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3章 血液城
60話 とある妖精の話
しおりを挟む「う、そ」
短い悲鳴をあげてミクリの首が床に転がる。一同は油断なくミクリと生命の指輪を見つめるが、傷が治っていく様子はない。
「再生しない?ってことは」
「やりました!お姉様が勝ったんですよ!」
「へへっ!オイラの力あってこそだがな!」
ナズナがキョウカに抱きつき、カゼジロウはドヤ顔をして両腕を組む。戦いは終わった。キョウカ達の完全勝利
「シル!!」
突然の言葉にキョウカは声の方向へ振り向く。
「シル?」
そこには姿が消えかかっているシルと涙を流すフィンの姿があった。
「なんで?どうして!?」
「俺の、歪曲の指輪の反動を肩代わりしやがったんだ」
その言葉でシルの全員が生きて帰れる確率は低いと言う言葉を思い出す。何故生きて帰れる確率が低いのか。ミクリの攻撃に当たって誰かが死んでしまう。それも確かに要因の一つ。しかし、一番の要因は歪曲の指輪の反動だ。
「あんなボロボロのフィンさんが歪曲の指輪を使ったら、反動でフィンさんが死んでしまうかも知れない」
「そう、だから。ボクが受けたんだ」
「幾ら契約関係があると言っても、そんな事加納なんですか?」
ナズナの疑問は最もだ。フィンとシルは契約関係にある。しかしフィンが受けるべき代償をシルが代わりに受けるなど聞いた事がない。
「まあ、裏技ってやつ。ボクにしか出来ないだろうけどね」
シルが苦しそうに笑ってボイスとキュアを見る。準妖精の二人はその言葉を聞いて悲しそうな顔を見せた。
「何でだ」
「フィン?」
「何で俺を庇ったんだ!?俺なら反動に耐えられたかも知れねえだろうが!!」
フィンが普段は見せない涙を流しながらシルに叫ぶ。
「無理だよ。あの傷で反動を受けたら君は確実に死ぬ。今生きてるだけでも奇跡なんだから」
「だとしても!俺の代わりにお前が死ぬ必要はないだろ!!」
「あるさ」
◇
シルという名前の知識の妖精は人間の事も何とも思っていなかった。
「私の契約してる人間は優しいの!困ってる人を助ける紳士的な男よ!」
「俺の人間はすげぇぞ!剣士でもありながら妖精術師でもある!剣術では向かうところ敵なしだぜ!」
周りの妖精はよくシルに自分の契約している人間の話をする。シルは知識の妖精だから。他の妖精とどちらの人間が凄いのか、という議論に決着をつける事が出来るのだ。妖精の話を聞くだけで契約者の能力がどれくらいのものなのか、嘘はついていないか、それらを見抜く事が出来る。
「そうだね、話を聞く限りでは筋肉の妖精の契約者の方が優秀そうだ」
「だろ!?」
「何ですって!?」
そんな醜い争いを見せつけられていたから、シルは人間に興味がなかった。いや、持っていた興味を失わざる終えなかった。
「オレの契約者はな!」
「あたいの人間は!」
「右」
一つ。
「僕の契約してる男はね!」
「あたくしの奴隷は」
「左かな」
二つ。
「おいどんのパートナーは」
「あちきの兄貴は」
「どっちもどっちだなぁ。強いて言うなら左?いや、どっちもどっちだなぁ」
三つ。
「オイラの」
「わたくしの」
「おれっちの」
「ウチの」
「拙者の」
「拙僧の」
「某の」
幾度となく人間の自慢話を聞かされた。優しい?助けた人間から多額の金を巻き上げる人間は優しい人間なのか。
強い?自分より強い相手からは逃げ続ける人間は強いのか。
カッコいい?食べ物を食べるときにくちゃくちゃ音を立てる人間はカッコいいのか。
かわいい?眠るときに大きな寝言を言う人間は可愛いのか。
背が高い?それがなんのメリットになるのか。目がいい?確かに悪いよりは良いだろうが、それは自慢する程のことだろうか。
よく食べる?それは、本当にメリットか?
「はぁ。人間って欠点だらけだなぁ」
そんな毎日の中、一匹の妖精が自分の人間が負けた腹いせにこんなことを叫んだ。
「シルに何が分かるのよ!私の契約者は最強よ!?」
「いや、結構弱点あるじゃんか。冒険者としても中の下。最強には程遠いよ」
「ふん!シルには分からないでしょうね!一度も人間と契約した事がない世間知らずだもの!」
その妖精の言葉に、シルは衝撃を受けた。
「ボクが、知識の妖精が世間知らずだって?」
その言葉は知識の妖精にとって最大の侮辱だった。勿論それが思わず口から出た言葉であることは分かっていた。本心でない事も、それが事実でない事も当然知っている。だが。
「分かった。なら、ボクも契約してきてやるよ」
その言葉だけは全霊を持って否定しなくてはならなかった。そうしてシルは契約者を探す旅に出た。少し意地になっていたのは認めるが、これもいい経験になると考えた故だ。
「どうしたものかな。あいつらみたいに一番の契約者に興味はないけど、ある程度力がないとボクと契約なんて出来ないよな」
シルの契約者探しは実に十年にも及んだ。別にどんな契約者でも良かったのだが、シルと契約出来る人間が全くいなかったのだ。
「嘘だろ。人間ってこんな力がないのか」
知識は力だ。冒険者にとってあらゆる状況を乗り越えられる為の知識を直ぐに手に入れられるシルの力は非常に強力。故に契約者としての能力が足りない場合が多かった。
「もういいや、ボクの能力を制限して適当に探そう」
シルの目的は強い契約者を探すことではない。人間と契約する事、ただそれだけだ。故に、誰でも良かった。
「次会った妖精術師と契約しよ」
そして、シルはまだ子供のフィンに出会った。
◇
「始めは最悪だと思ったよ。ガキだし、ボクの言うこと全然聞かないし、すぐ死にそうになるしさ」
フィンと契約してからの日々は驚きの連続だった。今まで感じたことのない疲労感だったし、何度も契約解除してやろうかと考えた。
「でも楽しかったんだ、ボクは。君と過ごす毎日が凄く楽しかった」
会ったことのない人間の自慢話に勝者敗者をつける退屈な毎日より、フィンに振り回される毎日の方がシルには楽しかったのだ。そして、フィンが。人間という存在が好きになった。
「この子が、この子の大切な存在が。ピンチになったら力になろう。どんなことをしてでも生かしてやろう。そう思ったんだ。この世界は、こんなに楽しいんだから」
「シル」
フィンの流す大粒の涙を小さな手で拭う。
「泣くなよ。ボクは君のお陰で楽しい人生だった。君がいなかったら、世界がこんなに素晴らしいものなんだって気が付かなかったんだ」
シルは涙を流しながら笑う。
「だから、笑ってくれ。君の、君達の旅路を最後まで見守れないのは残念だけど。ボクは、君達に笑っていて欲しいんだ」
「ああ、分かった。後の事は任せてくれ。絶対オリジナルリングを揃えてやるから。魔族の好きにはさせねえから。大好きな、俺が望んだ冒険をしてみせるから!」
フィンが泣きながら満面の笑顔を見せるとシルも口角をあげて楽しそうに笑う。
「キョウカ。あんまり食べ過ぎない様にね。太ると動けなくなるぜ」
「余計なお世話だ。っっ。ありがとう、シル」
涙を必死に拭いて笑うキョウカにシルも笑いかける。
「ナズナ。知識は武器だ。これからもどんどん知識を身につけて、フィンを、みんなを助けてやってくれ」
「はい、勿論です。私は、その為に生きていくのです」
ナズナも同じく、真っ赤な目で笑う。
「カゼジロウ。今回はありがとう。君がこれからどの様な選択をしようと、ボクはその選択を祝福しよう」
「何言ってんのかよく分からねえが。ありがとな、妖精さんよ」
「・・・ライヤ。これから、多くの苦労が待っているかも知れない。それでも、冒険を続けて欲しい。君と、君達の望む冒険を」
知識の妖精の最後の言葉を、確かに伝えきった。いや、まだ一言足りていなかった。
「フィン。今までありがとう。ボクの、最高の相棒」
シルの体は美しい塵となり、空へと舞っていった。
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