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50話 不穏な動き その2
しおりを挟む「さて、本日も智司くんとソウルタワーへ向かうことになるが……ジープロウダの連中には、くれぐれも気を付けるように」
「はい、わかりました。十分に注意を払います」
カシムの忠告に、サラが代表して頭を下げた。
「評議会の君が居れば、余程のことがない限り大丈夫だとは思うが……用心に越したことはないからね」
「心得ております」
この数日間で能力を付けたのはリリーとナイゼルだけではない。サラに至っては、なにをしたのかという程に、明らかに闘気が上昇していた。その確かな強さがカシムの信頼を買ったのだ。
「それじゃあ、行って来るね」
「うん、気を付けてね、智司」
「ありがとう、リリー」
智司はリリーを始めとした仲間に手を振りながら歩いて行った。リリーと智司の自然な形での会話……二人はやはり相当に気が合うのだ。サラはそんな光景を見て焦りを覚えていた。
「どないしたんや? サラ?」
「いえ、なんでもありません」
サラはナイゼルに気取られないように、視線を逸らす。彼も特にそれ以上、追及することはなかった。
「それにしても……智司の奴もソウルタワーにすっかり嵌りおったな。あかんで、そんな戦闘狂は矯正しないとあかん! お兄ちゃん許しませんよ!」
「なに言ってんのよ。目的持って進むって格好いいじゃん」
リリーは智司を見ながらそう言った。思わず出た本音といったところだろうか。。
「ほう、リリーの奴はすっかりホの字というわけやな?」
「な、なに言ってんのよ……!」
リリーはからかわれているだけとはわかっているが、恥ずかしさから、強烈な蹴りをナイゼルにヒットさせた。彼はそのまま倒れこんでしまう。それを心配そうな目で見ているのはサラだった。
「ナイゼル、大丈夫ですか?」
「お、おう……問題ないわ。ったく、馬鹿力女やな」
「あんたが悪いんでしょ」
むくれているリリーは怒りを露わにしながらそう言うと、智司へ再び向き直った。
「……大丈夫よね、智司……カシムさんも一緒だから」
「さあな。ソウルタワーも230階以上になるんやろ。そんな高階層を攻略してるんは、現代では1組しか居らんのやし。智司の強さを信じるしかないな」
ナイゼルはそのように言い切ったが、智司を心配する気持ちはリリーと同じだ。最強の冒険者パーティである「アルノートゥン」以外では、カシムですら敵の強さを把握しきれない領域なのだから。
「そうですね、智司くんを信じる……それが私達に出来る唯一の方法かもしれません」
天網評議会序列10位のサラも智司を見送っている。最早、彼女でも到達できないところに智司は行っているのだ。
自分たちが心配しても意味がない……皆がそういう感情を持つほどに智司の実力はかけ離れていた。
智司の無事を心の中で祈った学友たちは各々、自由行動へと移って行く。課外活動でアゾットタウンに来ているはずだが、この街で生活しているような錯覚を覚えながら。
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「しかし、ジープロウダの誰やったっけ? 塔の攻略している奴ら」
自由行動の時間、ナイゼル、リリー、ネリスの3人は食料調達の為、買い物に来ていた。ここに住み込んでいるので、彼らは順番に料理当番を決めて仲良く自炊をしているのだ。
「ああ、メンフィスとシスマのことか? 彼らなら今頃は100階近くまで探索していそうだな」
ネリスは食材を選びながらナイゼルの質問に答えた。手にしている食材から、今夜はカレーライスを作るようだ。お頭の側近たちがどこまで行っているかは、ジープロウダに戻っていないネリスにはわかっていない。
「すごいわね……まあ、智司たちは230階だけど……。そういえば、アルノートゥンって何階まで行ってるの? ナイゼルなら知っているでしょ?」
リリーはふと疑問に思い聞いてみた。特になにかを意図したわけではない。
「アルノートゥンか……まあ、何階でもええやん。俺もはっきりとはわからんしな」
いつものナイゼルらしくない、曖昧な言葉が返って来る。わざとはぐらかしているようにも見えた。当然、リリーからの突っ込みが入る。
「ちょっと、分かってるなら教えてよ。300階は超えているんでしょ?」
ソウルタワーの300階越え……レアモンスターであるブラッドハーケンが出て来る階層を越えていることになる。
ブラッドハーケンは300階のエリアボスよりも強いとされている為、ブラッドハーケンを倒せる根拠にはならないが、300階を越えられる強者であれば相当に強いということは約束されていた。しかし、ナイゼルが答えを出すことはなかった。
彼の前に見覚えのある人物が現れたからだ。
「よう、ネリス」
「……アルガス」
急に声をかけてきたのは、ネリスと同じチームに所属しているアルガスだ。アゾットタウンに居る冒険者の評判を確実に落としている人物である。彼の顔を見た瞬間、ナイゼルとリリーの表情は明らかに変化した。
「何日も戻って来ないでよ、心配したぜ? お前の顔色から見ると結構いい暮らししてるな?」
「私のことはしばらく放っておいてくれないか?」
ネリスは思いの外、冷静な物言いで返した。ナイゼルやリリーが居るからというのもあるが、彼女の中でも心境の変化はあったのだ。
「てめぇ……誰に口聞いてるのか、わかってんのか?」
アルガスはネリスの驚いていない口調に腹を立てていた。成長していないのは、彼の方と言えるだろう。
「そんなこと言われても困るが。お頭に対する恩は忘れていないが、お前に対しては特に恩はなかったと思うが……」
「なんだと……!?」
この何日間の間にマインドコントロールでもされたのか……アルガスは顔をしかめると同時に信じられないという表情も見せている。
現在は3人だけ……天網評議会のサラが居ない為に、余裕をかましていられるわけはないはず、と心で思っているのだ。
「よう言ったネリス。それでこそやで」
「ネリスも前向きになったわよね。受けた恩を返すのに身体を捧げるなんて変なんだから。恩はわすれなければ、いくらでも返せるわ」
ネリスを守るように、ナイゼルとリリーは一歩前へと踏み出した。その表情は余裕に満ちている。
「邪魔するなら、容赦しねぇぜ」
アルガスもしかめた顔を戻し、余裕のある顔へと変化していた。彼の両サイドから屈強な男二人が現れたからだ。
「おいおいアルガス君よ。舐められてるぜ、成敗していいわけ?」
「頼めますか? アルバさん」
「いいぜ、へへへへ。かなり可愛らしいじゃねぇか」
傭兵団体に所属しているアルバと呼ばれる男。坊主頭の彼は、半分ほどの年齢であるリリーを気に入ったようだ。
「気持ち悪い……普通、あの年代ならもっと大人な女性に興味示すわよね? 20代とか」
アルバに全身を見られているリリーは、怖気が走り、ナイゼルに助けを求めていた。
「いや、俺に聞かれても困るけどな。まあ……あのおっさんの気持ちにはなれんわな。俺ガキんちょやしっ」
アルバは33歳の為、ナイゼルとも倍ほどの年齢差がある。彼は敢えてそこを攻めたのだ。ナイゼルはアルバと視線を合わせながらニヤニヤと笑っていた。
「ひゃははは、アルバ! 馬鹿にされてるんじゃねぇか?」
怒りを露わにしているアルバ。その顔を見て、もう一人の傭兵であるゴンズイは大笑いしていた。
「はっ、とりあえず男の方は殺すか。そっちの女は奴隷にして、犯しまくってやるよ」
アルバは冷静さを取り戻した。ナイゼルは殺し、リリーは性奴隷として連れて行くということだ。
坊主頭のアルバ。黒髪の長髪がトレードマークのもう一人の男の名はゴンズイ。髪型は対局の二人だが、放つ闘気の強さは対等、それもかなりの高レベルである。
「おいおい、リリー。喧嘩売られとるで? どないするんや?」
「相手の言葉を引用して成敗ってことでいいんじゃない? ネリス守る為だしさ」
彼らの余裕の表情は一切変わることはない。自らの強力になった闘気……上昇した強さの実験台になるのは傭兵団体の二人だ。
ナイゼルとリリーは負ける気など微塵もないという雰囲気を醸し出しながら、傭兵二人に視線を合わせた。
しかしこの時、ナイゼルとリリーは気付いていなかった。敵の真の狙いというものに……。
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