豊穣の剣

藤丸セブン

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4話 鍛錬?

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「さあビシバシ行くから死なないでね」
 七尾矢が始めて特異課で目覚めた翌日。笑顔で恐ろしい事を言うアレグリアの地獄の訓練が始まった。
「じゃあ午前中は総合力アップから!」
 総合力を高める為のトレーニングは多くの種類がある。まずは筋肉トレーニング。命を掛けた戦場に立つのに筋肉は必須だ。その次に体力を鍛える為のシャトルラン。瞬発力を鍛える為反復横跳び。精神力を鍛えるために瞑想などもある。
「全部やろうか」
「全部!?」
「大丈夫!オレもやるから」
 アレグリアの過酷過ぎるトレーニングに絶望しながらも七尾矢は覚悟を決めて立ち上がる。
「分かった、やろう」
「おっ。よし!やろうか!」
 生き残る為には手段を選んではいられない。自分が生きる為、妹を始めとする市民を守る為、七尾矢は特異課として強くなるしかないのだ。
「し、死ぬっ!」
「さっきのいい目は何処にいったのさ。今の君の目は死んだ魚のそれだよ?」
 幾ら何でもあまり体力に自信がない七尾矢では急激な運動に体がついて行かない。全く運動をしていない訳ではないがいきなり五時間も体を動かすのは厳しいものがある。やる気だけではどうしようもない事がこの世の中にはあるという事を知った。
「さ、お昼休みだ。気持ち悪くてもしっかり食べておかないと午後まで持たないよ」
 間間に休憩を入れながら何とか午前の鍛錬を終える。七尾矢は持参したお弁当をゆっくりゆっくり口に運んでいく。
「お、美味しそうなお弁当だね。お母様の手作りかな?」
「俺の手作りだよ。妹の分のついで」
「へぇ。お母様は忙しいのかい?」
「いないよ。もう死んでる」
 七尾矢と六継紀の母親は六継紀が六歳の時に他界している。七尾矢は事故と聞いているが、詳しい事は教えられていない。
「そっか。悪い事聞いたね」
「気にするなよ。母さんがいなくても俺は問題ないよ」
 そう言いつつ七尾矢は少し寂しそうな顔をする。七尾矢は本当に問題はないのだ。だが、六継紀がどう思っているのかが気がかりだ。
「いつまでも気にしててもしょうがないか」
 七尾矢は残ったお弁当を口に掻き込みアレグリアに声をかけ
「うっ!」
「あ、激しい運動の後にそんなにご飯掻き込んだら」
 七尾矢はトイレに走った。
「午後は剣術と異界武具の実践をしていくよ」
「剣術をしながら異界武具も使うって事?」
「そう言う事。まあ簡単に言うと最初の方は剣術を重点的にやるけど剣術が合格点に達したら実際に使ってみよう!って事」
 アレグリアの指導の元午前中は総合力アップを基準にした鍛錬、そして午後からは剣術と気力を上げる為の鍛錬。午後六時に鍛錬を切り上げて帰宅。その後父と六継紀の夕食を作り、翌朝まで泥の様に眠る。そして朝の六時に起床し父と六継紀、ついでに自分の弁当を作り、洗濯物を干してから出勤する。そんな生活を、三ヶ月近く送った。
「うん。なかなか様になってきたね」
「そう?それは良かった!」
 この三ヶ月の鍛錬のお陰で七尾矢はアレグリアには遠く及ばないが少なくとも特異課で生きていける様な力は手に入れていた。
「じゃあ、頃合いかな」
「頃合い?何の」
 七尾矢がアレグリアに振り返って質問をしようとすると、アレグリアの氷の槍が目の前にある事に気がついた。
「っ!!」
 突然の出来事に驚きながらも七尾矢は咄嗟に手にしていた自然の剣を抜刀。少し反応が遅れたせいで前髪が音を立てて切れていったが顔は無傷だ。
「へぇ。成長したね」
「何のつもりだ!?鍛錬にしては怖過ぎるって!異界武具まで使ってさ!」
「鍛錬?ハハッ、アハハハハハハハ!そう思いたいなら、そう思うといいよ」
 槍に込められた力が急に強くなり七尾矢の体がアレグリアに軽々吹き飛ばされる。
「がっ!」
「さ、構えなよ」
 アレグリアの瞳にはいつもの様な楽しげな光が宿っていない。が、口元だけはいつもの様に楽しげに笑っている。
「・・・」
 アレグリアの言葉通り七尾矢も無言で剣を構える。詳しい事は全く分からない。だが分かる事は一つある。
「殺す気で戦わないと、殺される」
 アレグリアの一挙一動には殺意が込められている。少なくとも七尾矢にはそう感じられた。ならば、死ぬ気で戦わねば七尾矢の命は一瞬で消える。
「いい目だ。さあ殺しあうか!」
 アレグリアが槍を構えるとすぐさま地面を蹴り七尾矢との距離を詰めに来る。
「大樹よ!」
 だがそう簡単に距離を詰めさせる訳にはいかない。今の七尾矢ではアレグリアには勝てない。ならば隙を作って、茜や他の隊員に助けを求めに行かなければ。
「甘いね」
 地面からアレグリアを止める様に育つ大樹の根っこをアレグリアは華麗な身のこなしで回避していく。先程まで五メートルはあったアレグリアと七尾矢の距離は既に目と鼻の先だ。
「ふっ!」
「くそぉ!」
 アレグリアの振るう槍を剣で受け止める。力で負ける事は分かっている。だが。
「絡めろ!」
「っ!」
 自然の剣と氷結の槍がぶつかり合った瞬間、自然の剣から大量の蔦がアレグリアと氷結の槍に絡みつく。
「よし!」
 アレグリアにかかればこの程度の拘束は直ぐに解かれてしまうだろう。だがほんの少しでも時間を稼げれば。
「凍れ」
 驚愕した。アレグリアに絡みついた蔦が一瞬にして凍りつき、砕ける。稼いだ時間は多めに見積もって約三秒だ。
「残念」
 迫り来る槍を間一髪で回避するがアレグリアの拳に殴り飛ばされる。
「がっはっ!」
 勝ち目が、ない。
「さてと。次はどうする?」
「ご、ごめんなさい!なんでもします!許してください!命だけはっ!」
「・・・は?」
 勝ち目がない相手と戦うなど無謀。七尾矢はプライドを放り投げアレグリアに土下座をした。ちなみに七尾矢の土下座はそれは見事な物で国のお偉いさんですら褒め称える程の完成度だった。
「はぁ。命を狙われてる相手に命乞い?下らない。心底軽蔑したよ」
 アレグリアは言葉通り氷の様な冷たい視線で七尾矢を見ると、槍を降ろして背を向けた。
「今だっ!!」
 背を向けてくれるとまでは思わなかったが、これこそが七尾矢の狙い。アレグリアの一瞬の隙だ。
「いっけぇ!」
 七尾矢が今出せる全ての気力を込めた大樹による一撃。幾らアレグリアと言えどこれを無傷で防ぐ事は出来まい。
「ハハッ。悪くない作戦だけど、分かりやす過ぎる」
「なっ」
 楽しそうに振り返るとアレグリアは勢いよく迫り来る大樹に槍を向け、
「冷域、展開」
 大樹の全体を凍結させた。
「そんな」
「終わりだ。大人しく死ぬといい」
 アレグリアはゆっくりと七尾矢に近づき、七尾矢が笑っている事に気がついた。
「芽生えろ!!」
 そこでアレグリアは自分の足元に小さな種が転がっていることに気がつく。その芽は急激に成長し、太い大樹の幹がアレグリアの顎に直撃。アレグリアを天井に叩きつけた。
「よっしゃ!」
 作戦が成功した事に喜びながらも、七尾矢は少し違和感を覚える。その理由は、大樹に殴られる寸前アレグリアが笑っていた様に見えたからだ。
「いや!それよりもアレグリアを止めてる間に助けを」
 そう言って走り出そうとする七尾矢の足が止まる。否。凍ってしまって動けない。
「今のは、ちょっと効いたな」
 振り返るとそこには頭から血を流したアレグリアが気怠そうに立っていた。七尾矢の最後の力を振り絞って育てた大樹は既に凍りつき、砕けている。
「なんで、何でこんな事をするんだ!!」
 七尾矢の怒号に答えずにアレグリアは七尾矢を蹴り飛ばす。その瞬間に氷が解除され、七尾矢が地面に転がる。その七尾矢を見下ろしてアレグリアは。
「合格!」
 いつもの笑顔でそう言い放った。
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