豊穣の剣

藤丸セブン

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10話 高菜アレグリア

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「誰!?」
 再度ノワールの暴風を止められた怒りからか機嫌が悪そうなノワールの声が響く。
「誰、か。そうだな」
 ノワールの問いかけに長身の男は少し考える様に顎に手を当てて、笑いながら答える。
「オレの名前は高菜アレグリア。仲間を助けに来ただけの、ただの通りすがりさ」
「・・・ダサい名乗りね」
 アレグリアを油断なく睨みつけながらノワールがタクトを強く握る。
「アレ、グリア。ヨゾラと焔は?」
「二人は雑魚処理中だよ。幹部討伐ジャンケンはオレが勝ったんだ」
 茜の疑問にアレグリアがサラリと答えるが七尾矢には何故アレグリア達が幹部の存在を知っているのかという疑問が残る。が、今はそんな事を考えている暇はない。
「そんなことやってる暇があるなら、早く来なさいっての」
「結果的に間に合ったし、結果オーライさ」
 アレグリアがウインクをしながら傷だらけの茜に手を翳す。すると茜の傷が少しずつ癒えていく。
「これで命に別状はない筈。後はゆっくり休みなよ」
「わ、たしも戦っ」
「気力ゼロの代理隊長なんて足手纏いだよ。勿論、君もね」
 アレグリアの後ろに立っていた七尾矢に振り返る事なくアレグリアは言い放つ。
「でも!」
「大丈夫だよ。オレは負けない。それに、意識のない茜を守る人も必要だろ?」
 茜は援軍が来たことに安堵したのか、気力が完全に尽きたのか意識を失ってしまっていた。その為アレグリアのその言葉に明確な意味を感じた。
「信じていいんだな?」
「勿論!なんなら見ててよ。このオレの勇姿をさ!」
 アレグリアが白色と銀色が合わさった様な綺麗な色の槍を握ってノワールに肉薄する。
「アレグリア!そいつの異界武具は風属性だ!その棒を振ると風が吹くらしい!」
「なるほど、有力な情報ありがとう!」
 ノワールがタクトを振るがアレグリアは吹き荒れる突風を華麗に回避。
「ちっ!」
「甘いね」
 何度も吹き起こる突風による攻撃をアレグリアは全て回避する。その姿はまるで突風の吹く場所を完全に把握している様だ。
「取った」
「取られないわよっ!」
 アレグリアがノワールに接近して槍を振り下ろす。が、その槍による攻撃はタクトによって防がれた。
「遠距離攻撃の得意なタイプは接近戦闘に弱いのが多いんだけどな」
「その女程私は弱くないわよっ!」
 アレグリアが槍に力を入れて力技でタクトを破壊しようとするがノワールの力はアレグリアに負けない程で力では押し切れない。
「暴風の協奏曲!」
 ノワールが自分の周囲に暴風を展開。その嵐に巻き込まれない様にアレグリアが地面を蹴って背後へ飛んだ。
「あなた、私の演奏の楽譜が詠めるの?」
「いや、楽譜とやらは読めないよ。手の動きなら読めるけどね」
 タクトを振る手の動きを観察し、どの方角から突風が吹くのかをアレグリアは即座に理解して回避をしていた。それが本当だとしたらノワールの突風がアレグリアに当たる確率は限りなく低い。
「ならば!詠めても回避できなくすればいい!」
 ノワールが激しくタクトを荒ぶらせる。すると暴風の協奏曲よりは少し小さい嵐がアレグリアの四方で巻き起こる。
「食らい尽くしなさい!我が暴風の妖精達よ!」
「確かにこれは避けられないね」
 だが、避けるだけが攻撃を防ぐ手段ではない。アレグリアは楽しそうに笑うと氷結の槍を地面に突き刺し両手を広げて、重ねた。
「凍結武装!」
 氷結の槍から冷気が溢れ出たと思うとその冷気がアレグリアの体に纏われる。氷が次々にパーツを作り出していき、数秒後には氷による鎧がアレグリアの体に装着された。その鎧は戦国時代の甲冑を思わせるデザインで、真っ白な甲冑をがアレグリアを包み込んだ。
「ば、ばかな!」
 氷の甲冑を着たアレグリアは嵐の中を何事もない様に突き進み、ノワールの前へと出た。
「アレグリア!そいつは空を飛ぶ!」
「へぇ、それは興味深い」
 再度アレグリアの間合いにノワールが入ったタイミングで七尾矢が助言を叫ぶ。恐らくあの甲冑は防御だけでなく攻撃力も上げられている。故に先程互角だったタクトと槍の激突は避けてノワールは空へと回避するだろう。と考えた故の助言だ。七尾矢も我ながら頭の回転が速くなったものだと思う。
「分かった所で!対処なんて不可能よ!」
 ノワールがタクトを上へ勢いよく振り宙へと舞う。
「いや、対処する術なんて幾らでもあると思うけど?」
「へ?」
 アレグリアの言葉の後、ノワールは素っ頓狂な声を上げた。アレグリアの言葉を聞いたからではない。空を飛んだノワールの頭上に氷で出来た巨大なハンマーがあったからである。
「落ちな、氷結の鉄槌!!」
 ハンマーは勢いよくノワールの頭に直撃し、ノワールを地面へと叩きつける。
「かはっ!」
「チェックメイトだ」
 地面に叩きつけられた無防備なノワールにアレグリアが槍を振り下ろした。
「氷結の裁き!!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
 槍による一閃を受けたノワールの体からは大量の血液が、出る事はなく、ノワールの体が一瞬にして氷に包まれた。そしてアレグリアが甲冑を解除する頃には彼女は立派な氷の彫像となっていた。
「アレグリア、彼女を殺すのか?」
「・・・ハハッ。強敵を倒した仲間に掛ける最初の言葉がそれかい?」
「あっ!ごめん!そうだな。助けてくれてありがとうが先、だね」
「ハハハハハ!君って奴は本当に面白いね!」
 少し照れくさそうに頭を掻く七尾矢にアレグリアが笑う。その様子は七尾矢のよく知るアレグリアそのものだった。
「でも、なんでそんなこと真っ先に聞いたんだい?」
「それは、彼女を倒した時のアレグリアの目が、凄く怖く見えたから」
 七尾矢の勘違いかも知れないが、アレグリアが氷結武装を解除した時に見えた目は殺意の篭った今までで一番恐ろしい瞳だった。が、今のアレグリアにその瞳は感じられない。
「そっか。じゃあ質問に答えないとね」
 アレグリアは一瞬悲しそうな表情を見せたが、直ぐに笑顔に戻り七尾矢を見た。
「結論から言うと、殺さないよ。こんな見た目だけど彼女は組織の幹部の一人だ。それなら、オレ達の知らない情報や知恵を持っているだろうからね」
「それって、拷問とかして聞き出すの?」
「まあ、そうなるかな。彼女が自然に話してくれるのが一番いいけど、そうもいかなさそうだし」
 拷問、と言う単語に七尾矢は表情を曇らせる。敵とは言え、人間に自らの意思で危害を加えるなんて。
「そうだ、そういえばアレグリアはなんでこの子が幹部なのを知ってるの?」
「無線、付いたままだよ?」
 アレグリアが耳に付けていた無線に指を翳す。「あっ」と素っ頓狂な声を七尾矢が出すとアレグリアがまた笑う。
「それと気配かな。こんなに強い力を感じたのは二年前の戦争以来だ。つまり幹部が襲ってきたんじゃないかって考えだよ」
「二年前の、戦争」
 その二年前の戦争について異様に気になる。しかし多くの質問が頭に過ってどれから聞こうか分からなくなる。
「おーい!」
 そんな話をしていると遠くからアレグリアと七尾矢を呼ぶ声が聞こえる。
「おーい!こっちは全部片付いたー!茜ちゃんと新入り君は無事かー!?」
「あっちも終わった様だね。無事だよー!」
 アレグリアが茶髪の女性に手を振りかえすと女性は喜び近くにいた男は舌打ちをする。
「チッ。死んでないなんて最悪だ。組織の奴らに殺されて死ねば良かったのに」
 アレグリアと七尾矢の元に抜き打ちテスト後に見た二人の男女が駆けてくる。ヨゾラは機嫌が悪そうにアレグリアに毒を吐き、茶髪の女性は三人の無事を嬉しそうに噛み締めていた。
「あ、れっ。なんか急に力が抜けて」
「気力切れだね。寧ろよくここまで持ったものだ」
「ふん。初陣から気力切れを起こしてちゃ、先が思いやられるね」
 ヨゾラの悪口が妙に気に障るが、そんな事を口に出す事すら出来ない。
「とにかく、生きてて、良かっ」
 七尾矢の視界が真っ黒になり、アレグリアと女性の声も次第に遠くなっていく様に感じる。七尾矢の意識は、そこで途絶えた。
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