嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

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「すまない、エトランゼ。大切なお前を金で売ることになるなんて……!」

 私の前で頭を垂れて謝罪しているのはルーゼルク侯爵家当主……私のお父様だ。あぁ、これは夢をみているのね。私が急に嫁ぐ事になった、その日の夢を……。

 セノーデン伯爵家から馬車いっぱいに詰め込まれたお金が届いたその日、お父様は私に頭を下げてお願いをしてきたのだ。お父様の手にはセノーデン伯爵家の家紋の入った手紙が握りしめられている。それだけで私は全てを察することができた。

「いいのです、お父様。これで侯爵家は没落しなくてすみますし、こんな状況でも残ってくれたわずかな使用人にも給料が払えます。なにより、弟に……ロナードにお腹いっぱい食事を食べさせてあげれますから……」

 私の大切な弟はまだ7歳だ。学園の初等部にも入学したばかりだというのに今回のショックで塞ぎ込んでいる。あの子からしたら、絶対の正義だと信じていた世界が一瞬で崩れ落ちたのだから仕方ないのかもしれない。一時は私やロナードの学費も払えなくて退学も覚悟していた矢先だったが、お父様の態度を見れば解決の糸口を掴んだのだろうと思ったのだ。

「もしや、セノーデン伯爵家はロナードの学費も援助して下さると?」

「あ、あぁ。そうなんだ。借金はもちろん、当面の生活費とロナードとお前の学費。使用人たちの給料分まで上乗せしてくれてな……。ただ、条件として1日でも早くのエトランゼの嫁入りを希望している。嫁入り道具も何もいらないから、その身ひとつで来て欲しいと、すでに違う馬車が待っているんだ。こちらとしては破格の対応だ。だが、いくら侯爵家とはいえここまで落ちぶれては今や家紋にさほどの価値はない。由緒正しき歴史など、腹の足しにもならないと痛感したばかりだ……。だから、その……」

 お父様の言いたいことはわかっている。今の私にはそれほどの価値はない。それなのにこれほどの資金を使ってでも私を欲しがる理由なんてわずかしかないだろう。

「ーーーー恨まれているのでしょうね」

「……セノーデン伯爵には、パーティーで会う度に傲慢な態度ばかり取っていた。金儲けばかりしていても貴族の血筋が良くなるわけなどないだろうと、馬鹿にしていた……。セノーデン伯爵はこちらが何を言ってもにこにこしていて、いつも“娘さんはお元気ですか?”なんて言ってきて訳の分からない奴だと思っていたが……」

「今までの恨みや鬱憤を、お父様の娘である私に晴らすつもりだと……そうお考えなんですね?」

「す、すまない……!まさか、こんなことになるなんて……しかも娘であるお前にその罪を背負わせることになるなんて……!」

 お父様なりに悩んだのだろう。食いしばった唇からは血が流れている。このまま嫁入りすればどうなるかなんてわかりきっているが、それでもお父様は侯爵家当主として決断したのだ。

「お母様とロナードにはなんと?」

「ただ、エトランゼが望まれたからと……」

 お父様にしては英断ですね。本当の事を話せば、絶対に反対されます。いえ、説得すれば納得してくれるでしょうが……それでも、どうせなら泣き顔ではなく笑顔でいて欲しいですもの。

「お父様……私はセノーデン伯爵家に嫁ぎます。大丈夫ですわ、さすがに自ら望んだ花嫁にすぐさま制裁を加えるようなことはなさらないでしょう。学園にもそのまま通えるようですし、卒業までは無事でいられますわ」

「……エトランゼ……!不甲斐ない父を許してくれ……!」

「これに懲りたら、もう無謀な事業には手を出さないと約束してください。私は……ひとりしかいないのですから」

 ロナードやお母様を犠牲にすることは許さない。侯爵家の犠牲になるのは私だけにして欲しい。そんな意味を込めてそう言えば、お父様は目を赤くして深く頷いてくれた。

 こうして私は伯爵家の望み通り、その身ひとつで馬車に乗り込んだのだった。









***








「お目覚めですか?」

「……アーノルド様」


 私を覗き込んでいたアーノルド様がホッとした顔をしている。目が覚めてここへ来るまでの夢を見ていたのだと理解した瞬間、私はなぜかむせ返るほどの薔薇の香りに包まれていた。というか、私の周りが薔薇で埋め尽くされていた。まるで眠り姫だ。どこからこんなに薔薇を持ってきたのだろうと疑問を顔に出せば、アーノルド様がさも当然のように「もちろん、エトランゼ嬢に捧げる用に東京ドームくらいの土地を買い取って薔薇園にしてますから!」といったが、その“とーきょーどーむ”とやらがまず何かわからない。とりあえず、とても広大な土地だろうことは察したが。

「お兄様ったら、いくらエトランゼ様が薔薇がお好きだからって薔薇で埋もれさせてしまってどうしますの。さぁ、エトランゼ様、こちらをどうぞ」

 そう言って私の周りの薔薇をかき分けてくれたアーシャ様が差し出してきたのは甘い香りのする紅茶だった。

「薔薇の紅茶に、薔薇の花びらの砂糖漬け……それに薔薇のジャムとスコーンもご用意しました!お休みの際はわたくしお手製の薔薇のポプリを是非枕元に……「お前も薔薇だらけじゃないか」お兄様うるさいですわ!」

「あ、あの……なぜ私が薔薇が好きだと知って……?しかも手作りのポプリまで……」

「エトランゼ嬢が好きなものは全て調べ尽くしてますから!」

「エトランゼ様の為ならどんな労力もいといませんわ!」

「あ、ありがとうございます……」

 よくわからないが、兄妹で息がピッタリである。



 ようやく気持ちも落ち着いた頃、アーノルド様とアーシャ様が詳しく説明してくれたのだが……。


「簡単に説明しますと、この世界はとある乙女ゲームの世界、またはそれにかなり酷似した世界だと我々は考えております。そして我々セノーデン伯爵家の人間は全員が前世の記憶を持つ転生者なのです」

「わたくしたちはその前世の記憶をフル活用して悪役令嬢……エトランゼ様の未来を変えるために頑張ってきたのですわ!」


 お二人の話を要約するとこうだ。

 伯爵夫妻も含めた彼らにはこの世界とは違う世界の記憶があり、その前世の世界で今の世界と酷似した物語……“乙女ゲーム”なるものの内容を知ったらしい。そして、その物語では私にそっくりな悪役令嬢という人物がいて、その悪役令嬢は断罪されて死刑になってしまう運命なのだそうだ。

 まず、乙女ゲームとはヒロインという主人公がいて、そのヒロインが選んだ男性と恋愛をする物語なのだとか。その男性たちを“攻略対象者”と呼び、ヒロインは好みの攻略対象者を選んで恋愛をしていき、最後にはその攻略対象者と結ばれるのだが、なぜか必ず悪役令嬢が障害になり必ずその時の攻略対象者に断罪されてしまう。その断罪後の内容も死刑だったり国外追放だったり、ヒロインがどの攻略対象者を選ぶかで変わりはするがどれも酷い事になるらしい……。

「信じられないかもしれませんが、もうすぐそのヒロインが学園に編入してきます。乙女ゲームが始まってしまう前になんとかして手を打ちたかったんです。本当ならもっと偶然を装った運命の出会い的な演出をしたかったのですが、こんな出会い方になってしまったことは申し訳ないと思っております」

「……あの、つまりは前世の記憶からなる予知能力的なものが皆さんにおありになると……?」

 ハッキリ言って全くわけが分からないままだが、伯爵家の皆さんが私に悪意や敵意がないことだけはわかる。例えその乙女ゲームの話が嘘だとしても、きっと私の事を思っての事なのだろうと信じたい。それに母親のお腹の中にいた頃の記憶があるとか、輪廻転生の逸話など世の中には不思議な話がたくさんあるのだ。前世の記憶を持つ人が存在することだってないとは言い切れないだろう。私が知っていた今までの世界はあまりにも狭い。だからこそ、もっと広い視野で物事を見たいと思ったのだ。

「そうですね、今はその会釈でかまいません。わかろうとして下さって嬉しいです」

 にこりと優しい笑みを浮かべたアーノルド様の手が私に伸び、髪先に触れた。

「……間に合って良かった。エトランゼ嬢の美しい金色の髪も、エメラルドのような緑翠の瞳も……これからは全て僕がまも「わたくしもいますわよ!」……それに、気の利かない妹もあなたを全力で守ります」

「でも、本当に間に合って良かったですわ!もしかしたら、エトランゼ様を買おうとしていたのは王子だったかもしれないですのよ!」

「え?!」

「王子も攻略対象者なのですが、ヒロインが王子ルートを選んだ場合、ヒロインに恋した王子は男爵令嬢のヒロインをなんとか王妃にするためにエトランゼ様を側妃にしてヒロインの代わりに仕事をさせる事で周りを説得しようと企むんです!最後には遊ぶ金欲しさに国費を横領して、それを王子に呼びつけられて王城に来ていたエトランゼ様に罪を擦り付け断罪してくるんですわ!ヒロインは王子と共に悪役令嬢の悪事を暴いたことにより国民に認められて見事に王妃となりハッピーエンドですが、悪役令嬢は拷問された上に誰にも信じてもらえずに死刑になるんです!バッドエンドだと悪役令嬢が死んだ後で真実が露見するんですけど結局悪役令嬢は報われないままですのよ!それにしても、もしも王子に先に買われていたらさすがに取り戻すのも困難でしたもの。先手を打って正解でしたわね」

「ちなみに僕と王子以外に攻略対象者はもうひとりいるのですが、そいつのルートだと侯爵家に恨みを持つ下位貴族が悪役令嬢を買うことになります。そして毎夜鬱憤を晴らすために酷い事を……。生きる希望を無くした悪役令嬢にその攻略対象者が近付いて甘い言葉を囁くのですが、そいつの正体は隣国のスパイで王族の隠し子なんです。悪役令嬢を利用してこの国の情報を手にした途端にそいつはヒロインと恋に落ちます。嫉妬した悪役令嬢がヒロインと対峙しますが、手に入れた情報のおかげで王族として認められたそいつはヒロインを迎えに来てヒロインは隣国の王妃になります。悪役令嬢は金で買われて虐待されていたとはいえ夫がありながら不貞を働いたと国外追放になり、追放先の隣国でさらに捕まって死刑になるんです。悪役令嬢がどれだけそいつがスパイ行為を働いていたと訴えても誰も耳を貸しません。例えバッドエンドでヒロインが隣国の王妃になれなくても、結局悪役令嬢は不貞の罪で牢獄へ入れられ、さらに隣国のスパイに情報を漏らした罪で死刑になるんですよ」

「そ、そんな……」

 あまりの情報の多さにすでに処理しきれなくなり目眩がしてきた。とにかく私の未来は最悪の事態しかない。それが、お二人の未来予知なようだ。

 本当にそんな事が起こるならば、こうしてアーノルド様に買われた私はとても運が良いことになる。……あれ?でも。

「あ、あの……。アーノルド様もその攻略対象者?なのですよね?では、そのヒロインがアーノルド様を選んだ場合……悪役令嬢はどうなるはずなのですか?」

 攻略対象者とは、必ずヒロインを好きになるらしい。そして、悪役令嬢を憎むのだと。それじゃあ、アーノルド様はどうなるのだろうか。

「それはーーーー」

 アーノルド様が戸惑いを見せながら口を開こうとした瞬間。


「「エトランゼ嬢が目を覚ましたって本当?!」」


 勢い良く扉が開き、両手いっぱいに薔薇の花束を持った伯爵夫妻が入ってきたのだ。

 それからはお祭り騒ぎの続きとなり、結局アーノルド様の話は聞けなかった。

 伯爵家はみんな優しくて温かい。私を助けようとしてくれている。

 でも、ふと思ってしまったのだ。

 アーノルド様には乙女ゲームの記憶があり、かわいそうな悪役令嬢に同情しているのだろうと。

 でも、攻略対象者である以上はヒロインを好きになるのではないだろうか?そうなったら、私はどうなるのだろうかとーーーー。





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