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31 唯一無二の存在へ(アミィ視点)

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※残酷な表現があります。ご注意下さい。







「な、んで……」

    ねぇ、これは夢なの?誰か夢だって言ってよ……!

    なんで、こんなことになっているのか意味わかんないんだけど?!

    夢なら早く覚めてよぉ……!





***






    あの日の真夜中、ジルはちゃんとあたしを迎えに来てくれた。

「お待たせ、オレのお姫様。ほら、お望みのものを持ってきたよ」

    そう言ってジルがあたしに差し出したのは大量の長い髪の毛だった。それも、鮮やかな桃色の。切り口もバラバラだし、乱雑に切ったのだろう。

「これ、もしかしてあの女の?」

「そ、根元からバッサリいってやったよ。あの時の絶望した顔を君にも見せたかったなぁ」

「ぷっ!うはは!わざわざ髪を切り刻んでから殺してやったってこと?あなたって案外意地が悪いのね!」

「なかなか面白かったよ?君にも見せたかったな~」

    ジルはニコニコと笑いながらあの女が最後にどれだけ泣きわめいたかを教えてくれた。涙と鼻水だらけになって「信じていたのに」と足にすがりついてきたらしい。想像しただけでさらに笑いがこみ上げてくる。なっさけなぁい!

「これで信じてくれたかな?」

「うふ!いいわ、信じるわ。それにこんなに髪を切られて平気な女がいるはずないものね。だって髪は女の命なのよ?あたしだったらその時点で舌を噛み切るわ!まぁ、こぉんなみっともない桃毛じゃあ、どのみち女の価値なんか最初からないんだろうけど!」

    それにしても髪を失っても意地汚くすがってくるなんて、やっぱり底辺の女ね。髪の色だけじゃなくて中身までみっともなかったってことよね!

「……そっか、髪は女の命なんだ。ふぅん……。まぁいいや!じゃあまずはオレの隠れ家に行こうか。そこには君の望む素晴らしい世界が待ってるよ」

 ジルの表情が一瞬歪んだ気がしたが、あたしが視線を向けるとさっきと同じニコニコとあたしに好意を向けている顔だった。睨まれたような気がしたけど気の所為ね。だって彼はすでにあたしの虜だもの。きっと高感度は最大値に違いないはずだわ。

「嬉しい……!愛してるわ、ジル!」

    そうしてあたしはジルの手を取り、その一歩を踏み出したのだ。

 さぁ、輝かしい未来ウルトラハッピーエンドがあたしを待ってるんだわ……!



















    あたしは、あたしの為の素晴らしい世界で幸せになるはずだった。

    あたしの全てを愛してくれて、あたしの望みを叶える為なら手となり足となり動いてくれる最高の攻略対象者手駒を手にいれたはずだった……のに。

    今のあたしは、手足を縛られて汚れた床に転がされていた。

「な、何するのよ?!あたしはこんなプレイごめんよ!今すぐほどいて!!」

    最初はもしかしたらジルはちょっとそっち系の性癖なのかもしれないと思った。いくらイケメンでもアブノーマル過ぎるのはごめんだ。ちゃんとあたし好みに調教してやんなきゃな。って、そう思ったくらいだった。だって、あたしが断ればすぐに「冗談だよ」って笑顔を向けてくれるはずだったのだ。ちょっとしたイタズラ。好きな子の気を引きたくてついやってしまっただけ……。あたしを驚かせたかった。そうでしょ?

    でも今、鋭い視線であたしを見ている男は本当にあたしに愛を囁いたあの男と同一人物なのだろうか?光の無い灰色の瞳は酷く冷たかった。

「どうしたの?聖女になりたいんだろう?」

    ジルは冷たい表情のまま動けないあたしの脇を足先でつつくように蹴ってくる。まるでゴミの塊を蹴るかのようにだ。

「そ、そうよ!あたしは聖女よ?!あんた、大使のくせに聖女にこんなことして許されるはず……」

「ねぇ、君は覚えてないって言ってたけど、君にあれ・・を渡した男はさ、オレの親友だったんだよね」

「はぁ?なによ、それ!なんのこと?!」

    いきなり関係の無い話をしだすジルに眉根を寄せて「早く縄をほどいて!」と訴えるが聞いていないのか独り言のように話し続けた。なんなのこいつ、頭がおかしくなったんじゃないの?!この、サイコパス野郎め!

「あいつさぁ、根は真面目ですごくいい奴だったんだ。だけど、突然あんなこと・・・・・をしでかした。オレは絶対になにか理由があるはずだと思ったんだ。あいつを見つけて事情を聞くまでは信じようって。そんで別ルートであいつにそんなこと・・・・・をさせた黒幕を見つけて、まぁその相手はもちろん始末したんだけど、それでも重罪でさ。ただ、もしかしたら交渉次第では減刑してもらえるかもって……。でも、それも無駄に終わったよ「だから!なんのことをいってるのか……」あいつは人生最初で最後の恋に溺れて死んだんだ。君が殺したんだよ」

「……ひっ!!」

    怖い。なにか言い返そうと思ったのに上手く息が吸えなくなるくらい恐怖を感じた。あの灰色の瞳はこんなに怖かったかしら?

    そして無言のまま近づいてきたジルは、唐突にあたしの髪の毛の根本を掴むとナイフを振り下ろし根元からザクリと切り出したのだ。

「きゃあ!!やめてぇ!!」

「おっと、危ないなぁ。あーぁ、暴れるから思ったより切りすぎちゃったね。おっと、髪を切られたら舌を噛んで死ぬんだったっけ?そっか、じゃあ死ねば?」

    そう言いながらわずかに残る髪の毛すらもザクザクと切り刻んでいく。時折ナイフの先が顔にあたり頬に何度も痛みが走った。

「痛い!やめてぇ!!」

    このままじゃ殺される!あたしは必死にジルの足にすがりついた。散らばった黒髪に涙と鼻水が垂れるが今はそれどころじゃない。

「あれぇ、どうしたの?涙と鼻水でせっかくの美貌が台無しだ」

「し、信じてたのにぃ……!」

「へぇ……それは光栄だね」

    すると今度は乱暴にあたしの顎をつかみ、無理矢理なにかの液体を口の中に流し込んできたのだ。

「がぼっ!?」

「こぼすなよ、汚いなぁ。ほぉら、全部飲んで?」

    鼻と口を手のひらで押さえられ、その液体をなんとか飲み込む。苦くて酸っぱくて臭い、そんな液体だった。

「げほっ!なにを、なにを飲ませたのよ?!まさか、毒……っ」

「毒?まさか、すぐに死ぬような毒なんか飲ませるわけ無いだろう?大丈夫だよ。……君は、そんな簡単に殺したりしないからさ」

    ジルが再びニコリと笑った。だがもうそこにあたしへの好意は感じられない。そう、まるでホラー映画でも見ているかのような……そんな心底恐怖を感じる笑顔。

 そしてじわじわと体が熱くなり、手足が痺れてくる。そしてその痺れはだんだんと痛みに変化していった。

「じゃあ、君のための世界・・・・・・・へ行こうか。聖女様?」














ーー

ーーー

ーーーー……







「聖女様だ。なんでも言うことを聞いてくれる聖女様だ!」

「ありがてぇ、ありがてぇ!」

「これでまた明日も生きてられるぞ、生きる希望だー!」

「まさに聖女様だぁ、神様からのお恵みだぁ!」

    あたしは今、「聖女様」と呼ばれたくさんの男たちに群がられている。

    時には髪をむしられ、時には顔を殴られ、噛み付かれて事もあった。ひたすら蹴り続けられてアザだらけになっても、抵抗することすら許されない。全てを“無償の愛”で受け入れてくれる聖女になったのだ。

    あの後、ジルはこう言った。

「君に飲ませた薬はあれ・・を改良したものでね、効果は似てるけどひとつだけ違うところがあるんだ。飢えた男たちは君の望み通り君に夢中になるが、決して君の要求に応えたりしないよ。これまでとは逆に君に自分の欲求をぶつけてくるんだ。ほんの少しでも君を見て興味を持てばイチコロさ。それこそ腐肉に群がる蝿のように君を求めてくるよ。まぁ、とどのつまりは罪者の拷問用ってわけ。特に人間向けだよね。あ、味に関しては本当はもうちょっと飲みやすいんだけどね。本来は薄めて使うからさ。でも、わざわざ君のために濃厚な原液を用意したんだ。効果が強いぶん金がかかってるんだぜ。そうゆう、特別にお金がかかってるの好きでしょ?」

 ジルは「君だけに、特別なんだよ?」とにこりと笑ったのだった。

    ーーーーほら、君の大好物な“君に夢中な男たち”だよーーーー






    ここ・・は奴隷が働く鉱山だった。数十人の奴隷たちが暮らす集落のようなものがいくつもあり、あたしはそこの男たちが満足するまで殴られ蹴られ、そして次の場所へと連れていかれた。色々な欲求に飢えた男たちがいつ死ぬかもわからず命を削って朝から晩まで働いているのだ。その欲求と不満は決して優しいものではなかった。

    そしてあたしは“聖女”という名をした飢えた奴隷たちに与えられたご褒美だったのだ。



    もうここへ来て何日が過ぎただろうか。とうとつ3つ目の集落に連れてこられた。移動した日は1日だけ休みがもらえる。やっと手にいれた休息に安堵しながらあたしはもしかしたら隣国の王子が助けに来てくれるかもしれない、あの書き置きを見た公爵家が探しに来てくれるかもしれない。と淡い期待を胸に抱き神に願った。だが、そんなものは来なかった。なんで、どうして。そんな考えがぐるぐると回る。しかしどれだけ考えても嘆いても、この状況が覆ることはなかったのだ。


    次の日、監視の男が言った。

「お前はこれから景品になるんだ」

    今、あたしは木で組まれた台の上に座らされている。ここでは滅多に見かけない花が随分伸びてパサパサになった髪の上に飾られた。

「いいか、お前らよく聞け!今から最も危険な仕事で1番成果を出した者にこの女と結婚させてやる!みんなの聖女様を独り占めできる権利が手にはいるんだぞ!」

    地響きが起こるかと思うほどの男たちの歓喜の叫び声が響き、あたしはそれを黙って見ていた。

    この男たちの誰かの物になる。それは、移動の休息すらも無くなる地獄が始まるということだった。

「な、んで……」

    なんで、こんなことになっているのだろう?

    そして、見つけた。いや、見付けられてしまった。

「うーーーー!」

    なんと、そこにいたのはすっかり変わり果てた姿をしたエドガーだったのだ。

    だがもうあの頃のあたしに従順だったエドガーじゃない。あれは飢えた獣の目をした恐ろしい男だ。そして、あたしはその獣の獲物でしかない。



    こ・わ・い。


 あたしは、幸せになるヒロインだったはずなのにーーーー。


    もう、男を見ても恐怖しか感じなかった。















*****







    ねぇ、アミィ嬢。

    その閉ざされた世界で君の望み通り、唯一無二の聖女になれたよ。

    みんな君に夢中で、君との時間を手に入れるためならどんな過酷な事でも喜んでやるんだよ。嬉しいだろ?

    あとはオレからのサプライズ。最も君に恋していた男を、1番好きな人と結婚させてあげたくてね。だってあの香水の効果が切れてもまだ君が好きなんて、その気持ちだけは本物だったみたいだからね。だからーーーー。


    素敵な花嫁幸せになってね?
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