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第三章 王都の策謀と迫る脅威
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それは、真夜中に始まった。
リーゼが眠りについて数時間後、屋敷に警鐘が鳴り響いた。けたたましい鐘の音に飛び起き、窓に駆け寄る。
北の空が赤い。
炎ではない。魔物の群れが放つ禍々しい赤い瘴気が、夜空を染めているのだ。
「リーゼ様!」
エルザが駆け込んできた。
「境界壁の北西区画が破られました。魔物の大群が侵入しています」
血の気が引いた。北西区画はリーゼがまだ手をつけていない区画だ。結界が最も薄い場所。
急いで着替え、手袋をはめて廊下に出ると、アルヴィンがすでに武装して立っていた。黒い鎧に剣を佩いた姿は、普段の貴族然とした装いとは全く違う。戦士の顔だった。
「来るか」
「行きます」
迷いはなかった。
「無理はするな。結界で騎士団を支援する。それだけでいい」
馬に飛び乗り、夜の雪原を駆けた。アルヴィンの精鋭騎士団が続く。松明の光が雪面を赤く照らし、蹄の音が闇に響いた。
境界壁に近づくにつれ、瘴気が濃くなった。
壁の破れた箇所から、黒い影が次々と溢れ出ている。影狼の群れ、巨大な角を持つ黒牛、翼のある蛇。大小さまざまな魔物が、数十体はいた。
すでに先行した騎士の一隊が交戦していた。剣が閃き、魔物の咆哮が響く。だが数が多すぎる。騎士たちは押されていた。
「全騎、展開。リーゼは後方で結界を張れ」
アルヴィンが号令を飛ばし、自ら馬を走らせた。抜き放った剣が月光を受けて白く光る。
リーゼは馬を降り、両手を前に出した。
まず味方を守る。騎士団を覆う防御結界を展開する。核を形成し、広げる。光の膜が騎士たちの上に天蓋のように広がった。
魔物の爪が結界に弾かれる。騎士たちから歓声が上がった。
「結界が来た! リーゼ様だ!」
「今のうちに態勢を立て直せ!」
アルヴィンは先頭で剣を振るっていた。一閃で影狼を斬り伏せ、黒牛の突進をいなして首筋に刃を走らせる。見惚れるほどの剣技だった。
だが魔物の数は減らない。壁の破れた箇所から、次々と新たな群れが押し寄せてくる。
「根本を断たなければ駄目だ」
リーゼは判断した。防御結界を維持しながら、壁の破損箇所に向かって歩を進める。
「リーゼ! 前に出るな!」
アルヴィンの声が飛んだ。だがリーゼは止まらなかった。
破損箇所の前に立つ。壁の向こうから瘴気が噴き出し、顔を打つ。吐き気がした。だが目を開け、両手を壁に向けた。
防御結界と修復を同時に行う。やったことはない。だがやるしかない。
体の奥底の泉から、ありったけの力を汲み上げる。両手から光が溢れ、壁の裂け目に流れ込んだ。同時に頭上の防御結界も維持する。二重の出力。体が軋むように熱い。
壁の裂け目が光に満たされていく。少しずつ、少しずつ、破損が塞がっていく。
魔物の流入が止まった。壁の内側に残った魔物は、騎士団が次々と仕留めていく。
あと少し。あと少しで完全に塞がる。
リーゼの視界が霞んだ。体が限界を超えている。指先の感覚がなくなっていく。
最後の一押し。全ての力を壁に注ぎ込んだ。
光が弾け、裂け目が完全に塞がった。
そしてリーゼの意識は、そこで途切れた。
倒れる体を、駆けつけたアルヴィンが受け止めた。剣を捨て、両腕でリーゼを抱きかかえる。
「リーゼ!」
呼びかけに応えはない。顔は蒼白で、息は微かだ。使い果たした魔力が体を蝕んでいる。
アルヴィンの顔から、全ての冷静さが消えた。
「医療班を呼べ! 今すぐにだ!」
叫ぶ声は、氷の公爵のものではなかった。大切なものを失いかけた、一人の男の声だった。
腕の中のリーゼは、雪のように冷たかった。
ハインリヒが駆けつけた時、見たものに息を呑んだ。
アルヴィンがリーゼを抱えたまま動かない。顔は鬼のように険しく、腕は微かに震えている。周囲の騎士たちも声をかけられずにいた。
「公爵様、医療班がまもなく到着します。リーゼ嬢をこちらに」
「……ああ」
アルヴィンは手早く自分の外套をリーゼに巻きつけ、医療の馬車が来ると自らリーゼを運び入れた。
帰路の馬車の中、アルヴィンはリーゼの手を握ったまま一言も発しなかった。
ハインリヒは馬上からその様子を見て、静かに目を伏せた。あの男があれほど取り乱す姿は、二十年の付き合いで一度も見たことがなかった。
屋敷に着くと、エルザが泣きそうな顔で出迎えた。リーゼは自室のベッドに運ばれ、医術師が処置に当たった。
「魔力枯渇による昏睡です。命に別状はありませんが、目覚めるまでにしばらくかかるでしょう」
アルヴィンはリーゼの枕元の椅子に座り、そこから動かなかった。
リーゼが眠りについて数時間後、屋敷に警鐘が鳴り響いた。けたたましい鐘の音に飛び起き、窓に駆け寄る。
北の空が赤い。
炎ではない。魔物の群れが放つ禍々しい赤い瘴気が、夜空を染めているのだ。
「リーゼ様!」
エルザが駆け込んできた。
「境界壁の北西区画が破られました。魔物の大群が侵入しています」
血の気が引いた。北西区画はリーゼがまだ手をつけていない区画だ。結界が最も薄い場所。
急いで着替え、手袋をはめて廊下に出ると、アルヴィンがすでに武装して立っていた。黒い鎧に剣を佩いた姿は、普段の貴族然とした装いとは全く違う。戦士の顔だった。
「来るか」
「行きます」
迷いはなかった。
「無理はするな。結界で騎士団を支援する。それだけでいい」
馬に飛び乗り、夜の雪原を駆けた。アルヴィンの精鋭騎士団が続く。松明の光が雪面を赤く照らし、蹄の音が闇に響いた。
境界壁に近づくにつれ、瘴気が濃くなった。
壁の破れた箇所から、黒い影が次々と溢れ出ている。影狼の群れ、巨大な角を持つ黒牛、翼のある蛇。大小さまざまな魔物が、数十体はいた。
すでに先行した騎士の一隊が交戦していた。剣が閃き、魔物の咆哮が響く。だが数が多すぎる。騎士たちは押されていた。
「全騎、展開。リーゼは後方で結界を張れ」
アルヴィンが号令を飛ばし、自ら馬を走らせた。抜き放った剣が月光を受けて白く光る。
リーゼは馬を降り、両手を前に出した。
まず味方を守る。騎士団を覆う防御結界を展開する。核を形成し、広げる。光の膜が騎士たちの上に天蓋のように広がった。
魔物の爪が結界に弾かれる。騎士たちから歓声が上がった。
「結界が来た! リーゼ様だ!」
「今のうちに態勢を立て直せ!」
アルヴィンは先頭で剣を振るっていた。一閃で影狼を斬り伏せ、黒牛の突進をいなして首筋に刃を走らせる。見惚れるほどの剣技だった。
だが魔物の数は減らない。壁の破れた箇所から、次々と新たな群れが押し寄せてくる。
「根本を断たなければ駄目だ」
リーゼは判断した。防御結界を維持しながら、壁の破損箇所に向かって歩を進める。
「リーゼ! 前に出るな!」
アルヴィンの声が飛んだ。だがリーゼは止まらなかった。
破損箇所の前に立つ。壁の向こうから瘴気が噴き出し、顔を打つ。吐き気がした。だが目を開け、両手を壁に向けた。
防御結界と修復を同時に行う。やったことはない。だがやるしかない。
体の奥底の泉から、ありったけの力を汲み上げる。両手から光が溢れ、壁の裂け目に流れ込んだ。同時に頭上の防御結界も維持する。二重の出力。体が軋むように熱い。
壁の裂け目が光に満たされていく。少しずつ、少しずつ、破損が塞がっていく。
魔物の流入が止まった。壁の内側に残った魔物は、騎士団が次々と仕留めていく。
あと少し。あと少しで完全に塞がる。
リーゼの視界が霞んだ。体が限界を超えている。指先の感覚がなくなっていく。
最後の一押し。全ての力を壁に注ぎ込んだ。
光が弾け、裂け目が完全に塞がった。
そしてリーゼの意識は、そこで途切れた。
倒れる体を、駆けつけたアルヴィンが受け止めた。剣を捨て、両腕でリーゼを抱きかかえる。
「リーゼ!」
呼びかけに応えはない。顔は蒼白で、息は微かだ。使い果たした魔力が体を蝕んでいる。
アルヴィンの顔から、全ての冷静さが消えた。
「医療班を呼べ! 今すぐにだ!」
叫ぶ声は、氷の公爵のものではなかった。大切なものを失いかけた、一人の男の声だった。
腕の中のリーゼは、雪のように冷たかった。
ハインリヒが駆けつけた時、見たものに息を呑んだ。
アルヴィンがリーゼを抱えたまま動かない。顔は鬼のように険しく、腕は微かに震えている。周囲の騎士たちも声をかけられずにいた。
「公爵様、医療班がまもなく到着します。リーゼ嬢をこちらに」
「……ああ」
アルヴィンは手早く自分の外套をリーゼに巻きつけ、医療の馬車が来ると自らリーゼを運び入れた。
帰路の馬車の中、アルヴィンはリーゼの手を握ったまま一言も発しなかった。
ハインリヒは馬上からその様子を見て、静かに目を伏せた。あの男があれほど取り乱す姿は、二十年の付き合いで一度も見たことがなかった。
屋敷に着くと、エルザが泣きそうな顔で出迎えた。リーゼは自室のベッドに運ばれ、医術師が処置に当たった。
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