教養が足りない、ですって

たくわん

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一週間が経った。エリーゼは図書室に籠もり、財政改革案を練り直していた。何度も書いては消し、消しては書き直す。

「これでは甘い。もっと具体的に」

彼女は数字を書き込む。税率、予算配分、実施スケジュール。全てを緻密に計算する。

そして、ついに完成した。

十五ページにわたる財政改革案。それは侯爵令嬢が書いたとは思えないほど、専門的で実践的な内容だった。

「でも、これをどうやって」

エリーゼは羽根ペンを置き、深く考え込んだ。国王に直接届ける方法はない。侯爵家の娘が王宮を訪れても、まともに取り合ってもらえないだろう。

「匿名で送るしかない」

彼女は決意した。差出人を明かさず、提言書だけを王宮に送る。それなら、少なくとも読んでもらえる可能性がある。

エリーゼは新しい羊皮紙を取り出し、丁寧に清書を始めた。自分の筆跡だと分からないよう、いつもとは違う書体で書く。

数時間後、提言書は完成した。

最後に、差出人の欄に短く記す。

「憂国の民より」

エリーゼはそれを封筒に入れ、蝋で封をした。侯爵家の紋章は使わない。ただの無地の封筒だ。

「マルタ」

侍女を呼ぶ。

「これを、王宮に届けてほしいの。ただし、誰から預かったかは絶対に言わないで」

マルタは不思議そうな顔をしたが、頷いた。

「かしこまりました、お嬢様」

翌日、王宮の執務室に、一通の封筒が届けられた。

「陛下、差出人不明の書簡です」

側近が封筒を差し出す。レオナルドは怪訝な顔をしたが、受け取った。

「差出人不明?」
「『憂国の民』とだけ書かれています。内容は、財政改革に関する提言書のようです」

レオナルドは眉を上げた。民からの直訴は珍しくない。だが、財政改革について具体的な提言をしてくる者は稀だ。

「読んでみよう」

封を切り、羊皮紙を広げる。最初の一文を読んだ瞬間、レオナルドは姿勢を正した。

「陛下が直面されている財政問題の根本原因は、税制の不公平性と予算配分の非効率性にあります」

文章は明晰で、論理的だ。そして、驚くほど正確に王国の財政状況を分析している。

レオナルドは読み進める。ページをめくるごとに、彼の表情が変わっていく。

「貴族への課税を強化し、宮廷費を三割削減。削減した予算を公共事業と教育に振り向けることで、経済成長を促進する」

「軍事費は削減すべきではない。だが、調達プロセスを見直すことで、同じ予算でより効果的な防衛力を維持できる」

「農業への投資を増やし、灌漑設備を整備することで、凶作への備えとする」

一つ一つの提案が、具体的で実現可能だ。そして、何より驚くべきことに、この提言書は王宮内部の情報を知らないはずなのに、問題の核心を正確に突いている。

レオナルドは最後のページまで読み終えると、しばらく沈黙していた。

「これを書いたのは、誰だ?」

側近が首を横に振る。

「調査いたしましたが、分かりません。王宮の門番に届けたのは、ただの町の使い走りだったようです」
「この人物を探し出せ。ぜひ会って話がしたい」

レオナルドは提言書を大切に机に置いた。

「それと、この提言書を財務卿に見せてくれ。検討する価値がある」

数日後、王宮では財務会議が開かれた。

「この提言書ですが」

財務卿ヴェルナーが慎重に言葉を選ぶ。

「内容は極めて現実的で、実行可能です。特に、税制改革の部分は秀逸です」
「では、採用しよう」

レオナルドの言葉に、重臣たちがざわついた。

「しかし陛下、差出人不明の提言を」
「内容が全てだ。誰が書いたかではなく、何が書かれているかが重要だ」

レオナルドは毅然として言った。

「この提言に従い、財政改革を進める。反対する者はいるか?」

重臣たちは顔を見合わせたが、誰も反対しなかった。提言の内容があまりにも優れているため、反論の余地がなかったのだ。

その頃、ハルトマン侯爵家の図書室では、エリーゼが新聞を読んでいた。

「国王陛下、財政改革を発表」

彼女の手が震えた。記事を読み進めると、そこには自分が提言した内容がそのまま書かれている。

「税制の見直し、宮廷費の削減、公共事業への投資」

エリーゼは椅子に深く座り込んだ。信じられない。本当に採用されたのだ。

「私の案が」

喜びと驚きが入り混じる。だが同時に、ある感情が湧き上がってきた。

「もっと、できるかもしれない」

エリーゼは新しいノートを開いた。王国にはまだ多くの問題がある。財政だけではない。農業、商業、外交、教育。

「次は何を提言しようかしら」

彼女の目は輝いていた。もう、社交界の笑い者ではない。少なくとも、この瞬間、彼女は王国に貢献している。

誰も知らない。誰も気づかない。だが、それでいい。

エリーゼは再び、羽根ペンを手に取った。「憂国の民」の第二の提言書を書くために。

王宮では、レオナルドが窓の外を見つめていた。

「憂国の民、か」

彼は呟く。

「お前は一体、何者なんだ?」

その問いは、まだ答えのないままだった。だが、レオナルドは確信していた。この人物は、王国にとって貴重な存在だと。

いつか必ず、会わなければならない。そう、彼は心に誓った。
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