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第三章 王都の策謀と迫る脅威
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リーゼが三日間眠っていた間に、王都では取り返しのつかない事態が進行していた。
大結界が完全に消失した。
百年以上にわたって王都を守り続けてきた光の壁が、ある朝を境にふっと消えた。最後の残光が薄れていくのを、オルトヴィンは大聖堂の塔から見ていた。
「終わりの始まりだな」
その日の夕方から、魔物の侵入は散発的なものから組織的な襲撃に変わった。
北門から影狼の群れが侵入し、市場を荒らした。東区画では翼のある魔獣が屋根の上を飛び回り、住民を恐怖に陥れた。南の貧民街では地下から這い出た蟲型の魔物が家屋を食い破った。
衛兵隊と宮廷魔術師団が総出で対応に当たったが、人手が全く足りない。結界があった時代、王都の防衛体制は魔物の侵入を前提としていなかったのだ。
死傷者が出た。最初は数名だったが、日を追うごとに増えていく。
市民は恐慌状態に陥った。夜間の外出は事実上不可能になり、商店は日中でも早々に戸を閉める。王都から脱出しようとする馬車が城門に殺到し、混乱が広がった。
王宮の謁見の間。
国王エルンストは、居並ぶ重臣たちの前で沈痛な表情を浮かべていた。
「被害状況を報告せよ」
オルトヴィンが一歩前に出た。
「結界消失から七日間で、魔物の侵入件数は二百を超えました。死者十二名、負傷者は百名以上。市民の王都脱出が相次ぎ、人口は一割減少しています」
重臣たちの間にどよめきが走った。
「結界の再構築は」
「現状の魔術師団の力では不可能です。結界の核となる聖女級の魔力が必要ですが、それを持つ者が国内に一人しかおりません」
リーゼ・フォン・ヴァイセン。その名を口にせずとも、全員が理解した。
「北方への使者は」
「ノルトハイム公爵に拒否されました。公爵の主張にも一理あります。聖女を公衆の面前で辱めたのはこちら側ですから」
国王が深いため息をついた。
その時、扉が開いてクラウスが入ってきた。
「父上、こんな会議をしている場合ですか。衛兵を増やして魔物を狩ればいい。結界がなくても力で押さえ込めるはずだ」
謁見の間が静まり返った。
国王が立ち上がった。穏やかな性格で知られるエルンスト王が、初めて息子に対して怒りを露わにした。
「力で押さえ込む? どの口が言うか、クラウス」
「父上……」
「聖女を追い出したのはお前だ。結界が消えたのはお前のせいだ。その結果、民が死んでいる。お前の虚栄心と女への執着が、この王国を崩壊の淵に追いやったのだ」
クラウスの顔が蒼白になった。父にこれほど直接的に叱責されたのは、生まれて初めてだった。
「ミレーユ・パーシヴァルの聖女詐称についても報告を受けている。あの女に騙されていたとはいえ、お前の責任は重い」
「あれはミレーユが勝手に……」
「黙れ。お前の言い訳は聞き飽きた」
国王が重臣たちを見渡した。
「ノルトハイム公爵に、改めて使者を送る。今度は勅令ではなく、王家としての正式な謝罪と要請という形で。リーゼ嬢に対する非礼を認めた上で、力を貸していただけるようお願いする」
クラウスが声を荒げた。
「謝罪だと? 王家がたかが伯爵令嬢に頭を下げるのか!」
「たかが伯爵令嬢の力がなければ、この国は滅ぶ」
国王の言葉は静かだったが、絶対的な重みを持っていた。
クラウスは唇を噛み、何も言えなかった。
謁見の間を出たクラウスは、廊下の壁に拳を叩きつけた。
石壁に当たった拳が痛む。だがそれ以上に、自尊心が痛かった。
あの地味で退屈だと思っていた女が、本物の聖女だった。自分が捨てた女に、今度は王家が頭を下げなければならない。
全てが裏目に出ていた。ミレーユを信じたこと。リーゼを捨てたこと。公衆の面前で辱めたこと。
「くそ……」
呟きは虚しく廊下に消えた。
窓の外で、また悲鳴が聞こえた。
王都エルステリアは、確実に壊れ始めていた。そしてそれを止められる者は、遥か北方の地にいた。
大結界が完全に消失した。
百年以上にわたって王都を守り続けてきた光の壁が、ある朝を境にふっと消えた。最後の残光が薄れていくのを、オルトヴィンは大聖堂の塔から見ていた。
「終わりの始まりだな」
その日の夕方から、魔物の侵入は散発的なものから組織的な襲撃に変わった。
北門から影狼の群れが侵入し、市場を荒らした。東区画では翼のある魔獣が屋根の上を飛び回り、住民を恐怖に陥れた。南の貧民街では地下から這い出た蟲型の魔物が家屋を食い破った。
衛兵隊と宮廷魔術師団が総出で対応に当たったが、人手が全く足りない。結界があった時代、王都の防衛体制は魔物の侵入を前提としていなかったのだ。
死傷者が出た。最初は数名だったが、日を追うごとに増えていく。
市民は恐慌状態に陥った。夜間の外出は事実上不可能になり、商店は日中でも早々に戸を閉める。王都から脱出しようとする馬車が城門に殺到し、混乱が広がった。
王宮の謁見の間。
国王エルンストは、居並ぶ重臣たちの前で沈痛な表情を浮かべていた。
「被害状況を報告せよ」
オルトヴィンが一歩前に出た。
「結界消失から七日間で、魔物の侵入件数は二百を超えました。死者十二名、負傷者は百名以上。市民の王都脱出が相次ぎ、人口は一割減少しています」
重臣たちの間にどよめきが走った。
「結界の再構築は」
「現状の魔術師団の力では不可能です。結界の核となる聖女級の魔力が必要ですが、それを持つ者が国内に一人しかおりません」
リーゼ・フォン・ヴァイセン。その名を口にせずとも、全員が理解した。
「北方への使者は」
「ノルトハイム公爵に拒否されました。公爵の主張にも一理あります。聖女を公衆の面前で辱めたのはこちら側ですから」
国王が深いため息をついた。
その時、扉が開いてクラウスが入ってきた。
「父上、こんな会議をしている場合ですか。衛兵を増やして魔物を狩ればいい。結界がなくても力で押さえ込めるはずだ」
謁見の間が静まり返った。
国王が立ち上がった。穏やかな性格で知られるエルンスト王が、初めて息子に対して怒りを露わにした。
「力で押さえ込む? どの口が言うか、クラウス」
「父上……」
「聖女を追い出したのはお前だ。結界が消えたのはお前のせいだ。その結果、民が死んでいる。お前の虚栄心と女への執着が、この王国を崩壊の淵に追いやったのだ」
クラウスの顔が蒼白になった。父にこれほど直接的に叱責されたのは、生まれて初めてだった。
「ミレーユ・パーシヴァルの聖女詐称についても報告を受けている。あの女に騙されていたとはいえ、お前の責任は重い」
「あれはミレーユが勝手に……」
「黙れ。お前の言い訳は聞き飽きた」
国王が重臣たちを見渡した。
「ノルトハイム公爵に、改めて使者を送る。今度は勅令ではなく、王家としての正式な謝罪と要請という形で。リーゼ嬢に対する非礼を認めた上で、力を貸していただけるようお願いする」
クラウスが声を荒げた。
「謝罪だと? 王家がたかが伯爵令嬢に頭を下げるのか!」
「たかが伯爵令嬢の力がなければ、この国は滅ぶ」
国王の言葉は静かだったが、絶対的な重みを持っていた。
クラウスは唇を噛み、何も言えなかった。
謁見の間を出たクラウスは、廊下の壁に拳を叩きつけた。
石壁に当たった拳が痛む。だがそれ以上に、自尊心が痛かった。
あの地味で退屈だと思っていた女が、本物の聖女だった。自分が捨てた女に、今度は王家が頭を下げなければならない。
全てが裏目に出ていた。ミレーユを信じたこと。リーゼを捨てたこと。公衆の面前で辱めたこと。
「くそ……」
呟きは虚しく廊下に消えた。
窓の外で、また悲鳴が聞こえた。
王都エルステリアは、確実に壊れ始めていた。そしてそれを止められる者は、遥か北方の地にいた。
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