豊穣の剣

藤丸セブン

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3話 業務開始

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「よし。じゃあ異界武具の使い方を学んで行こうか」
 アレグリアに連れられて七尾矢は訓練室と呼ばれる場所へと足を運んだ。そこは壁や地面には何もなくただただ広い空間があった。
「えっと。異界武具の使い方を学ぶのが仕事?」
「そうだね。オレ達特異課の仕事の基本は自己鍛錬。いついかなる状況でも敵を倒し、市民を守る為の訓練だよ」
 アレグリアの回答に七尾矢は消防官などの仕事に似ていると感じる。そんな命懸けの仕事に就く事になるとは。
「他にも敵と戦った後の報告書や始末書とか、隠れてる組織を探すためのパトロールとかスポンサーのお偉いさん方へのごまスリとか。まあゴマスリはオレら下っ端の仕事じゃないけどね」
「なんか、思ったより大変そう」
「そりゃそうさ!現実は甘くないよ」
 ため息を吐いて覚悟を決める。どのみち他の選択肢は無いのだ。
「ちなみにまず七尾矢は異界武具の使い方を覚えないと話にならないから明日も明後日も合格ラインに達するまで訓練らしいよ」
「はっ!?」
 明日は大学の講義が入っている。一日程度なら行かなくても問題ないだろうが、今後毎回休むとなると流石に問題だ。
「俺大学があるんだけど」
「あー。多分上が休学、停学。もしかしたら退学にしてると思う」
 なんと言うことだ。七尾矢の楽しい大学生活が最も簡単に壊されてしまった。
「まあいいじゃん。就職先は簡単に見つかったんだから」
「下手したら死ぬ危険があるような仕事だけどね!?」
 就活は怖かったから就活をしなくてもいいと言うのは確かにありがたいが、出来れば他の仕事がしたかった。あまりにも恐ろしい職場だ。
「よし、じゃあ本題に入ろう。まずは見ててよ」
 アレグリアが自分の異界武具を出すとその槍でもう一つの槍を作り出してみせた。
「おお」
「いいかい七尾矢。異界武具を使いこなすのに一番必要なのは想像力だ。例えば使用者の想像力がないと」
 アレグリアは先程作った槍を消滅させて同じ様に槍を作り出す。
「うわっ」
 もう一度アレグリアが作った槍の形は先程とは比べ物にならない程不恰好で歪だった。
「だから想像力は必須なんだよ。想像力と使用者の能力があればどんなことでも出来る」
「どんな事でも!?」
 どんな事でも出来ると聞くとどうしても色々な事を想像してしまう。
「あ、当然氷に限るからね。この槍で炎を想像しても」
 頭の中に炎をイメージして槍を振るう。すると凄まじい業火、の形をした氷が訓練室を覆った。
「なるほど、まあ。そうだよね」
「そんな悲しまないでよ。こればっかりは仕方ないさ」
 少し悲しそうな七尾矢を笑いながら励ますとアレグリアは氷を消滅させ「やってごらん」と言って七尾矢の背中を押す。
「よしっ」
 七尾矢がアレグリアから渡された自然の剣を鞘から抜き目を閉じる。
「想像」
 七尾矢の握る異界武具は自然の剣。属性で言えば草。草と言うとあまり強いイメージが湧かないので、初めてこの剣を握った時の大樹をイメージ。大樹そのものを出す事は難しいのでその一部。大樹の枝で敵を殴る様なイメージ。
「いけっ!」
 目を見開き剣を振るう。すると想像した通りの太い樹が鞭の様にうねって壁に激突した。
「やべっ!壊しちゃった!!」
「問題ないよ。ここは訓練室って言ったろ?この程度の攻撃じゃ」
 アレグリアは笑いながら槍を軽く振って大樹を軽々切り裂く。
「傷一つ付かない」
 そんなアレグリアに壁を見せられたが本当に傷一つ付いていない。
「それはそれで傷つくけどな。結構凄い攻撃だったろ?」
「七尾矢。この樹、触ってみな」
 七尾矢の質問に答えないアレグリアに少し苛つきながら言われた通りに大樹を触る。
「・・・柔らかい」
「そう。想像力はどうやら申し分ない。けど七尾矢本人の能力が足りてないね」
「能力って才能みたいな感じ?」
「いいえ。能力は個人の持てる全ての力の総合力の数値よ」
 アレグリアではない声が背後から聞こえて七尾矢が振り返る。そこには腕を組んでいる茜が立っていた。
「総合力、と言うと?」
「筋力や瞬発力、知力や体の丈夫さなんかの合計値よ。後はその武器の扱い方ね。それが一番大きいんだけど」
「あー。俺剣なんて振った事ないから」
 先程の七尾矢は剣の扱いが疎かだったから強くて硬い樹が出なかったのだ。
「でもなんでそんな力が必要なんですか?」
「異界武具は武器だけど通常の武器とは違って主導権は異界武具に有るのよ」
 茜の回答に七尾矢は付いていけずに頭を捻る。
「つまりオレ達は異界武具に常に試されてるのさ。異界武具が自分を使うのに相応しい人物を選び、その使用者に相応しいだけの能力を与える」
「何となく、分かったかも」
「何よ。私の説明が下手みたいな顔して」
 茜の機嫌が目に見えて悪くなり七尾矢は焦ってフォローしようとするが、言葉が出てこない。
「ええっと、黒川さんの説明はちょっと、なんて言うかー」
「いいわよ。変にフォローしなくても」
「アッハッハハハ!拗ねてるのかい!?新人に優しくしようとしたのに上手くいかなかったから!?アハハハハハハ!」
 茜を指差してゲラゲラと笑うアレグリアの顔に茜の拳が炸裂する。叫びながら地面を転がるアレグリアを無視して茜は七尾矢に「忘れなさい」と小さく呟く。その圧に七尾矢は無言で頷く。
「とにかくその異界武具を使いこなすには剣の知識や技能が必要だわ。明日からアレグリアの下に付いて戦闘のいろはを学びなさい。あ、大学はこっちで処理したから行かなくてもいいわよ」
「どう言う処理したんですか!?俺まだ青春を謳歌したいんですけど!?」
「・・・御愁傷様。恨まないでよ?私だって好きでこんな事してるんじゃないんだから」
 そう言い残すと茜は訓練室を出ていく。
「マジかよ」
「まあまあ切り替えていこうよ。今からビシバシ指導していくからよろしくね七尾矢!」
 顔が腫れているアレグリアが楽しそうに訓練用の木剣を七尾矢に投げる。飛んでくる木剣を受け取ると目つきを鋭くしてアレグリアを見て。
「あれ?」
 片膝を地面についた。
「ん?もしかして気力切れかい?」
「その、気力って言うのは?」
 またしても新しい単語が出て来て七尾矢は冷や汗をかく。いや、この汗はそれだけの意味でかいているわけではないかも知れないが。
「異界武具を使うと疲れるんだ。多分人間が異界武具を扱うにはそれ相応の精神力が必要なんだろうね。それをオレ達は気力と呼んでる」
「なんか、大雑把な説明だなぁ」
「オレ達自身も異界武具については全然知らないんだよ。調査はずっと行われてるらしいけど、進展は無し」
 意外な真実に七尾矢は目を丸くする。異界武具を持ち込んだ異世界人ならばそのシステムまで完璧に知っていると思っていたが。
「まあ知識が無くても異界武具は使えるしね。ゲームとかに置き換えると分かりやすいかとね」
「ゲームねぇ。つまり気力ってのは自分のMPで異界武具を使うのそのMPを消費するって事か」
「そうそう!」
 情報を纏めよう。異界武具を使うには気力が必要で恐らく気力が尽きたら異界武具は使えなくなる。そして気力があったとしても総合力が無ければ強い攻撃は使えない。
「総合力を高めれば気力も伸びるのか?」
「逆だね。気力を伸ばせば総合力も伸びる」
「それもそうか。でも気力ってどうやって鍛えるんだ?」
 筋力や瞬発力を鍛えたり、知識をつけると言うやり方は分かる。剣の振り方もアレグリアから学んでいけば上達するだろう。しかし、気力の伸ばし方は想像もつかない。
「気力が切れるまで毎日異界武具を使うのさ。毎日限界に挑戦すると少しずつ気力は上がっていく」
「つまり、訓練あるのみって事?」
「そっ!後は気力を回復するポーションをナウラが作ってるらしい。訓練中はそいつを飲んで、気力が尽きたらまた飲むって感じだね。値段は後払い」
「金取るの!?ん?そのナウラさんって人は俺知らないな。というかアレグリアと黒川さんしか知らない」
「まあいずれ嫌でも会うさ。さっ!特訓開始だ!!」
 いつの間にか木剣を握っていたアレグリアがようやく立ち上がり始めた七尾矢に向かって肉薄してくる。
「待って待って!?まずは構えとかからじゃないのぉぉぉ!?」
 鋭い音が訓練室中に響き渡った。
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