吹いたら写真をばらまくと脅された響は、
「どうせ田舎だ」
と黒田に鼻で笑われたのだ。
「演奏も市内かせいぜい隣町。コンクールに出るわけでもない。分かるわけがない」
ちゅと唇を合わせられて、響は躊躇いがちに頷く。
「でも……」
「待受にすっぞ」
宇崎から見せられた携帯写真とは別のアングルで撮られた響の画像を盾に取る黒田を、身長差もあり下から泣きそうに睨み見上げた。
「可愛い顔してもダメだ」
応援ありがとうございます!
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