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燭台の灯りが煌めく大広間は、華やかな笑い声と音楽に満ちていた。侯爵令嬢エリーゼ・フォン・ハルトマンは、淡い水色のドレスに身を包み、会場の片隅で静かに立っていた。今宵は彼女と公爵家の長男アレクシス・ヴァン・ブルンナーとの婚約披露宴である。
社交界の名だたる貴族たちが集い、二人の婚約を祝福する。表向きは。だが、エリーゼは気づいていた。人々の視線に潜む冷ややかさ、ひそひそと交わされる囁きに。
「あれが公爵夫人候補ですって?地味すぎやしないかしら」
「聞いたところでは、教養もさほどないとか」
「アレクシス様が可哀想ですわ」
エリーゼは表情を変えず、グラスのワインを一口含んだ。慣れている。いつものことだ。
婚約者であるアレクシスは、会場の中央で社交界の令嬢たちに囲まれていた。金髪碧眼の整った顔立ち、洗練された物腰。公爵家の長男として完璧な振る舞いを見せている。だが、一度もエリーゼの方を見ようとはしなかった。
やがて、音楽が止んだ。
アレクシスが中央の階段に上がり、手を叩いて注目を集める。エリーゼの胸が不意に冷たくなった。何か嫌な予感がする。
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
アレクシスの朗々とした声が広間に響く。
「本日は婚約披露宴としてお招きいたしましたが、実は皆様にお伝えしなければならないことがございます」
ざわめきが広がる。エリーゼの手が微かに震えた。
「エリーゼ・フォン・ハルトマン嬢との婚約を、本日をもって解消させていただきます」
会場が静まり返った。次の瞬間、どよめきが波のように広がる。
エリーゼは動けなかった。頭の中が真っ白になる。これは悪い夢だと思いたかった。
「失礼ながら申し上げますが、ハルトマン嬢には公爵夫人としての教養が不足しております。社交界での会話についていけず、私の立場を危うくすることも度々でした」
アレクシスの言葉が、一つ一つエリーゼの胸に突き刺さる。
「公爵家の名誉のため、この決断をいたしました。どうか、皆様のご理解を賜りたく存じます」
会場のあちこちで、嘲笑が起こった。
「やはりね」
「身の程知らずだったのよ」
「侯爵家ごときが公爵家など」
エリーゼは唇を噛んだ。涙が溢れそうになるのを必死で堪える。ここで泣いてはいけない。彼らの前で惨めな姿を晒してはいけない。
アレクシスの隣に、一人の令嬢が歩み寄った。栗色の髪を優雅に結い上げた、華やかな美貌の女性。子爵家の娘、ロザリンド・ド・モンフォールだ。
「アレクシス様」
ロザリンドがアレクシスの腕に手を添える。親密な仕草に、会場がまたざわついた。
「ロザリンド嬢には、以前から支えていただいておりました。彼女こそが、真に公爵夫人に相応しい方です」
「まあ、アレクシス様」
ロザリンドは頬を染めて俯く。完璧な演技だった。
会場は拍手に包まれた。祝福の言葉が飛び交う。まるで最初からこの二人の婚約披露宴であったかのように。
エリーゼは静かに踵を返した。誰も彼女を引き止めようとはしない。会場を出る彼女の背中に、容赦ない言葉が浴びせられる。
「哀れね」
「これで元の身分に戻れてよかったじゃない」
「公爵夫人など、夢を見すぎたのよ」
大広間の扉が閉まる。その瞬間、エリーゼの目から涙が一筋流れた。
だが同時に、胸の奥で何かが音を立てて砕けた。それは悲しみではなかった。屈辱と怒りが、静かに、しかし確実に燃え上がり始めていた。
「教養が足りない、ですって」
エリーゼは小さく呟いた。誰にも聞こえない声で。
「いいでしょう。ならば私は学ぶわ。誰よりも。そしていつか、あなたたちを見返してみせる」
月明かりの下、侯爵令嬢は静かに屋敷を後にした。彼女の人生の、新しい一歩が始まろうとしていた。
社交界の名だたる貴族たちが集い、二人の婚約を祝福する。表向きは。だが、エリーゼは気づいていた。人々の視線に潜む冷ややかさ、ひそひそと交わされる囁きに。
「あれが公爵夫人候補ですって?地味すぎやしないかしら」
「聞いたところでは、教養もさほどないとか」
「アレクシス様が可哀想ですわ」
エリーゼは表情を変えず、グラスのワインを一口含んだ。慣れている。いつものことだ。
婚約者であるアレクシスは、会場の中央で社交界の令嬢たちに囲まれていた。金髪碧眼の整った顔立ち、洗練された物腰。公爵家の長男として完璧な振る舞いを見せている。だが、一度もエリーゼの方を見ようとはしなかった。
やがて、音楽が止んだ。
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「失礼ながら申し上げますが、ハルトマン嬢には公爵夫人としての教養が不足しております。社交界での会話についていけず、私の立場を危うくすることも度々でした」
アレクシスの言葉が、一つ一つエリーゼの胸に突き刺さる。
「公爵家の名誉のため、この決断をいたしました。どうか、皆様のご理解を賜りたく存じます」
会場のあちこちで、嘲笑が起こった。
「やはりね」
「身の程知らずだったのよ」
「侯爵家ごときが公爵家など」
エリーゼは唇を噛んだ。涙が溢れそうになるのを必死で堪える。ここで泣いてはいけない。彼らの前で惨めな姿を晒してはいけない。
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「アレクシス様」
ロザリンドがアレクシスの腕に手を添える。親密な仕草に、会場がまたざわついた。
「ロザリンド嬢には、以前から支えていただいておりました。彼女こそが、真に公爵夫人に相応しい方です」
「まあ、アレクシス様」
ロザリンドは頬を染めて俯く。完璧な演技だった。
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だが同時に、胸の奥で何かが音を立てて砕けた。それは悲しみではなかった。屈辱と怒りが、静かに、しかし確実に燃え上がり始めていた。
「教養が足りない、ですって」
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