関西白星一昼夜物語

ゆん

文字の大きさ
8 / 10

「なぁ……俺が出来ることやったらなんでもしたるから、彬光に体、返したってくれ。彬光を、返してくれ」


 彬光の目を見ながら、彬光の中の宇宙人と視線を合わせる。そしたら彬光は左手に箸を持ったまま右手を伸ばしてテーブルに置いてた俺の左手を包むように触れると、朝にしたみたいに俺の目を動かす力を奪いながら見つめてきた。

 彬光の黒目の色がざぁっと広がって宇宙の海になり、そこへ飛び込んだみたいに全身が何かに包まれた。水の代わりに、切ないのと嬉しいのとありがたいのんが合わさったみたいなもんが鼻から口から耳から入り込んで、俺の内側がいっぱいになった。それはめっちゃ甘やかな……胸が苦しゅうて息が詰まるくらいの幸福──

 せやから嫌やった。途方もない幸福感が、俺が俺である感覚を失くしてしまう……俺が俺やなくてもいいって感じてしまう。そんな感じがした。


「やめてくれ……!」


 彬光の右手をなんとか払うと、ようやく現実感が戻って来る。彬光は静かな目で俺を見ていて、その形無き存在が確実に彬光の ”個” を食ってる気がしてきてゾッとした。


「あかん……返せ。今すぐ、彬光を返せ」
「人間は色んなもんが怖いんやなぁ。それもこれも ”自分” があるせいやのに、自分を手放すのは嫌なんやな。こうして肉体に入ってみて、なんやちょっと分かった気ぃするわ」
「彬光に逢いたい!お前ちゃうねん、彬光に逢いたいねや!」
「慧斗、そんな怖がらんでもええ。彬光はちゃんと生きとるし、消えて無くなったりせぇへんよ」
「お前、さっきどうなるか分からんゆうたやろ!そんなん信じられるか!」


 なんやもう半泣きで叫んどった。そんくらい、こいつが寄越す甘やかな ”幸福感” のでかさが恐ろしかった。なんもかんも消えてしまいそうで、俺にとっては大事な彬光とのくだらない日常のやりとりとかそういうんが、全部飲み込まれてその輪郭を失くしてしまいそうで。

 そしたらいきなり彬光が、自分の人差し指を鼻の穴に突っ込んだ。真顔で。

 シン、と一瞬の間があって、思わずふ、と顔の下半分だけで笑ってもた。


「何してんねん」
「慧斗がパニクってる時はこうする決まりや」


 そんな決まり、あらへん。確かに彬光の前で興奮してパニクったこと何度もあるけど、彬光のソレは一回も見たことないで。それとも、内心ではそう考えてたってことやろか。何……彬光ってそういうヤツやったん?あの仏頂面の奥で、そんなこと考えとったん?


「なぁ……彬光、出してや。話したいねん」
「一旦代わったらもう俺は入られへんからなぁ……嫌や」
「せやから俺に出来ることならなんでもする、ゆうたやろ。じゃあ彬光から出て俺に入れば。彬光と話した後やったら、入ってもええよ」
「慧斗~俺がお前の考えとること分かるの知ってるやろ?俺を彬光から出したら最後、入れる気ないの、すけすけなんよ」
「もうめんどくさい!お前、はよ出ぇや!」
「嫌や」


 彬光は笑いながらそう言って、食いかけやったロール白菜をいっぺんに口に入れて咀嚼した。部屋の様子も向かい合って晩飯食うとる俺らも、外面はなんも変わっとらんのに、昨日の夜あの星を見てから現実が一変してしもた。ほんま、信じられへん。




 飯を食い終わると、彬光が洗いモンをしてくれるゆうからその間に風呂に入った。頭をガシガシ洗いながら、彬光のデータには食後の食器洗いも入っとるんか、とまた過去の恋人がチラついてイライラしてた。今まで一回もしてもろたことないし。

 いや、俺がめんどくさいけど洗いもんせな、って考えたからか?分からん。あの宇宙人が俺の考え読めるんはほんまやけど、データに従っとるんか自分で考えとるんかの差は、俺には分からんから。

 風呂から上がると、彬光はベッドに横向きに寝転がってテレビで動画見とった。人気お笑い芸人 『牛乳少年』 が漫才やっとるところ。ところどころニヤニヤしとるから、笑いどころは分かっとるらしい。生意気やわ。宇宙人のクセに。いや、データか。でも彬光、牛乳少年好きちゃうかったやん。牛乳少年好きなんは俺やし。


「慧斗。こっち来いや」


 フローリングに敷いたラグの上に腰を下ろしたら、彬光が不満気に言った。無視してタオルで頭を拭く。彬光はそういう時、来いとか言わずに立ち上がって強引に俺を引っ張んねんから。勉強が足りんで、宇宙人。
 その途端、彬光が立ち上がって俺の腕を掴み、力づくで立たせて抱き寄せて、そのままベッドに倒れ込んだ。


「読むなや」
「慧斗は強引なんが好きやもんな」
「好きちゃう。彬光はそういう男やっちゅう話や」
「慧斗が好きやから、そうしてんねんで」
「……」


 それはどっちの意味や。俺が強引なのが好きと宇宙人が読んでそうしたっちゅうことか。それともデータの中の彬光が俺の好みに合わせて強引にしとるっちゅう意味か。日本語はややこしい。かといって訊き返すんもウザい。
 
 ぎゅうっと肉厚な彬光の体に抱き込まれてチラリと見上げれば、彬光もこっちを見とって──


「抱きたい」
「あかん」
「そういう流れやろ」
「お前は彬光ちゃう。俺はお前とは寝たない」


 逃れようと少しでも力を入れれば彬光の筋肉の檻に阻まれる。出られる気が全くせぇへん。


「彬光は強引やけど、無理矢理されたことはいっぺんもないで」
「なぁ、ええやろ慧斗。いっぺん体つこてセックスしてみたいねん」
「嫌や。彬光の顔でそんなスケベ親父みたいなことゆうな」


 間近で彬光の匂いを嗅ぎながら、いかに自分が彬光を好きやったかを実感してる。嫌やと思ってた行動もそれが彬光やと認知してて、そうやなかったら寂しいくらいに今、それを求めてる。

 あんま喋らへん彬光が好きや。
 ちょっと強引な彬光が好きや。
 彬光の世話をすんのが好きや。

 言葉にはせぇへんけど……俺のこと大事にしてくれてたん、知ってた。

 そんな、好きやと言ってくれへん彬光が、好きや。


感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡