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音楽会の誕生
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首席音楽家の称号を得たリディアの下に、次々と新しい仕事が舞い込んできた。貴族たちの私的な音楽会への招待、若手音楽家たちの指導、そして王太子妃からの特別な依頼。
「音楽会……ですか」
王太子妃の居室で、リディアはエリザベータの提案に目を丸くした。
「ええ。食事や舞踏の伴奏ではなく、音楽だけを楽しむための会を開きたいの」
エリザベータは優雅に紅茶を口に運んだ。
「今まで音楽は、何かの付属物だった。でも、あなたの音楽を聴いて思ったの。音楽そのものが、主役になれるのだと」
「それは……素晴らしいアイデアです」
リディアの目が輝いた。
「ただ音楽を聴くための会。音楽家にとって、これ以上の名誉はありません」
「でしょう? だから、あなたに全てを任せたいの。曲目の選定、演奏者の選抜、会場の設営、すべてよ」
「私に、ですか」
「あなた以外に誰がいるの? この国で最も革新的で、才能ある音楽家なのだから」
エリザベータは微笑んだ。
「一つだけ条件があるわ。この音楽会は、物語性を持たせてほしいの。ただ曲を並べるのではなく、全体で一つの流れを作る。それができるかしら」
「はい。必ずやり遂げてみせます」
リディアは深く頭を下げた。
その日から、リディアの忙しい日々が始まった。
まず、曲目の構成を考える。音楽会のテーマは「四季の移ろい」。春の目覚めから始まり、夏の情熱、秋の哀愁を経て、冬の静寂へと至る物語を音楽で描く。
次に、演奏者の選抜。宮廷楽団の中から、技術と情熱を兼ね備えた者たちを選ぶ。年長者たちの中には、若い娘に指図されることを快く思わない者もいたが、王太子妃の後ろ盾があるため、表立って反対はできなかった。
そして、会場の設営。リディアは宮廷の大ホールを見て回り、音響を確かめ、座席の配置を考えた。
「照明はこうして、楽器の音が最もよく響く位置に演奏台を」
リディアは設計図を描き、職人たちに指示を出す。
「舞台には布を張って、音の反響を調整したい。そして、燭台はこの位置に」
職人たちは驚きながらも、この若い音楽家の緻密な計画に従った。
練習は厳しかった。リディアは完璧を求めた。一つの音の乱れも許さない。
「もう一度、最初から」
「もう一度」
何度も何度も繰り返す。楽師たちの中には、不満を漏らす者もいた。
「平民の娘のくせに、偉そうに」
休憩時間に、古参の楽師が呟いた。
「才能があるからって、調子に乗りすぎだ」
だが、マルティンが立ち上がった。
「リディアは、私たち全員のために頑張っている。文句を言う前に、自分の演奏を見直したらどうだ」
「何だと、若造が」
「若造で結構。でも、リディアの音楽を理解できない人は、この音楽会には必要ない」
緊張が走る。だが、そこにリディアが戻ってきた。
「みんな、休憩はもう終わりよ。時間がないの」
彼女は何も気づいていない様子で、楽譜を手に取った。
「次は『夏の情熱』の部分。特にフルートの皆さん、ここは太陽の輝きを表現してほしいの。もっと明るく、もっと力強く」
リディアの情熱に、楽師たちは次第に心を動かされていった。文句を言っていた古参の楽師さえも、やがて真剣に練習に取り組むようになった。
音楽会の一週間前、突然の来客があった。
隣国の文化使節団が王宮を訪れたのだ。使節団は十名ほどで、外交官や学者、そして音楽家たちが含まれていた。
「音楽家も来ているのですか」
リディアは父から聞いて、興味を持った。
「ああ。隣国との文化交流の一環だそうだ。彼らも音楽会に参加するかもしれない」
晩餐会が開かれ、使節団を歓迎する演奏が行われた。リディアたちの演奏を聴いた使節団は、大いに感動した様子だった。
演奏後、一人の若い男性がリディアに近づいてきた。
「素晴らしい演奏でした」
彼は流暢な言葉で話した。二十代半ばくらいだろうか。落ち着いた雰囲気と、知的な目をしている。
「ありがとうございます」
「私はオット。隣国から来た音楽家です。もしよければ、あなたの音楽について、もっと詳しく教えていただけませんか」
「もちろんです」
リディアは微笑んだ。音楽を愛する者同士、国境は関係ない。
二人は音楽について語り合った。作曲の技法、楽器の特性、音楽の可能性。オットの知識は深く、リディアも多くを学んだ。
「あなたの音楽には、物語がある。それが素晴らしい」
オットは真剣な眼差しで言った。
「音楽は、ただ美しいだけではない。何かを伝えるべきなんだ」
「その通りです」
リディアは嬉しそうに頷いた。
「私も同じように考えています。音楽は言葉を超えた言語なのだと」
「ぜひ、あなたから学びたい。弟子にしていただけませんか」
「弟子だなんて。私もまだ学ぶことばかりです。でも、一緒に音楽を作ることはできます」
「ありがとうございます」
オットは深く頭を下げた。
その日から、オットはリディアの音楽会の準備に参加するようになった。彼のアイデアは斬新で、リディアの構想をさらに豊かにした。
「ここで、楽器を一度完全に止めたらどうでしょう」
オットが提案した。
「沈黙も、音楽の一部です。静寂があるからこそ、次の音が際立つ」
「素晴らしいアイデアです」
リディアは目を輝かせた。
二人の共同作業は、見ている者を微笑ませた。音楽への情熱で結ばれた、純粋な関係だった。
だが、その様子を離れた場所から見ている人物がいた。
エドゥアルトだった。
彼は警備の任務で王宮にいた。リディアとオットが楽しそうに話している姿を見て、胸に何かが突き刺さるような感覚を覚えた。
「エドゥアルト、何を見ているんだ」
同僚の騎士が声をかけた。
「いや、何でもない」
「そうか。そういえば、お前の婚約者のアデーレ嬢、また実家から援助を求めてきたらしいな」
「……ああ」
エドゥアルトは重いため息をついた。
アデーレの実家は、表向きは裕福だが、実際には借金を抱えていた。そして、その借金の肩代わりを、エドゥアルトに求めてきたのだ。
「困ったものだな。騎士の給料じゃ、とても払えないだろう」
「そうだな……」
エドゥアルトは再びリディアの方を見た。彼女は笑顔で、オットと楽譜を見ている。
あの笑顔を、自分は見たことがあっただろうか。
彼女といた時、自分は本当に彼女を理解していたのだろうか。
答えは、否だった。
そして、その事実が、今になって重くのしかかってきた。
音楽会の前日、リディアは一人、会場の準備を確認していた。座席、照明、音響。すべてが完璧に整っている。
「明日は、きっと成功する」
そう自分に言い聞かせる。
背後から足音が聞こえた。振り返ると、オットが立っていた。
「まだ準備をしていたんですか」
「ええ。明日は絶対に失敗できません」
「大丈夫です。あなたの音楽は、必ず人々の心を動かします」
オットは優しく微笑んだ。
「リディア殿。一つ、お尋ねしてもいいですか」
「何でしょう」
「あなたは、なぜこんなにも音楽に情熱を注ぐのですか」
リディアは少し考えてから、静かに答えた。
「音楽だけが、私を裏切らないから」
「裏切らない……」
「音楽は正直です。努力すれば応えてくれる。才能を磨けば、必ず成長できる。人は……人は、そうじゃない時もあります」
リディアの声には、かすかな悲しみが混じっていた。
オットは何かを察したようだった。だが、それ以上は尋ねなかった。
「あなたの音楽には、強さがある。それはきっと、何かを乗り越えた人だけが持てる強さです」
「ありがとうございます」
「明日の音楽会、きっと素晴らしいものになります。そして、私も精一杯演奏します」
「ええ。一緒に、最高の音楽を作りましょう」
二人は笑顔で握手を交わした。
その夜、リディアは久しぶりに安らかな眠りについた。
明日からまた、新しい物語が始まる。
音楽とともに、前へ——。
「音楽会……ですか」
王太子妃の居室で、リディアはエリザベータの提案に目を丸くした。
「ええ。食事や舞踏の伴奏ではなく、音楽だけを楽しむための会を開きたいの」
エリザベータは優雅に紅茶を口に運んだ。
「今まで音楽は、何かの付属物だった。でも、あなたの音楽を聴いて思ったの。音楽そのものが、主役になれるのだと」
「それは……素晴らしいアイデアです」
リディアの目が輝いた。
「ただ音楽を聴くための会。音楽家にとって、これ以上の名誉はありません」
「でしょう? だから、あなたに全てを任せたいの。曲目の選定、演奏者の選抜、会場の設営、すべてよ」
「私に、ですか」
「あなた以外に誰がいるの? この国で最も革新的で、才能ある音楽家なのだから」
エリザベータは微笑んだ。
「一つだけ条件があるわ。この音楽会は、物語性を持たせてほしいの。ただ曲を並べるのではなく、全体で一つの流れを作る。それができるかしら」
「はい。必ずやり遂げてみせます」
リディアは深く頭を下げた。
その日から、リディアの忙しい日々が始まった。
まず、曲目の構成を考える。音楽会のテーマは「四季の移ろい」。春の目覚めから始まり、夏の情熱、秋の哀愁を経て、冬の静寂へと至る物語を音楽で描く。
次に、演奏者の選抜。宮廷楽団の中から、技術と情熱を兼ね備えた者たちを選ぶ。年長者たちの中には、若い娘に指図されることを快く思わない者もいたが、王太子妃の後ろ盾があるため、表立って反対はできなかった。
そして、会場の設営。リディアは宮廷の大ホールを見て回り、音響を確かめ、座席の配置を考えた。
「照明はこうして、楽器の音が最もよく響く位置に演奏台を」
リディアは設計図を描き、職人たちに指示を出す。
「舞台には布を張って、音の反響を調整したい。そして、燭台はこの位置に」
職人たちは驚きながらも、この若い音楽家の緻密な計画に従った。
練習は厳しかった。リディアは完璧を求めた。一つの音の乱れも許さない。
「もう一度、最初から」
「もう一度」
何度も何度も繰り返す。楽師たちの中には、不満を漏らす者もいた。
「平民の娘のくせに、偉そうに」
休憩時間に、古参の楽師が呟いた。
「才能があるからって、調子に乗りすぎだ」
だが、マルティンが立ち上がった。
「リディアは、私たち全員のために頑張っている。文句を言う前に、自分の演奏を見直したらどうだ」
「何だと、若造が」
「若造で結構。でも、リディアの音楽を理解できない人は、この音楽会には必要ない」
緊張が走る。だが、そこにリディアが戻ってきた。
「みんな、休憩はもう終わりよ。時間がないの」
彼女は何も気づいていない様子で、楽譜を手に取った。
「次は『夏の情熱』の部分。特にフルートの皆さん、ここは太陽の輝きを表現してほしいの。もっと明るく、もっと力強く」
リディアの情熱に、楽師たちは次第に心を動かされていった。文句を言っていた古参の楽師さえも、やがて真剣に練習に取り組むようになった。
音楽会の一週間前、突然の来客があった。
隣国の文化使節団が王宮を訪れたのだ。使節団は十名ほどで、外交官や学者、そして音楽家たちが含まれていた。
「音楽家も来ているのですか」
リディアは父から聞いて、興味を持った。
「ああ。隣国との文化交流の一環だそうだ。彼らも音楽会に参加するかもしれない」
晩餐会が開かれ、使節団を歓迎する演奏が行われた。リディアたちの演奏を聴いた使節団は、大いに感動した様子だった。
演奏後、一人の若い男性がリディアに近づいてきた。
「素晴らしい演奏でした」
彼は流暢な言葉で話した。二十代半ばくらいだろうか。落ち着いた雰囲気と、知的な目をしている。
「ありがとうございます」
「私はオット。隣国から来た音楽家です。もしよければ、あなたの音楽について、もっと詳しく教えていただけませんか」
「もちろんです」
リディアは微笑んだ。音楽を愛する者同士、国境は関係ない。
二人は音楽について語り合った。作曲の技法、楽器の特性、音楽の可能性。オットの知識は深く、リディアも多くを学んだ。
「あなたの音楽には、物語がある。それが素晴らしい」
オットは真剣な眼差しで言った。
「音楽は、ただ美しいだけではない。何かを伝えるべきなんだ」
「その通りです」
リディアは嬉しそうに頷いた。
「私も同じように考えています。音楽は言葉を超えた言語なのだと」
「ぜひ、あなたから学びたい。弟子にしていただけませんか」
「弟子だなんて。私もまだ学ぶことばかりです。でも、一緒に音楽を作ることはできます」
「ありがとうございます」
オットは深く頭を下げた。
その日から、オットはリディアの音楽会の準備に参加するようになった。彼のアイデアは斬新で、リディアの構想をさらに豊かにした。
「ここで、楽器を一度完全に止めたらどうでしょう」
オットが提案した。
「沈黙も、音楽の一部です。静寂があるからこそ、次の音が際立つ」
「素晴らしいアイデアです」
リディアは目を輝かせた。
二人の共同作業は、見ている者を微笑ませた。音楽への情熱で結ばれた、純粋な関係だった。
だが、その様子を離れた場所から見ている人物がいた。
エドゥアルトだった。
彼は警備の任務で王宮にいた。リディアとオットが楽しそうに話している姿を見て、胸に何かが突き刺さるような感覚を覚えた。
「エドゥアルト、何を見ているんだ」
同僚の騎士が声をかけた。
「いや、何でもない」
「そうか。そういえば、お前の婚約者のアデーレ嬢、また実家から援助を求めてきたらしいな」
「……ああ」
エドゥアルトは重いため息をついた。
アデーレの実家は、表向きは裕福だが、実際には借金を抱えていた。そして、その借金の肩代わりを、エドゥアルトに求めてきたのだ。
「困ったものだな。騎士の給料じゃ、とても払えないだろう」
「そうだな……」
エドゥアルトは再びリディアの方を見た。彼女は笑顔で、オットと楽譜を見ている。
あの笑顔を、自分は見たことがあっただろうか。
彼女といた時、自分は本当に彼女を理解していたのだろうか。
答えは、否だった。
そして、その事実が、今になって重くのしかかってきた。
音楽会の前日、リディアは一人、会場の準備を確認していた。座席、照明、音響。すべてが完璧に整っている。
「明日は、きっと成功する」
そう自分に言い聞かせる。
背後から足音が聞こえた。振り返ると、オットが立っていた。
「まだ準備をしていたんですか」
「ええ。明日は絶対に失敗できません」
「大丈夫です。あなたの音楽は、必ず人々の心を動かします」
オットは優しく微笑んだ。
「リディア殿。一つ、お尋ねしてもいいですか」
「何でしょう」
「あなたは、なぜこんなにも音楽に情熱を注ぐのですか」
リディアは少し考えてから、静かに答えた。
「音楽だけが、私を裏切らないから」
「裏切らない……」
「音楽は正直です。努力すれば応えてくれる。才能を磨けば、必ず成長できる。人は……人は、そうじゃない時もあります」
リディアの声には、かすかな悲しみが混じっていた。
オットは何かを察したようだった。だが、それ以上は尋ねなかった。
「あなたの音楽には、強さがある。それはきっと、何かを乗り越えた人だけが持てる強さです」
「ありがとうございます」
「明日の音楽会、きっと素晴らしいものになります。そして、私も精一杯演奏します」
「ええ。一緒に、最高の音楽を作りましょう」
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