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結婚から一週間が過ぎた。セラフィーナとエドウィンの新居は、まだ整理の途中だった。壁一面に並ぶ本棚には、医学書、薬草学の専門書、古い文献が所狭しと並んでいる。
「セラフィーナ、この古文書の分類、どうしましょうか?」
エドウィンが書斎の奥から顔を出した。手には埃をかぶった羊皮紙の束を持っている。
「年代順がいいわ。後で索引を作りましょう」
セラフィーナは研究室で薬草の標本を整理していた。乾燥させた薬草を丁寧にプレスし、ラベルを貼っていく。一つひとつの作業が、前世の看護師時代を思い出させる。
二人の生活は、学者らしく規則正しかった。朝は日の出とともに起き、薬草園を見回る。午前中は研究と執筆、午後は実験と調合。夕方には二人で散歩をし、夜は読書の時間だ。
「これを見てください」
エドウィンが興奮した様子で呼んだ。セラフィーナが研究室に入ると、顕微鏡を覗くよう促された。
「これは...」
レンズの向こうには、薬草の細胞構造が見える。前世では当たり前だった顕微鏡も、この世界ではまだ珍しい研究器具だ。
「この薬草の有効成分が、ここに集中しているんです。もしこの部分だけを抽出できれば、効果を十倍に高められる」
「でも抽出方法が...」
「考えています。蒸留では温度が高すぎて成分が壊れる。冷却抽出を試してみたいんです」
二人は夢中で議論を始めた。セラフィーナの前世の医学知識と、エドウィンのこの世界の薬学理論が融合する瞬間だ。
昼食の時間も忘れて議論を続けていると、侍女のマルタがノックをした。
「奥様、旦那様、お昼でございます」
「あら、もうこんな時間?」
セラフィーナは時計を見て驚いた。二人で研究を始めると、時間を忘れてしまう。
食堂で簡素な昼食を取りながら、エドウィンが言った。
「セラフィーナ、あなたと結婚して本当に良かった。こんなに研究が楽しいと思ったことはありません」
「私もよ。前世で...いえ、これまでの人生で、こんなに充実した日々はなかった」
セラフィーナは危うく「前世」と言いそうになった。転生の記憶は、エドウィンにも秘密にしている。
午後、二人は薬草園で新しい栽培実験を始めた。土壌の改良、日照時間の調整、水分管理。すべてをデータとして記録していく。
「ここの土は酸性が強すぎる。石灰を加えましょう」
セラフィーナの提案に、老庭師トーマスが驚いた。
「奥様、よくご存知で」
「本で読んだの」
実際は前世の知識だが、そうは言えない。この世界では、女性が高度な学問を修めることは珍しくないが、セラフィーナの知識はあまりに体系的すぎる。
夕方、二人は薬草園を散歩した。これが新しい日課になりつつある。
「あの花壇、もう少し日当たりが良い場所に移しませんか?」
エドウィンが提案した。
「そうね、でも移植のタイミングが難しいわ。来月の新月まで待ちましょう」
「なぜ新月なんですか?」
「植物の水分吸収が変わるの。満月の時は葉に、新月の時は根に水分が集まる」
セラフィーナの説明に、エドウィンは感心した。
「あなたの知識は、本当に実践的ですね」
「経験から学んだことが多いの」
半分嘘で半分本当だ。前世の経験と、この三年間の実践が融合した知識なのだから。
その夜、二人は書斎で向かい合って座った。エドウィンは論文を執筆し、セラフィーナは新しい調合法のレシピを書いている。
時折、質問を投げかけ合う。
「この部分の表現、どう思いますか?」
「もう少し具体的なデータを入れた方がいいわ」
お互いの仕事を理解し、尊重し合える関係。これがセラフィーナが求めていたものだった。
深夜、エドウィンが羽ペンを置いた。
「今日の分は終わりました」
「私もちょうど完成したところよ」
セラフィーナは完成したレシピをエドウィンに見せた。
「素晴らしい。この配合なら、効果が五割増しになりますね」
「ええ、明日試作してみましょう」
二人はキャンドルを消し、寝室へ向かった。窓の外には満天の星空が広がっている。
「エドウィン」
ベッドに入りながら、セラフィーナが呼んだ。
「なんでしょう?」
「私たちの研究が、いつか多くの人を救えるといいわね」
「必ず救えますよ。あなたと一緒なら、何でも成し遂げられる気がします」
エドウィンはセラフィーナを優しく抱きしめた。
翌朝、セラフィーナは少し体調が優れなかった。朝食の匂いに軽い吐き気を感じる。
「大丈夫ですか?」
エドウィンが心配そうに尋ねた。
「ええ、ちょっと疲れているだけよ」
セラフィーナは微笑んだ。でも心の中で、ある可能性を考えていた。この症状は...もしかして。
数日後、セラフィーナの予感は確信に変わった。朝の吐き気、匂いへの敏感さ、軽い倦怠感。すべて妊娠初期の症状だ。
でもまだエドウィンには言わなかった。もう少し確実になってから、喜びを分かち合いたい。
一方、王都では別の変化が起きていた。公爵家の混乱は、ついに頂点に達しようとしている。エリーゼの振る舞いは日々悪化し、アレクシスは疲弊していた。
でもセラフィーナには、もはや関係のないことだった。彼女の幸せは、もう誰にも奪えない。エドウィンと共に歩む道は、明るく希望に満ちている。
研究室で薬草を調合しながら、セラフィーナは自分のお腹に手を当てた。そこには新しい命が宿っているかもしれない。
かつて「跡継ぎを産めない」と言われた彼女が、今は健康な身体で新しい命を育んでいる。これ以上の復讐があるだろうか。
いや、これは復讐ではない。ただ幸せに生きること。それだけだ。
「セラフィーナ、この古文書の分類、どうしましょうか?」
エドウィンが書斎の奥から顔を出した。手には埃をかぶった羊皮紙の束を持っている。
「年代順がいいわ。後で索引を作りましょう」
セラフィーナは研究室で薬草の標本を整理していた。乾燥させた薬草を丁寧にプレスし、ラベルを貼っていく。一つひとつの作業が、前世の看護師時代を思い出させる。
二人の生活は、学者らしく規則正しかった。朝は日の出とともに起き、薬草園を見回る。午前中は研究と執筆、午後は実験と調合。夕方には二人で散歩をし、夜は読書の時間だ。
「これを見てください」
エドウィンが興奮した様子で呼んだ。セラフィーナが研究室に入ると、顕微鏡を覗くよう促された。
「これは...」
レンズの向こうには、薬草の細胞構造が見える。前世では当たり前だった顕微鏡も、この世界ではまだ珍しい研究器具だ。
「この薬草の有効成分が、ここに集中しているんです。もしこの部分だけを抽出できれば、効果を十倍に高められる」
「でも抽出方法が...」
「考えています。蒸留では温度が高すぎて成分が壊れる。冷却抽出を試してみたいんです」
二人は夢中で議論を始めた。セラフィーナの前世の医学知識と、エドウィンのこの世界の薬学理論が融合する瞬間だ。
昼食の時間も忘れて議論を続けていると、侍女のマルタがノックをした。
「奥様、旦那様、お昼でございます」
「あら、もうこんな時間?」
セラフィーナは時計を見て驚いた。二人で研究を始めると、時間を忘れてしまう。
食堂で簡素な昼食を取りながら、エドウィンが言った。
「セラフィーナ、あなたと結婚して本当に良かった。こんなに研究が楽しいと思ったことはありません」
「私もよ。前世で...いえ、これまでの人生で、こんなに充実した日々はなかった」
セラフィーナは危うく「前世」と言いそうになった。転生の記憶は、エドウィンにも秘密にしている。
午後、二人は薬草園で新しい栽培実験を始めた。土壌の改良、日照時間の調整、水分管理。すべてをデータとして記録していく。
「ここの土は酸性が強すぎる。石灰を加えましょう」
セラフィーナの提案に、老庭師トーマスが驚いた。
「奥様、よくご存知で」
「本で読んだの」
実際は前世の知識だが、そうは言えない。この世界では、女性が高度な学問を修めることは珍しくないが、セラフィーナの知識はあまりに体系的すぎる。
夕方、二人は薬草園を散歩した。これが新しい日課になりつつある。
「あの花壇、もう少し日当たりが良い場所に移しませんか?」
エドウィンが提案した。
「そうね、でも移植のタイミングが難しいわ。来月の新月まで待ちましょう」
「なぜ新月なんですか?」
「植物の水分吸収が変わるの。満月の時は葉に、新月の時は根に水分が集まる」
セラフィーナの説明に、エドウィンは感心した。
「あなたの知識は、本当に実践的ですね」
「経験から学んだことが多いの」
半分嘘で半分本当だ。前世の経験と、この三年間の実践が融合した知識なのだから。
その夜、二人は書斎で向かい合って座った。エドウィンは論文を執筆し、セラフィーナは新しい調合法のレシピを書いている。
時折、質問を投げかけ合う。
「この部分の表現、どう思いますか?」
「もう少し具体的なデータを入れた方がいいわ」
お互いの仕事を理解し、尊重し合える関係。これがセラフィーナが求めていたものだった。
深夜、エドウィンが羽ペンを置いた。
「今日の分は終わりました」
「私もちょうど完成したところよ」
セラフィーナは完成したレシピをエドウィンに見せた。
「素晴らしい。この配合なら、効果が五割増しになりますね」
「ええ、明日試作してみましょう」
二人はキャンドルを消し、寝室へ向かった。窓の外には満天の星空が広がっている。
「エドウィン」
ベッドに入りながら、セラフィーナが呼んだ。
「なんでしょう?」
「私たちの研究が、いつか多くの人を救えるといいわね」
「必ず救えますよ。あなたと一緒なら、何でも成し遂げられる気がします」
エドウィンはセラフィーナを優しく抱きしめた。
翌朝、セラフィーナは少し体調が優れなかった。朝食の匂いに軽い吐き気を感じる。
「大丈夫ですか?」
エドウィンが心配そうに尋ねた。
「ええ、ちょっと疲れているだけよ」
セラフィーナは微笑んだ。でも心の中で、ある可能性を考えていた。この症状は...もしかして。
数日後、セラフィーナの予感は確信に変わった。朝の吐き気、匂いへの敏感さ、軽い倦怠感。すべて妊娠初期の症状だ。
でもまだエドウィンには言わなかった。もう少し確実になってから、喜びを分かち合いたい。
一方、王都では別の変化が起きていた。公爵家の混乱は、ついに頂点に達しようとしている。エリーゼの振る舞いは日々悪化し、アレクシスは疲弊していた。
でもセラフィーナには、もはや関係のないことだった。彼女の幸せは、もう誰にも奪えない。エドウィンと共に歩む道は、明るく希望に満ちている。
研究室で薬草を調合しながら、セラフィーナは自分のお腹に手を当てた。そこには新しい命が宿っているかもしれない。
かつて「跡継ぎを産めない」と言われた彼女が、今は健康な身体で新しい命を育んでいる。これ以上の復讐があるだろうか。
いや、これは復讐ではない。ただ幸せに生きること。それだけだ。
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