私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

文字の大きさ
12 / 50
第二章 目覚める力と芽生える想い

12

しおりを挟む
その夜、アルヴィンは微熱を出した。

暴走の時の傷は塞がっていたが、無理に訓練に立ち会い続けたせいで体に障ったらしい。エルザからそう聞いたリーゼは、すぐに医務室に向かおうとした。

「リーゼ様、公爵様は自室におられます。医務室には行かないと仰って」

「自室……お見舞いに伺ってもよいでしょうか」

エルザは少し考えてから、「きっとお喜びになりますよ」と微笑んだ。

アルヴィンの私室は屋敷の北棟にあった。扉を叩くと、低い声が「入れ」と返す。

部屋に入ると、アルヴィンはベッドの上で上体を起こし、書類を読んでいた。普段は隙のない身なりだが、今は髪が少し乱れ、シャツの襟元が緩んでいる。それだけで随分と印象が違った。

「具合はいかがですか」

「大したことはない。明日には治る」

「お怪我をされたのに無理をなさるから……」

「お前の訓練を止めるわけにはいかん」

その言葉に、リーゼは胸が痛んだ。自分のために無理をさせてしまっている。

「お粥を作ってまいりました。よければ召し上がってください」

持ってきた盆をサイドテーブルに置く。エルザに厨房を借りて作った、簡素だが消化のよい粥だった。

アルヴィンは粥を一口、二口と運び、「美味い」とぼそりと言った。リーゼはほっとして、傍らの椅子に腰を下ろした。


沈黙が流れた。暖炉の薪がぱちりと爆ぜる。

「アルヴィン様」

「何だ」

「なぜ、私をお招きくださったのですか。結界術の素養がある人材なら、他にもいたはずです」

アルヴィンは粥の碗を置き、窓の外に目を向けた。雪が降り始めている。

「七年前のことだ」

「七年前……」

「俺が十八の時、父の名代で王都を訪問した。社交の場は苦手だったが、義務だった。その帰り道、王都の庭園を通りかかった」

アルヴィンの声は淡々としていたが、記憶を辿るように少し間を置きながら話した。

「庭園に、子供がいた。十一くらいの、地味な服を着た女の子だ。花壇の前にしゃがんで、枯れかけた花に話しかけていた」

リーゼは目を見開いた。十一歳。七年前。

「その子供の周りだけ、空気が違った。俺は結界術の心得がある。だからわかった。あの子供は無意識に結界を張っていた。しかもその結界は、庭園だけでなく、王都の広範囲に及んでいた」

「それが……」

「お前だ」

リーゼは言葉を失った。

「俺は驚いた。あれほどの力を持つ者を見たのは初めてだった。だが周囲の誰も気づいていなかった。力が自然すぎて、空気のように溶け込んでいたからだ」

アルヴィンがリーゼを見た。熱のせいか、普段より瞳の色が柔らかい。

「それ以来、お前のことを調べた。ヴァイセン伯爵家の次女、聖女の素養ありとされるも教会の検査では微弱との評価。第二王子の婚約者に選ばれた。詳しく知るほどに、あの検査結果がいかに馬鹿げているかがわかった」

「ずっと、見ていてくださったのですか」

「見ていた、というほど大層なものではない。ただ、気にかけていた」

アルヴィンはそう言って目を逸らした。暖炉の炎がその横顔を赤く照らしている。

「婚約破棄の話を聞いた時、すぐに手紙を書いた。あの王子が手放した以上、今が機会だと思った」

「機会……」

「お前の力を正しく導ける環境に置くための、だ」

リーゼは膝の上で拳を握った。

七年間。この人は七年もの間、遠くからリーゼを見ていた。力の価値を誰よりも早く見抜き、機を待っていた。

「アルヴィン様」

「何だ」

「ありがとうございます」

声が震えた。

「私の力を信じてくださって。こうして迎えてくださって」

アルヴィンは少し困ったような顔をした。褒められることに、あるいは感謝されることに慣れていない顔だった。

「礼を言うのはまだ早い。お前が結界を完成させた時に言え」

「はい」

リーゼは涙を拭って笑った。

「必ず完成させます」

アルヴィンは何も言わず、ただ小さく頷いた。その仕草の中に、信頼と呼べるものが確かにあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?

みこと。
恋愛
 鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。 「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。 (あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)  現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。  そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。  なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?  この出会いが、クローディアに新しい道を拓く! ※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...