私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

文字の大きさ
14 / 50
第二章 目覚める力と芽生える想い

14

しおりを挟む
北方に来て三週間が経った日、リーゼは初めて一人で街に出た。

アルヴィンに「領地を見ておけ」と言われたのがきっかけだった。ハインリヒが案内を申し出たが、リーゼは自分の足で歩きたかった。

屋敷から最も近い集落、ヴィンターフェルトは百戸ほどの小さな街だ。石造りの家々が寄り添うように建ち並び、中央には広場と井戸がある。王都の華やかさはないが、人々の暮らしが地に根づいた温かみがあった。

広場に足を踏み入れると、すぐに視線を集めた。

「あの方が、公爵様のお客人か」
「聖女様だって噂の」

ひそひそという声が聞こえる。リーゼは身構えたが、王都の時のような悪意は感じなかった。

「こんにちは」

勇気を出して、広場で野菜を売っていた中年の女性に声をかけた。

「まあ、リーゼ様! わざわざお越しくださったんですか」

女性は顔をほころばせた。名前をもう知られていることに少し驚く。

「少し、街を見て回りたくて」

「それはそれは。どうぞごゆっくり。うちの蕪、甘くて美味しいですよ。一つ持っていってくださいな」

断る間もなく、立派な蕪を手渡された。リーゼが礼を言うと、隣の店からも声がかかった。

「リーゼ様、うちの干し肉もどうぞ」
「こっちの蜂蜜も。北方の蜂蜜は格別ですよ」

気づけば両手に食べ物を抱えていた。北方の人々は、思っていたよりずっと温かかった。


広場の隅で、子供たちが集まっているのが見えた。

近づくと、五、六歳くらいの女の子が膝を擦りむいて泣いている。走って転んだらしい。周りの子供たちがおろおろしていた。

「大丈夫? 見せてごらんなさい」

リーゼが膝をつくと、女の子はしゃくり上げながら傷を見せた。小さな擦り傷だが、血が滲んで痛そうだ。

「すぐ治るわ。ちょっと我慢してね」

ハンカチで血を拭う。清潔な水で洗おうと思ったが、近くに水場がない。

どうしようかと考えた瞬間、手が自然に動いた。傷の上に手をかざすと、掌からぼうっと淡い光が漏れた。

温かい光が女の子の膝を包む。数秒で光は消え、傷はきれいに塞がっていた。

「あ……」

リーゼ自身が一番驚いた。結界術ではない。これは癒やしの力だ。意識して使ったのは初めてだった。

女の子が目を丸くし、それからぱっと笑顔になった。

「すごい! 痛くない! お姉ちゃん、魔法使い?」

「え、えっと……」

子供たちが一斉に寄ってきた。

「すげー!」
「僕の傷も治して!」
「ねえねえ、光ってた。きれいだった!」

あっという間に囲まれた。リーゼは戸惑いながらも、子供たちの無邪気な笑顔に頬が緩んだ。


その光景を、少し離れた場所から見ている男がいた。

広場に面した建物の二階。窓辺に立つアルヴィンは、腕を組んだまま黙ってリーゼを見下ろしていた。

「おや、公爵様。ここにいらしたんですか」

ハインリヒが階段を上がってきた。窓の外を見て、にやりと笑う。

「なるほど、リーゼ嬢の視察を見守っておいでですか」

「違う。たまたまだ」

「たまたま、この建物の二階に」

「巡回の途中だ」

「巡回の途中で、窓辺に立って広場を眺めていると」

アルヴィンが鋭い目でハインリヒを睨んだ。ハインリヒは涼しい顔で受け流した。

「いやあ、リーゼ嬢は領民に好かれますな。子供たちにも大人気だ」

アルヴィンは答えなかった。だが視線は窓の外に戻っていた。

広場では、リーゼが子供たちに手を引かれて走り回っている。頬を紅潮させ、声を上げて笑っている。

北方に来て初めて見る、心からの笑顔だった。

「……北の光だな」

アルヴィンがぽつりと呟いた。あまりに小さな声で、ハインリヒにも聞こえなかったかもしれない。

だがハインリヒは聞いていた。聞いていて、何も言わなかった。ただ、窓の外の光景を穏やかな目で見つめていた。


夕方、両手に荷物を抱えて屋敷に戻ったリーゼを、エルザが笑いながら出迎えた。

「まあ、八百屋さんでも始めるおつもりですか」

「みなさんが持たせてくださって。断れなくて……」

「北方の人間はね、好きな人にはとことん優しいんですよ」

エルザが荷物を受け取りながら、嬉しそうに言った。

「リーゼ様、もうすっかりこの土地の人ですね」

リーゼは頬に残る子供たちの温もりを感じながら、頷いた。

「そうだといいな、と思います」

窓の外で、北方の夕焼けが雪原を赤く染めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?

みこと。
恋愛
 鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。 「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。 (あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)  現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。  そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。  なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?  この出会いが、クローディアに新しい道を拓く! ※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...