5 / 8
5
辺境の村が、これほど賑わったことはなかっただろう。
広場の中央に組まれた篝火が赤々と燃え、その周りを村人たちが囲んでいる。手作りの楽器を奏でる者、踊る者、酒を酌み交わす者。子供たちは篝火の周りを駆け回り、老人たちは目を細めてその光景を眺めている。
収穫祭。
辺境の村で、それは長い間忘れられていた言葉だった。土地が魔瘴に侵されてからは実りのある収穫などなく、祭りを開く余裕も気力もなかった。それがこの秋、リーゼルの浄化によって蘇った農地から、初めてまともな麦が収穫されたのだ。
量はまだ少ない。王都の農村と比べれば微々たるものだ。しかし村人たちにとっては、何十年ぶりかの実りだった。自分たちの土地で、自分たちの手で育てた麦。それだけで祭りを開くには十分すぎる理由だった。
「聖女様、こっちこっち! 一番いい席を用意したよ!」
村長の妻に手を引かれ、リーゼルは篝火に近い特等席に座らされた。次々と料理が運ばれてくる。新しい麦で焼いたパン、村の女たちが腕を振るった煮込み、川で獲れた魚の塩焼き。どれも素朴だが、心がこもっていた。
「こんなにたくさん、私なんかのために……」
「何言ってるだい。あんたが来なけりゃ、この祭り自体がなかったんだよ」
村長の妻が笑って、リーゼルの皿にさらに料理を盛った。
祭りが始まってしばらくすると、村長が広場の中央に立った。
「皆、聞いてくれ」
賑やかだった広場が静まる。
「今年、この村に奇跡が起きた。枯れた土が蘇り、水が澄み、作物が実った。それはすべて、リーゼル様のおかげだ」
村人たちが頷く。
「そしてもう一人。俺たちの領主であるアレク様にも感謝を。閣下がリーゼル様を守り支えてくださったからこそ、今日がある」
広場の隅で腕を組んで壁に寄りかかっていたアレクが、居心地悪そうに視線を逸らした。
「リーゼル様、アレク様。この土地の者を代表して、心から礼を申し上げる」
村長が深く頭を下げた。それに倣って、村人たちが一斉に頭を下げる。子供たちまでもが、見よう見まねで小さな頭を下げていた。
リーゼルの目から涙が溢れた。慌てて袖で拭うが止まらない。王都では偽者と蔑まれた。必要ないと切り捨てられた。なのにここでは、こんなにも多くの人が感謝してくれている。自分の存在を認めてくれている。
「泣くな。祭りだぞ」
いつの間にか隣に来ていたアレクが、ぶっきらぼうに言った。しかしその手がそっとリーゼルの背に添えられていた。大きくて温かい手。その手に背を押されるように、リーゼルは涙を拭いて笑顔を作った。
「はい。すみません、嬉しくて」
アレクは何も言わず、ただ静かにリーゼルの隣に座った。副官のハンスが気を利かせて二人分の酒を持ってきたが、アレクは無言で受け取り、リーゼルの分だけ果実水に替えさせた。
「お酒、飲めないんですか?」
「お前は飲むな。力を使った後に酒は良くない」
「今日は使っていませんけど」
「……とにかく駄目だ」
理由になっていない。リーゼルは小さく笑った。
祭りが夜更けに近づき、村人たちの多くが酔いつぶれるか家に帰り始めた頃、アレクが立ち上がった。
「少し来い」
短い言葉に導かれ、リーゼルは広場を離れた。アレクの後について館の裏手に回ると、そこには小さな庭があった。辺境伯の館に付随する、質素だが手入れの行き届いた庭。月明かりの下、リーゼルの浄化の恩恵を受けて咲いた花々が銀色に輝いていた。
アレクは庭の中央で足を止め、振り返った。月光が銀の髪を照らし、碧い瞳が深い色を湛えている。
「話がある」
いつもの簡潔な口調。しかし、かすかに声が硬い。
リーゼルは胸騒ぎを覚えながら、数歩先のアレクを見上げた。
「俺は辺境伯を継いでから八年になる」
アレクが口を開いた。視線はリーゼルではなく、夜空に向けられている。
「親父が死んで、この土地を任された時、正直なところ絶望した。魔瘴は広がる一方で、民は飢え、兵は足りない。王都に支援を求めても無視された。辺境のことなど、王都の連中にはどうでもいいからだ」
淡々とした口調だった。しかしリーゼルには、その言葉の裏にある八年分の孤独が伝わってきた。
「それでもこの土地を捨てるわけにはいかなかった。ここには俺を頼りにしている民がいる。だから歯を食いしばって戦ってきた。たった一人で」
アレクの視線が夜空からリーゼルに降りてきた。
「お前が来て、この土地は変わった」
その声に、初めて感情の揺らぎが混じった。
「土が蘇り、水が清まり、花が咲いた。それだけじゃない。民が笑うようになった。この先に希望があると、初めて思えるようになった」
一歩、アレクが近づいた。
「それは全部、お前のおかげだ」
「そんな……私だけの力では。アレク様が守ってきたこの土地と、村の皆さんがいたからこそ……」
「黙って聞け」
遮られて、リーゼルは口をつぐんだ。
アレクが深く息を吸い、吐いた。覚悟を決めるように。
「俺の妻になってくれ」
月光の庭に、その言葉が落ちた。
リーゼルの時間が止まった。心臓が跳ね上がり、頬が一気に熱くなる。目の前のアレクは真っ直ぐにこちらを見つめていて、その碧い瞳に嘘や迷いは一切なかった。
嬉しい。嬉しくて胸が張り裂けそうだ。しかし同時に、頭の隅で冷たい声が囁く。自分は追放された身だ。偽聖女の烙印を押された女だ。この人の隣に立つ資格があるのか。
「……私は、王家に捨てられた身です」
声が震えた。
「辺境伯であるアレク様のお立場に、傷がつきます。私のような者が妻になれば、王都との関係も……」
「王都の連中がどう思おうが知ったことではない」
アレクが一蹴した。
「俺は辺境伯だ。この土地のことは俺が決める。王都の顔色を窺って生きたことはない」
もう一歩、近づく。
「俺が欲しいのはお前だ。お前の力でも、聖女の加護でもない。リーゼル、お前自身が欲しい」
手が伸びてきて、リーゼルの頬に触れた。硬い剣胝のある指先が、壊れ物を扱うように優しく涙を拭う。泣いていたことに、触れられて初めて気づいた。
「俺は口下手だから、気の利いたことは言えない。だが、お前を守ることだけは誰にも負けない。約束する」
この人は本気だ。心の底から、自分を求めてくれている。王太子が一度もくれなかったものを、この不器用な辺境伯は惜しみなく差し出してくれている。
リーゼルは涙を拭い、顔を上げた。月明かりの中で、アレクの碧い瞳がこちらを見つめている。不安と、期待と、不器用な愛情が入り混じった目。
「……はい」
小さく、しかし確かに頷いた。
「私で、よろしければ」
アレクの目が見開かれ、そしてゆっくりと細められた。笑っている。この男がこんなふうに笑うのを、リーゼルは初めて見た。
大きな手がリーゼルの手を包み込んだ。指を絡め、しっかりと握る。
「ありがとう」
低い声で呟かれた礼に、リーゼルはもう一度泣きそうになった。
王都。ユリウスの執務室に、調査報告が届いた。
辺境で奇跡を起こしている女性の正体。報告書を読み終えたユリウスは、長い間動けなかった。
リーゼル・フォン・エーデルシュタイン。
やはりそうだった。自分が偽聖女として追放した女が、辺境で真の聖女の力を発揮している。涸れた井戸を蘇らせ、汚染された大地を浄化し、村に豊作をもたらしている。報告書には村人たちの証言が詳細に記録されており、その全てがリーゼルの力の真正さを裏付けていた。
同時に、神殿の長老から非公式の見解が届いた。
セレーナ・バルトの力は、神殿の光術を応用した演出に過ぎないと。聖女としての本質的な加護は確認できず、結界の維持能力もないと。
ユリウスは報告書を机に叩きつけた。
「何故だ……何故、もっと早く気づかなかった」
答える者はいない。気づかなかったのではない。気づこうとしなかったのだ。セレーナの華やかな光と甘い言葉に酔い、地味で控えめなリーゼルの価値を見ようともしなかった。
自分の愚かさを認めることは、王太子としての矜持が許さなかった。しかし現実は容赦ない。結界は弱まり続け、魔物は増え、民の不満は高まっている。このままではエーデルシュタイン伯爵家の離反も決定的になる。
ユリウスは苦渋の末に決断した。
「リーゼルを連れ戻せ」
側近が息を呑んだ。
「し、しかし殿下。一度追放した方を呼び戻すとなれば、殿下のご判断に誤りがあったと認めることに……」
「わかっている。だが背に腹は代えられない。聖女の力がなければ王国が持たない。書状を出せ。辺境伯宛てに、聖女リーゼルの王都への帰還を命じる」
王家の紋章が押された書状が作成され、早馬で辺境に向けて発たれた。
数日後、辺境伯の館にその書状が届いた。
アレクは封を開け、文面に目を通した。
聖女リーゼルの王都への帰還を命ずる。王国の加護のため、聖女の力を王都にて発揮されたし。辺境伯におかれては速やかにこれに応じられよ。
アレクの碧い瞳が、氷のように冷たくなった。
書状を持つ手に力がこもり、上質な羊皮紙がくしゃりと音を立てた。握りつぶされた書状が、暖炉の前の床に落ちる。
「閣下、王家からの正式な命令書ですぞ……」
ハンスが控えめに言った。しかしその声にも、怒りが滲んでいた。この老副官もまた、リーゼルを慕い始めている一人だった。
アレクは暖炉に背を向け、窓の外を見た。月に照らされた辺境の大地。リーゼルが蘇らせた、花咲く大地。
「渡すものか」
低く、しかし鋼のような声だった。
「俺の婚約者を、あの男には渡さない」
広場の中央に組まれた篝火が赤々と燃え、その周りを村人たちが囲んでいる。手作りの楽器を奏でる者、踊る者、酒を酌み交わす者。子供たちは篝火の周りを駆け回り、老人たちは目を細めてその光景を眺めている。
収穫祭。
辺境の村で、それは長い間忘れられていた言葉だった。土地が魔瘴に侵されてからは実りのある収穫などなく、祭りを開く余裕も気力もなかった。それがこの秋、リーゼルの浄化によって蘇った農地から、初めてまともな麦が収穫されたのだ。
量はまだ少ない。王都の農村と比べれば微々たるものだ。しかし村人たちにとっては、何十年ぶりかの実りだった。自分たちの土地で、自分たちの手で育てた麦。それだけで祭りを開くには十分すぎる理由だった。
「聖女様、こっちこっち! 一番いい席を用意したよ!」
村長の妻に手を引かれ、リーゼルは篝火に近い特等席に座らされた。次々と料理が運ばれてくる。新しい麦で焼いたパン、村の女たちが腕を振るった煮込み、川で獲れた魚の塩焼き。どれも素朴だが、心がこもっていた。
「こんなにたくさん、私なんかのために……」
「何言ってるだい。あんたが来なけりゃ、この祭り自体がなかったんだよ」
村長の妻が笑って、リーゼルの皿にさらに料理を盛った。
祭りが始まってしばらくすると、村長が広場の中央に立った。
「皆、聞いてくれ」
賑やかだった広場が静まる。
「今年、この村に奇跡が起きた。枯れた土が蘇り、水が澄み、作物が実った。それはすべて、リーゼル様のおかげだ」
村人たちが頷く。
「そしてもう一人。俺たちの領主であるアレク様にも感謝を。閣下がリーゼル様を守り支えてくださったからこそ、今日がある」
広場の隅で腕を組んで壁に寄りかかっていたアレクが、居心地悪そうに視線を逸らした。
「リーゼル様、アレク様。この土地の者を代表して、心から礼を申し上げる」
村長が深く頭を下げた。それに倣って、村人たちが一斉に頭を下げる。子供たちまでもが、見よう見まねで小さな頭を下げていた。
リーゼルの目から涙が溢れた。慌てて袖で拭うが止まらない。王都では偽者と蔑まれた。必要ないと切り捨てられた。なのにここでは、こんなにも多くの人が感謝してくれている。自分の存在を認めてくれている。
「泣くな。祭りだぞ」
いつの間にか隣に来ていたアレクが、ぶっきらぼうに言った。しかしその手がそっとリーゼルの背に添えられていた。大きくて温かい手。その手に背を押されるように、リーゼルは涙を拭いて笑顔を作った。
「はい。すみません、嬉しくて」
アレクは何も言わず、ただ静かにリーゼルの隣に座った。副官のハンスが気を利かせて二人分の酒を持ってきたが、アレクは無言で受け取り、リーゼルの分だけ果実水に替えさせた。
「お酒、飲めないんですか?」
「お前は飲むな。力を使った後に酒は良くない」
「今日は使っていませんけど」
「……とにかく駄目だ」
理由になっていない。リーゼルは小さく笑った。
祭りが夜更けに近づき、村人たちの多くが酔いつぶれるか家に帰り始めた頃、アレクが立ち上がった。
「少し来い」
短い言葉に導かれ、リーゼルは広場を離れた。アレクの後について館の裏手に回ると、そこには小さな庭があった。辺境伯の館に付随する、質素だが手入れの行き届いた庭。月明かりの下、リーゼルの浄化の恩恵を受けて咲いた花々が銀色に輝いていた。
アレクは庭の中央で足を止め、振り返った。月光が銀の髪を照らし、碧い瞳が深い色を湛えている。
「話がある」
いつもの簡潔な口調。しかし、かすかに声が硬い。
リーゼルは胸騒ぎを覚えながら、数歩先のアレクを見上げた。
「俺は辺境伯を継いでから八年になる」
アレクが口を開いた。視線はリーゼルではなく、夜空に向けられている。
「親父が死んで、この土地を任された時、正直なところ絶望した。魔瘴は広がる一方で、民は飢え、兵は足りない。王都に支援を求めても無視された。辺境のことなど、王都の連中にはどうでもいいからだ」
淡々とした口調だった。しかしリーゼルには、その言葉の裏にある八年分の孤独が伝わってきた。
「それでもこの土地を捨てるわけにはいかなかった。ここには俺を頼りにしている民がいる。だから歯を食いしばって戦ってきた。たった一人で」
アレクの視線が夜空からリーゼルに降りてきた。
「お前が来て、この土地は変わった」
その声に、初めて感情の揺らぎが混じった。
「土が蘇り、水が清まり、花が咲いた。それだけじゃない。民が笑うようになった。この先に希望があると、初めて思えるようになった」
一歩、アレクが近づいた。
「それは全部、お前のおかげだ」
「そんな……私だけの力では。アレク様が守ってきたこの土地と、村の皆さんがいたからこそ……」
「黙って聞け」
遮られて、リーゼルは口をつぐんだ。
アレクが深く息を吸い、吐いた。覚悟を決めるように。
「俺の妻になってくれ」
月光の庭に、その言葉が落ちた。
リーゼルの時間が止まった。心臓が跳ね上がり、頬が一気に熱くなる。目の前のアレクは真っ直ぐにこちらを見つめていて、その碧い瞳に嘘や迷いは一切なかった。
嬉しい。嬉しくて胸が張り裂けそうだ。しかし同時に、頭の隅で冷たい声が囁く。自分は追放された身だ。偽聖女の烙印を押された女だ。この人の隣に立つ資格があるのか。
「……私は、王家に捨てられた身です」
声が震えた。
「辺境伯であるアレク様のお立場に、傷がつきます。私のような者が妻になれば、王都との関係も……」
「王都の連中がどう思おうが知ったことではない」
アレクが一蹴した。
「俺は辺境伯だ。この土地のことは俺が決める。王都の顔色を窺って生きたことはない」
もう一歩、近づく。
「俺が欲しいのはお前だ。お前の力でも、聖女の加護でもない。リーゼル、お前自身が欲しい」
手が伸びてきて、リーゼルの頬に触れた。硬い剣胝のある指先が、壊れ物を扱うように優しく涙を拭う。泣いていたことに、触れられて初めて気づいた。
「俺は口下手だから、気の利いたことは言えない。だが、お前を守ることだけは誰にも負けない。約束する」
この人は本気だ。心の底から、自分を求めてくれている。王太子が一度もくれなかったものを、この不器用な辺境伯は惜しみなく差し出してくれている。
リーゼルは涙を拭い、顔を上げた。月明かりの中で、アレクの碧い瞳がこちらを見つめている。不安と、期待と、不器用な愛情が入り混じった目。
「……はい」
小さく、しかし確かに頷いた。
「私で、よろしければ」
アレクの目が見開かれ、そしてゆっくりと細められた。笑っている。この男がこんなふうに笑うのを、リーゼルは初めて見た。
大きな手がリーゼルの手を包み込んだ。指を絡め、しっかりと握る。
「ありがとう」
低い声で呟かれた礼に、リーゼルはもう一度泣きそうになった。
王都。ユリウスの執務室に、調査報告が届いた。
辺境で奇跡を起こしている女性の正体。報告書を読み終えたユリウスは、長い間動けなかった。
リーゼル・フォン・エーデルシュタイン。
やはりそうだった。自分が偽聖女として追放した女が、辺境で真の聖女の力を発揮している。涸れた井戸を蘇らせ、汚染された大地を浄化し、村に豊作をもたらしている。報告書には村人たちの証言が詳細に記録されており、その全てがリーゼルの力の真正さを裏付けていた。
同時に、神殿の長老から非公式の見解が届いた。
セレーナ・バルトの力は、神殿の光術を応用した演出に過ぎないと。聖女としての本質的な加護は確認できず、結界の維持能力もないと。
ユリウスは報告書を机に叩きつけた。
「何故だ……何故、もっと早く気づかなかった」
答える者はいない。気づかなかったのではない。気づこうとしなかったのだ。セレーナの華やかな光と甘い言葉に酔い、地味で控えめなリーゼルの価値を見ようともしなかった。
自分の愚かさを認めることは、王太子としての矜持が許さなかった。しかし現実は容赦ない。結界は弱まり続け、魔物は増え、民の不満は高まっている。このままではエーデルシュタイン伯爵家の離反も決定的になる。
ユリウスは苦渋の末に決断した。
「リーゼルを連れ戻せ」
側近が息を呑んだ。
「し、しかし殿下。一度追放した方を呼び戻すとなれば、殿下のご判断に誤りがあったと認めることに……」
「わかっている。だが背に腹は代えられない。聖女の力がなければ王国が持たない。書状を出せ。辺境伯宛てに、聖女リーゼルの王都への帰還を命じる」
王家の紋章が押された書状が作成され、早馬で辺境に向けて発たれた。
数日後、辺境伯の館にその書状が届いた。
アレクは封を開け、文面に目を通した。
聖女リーゼルの王都への帰還を命ずる。王国の加護のため、聖女の力を王都にて発揮されたし。辺境伯におかれては速やかにこれに応じられよ。
アレクの碧い瞳が、氷のように冷たくなった。
書状を持つ手に力がこもり、上質な羊皮紙がくしゃりと音を立てた。握りつぶされた書状が、暖炉の前の床に落ちる。
「閣下、王家からの正式な命令書ですぞ……」
ハンスが控えめに言った。しかしその声にも、怒りが滲んでいた。この老副官もまた、リーゼルを慕い始めている一人だった。
アレクは暖炉に背を向け、窓の外を見た。月に照らされた辺境の大地。リーゼルが蘇らせた、花咲く大地。
「渡すものか」
低く、しかし鋼のような声だった。
「俺の婚約者を、あの男には渡さない」
あなたにおすすめの小説
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アンナ・ローレンスはグランベル王国第一王子ダニエル・クロムハートに突然の婚約破棄を言い渡された。
その理由はアンナの職業にあった。職業至上主義の世界でアンナは無能と言われる職業を成人の儀で神に与えられた。その日からアンナは転落人生を歩むことになった。公爵家の家族に使用人はアンナに冷たい態度を取り始める。
アンナにはレイチェルという妹がいた。そのレイチェルの職業は神に選ばれた人しかなれない特別な職業と言われる聖女。アンナとレイチェルは才能を比較された。姉のアンナは能力が劣っていると言われて苦しい日常を送る。
そして幼馴染でもある婚約者のダニエルをレイチェルに取られて最終的には公爵家当主の父ジョセフによって公爵家を追放されてしまった。
貴族から平民に落とされたアンナは旅に出て違う国で新しい生活をスタートする。一方アンナが出て行った公爵家では様々な問題が発生する。実はアンナは一人で公爵家のあらゆる仕事をこなしていた。使用人たちはアンナに無能だからとぞんざいに扱って仕事を押し付けていた。
今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて
nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
王子に婚約破棄されて国を追放「魔法が使えない女は必要ない!」彼女の隠された能力と本来の姿がわかり誰もが泣き叫ぶ。
佐藤 美奈
恋愛
クロエ・エルフェシウス公爵令嬢とガブリエル・フォートグランデ王太子殿下は婚約が内定する。まだ公の場で発表してないだけで、王家と公爵家の間で約束を取り交わしていた。
だが帝立魔法学園の創立記念パーティーで婚約破棄を宣言されてしまった。ガブリエルは魔法の才能がある幼馴染のアンジェリカ男爵令嬢を溺愛して結婚を決めたのです。
その理由は、ディオール帝国は魔法至上主義で魔法帝国と称される。クロエは魔法が一番大切な国で一人だけ魔法が全然使えない女性だった。
クロエは魔法が使えないことに、特に気にしていませんでしたが、日常的に家族から無能と言われて、赤の他人までに冷たい目で見られてしまう。
ところがクロエは魔法帝国に、なくてはならない女性でした。絶対に必要な隠された能力を持っていた。彼女の真の姿が明らかになると、誰もが彼女に泣いて謝罪を繰り返し助けてと悲鳴を上げ続けた。
「犯人は追放!」無実の彼女は国に絶対に必要な能力者で“価値の高い女性”だった
佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・エレガント公爵令嬢とフレッド・ユーステルム王太子殿下は婚約成立を祝した。
その数週間後、ヴァレンティノ王立学園50周年の創立記念パーティー会場で、信じられない事態が起こった。
フレッド殿下がセリーヌ令嬢に婚約破棄を宣言した。様々な分野で活躍する著名な招待客たちは、激しい動揺と衝撃を受けてざわつき始めて、人々の目が一斉に注がれる。
フレッドの横にはステファニー男爵令嬢がいた。二人は恋人のような雰囲気を醸し出す。ステファニーは少し前に正式に聖女に選ばれた女性であった。
ステファニーの策略でセリーヌは罪を被せられてしまう。信じていた幼馴染のアランからも冷たい視線を向けられる。
セリーヌはいわれのない無実の罪で国を追放された。悔しくてたまりませんでした。だが彼女には秘められた能力があって、それは聖女の力をはるかに上回るものであった。
彼女はヴァレンティノ王国にとって絶対的に必要で貴重な女性でした。セリーヌがいなくなるとステファニーは聖女の力を失って、国は急速に衰退へと向かう事となる……。
私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語