教養が足りない、ですって

たくわん

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それから一ヶ月後、王宮主催の秋の舞踏会が開かれることになった。これは国王自らが出席する、年に一度の大規模な行事だ。

「エリーゼ、今回は必ず出席してくれ」

父の言葉に、エリーゼは渋々頷いた。王宮主催の舞踏会を欠席することは、王家への無礼に当たる。

「分かりました」

舞踏会の夜、エリーゼは銀色のドレスを纏った。シンプルだが、品のある装いだ。髪は控えめに結い上げ、装飾品も最小限にした。

王宮の大広間は、数百人の貴族で埋め尽くされていた。その中央には、若き国王レオナルドが立っている。

エリーゼは遠くから国王を見つめた。これが、自分の提言を採用してくれた人。会ったことはないが、その決断力と民を想う心は、提言への反応から伝わってくる。

「ハルトマン侯爵、お久しぶりです」

父が他の貴族に挨拶している間、エリーゼは一人で会場の隅に立っていた。

「令嬢」

突然、声をかけられた。振り返ると、そこには側近を伴った若い男性が立っていた。

「初めまして。レオナルド・フォン・エーデルシュタインです」

エリーゼの心臓が跳ねた。国王だ。国王が、自分に話しかけている。

「こ、光栄です、陛下」

エリーゼは慌てて膝を折る。

「そのような畏まった態度は不要です。今夜は舞踏会。皆が楽しむ夜ですから」

レオナルドは優しく微笑んだ。

「あなたは、ハルトマン侯爵のお嬢様ですね」
「はい、エリーゼと申します」
「エリーゼ様。よろしければ、少しお話をしてもよろしいでしょうか」

エリーゼは驚いた。国王が、自分と話したいと?

「もちろんです」

二人はテラスに出た。夜風が心地よい。

「実は、あなたのことは少し存じています」

レオナルドが口を開いた。

「婚約破棄の件、お気の毒でした」

エリーゼは僅かに表情を曇らせたが、すぐに微笑んだ。

「もう過去のことです。むしろ、あのおかげで自由になれました」
「自由、ですか」
「ええ。自分が本当にやりたいことを、見つけることができました」

レオナルドは興味深そうに彼女を見た。

「それは何ですか?」
「学問です。王国のこと、経済のこと、政治のこと。知らないことを学ぶのが楽しくて」

エリーゼの目が輝く。それは、社交界の令嬢たちが見せる表情ではなかった。

「興味深い。では、最近の財政改革について、どう思われますか?」

レオナルドがさりげなく問いかける。エリーゼは一瞬躊躇したが、答えた。

「素晴らしい改革だと思います。税制の公平性を高め、無駄な支出を削減する。経済学の理論に基づいた、正しい判断です」

レオナルドの目が鋭くなった。

「詳しいですね」
「父の図書室に、経済学の書物がたくさんありまして。最近、読み漁っているんです」

エリーゼは無邪気に笑った。だが、レオナルドは彼女の言葉の端々に、ある種の洞察力を感じ取っていた。

「では、改革の問題点は?」

エリーゼは少し考えてから答えた。

「実施のスピードが速すぎるかもしれません。貴族たちの反発が強まれば、改革そのものが頓挫する恐れがあります。段階的に、しかし着実に進めるべきだと」

レオナルドは内心驚いていた。この令嬢の分析は、彼の側近たちとほぼ同じだ。いや、場合によってはそれ以上に的確だ。

「なるほど。では、もし陛下の立場なら、どうされますか?」

エリーゼは一瞬、言葉に詰まった。これは単なる会話ではない。国王が、自分を試している。

「まず、改革の必要性を貴族たちに理解させます。数字を示し、このままでは王国が危機に陥ることを説明する。そして、改革に協力した貴族には何らかの恩恵を与える。例えば、新しい事業への優先参加権など」

レオナルドは頷いた。

「賢明な考えです」

彼は「憂国の民」の提言書を思い出していた。その論理展開、言葉の選び方。そして、今この令嬢が語った内容。

まさか、と思った。だが、可能性はある。

「エリーゼ様、あなたは文章を書くのは得意ですか?」

突然の質問に、エリーゼは戸惑った。

「普通だと思いますが」
「そうですか」

レオナルドは彼女の目を見つめた。エリーゼは、その視線の深さに息を呑んだ。

「もし、王国のために何か提言したいことがあれば、遠慮なく王宮に送ってください。私は、有益な意見であれば、誰のものでも歓迎します」

エリーゼの心臓が早鐘を打った。まさか、気づかれた?いや、それはありえない。

「畏れ多いことです」
「いいえ。賢明な国民の声こそ、王が最も耳を傾けるべきものです」

レオナルドは微笑んだ。

「それでは、私はそろそろ戻らなければなりません。今夜はありがとうございました、エリーゼ様。とても有意義な時間でした」

国王が立ち去った後、エリーゼはしばらくテラスに立ち尽くしていた。

「気づかれた、のかしら」

いや、確証はないはずだ。だが、あの質問。あの視線。

エリーゼは深く息を吐いた。もっと慎重にならなければ。

だが同時に、国王と直接話せたことが嬉しかった。自分の提言を採用してくれた人。民を想い、王国の未来を真剣に考えている人。

「素晴らしい王様」

エリーゼは小さく呟いた。

一方、大広間に戻ったレオナルドは、側近に命じた。

「ハルトマン侯爵令嬢について、詳しく調べてくれ。何を読んでいるか、誰と会っているか、全てだ」
「まさか、陛下。彼女が『憂国の民』だと?」
「確証はない。だが、可能性はある。あの知性、あの洞察力。ただの社交界の令嬢ではない」

レオナルドは窓の外を見た。

「もし彼女なら、必ず証拠を掴む。そして、正式に協力を求める」

夜は更けていったが、二人の心には、新しい何かが芽生えていた。
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