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8話 少女誘拐

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 それから一同は恵梨香の婚約を破棄させる為に様々な作戦を計画、実行した。金本忍の悪い噂を話したり、金本グループとの別の協力体制の作り方を模索したり、やはり妊娠作戦を実行したりしようとした。その結果。
「成功したわ?」
「ま!じ!でぇぇ!?」
 婚約破棄をさせた張本人である恵梨香ですら疑問系のまま何故か作戦は大成功を納めていた。
「一体何があったって言うんだよ?」
「恵梨香様が旦那様に駄々を捏ねたのですよ。「あんな奴と婚約なんて絶対嫌ー!もし破棄してくれないならパパの事嫌いになるならー!もう一生口聞いてあげないんだからー!!」と」
 のどかが恵梨香の真似をしながら状況を説明してくる。恵梨香は赤面してのどかの真似を直ぐに辞めさせたが、凄く似ていた。完璧なクオリティだ。
「しかしそんなんで計画を止めていいのか?」
 大手の企業同士の連携による仕事をそんな簡単に辞めても良いのだろうか。しかも娘のたった一言で。
「では傑さんは菜奈ちゃんに一生口を聞いてもらえないと言われたらどうなります?」
「軽く死ねるね」
 前言撤回。何をどうしようとそれだけは避けなければならない。心の何処かでは他人事だと考えていたが、これが自分の事となると実に恐ろしい。
「とにかく!作戦は成功したんだ!!祝勝会と行こうぜ!!」
「ええ!私の名演技を褒めて讃えなさい!!」
「承知致しました。ではひとまず解散して夜に傑さんの家に集合しましょう。各自パーティ用の食べ物や飲み物を忘れずに」
「なんで俺の家なんだ!?橘の家の方が確実にいいだろうが!」
 四人は笑いながら話をする。これからの財閥の未来、返しきれない多額の借金、漠然とした未来への不安など。その様な悩みは彼らの脳裏にはなく、この瞬間だけは純粋なる笑顔を浮かべられていた。
 が。人生はその様に甘くはいかない。祝勝会から三日後、血相を変えて間宮家に駆け込んできたのどかの言葉に傑は驚愕した。
「恵梨香様が・・・攫われました」
  ◇
「・・・んっ」
 恵梨香が目を覚ますと手足の自由が効かないことに気づく。どうやら硬い椅子に座らされたまま手足を拘束されている様だ。普通の女の子ならばここで慌てて叫んだりするのだろうが、恵梨香は非常に落ち着いて周囲を確認していた。雰囲気を見るにどうやら何処かの廃墟らしい。恵梨香を囲む様に黒服と男が大量に立っている。
「ふぅ」
 恵梨香が一番鮮明な記憶を思い出す。あれはいつもの様にのどかと帰路に着く途中の出来事で、突然背後から口と鼻をハンカチの様なもので覆われたと思ったら急に意識が飛んでしまった。アニメや漫画でよく見る誘拐方法だが、まさか自分が体験することになるとは。
「目覚めたかい?」
 その声の主はゆっくりと拘束された恵梨香に近づいてくる。
「やっぱり、あなたなのね」
 派手な金色の髪の毛にブランド物に身を包んだ姿。間違いなく金本忍その人であった。
「落ち着いてるね、誘拐されたばかりだってのに。流石はご令嬢、誘拐は慣れっこかい?」
「バカ言わないで。誘拐された事なんてこれが初めてよ」
「ふふふ、そうかい」
 忍は少しも楽しくなさそうに笑うと恵梨香に顔を近づけてくる。
「なんで誘拐されたと思う?」
「お父様から婚約破棄の電話でも来たんでしょ?」
「正解。やはり君は美しく可憐であると同時に賢い子だね」
 忍がにっこりと笑うと近くにあった雰囲気に似つかない豪勢な椅子を蹴り飛ばした。
「ふざけるな!僕がお前を手に入れる為にどれだけ苦労したと思っている!?お前の様なメスは大人しく僕に尽くしていればいいんだ!!」
 激しい剣幕で大声を出す忍を恵梨香は表情すら変えずにただ見つめる。
「おっと、つい乱暴になってしまったね。さてと。ここまでくれば僕の要望は分かるよね?」
「ここで私があなたと結婚するとお父様に伝える事、かしら?」
「その通り。ほら、早く橘さんに電話しな」
 豪勢な椅子立て直して座り、またしても作り笑いを浮かべる忍。どうやら、橘恵梨香という人物は随分と舐められている様だ。
「お断りよ」
「・・・乱暴はしたくないんだけど。君の美しい顔が台無しになる」
「構わないわよ?私は傷を負っても美しいもの」
 恵梨香と忍はどちらも譲らずに数秒間睨み合った。しかし忍がため息を一つ吐くと椅子から立ち上がる。
「やれやれ。本当にやりたくはなかったが。君がそんなに強情なのならやるしかないか」
「ええどうぞ?私があなたと結婚するなんて天地がひっくり返ってもあり得ないわ」
「その虚勢、いつまで持つかな?」
 忍は黒服の男からスマホを受け取るとその画面を恵梨香に見せる。すると、恵梨香の顔は一瞬で青ざめた。
「菜奈、ちゃん?」
 その画面には笑顔で友達と学校に向かう傑の妹である菜奈の写真が映っていた。
「もし僕と結婚をしないのなら、この子を殺す」
「なっ!そ、そんな事、幾らあなたでも」
「やるさ。僕の手を汚す必要はないし、もし僕が捕まりそうになった所でどうとでも捏造できる」
「最っっっ低!!!」
 怒りに身を任せ椅子から立ちあがろうとするが上手く立てずに転んでしまう。
「おっと抵抗しないでくれよ。さて、どうする?」
 忍がスマホに映った菜奈に拳銃を突きつけて恵梨香を睨む。金本忍はやる。そう思える威圧感があった。
「っっっっ!」
 金本忍と結婚は死んでもしたくない。だが、無関係の菜奈を巻き込む事も絶対にしてはいけない。ましてや命を奪われるなど、恵梨香の命に変えてもやってはいけない。
 (誰か、助け)
 そう思った瞬間に恵梨香は頭を振りその思考を消し去る。困ったら誰かに助けを求める。そんなことをした所で現状は変わらない。この世の中には困ったお姫様を助けてくれる王子様なんて存在しないのだから。
「分かったわ」
 ならば、やる事は一つだ。やりたくはない。絶対に取りたくない手段だが、菜奈の命に変えられるものではない。
「私は、あなたと結婚し」
 恵梨香がそう口にした時。凄まじい轟音が恵梨香の耳を響かせた。その音はまるで鉄の扉を誰かが蹴破ったかの様な歪な音だった。
「何事だ!?」
「し、侵入者です!」
 忍の声に応じた黒服が叫ぶ。
「侵入者!?橘グループの人間か!?」
「い、いえ。それが!一人の少年です!」
「少年?」
 心当たりがない忍がそう呟く。しかし恵梨香にも心当たりはない。恵梨香が誘拐された事を知り、一人で敵陣に乗り込んでくる少年なんて。
「あ」
 そこで、一人だけ。たった一人だけ心当たりがあった。しかし彼がそんな事をするだろうか。あの。
「ぐぁぁ!」
「べぶっぅ!」
 そんな事を考えている間に入り口付近を警備していた黒服の悲鳴が聞こえ、その少年の姿が恵梨香の瞳に映る。
「なんで、あなたがここへ?」
「なんで?可笑しなことを聞くな」
 恵梨香の問いかけに少年は笑い、静かな声で言う。
「大切なものが奪われたのなら、取り返すのは当然だろ?」
 顔についた黒服の返り血を拭いながら廃墟に乗り込んできた少年、間宮傑は笑った。
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