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結婚から三ヶ月が経った頃、セラフィーナとエドウィンの研究に大きな転機が訪れた。
深夜の研究室で、二人は最新の実験結果を確認していた。机の上には、様々な濃度で抽出された薬草エキスのサンプルが並んでいる。
「信じられない...」
エドウィンの声が震えていた。
「この効果、従来の鎮痛剤の十倍以上です」
セラフィーナも興奮を抑えきれなかった。三ヶ月かけて開発した新しい抽出法が、ついに成功したのだ。冷却抽出と段階的精製を組み合わせた方法は、薬草の有効成分を壊さずに濃縮できる。
「でも、副作用の検証がまだ...」
「そうですね。慎重に進めましょう」
翌日から、二人は徹底的な安全性試験を開始した。まず薬草園の動物で試験し、次に自分たち自身で少量を試す。前世の知識があるセラフィーナは、適切な試験手順を知っていた。
一週間後、結果は完璧だった。高い効果、少ない副作用、安価な製造コスト。すべてが理想的だった。
「これを発表すべきです」
エドウィンが興奮気味に言った。
「王立薬学院の学会で」
「でもまだ大規模な臨床試験が...」
「それは学会発表後に、多くの医師の協力を得て行えばいい」
セラフィーナは少し考えてから頷いた。
「そうね、きっと多くの人々を救える」
お腹の中の命のことを思う。妊娠二ヶ月、まだエドウィンには告げていない。もう少し安定期に入ってから伝えるつもりだった。
一ヶ月後、王都の王立薬学院大講堂。年に一度の学術大会が開かれていた。全国から医師、薬剤師、研究者が集まる、医学界最大のイベントだ。
セラフィーナとエドウィンの発表時間が来た。大講堂は聴衆で埋め尽くされている。その中には、懐疑的な表情の老学者たちもいる。
「新型鎮痛剤の開発について」
エドウィンがタイトルを読み上げた。スクリーンには、薬草の構造図が映し出される。
「従来の鎮痛剤は、効果と副作用のバランスが課題でした」
セラフィーナが説明を引き継ぐ。
「我々は薬草の有効成分を選択的に抽出する新技術を開発しました」
会場がざわついた。多くの研究者が同じ課題に取り組んできたが、誰も成功していなかったのだ。
「具体的な抽出方法は?」
最前列の老学者が質問した。
「冷却抽出と段階的精製の組み合わせです」
エドウィンが詳細な工程図を示す。会場の研究者たちが身を乗り出した。
「この方法なら、温度による成分の破壊を防げます」
セラフィーナの説明に、研究者たちは驚きの表情を浮かべた。
「効果はどの程度?」
「従来品の十倍以上です」
会場がどよめいた。
「副作用は?」
「ほとんどありません。詳細なデータはこちらです」
エドウィンが分厚い資料を配布した。研究者たちは真剣な表情でページをめくり始める。
質疑応答は二時間に及んだ。厳しい質問が次々と投げかけられたが、セラフィーナとエドウィンは全てにデータと理論で答えた。
「最後に一つ」
王立薬学院の院長が立ち上がった。
「この研究の意義は?」
「多くの患者さんを苦痛から解放することです」
セラフィーナは真っ直ぐに院長を見つめた。
「痛みは、人から尊厳を奪います。私たちの薬が、一人でも多くの方の尊厳を守れるなら、それが最大の意義です」
会場が静まり返った。そして、大きな拍手が湧き起こった。
発表後、多くの医師や研究者が二人のもとに集まった。
「ぜひ臨床試験に協力させてください」
「うちの病院でも使わせてもらえませんか?」
申し出が殺到した。セラフィーナとエドウィンは、一人ひとりと丁寧に話し合った。
その夜、侯爵邸に戻った二人は、疲れながらも充実した表情だった。
「成功しましたね」
エドウィンが言った。
「ええ、これで多くの人を救える」
セラフィーナは窓の外を見つめた。星空が美しい夜だった。
「エドウィン、実は話があるの」
「なんでしょう?」
「私...赤ちゃんができたみたい」
エドウィンは一瞬言葉を失った。そして、セラフィーナを優しく抱きしめた。
「本当ですか? いつから?」
「たぶん三ヶ月くらい前から。確信したのは一ヶ月前だけど」
「なぜもっと早く言わなかったんですか?」
「あなたを心配させたくなかったの。学会発表もあったし」
エドウィンはセラフィーナの額にキスをした。
「これ以上の喜びはありません。私たちの子供...」
「ええ、私たちの子供」
二人は幸せに満たされていた。研究の成功と、新しい命の誕生。人生でこれほど完璧な瞬間があるだろうか。
翌日、セラフィーナは王宮医師の診察を受けた。
「順調です、奥様」
医師が微笑んだ。
「母体も胎児も健康です」
「ありがとうございます」
セラフィーナは安堵した。かつて「跡継ぎを産めない」と言われた彼女が、今こうして健康な妊婦として医師の前にいる。
診察を終えて侯爵邸に戻ると、父ロデリック侯爵が待っていた。
「セラフィーナ、聞いたぞ」
「はい、父上」
「孫か...」
厳格な父の目に、涙が光った。
「よくやった、娘よ」
ロデリック侯爵はセラフィーナを抱きしめた。長い間、侯爵家の跡継ぎ問題は影を落としていた。でも今、それも解決しようとしている。
数日後、新型鎮痛剤の臨床試験が全国の病院で始まった。結果は驚異的だった。重度の痛みに苦しんでいた患者たちが、次々と回復していく。
「奇跡だ」
「こんな薬を待っていた」
医師たちからの報告が、毎日のように届く。セラフィーナとエドウィンの名は、医学界の英雄として語られ始めた。
王宮からも使者が来た。
「国王陛下が、お二人に謁見を賜りたいとのことです」
これは名誉なことだった。平民出身の学者と、一介の侯爵令嬢が、国王に謁見できるのだから。
謁見の日、セラフィーナとエドウィンは王宮の謁見の間に立っていた。玉座に座る国王は、温和な表情で二人を見つめていた。
「グレイ博士、アルトリア侯爵夫人、よくぞ参られた」
「恐れ入ります、陛下」
二人は深く頭を下げた。
「そなたらの研究が、多くの民を救っていると聞く」
「はい、陛下。それが私たちの喜びです」
セラフィーナが答えた。
「では、そなたらに王国医学勲章を授ける」
これは最高の栄誉だった。王国医学勲章は、医学に多大な貢献をした者にのみ与えられる。
授章式の後、国王が個人的に話しかけてきた。
「侯爵夫人、噂は聞いておる。そなたが婚約破棄から見事に立ち直ったと」
「はい、陛下」
「その強さこそが、真の貴族の証だ」
国王の言葉に、セラフィーナは深く感動した。
その夜、侯爵邸では小さな祝賀会が開かれた。家族と親しい人々だけの、温かな集まりだった。
「乾杯!」
グラスが鳴る。セラフィーナは妊娠中なので飲めなかったが、その表情は誰よりも輝いていた。
人生は、こんなにも変わるものなのだ。三年前の絶望から、今の栄光まで。すべては自分の努力と、支えてくれた人々のおかげだった。
深夜の研究室で、二人は最新の実験結果を確認していた。机の上には、様々な濃度で抽出された薬草エキスのサンプルが並んでいる。
「信じられない...」
エドウィンの声が震えていた。
「この効果、従来の鎮痛剤の十倍以上です」
セラフィーナも興奮を抑えきれなかった。三ヶ月かけて開発した新しい抽出法が、ついに成功したのだ。冷却抽出と段階的精製を組み合わせた方法は、薬草の有効成分を壊さずに濃縮できる。
「でも、副作用の検証がまだ...」
「そうですね。慎重に進めましょう」
翌日から、二人は徹底的な安全性試験を開始した。まず薬草園の動物で試験し、次に自分たち自身で少量を試す。前世の知識があるセラフィーナは、適切な試験手順を知っていた。
一週間後、結果は完璧だった。高い効果、少ない副作用、安価な製造コスト。すべてが理想的だった。
「これを発表すべきです」
エドウィンが興奮気味に言った。
「王立薬学院の学会で」
「でもまだ大規模な臨床試験が...」
「それは学会発表後に、多くの医師の協力を得て行えばいい」
セラフィーナは少し考えてから頷いた。
「そうね、きっと多くの人々を救える」
お腹の中の命のことを思う。妊娠二ヶ月、まだエドウィンには告げていない。もう少し安定期に入ってから伝えるつもりだった。
一ヶ月後、王都の王立薬学院大講堂。年に一度の学術大会が開かれていた。全国から医師、薬剤師、研究者が集まる、医学界最大のイベントだ。
セラフィーナとエドウィンの発表時間が来た。大講堂は聴衆で埋め尽くされている。その中には、懐疑的な表情の老学者たちもいる。
「新型鎮痛剤の開発について」
エドウィンがタイトルを読み上げた。スクリーンには、薬草の構造図が映し出される。
「従来の鎮痛剤は、効果と副作用のバランスが課題でした」
セラフィーナが説明を引き継ぐ。
「我々は薬草の有効成分を選択的に抽出する新技術を開発しました」
会場がざわついた。多くの研究者が同じ課題に取り組んできたが、誰も成功していなかったのだ。
「具体的な抽出方法は?」
最前列の老学者が質問した。
「冷却抽出と段階的精製の組み合わせです」
エドウィンが詳細な工程図を示す。会場の研究者たちが身を乗り出した。
「この方法なら、温度による成分の破壊を防げます」
セラフィーナの説明に、研究者たちは驚きの表情を浮かべた。
「効果はどの程度?」
「従来品の十倍以上です」
会場がどよめいた。
「副作用は?」
「ほとんどありません。詳細なデータはこちらです」
エドウィンが分厚い資料を配布した。研究者たちは真剣な表情でページをめくり始める。
質疑応答は二時間に及んだ。厳しい質問が次々と投げかけられたが、セラフィーナとエドウィンは全てにデータと理論で答えた。
「最後に一つ」
王立薬学院の院長が立ち上がった。
「この研究の意義は?」
「多くの患者さんを苦痛から解放することです」
セラフィーナは真っ直ぐに院長を見つめた。
「痛みは、人から尊厳を奪います。私たちの薬が、一人でも多くの方の尊厳を守れるなら、それが最大の意義です」
会場が静まり返った。そして、大きな拍手が湧き起こった。
発表後、多くの医師や研究者が二人のもとに集まった。
「ぜひ臨床試験に協力させてください」
「うちの病院でも使わせてもらえませんか?」
申し出が殺到した。セラフィーナとエドウィンは、一人ひとりと丁寧に話し合った。
その夜、侯爵邸に戻った二人は、疲れながらも充実した表情だった。
「成功しましたね」
エドウィンが言った。
「ええ、これで多くの人を救える」
セラフィーナは窓の外を見つめた。星空が美しい夜だった。
「エドウィン、実は話があるの」
「なんでしょう?」
「私...赤ちゃんができたみたい」
エドウィンは一瞬言葉を失った。そして、セラフィーナを優しく抱きしめた。
「本当ですか? いつから?」
「たぶん三ヶ月くらい前から。確信したのは一ヶ月前だけど」
「なぜもっと早く言わなかったんですか?」
「あなたを心配させたくなかったの。学会発表もあったし」
エドウィンはセラフィーナの額にキスをした。
「これ以上の喜びはありません。私たちの子供...」
「ええ、私たちの子供」
二人は幸せに満たされていた。研究の成功と、新しい命の誕生。人生でこれほど完璧な瞬間があるだろうか。
翌日、セラフィーナは王宮医師の診察を受けた。
「順調です、奥様」
医師が微笑んだ。
「母体も胎児も健康です」
「ありがとうございます」
セラフィーナは安堵した。かつて「跡継ぎを産めない」と言われた彼女が、今こうして健康な妊婦として医師の前にいる。
診察を終えて侯爵邸に戻ると、父ロデリック侯爵が待っていた。
「セラフィーナ、聞いたぞ」
「はい、父上」
「孫か...」
厳格な父の目に、涙が光った。
「よくやった、娘よ」
ロデリック侯爵はセラフィーナを抱きしめた。長い間、侯爵家の跡継ぎ問題は影を落としていた。でも今、それも解決しようとしている。
数日後、新型鎮痛剤の臨床試験が全国の病院で始まった。結果は驚異的だった。重度の痛みに苦しんでいた患者たちが、次々と回復していく。
「奇跡だ」
「こんな薬を待っていた」
医師たちからの報告が、毎日のように届く。セラフィーナとエドウィンの名は、医学界の英雄として語られ始めた。
王宮からも使者が来た。
「国王陛下が、お二人に謁見を賜りたいとのことです」
これは名誉なことだった。平民出身の学者と、一介の侯爵令嬢が、国王に謁見できるのだから。
謁見の日、セラフィーナとエドウィンは王宮の謁見の間に立っていた。玉座に座る国王は、温和な表情で二人を見つめていた。
「グレイ博士、アルトリア侯爵夫人、よくぞ参られた」
「恐れ入ります、陛下」
二人は深く頭を下げた。
「そなたらの研究が、多くの民を救っていると聞く」
「はい、陛下。それが私たちの喜びです」
セラフィーナが答えた。
「では、そなたらに王国医学勲章を授ける」
これは最高の栄誉だった。王国医学勲章は、医学に多大な貢献をした者にのみ与えられる。
授章式の後、国王が個人的に話しかけてきた。
「侯爵夫人、噂は聞いておる。そなたが婚約破棄から見事に立ち直ったと」
「はい、陛下」
「その強さこそが、真の貴族の証だ」
国王の言葉に、セラフィーナは深く感動した。
その夜、侯爵邸では小さな祝賀会が開かれた。家族と親しい人々だけの、温かな集まりだった。
「乾杯!」
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