41 / 60
恐怖。
しおりを挟む――なんでだ。
誰かにずっと見られている。
気の所為なんかじゃない。
――どうして、
その視線は暗闇の奥から、ずっと見ている。
見ても何も居ないのに。
誰かに付けられている。
歩くとゆっくり、走ると同じように走る。
同じ速度で、誰かに付けられている。
ズル、ズルと、何かが這い寄る音が聞こえる。
それは日に日に近付いている。
×
「……怖い」
ぽつりと、若い子供は呟いた。
誰がに見られているのに、誰かに付けられているのに、姿が見えない。
少し前までは気のせいかも、と思える程に回数は少なかった。
しかし、最近ではずっと、3人は視線を感じていた。
「一体、なんだってんだ!」
若い男は忌々し気に吐き捨てた。 だが、男の目の下には濃い隈があり、やつれていた。
「誰が見てるっていうの」
震える若い女の以前のような気の強さは形を潜め、ただただ怯えて蹲っている。
何かが、近付いてくる。
姿は見せずに、存在感だけがそこにあった。
ざり、ざり、ざり。
壁の向こうから、何かを引きずるような音がした。
「……また、来た」
若い子供は呟く。
×
拠点の物の位置がずれていた。
閉めていた筈の窓が開いていた。
誰かの手の跡が残っている。
誰かの気配が、そこに有る。
「――どうして?!」
もう耐え切れない、とばかりに若い女は叫んだ。
「……分かんねぇよ」
静かにしろ、と若い男が苛立ちを隠さずに返す。 どんなに移動しても、どんなに拠点を変えても、『何か』が自分達の周囲を付け回っている。
訳の分からない状態に、3人の心は限界だった。 ――ただでさえ、仮の面からの追手が来ないか気にしている状態だというのに。
「……絶対、誰かがいる筈なんだ」
若い子供は騒ぐ二人から離れ、自身に言い聞かせるように呟く。
現在3人が拠点にしているのは、とある治安の悪い世界の、人間が多い街だった。 そこで、格安のゴミ溜のような宿屋で寝泊りをしていた。
顔を洗いに、子供は洗面台に立つ。 申し訳程度の蛇口と器しかない、藻の生えた小さな洗面台だ。 レバーを捻り、水垢や赤カビ塗れの蛇口から塩素臭の強い水道水が流れる。 それを自作の濾過装置に流し込み、そこから出た水で顔を洗う。
顔を洗い鏡を見ると、にまっと嘲る様に嗤う自分が――
「うわっ?!」
子供は思わず飛び退き、手に持っていた濾過装置を取り落とした。
再び、鏡を見る。 いつもの自分の顔だった。
「……気の、せい」
「ちょっと、急に叫ばないでよ!」
「そうだ、うるせぇぞ!」
子供の叫び声で、男と女が文句を言いに集まった。
「ここ、狭いんだから集まらないで――」
子供が顔を顰めて二人を振り返り、言葉を止めた。
「どぉーもぉ、皆さぁーん」
洗面所の出入り口を塞ぐように、人の形をした犬のような何かが立っていた。
「確か……仮面の、」
男の掠れた声が聞こえた。
「この子、落としていったでしょう?」
と、手に乗せた、蛞蝓と鼠を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような怪物を、3人に見せる。
「っそ、そんなの知らない、」
女が言い返すが、その声を聞いた途端、鼠蛞蝓はとても嬉しそうに蠢いた。
「ひっ、」
「おやぁ、アナタが『不安』ちゃんの持ち主でしたか」
怯える女を見、ケタケタと声を上げて笑う。
「じゃあ、『焦り』は……そこのカワイイ子ですかぁ?」
と、子供の方をとじゅるり、と舌舐めずりをする。
「な、なんの用だ?!」
よせば良いのに、男が訪問者に問う。
「あ、そうそう。 一番大事な用事を忘れていました」
鼠蛞蝓を肩に乗せ、目元の見えない犬人は、にまっと歯を見せ笑った。
「早速ですが、死んでいただきますよ?」
というや否や、力強い拳を3人に振るった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる