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第3章 アールスト国の章

〈32〉予想との食い違い(隣国の王子視点)

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    初めて目にする聖女は、噂とは全く違っていた。






    確かに不気味だと言われる桃色の髪だが、その纏う雰囲気は不気味とは逆でとても神聖なものに感じられる。

    女とは思えないくらい短く整えられた髪はレースで作られた白薔薇の造花と銀細工の髪止めで飾られていた。だが決して短い髪を隠すものではなく、綺麗な後頭部のカーブがより際立ち彼女の凛とした雰囲気によく似合っていた。

    今まで女とはやたら長い髪をゴテゴテと飾る生き物だと思っていたし、髪の短い女など女として価値がないと教えられてきたのに根底から覆された気分だった。

    遠目から見ても上等だとわかるシルクのドレスには銀の糸をふんだんに使った豪華な刺繍が施されていて下世話だがどれほどの金貨をつぎ込んでいるのかと計算したくなるほどだ。

    聖女が足を進める度にシンプルながらも上品な真珠のアクセサリーが細やかに揺れるが、それすらも彼女の美しさを引き立てているように思えて仕方ない。

    なにかを決意した力強い目元、慈愛に満ちた微笑み。そこにいるのは不気味な桃毛をしたつまらない伯爵令嬢なんかではなく、正真正銘の聖女だったのだ。



    美しい。素直にそう思った。
    そして、なにがなんでも手中に納めてやろうと。

「せ……」

「お初にお目にかかります、異国の聖女様」

    自分の目の前までやって来た聖女に真っ先に挨拶をしてやろうと声を出そうとした瞬間。父である国王が立ち上がり恭しく頭を下げた。

「隣国はあなたを歓迎致します。どうか、この国にも聖女のご加護があらんことを」

    おい!このクソ親父!この国のトップが簡単に頭を下げるなんて品位が下がるぞ?!せっかく俺が聖女を射止めてやろうとしているのに邪魔をするな!

    しかしあの腹黒い父王のことだ。なにか企んでいるに決まっている。いつも息子である俺の婚約者には国に利益をもたらす女でなければ認めないと口を酸っぱくして言っていたしな。まぁ、だからアミィとの婚約を頑なに認めなかったのだろうが。

    ……あぁ、そういうことか。俺はすぐに父の考えがわかった。父は、この聖女を俺の婚約者に据え置こうとしているのだろう。俺も最初は愛人にでもしてやろうと思っていたが、想像以上に美しいし……体もなかなか良さそうだ。なによりもかなりの利益が見込める希少な女だからな、妻に娶ってやろうじゃないか。

    俺は父王に挨拶をする聖女の体を上から下まで舐めるように視線を動かした。胸が大きいだけの女にも飽きてきたし、まぁ合格だな。

「私は異国の聖女、ロティーナと申します。家名も女の証とも言われる髪も捨て、聖女として神に身を捧げるつもりです。
この度は異国へ行く前に新たな聖女としてこちらの国と是非・・友好関係を築けたらと思い馳せ参じました」

   聖女のその言葉に思わず口の端がつり上がる。  

    そうか、やはり聖女は俺に・・気があるのだな。異国の聖女は数年程の勤めを果たしたら後は自由だと聞く。ふふん。まぁ、数年くらいなら待ってやらないでもないぞ。俺は寛大な男だからな。

    ほら、父上。そろそろ俺を紹介しろ。そして婚約者にと勧めるんだ。諸手を上げて喜ぶに違いなーーーー。

「今夜は聖女様の歓迎パーティーを開きます。是非ともご参加を。……それにしてもお美しい。このような老いぼれですが恋に堕ちてしまいそうです」

「まぁ、お上手ですこと。王妃様に叱られてしまいましてよ?」

    楽しそうに軽口を言い合うふたり。コロコロと笑う聖女の声はまるで鈴を転がしたようだ。……って!ん?俺の紹介は?

「ふふふ、申し訳ございません。聖女様のあまりの魅力につい。王妃もあなた様とお話が出来るのを楽しみにしていたのですが、実は少し体調を崩していまして……」

「まぁ、それは大変ですわ。是非お見舞いさせて頂きたいです」

「それは王妃も喜びます!ではこちらに「父上!」……なんだ、聖女様の御前でそのような大声を出すなどはしたない」

    俺の存在などまるでなかったかのように談笑しこの場から立ち去ろうとする父上と聖女の姿に思わず声が出てしまった。

「あ、あの……俺も聖女に挨拶を……」

    ギロリと俺を睨んでくる父上の威圧にたじろぐが、父上ともあろう方がなにをしているんだろう?と首を傾げそうになった。

    聖女を俺の婚約者にするんじゃないのか?俺を紹介して聖女にアピールさえすれば聖女の方から尻尾を振ってくるというのに、こんなチャンスを逃すなんて腹黒い父上らしくないではないか。……というか、最近母上の姿を見ないと思ったら体調を崩してたのか?

「……そうか。聖女にご挨拶がしたいのか。ーーーー聖女様、お目汚しかもしれませんが、これ・・が第1王子であるアシードでございます」

「聖女、いや、ロティーナ嬢。どうか俺の事はアシードと……」

「そうですか。第1王子殿下・・・・・・、よろしくお願い致します。私の事を名前で呼んで頂くなど恐れ多いですわ。どうか、聖女・・とお呼びください」

    そう言って魅惑的な微笑みを浮かべたまま優雅なカーテシーを披露した聖女は「では、王妃様のお見舞いに行きますので失礼致します」とあっさりと立ち去ってしまったのだ。




    なんだ?なにかが、おかしいぞ?



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