教養が足りない、ですって

たくわん

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秋が深まった頃、エリーゼの元に一通の手紙が届いた。差出人はアレクシス・ヴァン・ブルンナーだった。

「お嬢様、読まれるんですか?」

マルタが心配そうに尋ねる。

「読んでおくわ」

エリーゼは封を切った。

手紙には、北の辺境での生活が綴られていた。厳しい労働、質素な暮らし、だが充実した日々。そして、最後に謝罪の言葉があった。

「エリーゼ、あの時の婚約破棄は、私の人生最大の過ちでした。あなたの真の価値を、私は見抜けなかった。今、ようやく理解しました。あなたは、私が出会った中で最も賢く、強い女性です。許してください」

エリーゼは手紙を静かに畳んだ。

「遅すぎるわね」

彼女は呟いた。だが、怒りはなかった。

「でも、あなたが変わろうとしているなら、それは良いこと」

手紙を引き出しにしまい、エリーゼは王宮への準備を始めた。今日は重要な協議がある。

王宮の執務室で、レオナルドが待っていた。

「エリーゼ、何か悩みがありますか?」

彼は彼女の表情を読み取った。

「いいえ、何でもありません」

エリーゼは微笑んだ。

「それより、司法制度改革の件ですが」

二人は協議を始めた。だが、レオナルドは時折、彼女を気にかけているようだった。

協議が終わった後、レオナルドが言った。

「エリーゼ、もし何か困ったことがあれば、私に話してください」
「陛下」

エリーゼは驚いた。

「私は大丈夫です。でも、ありがとうございます」

レオナルドは窓辺に立った。

「あなたは、いつも強い。だが、時には弱さを見せてもいいんです」

エリーゼは彼の背中を見つめた。

「陛下こそ、お疲れのようですね」
「ああ、少し」

レオナルドは振り返った。

「最近、考えることが多くて」
「王国のことですか?」
「それもあります。でも」

彼は言葉を選んだ。

「私自身のことも」

エリーゼは首を傾げた。

「陛下自身のこと?」
「ええ。私は王として、常に王国のことを最優先に考えてきました」

レオナルドは彼女に近づいた。

「でも、一人の人間として、自分の幸せも考えたいと思うようになった」

エリーゼの心臓が早鐘を打った。

「それは、どういう」
「エリーゼ」

レオナルドは真剣な目で彼女を見た。

「私は、あなたと」

その時、扉が激しくノックされた。

「陛下、緊急です!」

側近が慌てて入ってきた。

「西の国境で、小競り合いが発生しました」

レオナルドの表情が一変した。

「詳しく報告を」

エリーゼは後ろに下がった。今は、王としての仕事が優先だ。

「エリーゼ、申し訳ない。今日はここまでにしてください」
「はい、陛下」

エリーゼは部屋を出た。廊下で、彼女は深く息を吐いた。

「陛下は、何を言おうとしていたのかしら」

胸の高鳴りが止まらない。

数日後、国境の問題は外交交渉で解決した。だが、レオナルドとエリーゼの関係には、微妙な変化が生まれていた。

次の協議の日、二人は以前のように政策について話した。だが、時折、視線が交わると、お互いに目を逸らすようになった。

「陛下、この貿易協定ですが」

エリーゼが資料を示す。

「ああ、それは」

レオナルドが説明する。だが、彼の目は時々、彼女の顔を見つめていた。

協議が終わり、エリーゼが立ち上がった時、レオナルドが言った。

「エリーゼ、この前の続きを話してもいいですか?」

エリーゼは立ち止まった。

「陛下」
「私は、あなたといると幸せです」

レオナルドは率直に言った。

「王としての仕事も大切。でも、あなたと過ごす時間が、私にとって最も充実した時間なんです」

エリーゼは言葉を失った。

「私も、です」

彼女は小さく答えた。

「陛下とお話しすることが、私の一番の喜びです」

二人は見つめ合った。

「でも、私たちは」

エリーゼが言いかけた。

「王と臣下。その関係を超えてはいけない」
「なぜ?」

レオナルドが尋ねる。

「誰が、そんな規則を作ったのですか?」
「でも、陛下には相応しい方が」
「相応しいかどうかを決めるのは、私です」

レオナルドは断言した。

「エリーゼ、あなた以上に私を理解し、支えてくれる人はいない」

エリーゼの目に涙が浮かんだ。

「陛下」
「あなたの返事を、今すぐ求めているわけではありません」

レオナルドは優しく微笑んだ。

「ただ、私の気持ちを知っていてほしかった」

エリーゼは頷いた。

「ありがとうございます、陛下」

彼女は部屋を出た。廊下を歩きながら、涙が頬を伝った。

「どうすればいいの」

嬉しさと戸惑いが入り混じる。

家に帰ると、父が待っていた。

「エリーゼ、泣いていたのか?」
「お父様」

エリーゼは父に抱きついた。

「陛下が、私に」

侯爵は娘の頭を撫でた。

「お前の気持ちは?」
「分からないんです」

エリーゼは顔を上げた。

「嬉しい。でも、私なんかが陛下の」
「お前なんか、ではない」

侯爵は娘の肩を掴んだ。

「お前は、王国を救った女性だ。陛下の最高の助言者だ。そして、何より、素晴らしい人間だ」

エリーゼは泣きながら頷いた。

「でも、怖いんです」
「何が?」
「また、捨てられるのが」

侯爵は理解した。婚約破棄の傷が、まだ残っているのだ。

「エリーゼ、陛下はアレクシスとは違う」

侯爵は真剣に言った。

「陛下は、お前の真の価値を知っている。お前を必要としている」
「本当に?」
「ああ。私が保証する」

その夜、エリーゼは一人で考え込んだ。

レオナルドへの想い。それは、いつから芽生えていたのだろう。

初めて会った舞踏会の夜?執務室で初めて協議した時?それとも、もっと前、「憂国の民」として提言を送り始めた頃?

「私は、陛下を」

エリーゼは小さく呟いた。

「愛している」

その想いを認めた瞬間、涙が溢れた。

嬉しさと恐れ。希望と不安。全てが混ざり合っていた。

窓の外では、月が静かに輝いていた。

エリーゼの心は、大きく揺れていた。
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