教養が足りない、ですって

たくわん

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夏が訪れた頃、エリーゼとレオナルドの協力関係は一年を迎えようとしていた。

この一年で、王国は目覚ましい変化を遂げた。財政は健全化し、農業生産は増加し、貿易は活性化した。民の生活は確実に向上していた。

ある日、エリーゼが王宮を訪れると、レオナルドは疲れた表情をしていた。

「陛下、お疲れのようですね」

エリーゼは心配そうに尋ねた。

「ああ、少し。昨夜は遅くまで書類を読んでいた」

レオナルドは苦笑した。

「王の仕事は終わりがありません」
「無理をなさらないでください」

エリーゼは椅子に座り、資料を広げた。

「今日は、司法制度改革について協議したいのですが」
「ああ、例の提案ですね」

レオナルドも席に着いた。

エリーゼは詳細な改革案を説明した。裁判の透明性向上、法律の簡素化、貧しい者でも裁判を受けられる制度。

「これは、かなり大胆な改革だ」

レオナルドは真剣に聞いていた。

「貴族たちの反発が予想されます。彼らの多くは、現行の制度で利益を得ていますから」
「分かっています」

エリーゼは頷いた。

「でも、正義は全ての民に平等であるべきです。身分に関わらず」

レオナルドは彼女を見つめた。

「あなたは、本当に理想を持っている」
「理想がなければ、改革はできません」

エリーゼは微笑んだ。

「でも、理想だけでも駄目。現実的な実行計画が必要です」

彼女は別の資料を示した。

「ですから、段階的に進めます。まず、王都から。成功すれば、地方に広げる」

レオナルドは感嘆した。

「完璧な計画だ。すぐに検討を始めよう」

協議が終わった後、二人は少し雑談をした。

「エリーゼ、あなたは幸せですか?」

レオナルドが突然尋ねた。

「幸せ、ですか?」

エリーゼは考え込んだ。

「はい、幸せです。王国のために働けること、陛下と協力できること。これ以上の喜びはありません」
「でも、あなたは影に隠れている。誰もあなたの功績を知らない」

レオナルドの声には、申し訳なさが滲んでいた。

「構いません」

エリーゼははっきりと言った。

「私が求めているのは、名声ではありません。王国が良くなること、それだけです」

彼女は窓の外を見た。

「かつて、私は婚約破棄で傷つきました。でも、あれは祝福だったんです」
「祝福?」
「ええ。アレクシスと結婚していたら、今の私はいなかった。公爵夫人として、表面的な社交に明け暮れていたでしょう」

エリーゼはレオナルドを見た。

「でも、婚約破棄されたおかげで、本当の自分を見つけられた。そして、陛下と出会えた」

レオナルドは彼女の言葉に、心を打たれた。

「エリーゼ」

彼は立ち上がり、窓辺に近づいた。

「私も、あなたに出会えて良かった。あなたがいなければ、私は孤独だった」

エリーゼは驚いて彼を見た。

「王は孤独なものです」

レオナルドは遠くを見つめた。

「重臣たちは忠実だが、本音を言ってくれない。貴族たちは利益を求めて近づいてくる。本当に信頼できる者は、ほとんどいない」

彼は振り返った。

「でも、あなたは違う。あなたは、王国のことだけを考えている。私利私欲がない」
「陛下」

エリーゼは立ち上がった。

「私は、陛下を信じています。陛下は、本当に民を想う王です」

二人は見つめ合った。

その瞬間、扉がノックされた。

「陛下、次の会議の時間です」

側近の声に、二人は我に返った。

「分かった。すぐに行く」

レオナルドはエリーゼに向き直った。

「また、五日後に」
「はい、必ず」

エリーゼが部屋を出た後、レオナルドは一人残った。

「エリーゼ」

彼は小さく呟いた。

「あなたは、私にとって特別な存在だ」

その想いを、彼はまだ口にできなかった。

一方、廊下を歩くエリーゼも、胸の高鳴りを感じていた。

「陛下と話していると、時間を忘れる」

彼女は自分の気持ちに、まだ気づいていなかった。いや、気づかないふりをしていた。

王と臣下。その関係を超えてはいけない。そう、自分に言い聞かせていた。

数日後、思いがけない来客があった。

「エリーゼ様、アレクシス様の父、公爵様がお見えです」

執事の報告に、エリーゼは眉を寄せた。

「公爵様が?」

応接室に入ると、そこには老いた公爵が座っていた。かつての威厳は失せ、疲れ切った様子だ。

「ハルトマン侯爵令嬢」

公爵は重々しく口を開いた。

「息子が失礼を働いたこと、深くお詫び申し上げます」

彼は深く頭を下げた。

「婚約破棄は、息子の浅はかさゆえです。あなたは、公爵夫人として相応しい方だった」

エリーゼは冷静に答えた。

「もう過去のことです。お気になさらないでください」
「実は、お願いがあって参りました」

公爵は顔を上げた。

「息子を、どこか遠い領地の管理人として雇っていただけないでしょうか」

エリーゼは驚いた。

「それは」
「息子は全てを失いました。だが、生きていかねばなりません。どうか、慈悲を」

公爵の目には、涙が浮かんでいた。

エリーゼは深く考え込んだ。

「公爵様、恐れながら申し上げます」

彼女は静かに言った。

「アレクシス様を雇うことはできません。でも、父に相談してみます。何か、別の道があるかもしれません」
「ありがとうございます」

公爵は再び頭を下げた。

「あなたは、本当に優しい方だ。息子は、宝を捨てた」

公爵が帰った後、エリーゼは父に相談した。

「アレクシスを、北の辺境の開拓事業に参加させてはどうだろうか」

侯爵が提案した。

「そこでは、身分ではなく実力が評価される。彼が本当に変わりたいなら、そこで学べる」

エリーゼは頷いた。

「それがいいですね。お父様、手配していただけますか?」
「ああ、任せなさい」

侯爵は娘を見た。

「お前は優しいな、エリーゼ」
「優しさではありません」

エリーゼは微笑んだ。

「ただ、無駄な恨みを持ちたくないだけです」

その夜、エリーゼは図書室で考え事をしていた。

アレクシス、公爵家の没落、そして自分の現在。

全ては繋がっている。あの婚約破棄がなければ、今の自分はなかった。

「運命は不思議ね」

エリーゼは窓の外を見た。

「でも、これが私の道」

彼女は新しいノートを開いた。次の提言のために。

王国のために。そして、レオナルドのために。

その想いを、彼女はまだ認めていなかった。
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