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7話 お宅訪問

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「出来なかったわ」
 昨日父を説得してみせると張り切っていた絵梨花が真顔で傑に言い放つ。あまりにも堂々と失敗したと話すものなので傑も朔夜も困惑しか出来ない。
「おほん。絵梨花様、もう少し反省の色などを見せた方が良いかと」
「仕方ないじゃない!出来なかったんだもの!そうなったらいっそ開き直るしかないわ!」
 のどかに文句を言う絵梨花を見ながら傑と朔夜は頭を抱えた。説得が失敗したのならもう彼らに打つ手はない。
「お待ち下さい。確かに説得には失敗しましたが、チャンスは頂けました」
「チャンス?」
「はい。婚約破棄はしないが、考える時間を与えると。金本との婚約はいわば金本グループとの商売の一貫です。つまり」
「婚約をしなくても金本グループとの繋がりを確保して橘財閥の利益を作れればいい、と」
 傑の言葉にのどかが頷く。何とかして金本忍に婚約を破棄させ、尚且つ橘財閥と協力体制を取らせる。
「なかなかの無理難題だな」
「金本忍が求める物は主に二つ。一つは金、そしてもう一つは女です」
「金なら橘財閥にめちゃくちゃあるんじゃないの?」
 朔夜の言葉は最もに思われたが、ただ金を渡すだけでは橘財閥に損しかない。
「今回の婚約は言わば金本グループと橘財閥の共同制作の為のものです。そして共同制作とは」
「あー難しい話はいい!とにかくお金じゃ解決出来ないってことね!!」
 朔夜がのどかの話を遮り目を塞ぐ。正直共同制作の内容などはどうでもいいのでそこは朔夜に同意だ。
「そこで!私は早くも最終兵器を出す事にしたわ!」
「いいねぇ最終兵器!それで!その最終兵器とは!?」
「ノリノリね朔夜君!いいわ!教えてあげましょう!」
 最終兵器という言葉に目を輝かせる朔夜と乗ってきた朔夜に目を輝かせる絵梨花。その二人はまるで小学生の様だった。
「それで、最終兵器とは?」
 絵梨花がいう最終兵器というものにあまり期待は持てないが、聞いてみない事には始まらない。ペットボトルの水を口に含ませながら絵梨花に問う。
「既成事実よ!!!」
「ぶほっ!!」
 想定外過ぎる絵梨花の発言に傑は思わず口に含んだ水を朔夜に吹き出した。
「きったねっ!おい傑」
「自分が何を言っているのか分かっているのか!!?」
 水を吹きかけられて文句を言う朔夜を完全に無視して全力ダッシュで絵梨花の元へ駆け寄り肩に掴みかかる。
「え、えっと、近い」
「軽々しく自分を売るのはやめろ!もっと自分を大切にしないとダメだ!!」
「落ち着いて下さい」
「あだっ」
 興奮気味で絵梨花を叱る傑の頭にのどかがチョップをくらわせる。
「何も本気で性行為をして貰って子を成す訳ではありませんよ」
 叩かれた箇所を摩りながら傑が不思議そうにのどかを見る。横目で朔夜の様子を見てみると傑と同じく頭上にクエスチョンマークが出ている。
「あくまでもフリです。本当に傑さんに絵梨花様の初めてを渡すわけがないでしょう。少し考えれば分かることでしょう」
「のどか!?さらっと私の経験がない事バラしたわね!?」
「みな分かっている事でしょう?」
 傑と朔夜は同意する様に頷く。絵梨花が彼氏いない歴イコール年齢である事など考えるまでもない。何故なら告白してくる男は悉く絵梨花に振られるから。
「そんな事はどうでもいい。既成事実のフリ、というのは無理なんじゃないか?」
 付き合っているフリというのは可能だろう。しかし妊娠したフリというのは調べれば直ぐに分かる事だ。それをフリで済ませるというのは不可能ではないだろうか。
「まず絵梨花様と傑さんに性行為をしている、風の写真を撮ります。もちろん盗撮仕立てです」
「あ、ああ」
「続けるのかよ」
 傑の心配を他所に既成事実を作るための作戦をのどかは淡々と話し続ける。
「その後絵梨花様には傑さんのお宅に一ヶ月程通って頂き、一ヶ月後に必ず妊娠を示す妊娠検査薬を使い、妊娠した事にします」
 のどかの言う作戦は分かった。分かったが。
「無理があるんじゃないか?」
 幾ら絵梨花が考えなしだと言っても避妊もせずに何度も性行為をする程馬鹿ではない。更にもし妊娠していると本気で信じ込ませる事が出来たなら直ぐに産婦人科へ駆け込む事になるだろう。しっかりとした検査をされては嘘がバレる。
「あ」
 のどかが素っ頓狂な声をあげてそのまま黙り込む。まさかその事を一切考えていなかったのか。
「珍しいな、のどかにしては今後の事を考えてないなんて」
「朔夜さんの発言を否定する手段がないことが悔しくてなりません」
 のどかは本当に悔しそうに拳を握る。この作戦はやる前から失敗という結果となった。
「じゃあ、ひとまず傑の家に行きましょうか」
「は?」
 なんの脈絡もなく絵梨花はそう言い放ち畳から立ち上がる。
「なんの作戦も思いつかないしもうすぐ部活も終わりの時間でしょう?なら傑の家で作戦会議の続きと行きましょうよ」
「何故家なんだ!?家に四人も座る空間はないぞ!」
「じゃあ二手に分かれる?私は傑の家に行くから朔夜君とのどかは別の場所で作戦会議してもらおうかしら」
 絵梨花は何が何でも間宮家に来たいようだ。こうなったら誰にも止められない。それならば二人きりよりも四人の方がまだマシかも知れない。
「はぁ、分かった。その代わり菜奈に電話入れて了承を貰ったらにしてくれ」
「はーい!」
「なんか菜奈ちゃんに会うの久しぶりだな!お菓子でも買っていくか!?」
「そうですね、菓子折りは必要でしょう」
 騒がしい面々から離れて菜奈に電話をかける。
「菜奈か?今日朔夜と知り合いを家に連れて行きたいんだが」
「本当ですか!?分かりました!万全に準備して待っていますね!!」
 そう言うが早く菜奈は即座に電話を切った。何となく分かってはいたが、一切の躊躇も無かった。
「さて、帰るか」
  ◇
 学校から歩いて約三五分。一同はボロボロのアパートに辿り着いた。
「お帰りなさいお兄様!朔夜さんもお久しぶりです!」
「ただいま菜奈。すまないな突然に」
「いいえ!お兄様がお友達を連れてくるなんて凄く嬉しいです!」
 玄関に着くと菜奈の笑顔がお出迎えしてくれた。いつ見てもこの笑顔には癒される。
「初めまして!私は橘絵梨花。傑の彼女をやらせてもらってるわ!」
「あなたがお義姉様ですか!?わぁ!凄く綺麗な方ですね!」
「ありがとう菜奈ちゃん!菜奈ちゃんもとっても可愛いわよ!」
 初対面にも関わらず絵梨花と菜奈は仲良さげに手を合わせて楽しそうに笑い合う。こうしてみると本当の姉妹の様だ。
「お義姉様はお兄様のどういったところがお好き何ですか?」
「あら、聞きたい?じゃあ特別に教えてあげるわ!」
「なっ!待て」
 余計な事を口走りそうな絵梨花を止めようと傑が声をあげるが逆に朔夜とのどかにその行為を止められてしまう。そしてそのまま絵梨花は口を開いた。
「まず性格よね。顔も悪くないけど俳優とかになれる程イケメンではないけど、性格って人間にとって一番大切だと思うの。傑は自分の大切な存在の為ならどんな事でも出来る人でしょう?そこが気に入ってるの」
「はい!お兄様は素晴らしい人です!毎日私の為に頑張ってくれていますから!」
 真っ直ぐに褒めてくれる事がなんだか妙に照れ臭い。というか絵梨花は何故こんなに褒めてくるのだろうか。
「素晴らしい惚気ですね。ひゅーひゅー」
「いいぞその調子だ!ヒューヒュー!!」
「揶揄うのはやめろ!そして橘もこれ以上言うのは辞めてくれ」
「あら照れてるのー?」
 傑以外の人々がニヤニヤと傑を見てくる。これが恋人関係を揶揄われるというやつか。実に小っ恥ずかしい。
「とにかくこの話は辞めだ!食事にしよう!」
「はい!皆さんの分の夕食も用意しておきましたので!」
 菜奈は買い物袋から大量の惣菜を取り出す。実に三日分の食材の量だ。
「傑さん、今日の食事代は今月の給料に加算しておきますね」
「そこまでしなくてもいい。と言いたいところなのだが、正直そうしてくれると実に助かる」
 絵梨花と契約を結んだ今でも借金生活は続いている。故に少しの出費も財布に痛い。
「傑ー!オレご飯大盛りで頼むわー!」
「自分でやれ」
 間宮家での夕食は実に楽しい時間だった。しかし、菜奈がいると言う事もあり作戦会議は見事なまでに進まなかった。
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