私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

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第二章 目覚める力と芽生える想い

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翌朝、アルヴィンは何事もなかったかのように執務室にいた。

リーゼが朝の挨拶に訪れると、すでに書類の山に向かっている。左腕の包帯はまだ巻かれたままだったが、顔色は良い。

「今日の訓練は午後からにする」

「お体は大丈夫なのですか」

「問題ない。午前中は書庫で古文書の続きを読んでおけ。結界核の構築法に関する記述がある」

そう言うとアルヴィンは書類に目を戻した。いつも通りの素っ気なさ。だが昨夜の会話を思うと、その素っ気なさの裏にある温かさを感じ取れるようになっていた。

「わかりました」

リーゼが退室しようとした時、アルヴィンが呼び止めた。

「リーゼ」

「はい」

「今日は冷え込む。厚着をしておけ」

それだけ言って、再び書類に没頭する。リーゼは小さく微笑んで扉を閉めた。

廊下に出ると、壁際にハインリヒが立っていた。

「聞こえましたよ、今の」

「え」

「厚着をしておけ、ですって。あの方なりの精一杯の気遣いですな」

ハインリヒが愉快そうに肩を揺らした。

「普段は領民にだって天候の心配なんてしませんよ。リーゼ嬢だけ特別扱いです」

「そんな。ただ、訓練があるから体調を崩すなという意味でしょう」

「そう思いたければどうぞ」

含みのある笑みを残して、ハインリヒは去っていった。


午後の訓練は、昨日の続きだった。

結界核を作り、それを膜状に広げる。リーゼは昨日の感覚を思い出しながら、掌の間に光の球を形成した。アルヴィンの手はもうない。だが、あの時の温もりの記憶が導いてくれた。

核は安定している。ここからゆっくりと広げる。

光の膜が広がり、リーゼを中心に半径二メートルほどの結界が形成された。昨日より大きく、そして長い。二十秒、三十秒。一分近く持続してから、ふっと消えた。

「進歩だな」

アルヴィンが頷いた。今日は訓練場の中央に椅子を置いて座り、間近で観察していた。

「でもまだ全然足りません。境界壁の修復には……」

「焦るな。核の精度が上がれば、展開範囲は自然と広がる。今は核を安定させることに集中しろ」

的確な助言だった。アルヴィンは結界術の使い手ではないが、理論に関しては誰よりも深い知識を持っている。七年間集め続けた文献は伊達ではなかった。

訓練が終わり、リーゼが汗を拭いていると、アルヴィンが鞄から何かを取り出した。

「これを使え」

差し出されたのは、一組の手袋だった。白い革に銀の刺繍が施された上質なもので、手首の部分には小さな魔石が埋め込まれている。

「結界術の補助具だ。魔石が魔力の流れを安定させる。暴走の防止にもなる」

「こんな高価なものを……」

「北方の職人に作らせた。お前の手の大きさは到着した日に確認してある」

到着した日。あの、手を取った瞬間のことだろうか。あの一瞬で手の大きさを把握していたというのか。

リーゼは手袋を受け取り、はめてみた。ぴったりだった。掌が温かく包まれ、魔石がほんのりと光を帯びた。

「ありがとうございます。大切に使います」

「道具は消耗品だ。壊れたら新しいのを作る。遠慮はいらん」

アルヴィンはそう言って背を向けた。だがリーゼは見逃さなかった。彼の口元が、ほんの一瞬だけ緩んだことを。


夜、部屋で手袋を眺めていると、エルザが入ってきた。

「あら、素敵な手袋ですね」

「アルヴィン様がくださいました」

「まあ」

エルザが目を丸くした。

「公爵様が贈り物をなさるなんて、私がこの屋敷に来て初めてのことですよ」

「そうなのですか」

「ええ。あの方は誰かに物を贈るという発想自体がないお方ですから。よほど考えて用意なさったのでしょうね」

リーゼは手袋を胸に抱いた。白い革の向こうに、あの不器用な横顔が透けて見える気がした。

到着した日に手の大きさを覚え、北方の職人に発注し、魔石を選んで埋め込ませた。あの無口な人が、どれほどの時間と心を費やしたのか。

「エルザさん」

「はい」

「アルヴィン様は、本当に優しい方ですね」

エルザは嬉しそうに頷いた。

「ようやくおわかりになりましたか」

リーゼは手袋をそっと枕元に置いた。

明日の訓練が、少しだけ楽しみだった。
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