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第三章 王都の策謀と迫る脅威
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夢を見ていた。
白い光の中に立っている。足元には何もなく、どこまでも白い空間が広がっている。
母がいた。
銀細工の花のブローチを胸につけ、穏やかに微笑んでいる。
「お母様……」
「リーゼ、よく頑張ったわね」
母の声は記憶の中のまま温かかった。
「でもまだ早いわ。あなたを待っている人がいるでしょう」
母の姿がゆっくりと遠ざかっていく。手を伸ばしたが届かない。
「お母様、行かないで」
「大丈夫。あなたはもう、一人じゃないもの」
白い光が弾け、意識が浮上した。
最初に感じたのは、手の温もりだった。
誰かが自分の手を握っている。大きくて硬い手。微かに震えている。
重い瞼をこじ開けた。ぼやけた視界に、見慣れた天井が映る。自分の部屋だ。
そして、枕元に人影があった。
アルヴィンだった。
椅子に座り、リーゼの手を両手で包むように握っている。蒼い瞳の下に深い隈ができ、黒髪は乱れ、顎には無精髭が浮いていた。普段の隙のない姿とはかけ離れた、憔悴した顔。
「アル、ヴィン……さま」
掠れた声を絞り出すと、アルヴィンが弾かれたように顔を上げた。
蒼い瞳が大きく見開かれた。そこに浮かんだのは、安堵だった。溢れるほどの安堵が、氷のような冷静さの下から一気に噴き出したような。
「目が覚めたか」
声が震えていた。アルヴィンの声が震えている。リーゼが知る限り、初めてのことだった。
「どれくらい、眠っていましたか」
「三日だ」
「三日……」
「魔力の枯渇で意識を失った。医術師によれば命に別状はないが、回復には時間がかかると」
アルヴィンの手がリーゼの手を強く握った。痛いほどだったが、リーゼはそれを心地よいと感じた。
「心配を、おかけしました」
「心配などという言葉で済むと思うな」
声が低くなった。怒りではない。抑えきれない感情が、言葉の端から漏れている。
「三日間、お前が目を覚まさなかった。医術師に何度も容態を訊いた。一度は脈が弱くなって、俺は」
アルヴィンは言葉を切った。目を逸らし、空いた手で顔を覆った。
リーゼは初めて、この人の脆い部分を見た気がした。氷の公爵と呼ばれ、何事にも動じないと言われた男の、剥き出しの感情。
「もう無茶をするな」
掠れた声だった。
「お前がいなくなったら、俺は……」
その先は言葉にならなかった。だがリーゼには十分だった。
「ごめんなさい」
涙が頬を伝った。体を起こす力もないから、寝たまま泣いた。
「でも、守りたかったのです。あの壁を。この領地を。アルヴィン様が大切にしているもの全部を」
アルヴィンがゆっくりと顔を上げた。赤い目でリーゼを見つめた。
「……馬鹿だな」
「はい」
「お前がいなくなったら、壁も領地も意味がない」
リーゼは息を止めた。
アルヴィンは自分の言葉に気づいたように、慌てて手を離した。椅子から立ち上がり、窓の方に顔を向ける。
「とにかく、しばらくは安静にしろ。訓練は禁止だ。エルザに全て任せる」
「アルヴィン様」
「何だ」
「あなたこそ、お休みになってください。三日も寝ていないのでしょう」
アルヴィンの肩が微かに揺れた。否定の言葉は出なかった。
「エルザを呼ぶ。俺は執務がある」
足早に部屋を出て行く。扉が閉まる直前、リーゼは見た。アルヴィンが一瞬だけ振り返り、安堵の表情を浮かべたのを。
入れ替わりにエルザが入ってきた。
「リーゼ様、お目覚めになったのですね。よかった……本当によかった」
エルザの目にも涙があった。
「公爵様、三日間ずっとここにおいでだったのですよ。食事もろくに取らず、椅子から動こうとなさらなかった。ハインリヒ様が何度も説得しても聞かなくて」
リーゼは握られていた手を胸に当てた。まだ温もりが残っている。
「エルザさん」
「はい」
「私、この人のこと、好きです」
エルザは泣き笑いの顔で頷いた。
「ええ。知っておりますよ」
白い光の中に立っている。足元には何もなく、どこまでも白い空間が広がっている。
母がいた。
銀細工の花のブローチを胸につけ、穏やかに微笑んでいる。
「お母様……」
「リーゼ、よく頑張ったわね」
母の声は記憶の中のまま温かかった。
「でもまだ早いわ。あなたを待っている人がいるでしょう」
母の姿がゆっくりと遠ざかっていく。手を伸ばしたが届かない。
「お母様、行かないで」
「大丈夫。あなたはもう、一人じゃないもの」
白い光が弾け、意識が浮上した。
最初に感じたのは、手の温もりだった。
誰かが自分の手を握っている。大きくて硬い手。微かに震えている。
重い瞼をこじ開けた。ぼやけた視界に、見慣れた天井が映る。自分の部屋だ。
そして、枕元に人影があった。
アルヴィンだった。
椅子に座り、リーゼの手を両手で包むように握っている。蒼い瞳の下に深い隈ができ、黒髪は乱れ、顎には無精髭が浮いていた。普段の隙のない姿とはかけ離れた、憔悴した顔。
「アル、ヴィン……さま」
掠れた声を絞り出すと、アルヴィンが弾かれたように顔を上げた。
蒼い瞳が大きく見開かれた。そこに浮かんだのは、安堵だった。溢れるほどの安堵が、氷のような冷静さの下から一気に噴き出したような。
「目が覚めたか」
声が震えていた。アルヴィンの声が震えている。リーゼが知る限り、初めてのことだった。
「どれくらい、眠っていましたか」
「三日だ」
「三日……」
「魔力の枯渇で意識を失った。医術師によれば命に別状はないが、回復には時間がかかると」
アルヴィンの手がリーゼの手を強く握った。痛いほどだったが、リーゼはそれを心地よいと感じた。
「心配を、おかけしました」
「心配などという言葉で済むと思うな」
声が低くなった。怒りではない。抑えきれない感情が、言葉の端から漏れている。
「三日間、お前が目を覚まさなかった。医術師に何度も容態を訊いた。一度は脈が弱くなって、俺は」
アルヴィンは言葉を切った。目を逸らし、空いた手で顔を覆った。
リーゼは初めて、この人の脆い部分を見た気がした。氷の公爵と呼ばれ、何事にも動じないと言われた男の、剥き出しの感情。
「もう無茶をするな」
掠れた声だった。
「お前がいなくなったら、俺は……」
その先は言葉にならなかった。だがリーゼには十分だった。
「ごめんなさい」
涙が頬を伝った。体を起こす力もないから、寝たまま泣いた。
「でも、守りたかったのです。あの壁を。この領地を。アルヴィン様が大切にしているもの全部を」
アルヴィンがゆっくりと顔を上げた。赤い目でリーゼを見つめた。
「……馬鹿だな」
「はい」
「お前がいなくなったら、壁も領地も意味がない」
リーゼは息を止めた。
アルヴィンは自分の言葉に気づいたように、慌てて手を離した。椅子から立ち上がり、窓の方に顔を向ける。
「とにかく、しばらくは安静にしろ。訓練は禁止だ。エルザに全て任せる」
「アルヴィン様」
「何だ」
「あなたこそ、お休みになってください。三日も寝ていないのでしょう」
アルヴィンの肩が微かに揺れた。否定の言葉は出なかった。
「エルザを呼ぶ。俺は執務がある」
足早に部屋を出て行く。扉が閉まる直前、リーゼは見た。アルヴィンが一瞬だけ振り返り、安堵の表情を浮かべたのを。
入れ替わりにエルザが入ってきた。
「リーゼ様、お目覚めになったのですね。よかった……本当によかった」
エルザの目にも涙があった。
「公爵様、三日間ずっとここにおいでだったのですよ。食事もろくに取らず、椅子から動こうとなさらなかった。ハインリヒ様が何度も説得しても聞かなくて」
リーゼは握られていた手を胸に当てた。まだ温もりが残っている。
「エルザさん」
「はい」
「私、この人のこと、好きです」
エルザは泣き笑いの顔で頷いた。
「ええ。知っておりますよ」
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