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第二章 目覚める力と芽生える想い
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北方に来て三週間が経った日、リーゼは初めて一人で街に出た。
アルヴィンに「領地を見ておけ」と言われたのがきっかけだった。ハインリヒが案内を申し出たが、リーゼは自分の足で歩きたかった。
屋敷から最も近い集落、ヴィンターフェルトは百戸ほどの小さな街だ。石造りの家々が寄り添うように建ち並び、中央には広場と井戸がある。王都の華やかさはないが、人々の暮らしが地に根づいた温かみがあった。
広場に足を踏み入れると、すぐに視線を集めた。
「あの方が、公爵様のお客人か」
「聖女様だって噂の」
ひそひそという声が聞こえる。リーゼは身構えたが、王都の時のような悪意は感じなかった。
「こんにちは」
勇気を出して、広場で野菜を売っていた中年の女性に声をかけた。
「まあ、リーゼ様! わざわざお越しくださったんですか」
女性は顔をほころばせた。名前をもう知られていることに少し驚く。
「少し、街を見て回りたくて」
「それはそれは。どうぞごゆっくり。うちの蕪、甘くて美味しいですよ。一つ持っていってくださいな」
断る間もなく、立派な蕪を手渡された。リーゼが礼を言うと、隣の店からも声がかかった。
「リーゼ様、うちの干し肉もどうぞ」
「こっちの蜂蜜も。北方の蜂蜜は格別ですよ」
気づけば両手に食べ物を抱えていた。北方の人々は、思っていたよりずっと温かかった。
広場の隅で、子供たちが集まっているのが見えた。
近づくと、五、六歳くらいの女の子が膝を擦りむいて泣いている。走って転んだらしい。周りの子供たちがおろおろしていた。
「大丈夫? 見せてごらんなさい」
リーゼが膝をつくと、女の子はしゃくり上げながら傷を見せた。小さな擦り傷だが、血が滲んで痛そうだ。
「すぐ治るわ。ちょっと我慢してね」
ハンカチで血を拭う。清潔な水で洗おうと思ったが、近くに水場がない。
どうしようかと考えた瞬間、手が自然に動いた。傷の上に手をかざすと、掌からぼうっと淡い光が漏れた。
温かい光が女の子の膝を包む。数秒で光は消え、傷はきれいに塞がっていた。
「あ……」
リーゼ自身が一番驚いた。結界術ではない。これは癒やしの力だ。意識して使ったのは初めてだった。
女の子が目を丸くし、それからぱっと笑顔になった。
「すごい! 痛くない! お姉ちゃん、魔法使い?」
「え、えっと……」
子供たちが一斉に寄ってきた。
「すげー!」
「僕の傷も治して!」
「ねえねえ、光ってた。きれいだった!」
あっという間に囲まれた。リーゼは戸惑いながらも、子供たちの無邪気な笑顔に頬が緩んだ。
その光景を、少し離れた場所から見ている男がいた。
広場に面した建物の二階。窓辺に立つアルヴィンは、腕を組んだまま黙ってリーゼを見下ろしていた。
「おや、公爵様。ここにいらしたんですか」
ハインリヒが階段を上がってきた。窓の外を見て、にやりと笑う。
「なるほど、リーゼ嬢の視察を見守っておいでですか」
「違う。たまたまだ」
「たまたま、この建物の二階に」
「巡回の途中だ」
「巡回の途中で、窓辺に立って広場を眺めていると」
アルヴィンが鋭い目でハインリヒを睨んだ。ハインリヒは涼しい顔で受け流した。
「いやあ、リーゼ嬢は領民に好かれますな。子供たちにも大人気だ」
アルヴィンは答えなかった。だが視線は窓の外に戻っていた。
広場では、リーゼが子供たちに手を引かれて走り回っている。頬を紅潮させ、声を上げて笑っている。
北方に来て初めて見る、心からの笑顔だった。
「……北の光だな」
アルヴィンがぽつりと呟いた。あまりに小さな声で、ハインリヒにも聞こえなかったかもしれない。
だがハインリヒは聞いていた。聞いていて、何も言わなかった。ただ、窓の外の光景を穏やかな目で見つめていた。
夕方、両手に荷物を抱えて屋敷に戻ったリーゼを、エルザが笑いながら出迎えた。
「まあ、八百屋さんでも始めるおつもりですか」
「みなさんが持たせてくださって。断れなくて……」
「北方の人間はね、好きな人にはとことん優しいんですよ」
エルザが荷物を受け取りながら、嬉しそうに言った。
「リーゼ様、もうすっかりこの土地の人ですね」
リーゼは頬に残る子供たちの温もりを感じながら、頷いた。
「そうだといいな、と思います」
窓の外で、北方の夕焼けが雪原を赤く染めていた。
アルヴィンに「領地を見ておけ」と言われたのがきっかけだった。ハインリヒが案内を申し出たが、リーゼは自分の足で歩きたかった。
屋敷から最も近い集落、ヴィンターフェルトは百戸ほどの小さな街だ。石造りの家々が寄り添うように建ち並び、中央には広場と井戸がある。王都の華やかさはないが、人々の暮らしが地に根づいた温かみがあった。
広場に足を踏み入れると、すぐに視線を集めた。
「あの方が、公爵様のお客人か」
「聖女様だって噂の」
ひそひそという声が聞こえる。リーゼは身構えたが、王都の時のような悪意は感じなかった。
「こんにちは」
勇気を出して、広場で野菜を売っていた中年の女性に声をかけた。
「まあ、リーゼ様! わざわざお越しくださったんですか」
女性は顔をほころばせた。名前をもう知られていることに少し驚く。
「少し、街を見て回りたくて」
「それはそれは。どうぞごゆっくり。うちの蕪、甘くて美味しいですよ。一つ持っていってくださいな」
断る間もなく、立派な蕪を手渡された。リーゼが礼を言うと、隣の店からも声がかかった。
「リーゼ様、うちの干し肉もどうぞ」
「こっちの蜂蜜も。北方の蜂蜜は格別ですよ」
気づけば両手に食べ物を抱えていた。北方の人々は、思っていたよりずっと温かかった。
広場の隅で、子供たちが集まっているのが見えた。
近づくと、五、六歳くらいの女の子が膝を擦りむいて泣いている。走って転んだらしい。周りの子供たちがおろおろしていた。
「大丈夫? 見せてごらんなさい」
リーゼが膝をつくと、女の子はしゃくり上げながら傷を見せた。小さな擦り傷だが、血が滲んで痛そうだ。
「すぐ治るわ。ちょっと我慢してね」
ハンカチで血を拭う。清潔な水で洗おうと思ったが、近くに水場がない。
どうしようかと考えた瞬間、手が自然に動いた。傷の上に手をかざすと、掌からぼうっと淡い光が漏れた。
温かい光が女の子の膝を包む。数秒で光は消え、傷はきれいに塞がっていた。
「あ……」
リーゼ自身が一番驚いた。結界術ではない。これは癒やしの力だ。意識して使ったのは初めてだった。
女の子が目を丸くし、それからぱっと笑顔になった。
「すごい! 痛くない! お姉ちゃん、魔法使い?」
「え、えっと……」
子供たちが一斉に寄ってきた。
「すげー!」
「僕の傷も治して!」
「ねえねえ、光ってた。きれいだった!」
あっという間に囲まれた。リーゼは戸惑いながらも、子供たちの無邪気な笑顔に頬が緩んだ。
その光景を、少し離れた場所から見ている男がいた。
広場に面した建物の二階。窓辺に立つアルヴィンは、腕を組んだまま黙ってリーゼを見下ろしていた。
「おや、公爵様。ここにいらしたんですか」
ハインリヒが階段を上がってきた。窓の外を見て、にやりと笑う。
「なるほど、リーゼ嬢の視察を見守っておいでですか」
「違う。たまたまだ」
「たまたま、この建物の二階に」
「巡回の途中だ」
「巡回の途中で、窓辺に立って広場を眺めていると」
アルヴィンが鋭い目でハインリヒを睨んだ。ハインリヒは涼しい顔で受け流した。
「いやあ、リーゼ嬢は領民に好かれますな。子供たちにも大人気だ」
アルヴィンは答えなかった。だが視線は窓の外に戻っていた。
広場では、リーゼが子供たちに手を引かれて走り回っている。頬を紅潮させ、声を上げて笑っている。
北方に来て初めて見る、心からの笑顔だった。
「……北の光だな」
アルヴィンがぽつりと呟いた。あまりに小さな声で、ハインリヒにも聞こえなかったかもしれない。
だがハインリヒは聞いていた。聞いていて、何も言わなかった。ただ、窓の外の光景を穏やかな目で見つめていた。
夕方、両手に荷物を抱えて屋敷に戻ったリーゼを、エルザが笑いながら出迎えた。
「まあ、八百屋さんでも始めるおつもりですか」
「みなさんが持たせてくださって。断れなくて……」
「北方の人間はね、好きな人にはとことん優しいんですよ」
エルザが荷物を受け取りながら、嬉しそうに言った。
「リーゼ様、もうすっかりこの土地の人ですね」
リーゼは頬に残る子供たちの温もりを感じながら、頷いた。
「そうだといいな、と思います」
窓の外で、北方の夕焼けが雪原を赤く染めていた。
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