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第28話 お渡り前の準備
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ついに夜が来た。
私は家麗さんも含めた数名の世話女官に給仕されつつ、じっくり湯につかった。
石けんで身体を洗われて、風呂を上がったと思ったら花の匂いのする香油を塗り込まれる。
できあがった肌なんかつるっつるよ。つるっつる。殻を剥いたゆで卵状態。
で、夜着は薄衣を何枚か重ねた柔らかそうなものだった。今の私はさぞかし美味しそうなゆで卵に見えることだろう。
「巫貴妃様……」
家麗さんが不安そうに鏡をのぞき込んでくる。
……家麗さんはいま、私の髪を結ってくれていた。
家麗さんだけではない。
この夜……、翼玉閣にはいつも見ないような女官まで集って、みんなでそわそわしているのだ。
いや、翼玉閣だけじゃない。後宮全体が、緊張と興味をない交ぜにして練り香水で固めたみたいな変な期待感のなかにいた。
みんな、後宮始まって依頼の珍事に焦っているのだ。
それはつまり、龍帝陛下のお渡りがそれだけなかった、ということなんだけど。
お渡りされる当人である私にしてみたら、こんなに翼玉閣に見物人がいるのはちょっと恥ずかしいのよね。
どう飾り立てようと、つまり龍帝陛下とすることは夜伽なのだから。
……というのは建前だ。本当は龍帝を暗殺する邪魔をされたくないのだ。
家麗さん一人だってどうしようかと思っていたのに、数えたら五人くらい世話女官が翼玉閣に集ってるんですもの……。
しかもあの女官長すら部屋に来ているのだ。私、この人に怒られる以外で初めて会った気がする。
実は、もう女官たちを追い払う方法は考えてあった。
少し早いけど人数が多いし、始めてしまおう。
「あー。みなさん聞いてくれる?」
「はっ、はい、巫貴妃様っ!」
「ええとね……私は龍の使いなの」
「それは存じ上げておりますわ」
と、これは女官長である。
私が龍使いであるということは、この国では大々的に宣伝されていた。だからこのことはみんな知っている……といういことだ。
「龍の使いの姫君――、ええと、あなたたちの言葉で言うところの『龍使姫』ね。あのね、実は龍の声が聞こえる私は、玖雷国でずっと隠して育てられてきたのよね……」
……ということになっていた、この蒼霜国においては。龍を神聖視するこの国では、龍使いは『龍【の】使い』とされ、これもまた神聖視される存在なのである。
「それも知っておりますわ、巫貴妃様。おいたわしや、おいたわしや……」
女官長が袖でそっと目頭を押さえた。…………事実との相違になんとも言えない気分になる。
「それを龍帝陛下がお助けしたのでございましょう」
「え、ええ、まあ……そんな感じ、かな?」
「巫貴妃様! 幸せになって下さい!」
これはいちばん年若い女官の言葉だ。
そして小麦色の肌でおっぱいがぼよーんな色っぽい女官が微笑む。
「これからいっぱい龍帝陛下に可愛がってもらいなさいませ、巫貴妃様。女の歓びをいっぱい知って、あなたはどんな女よりも幸せになるのですわ」
「なにかご入り用なものがあったら何でも言ってくださいね。自慢の足ですぐに調達して参りますから」
と、これは足が速そうな女官の言葉である。
……みんな、私のこと本気で気遣ってくれてるのよね。
ああ、気が引ける。けどやらないと。
私に無許可で『龍の使いの姫君』になんともご立派な政治的宣伝を付けてくれているのだから。
そっちがそうやって私を利用するのだから、それを利用させてもらったってバチは当たらないわよね。
というわけで、私は分かりやすく声を落としたのだった。
「実はね……、私は龍たちから龍帝陛下に伝言を授かってきているの」
ざわっ、となる五人の世話女官たち。
「ほ、本当でございますか!?」
もちろん本当じゃないわよ。そんなことひとっつも龍には言われてないわ。
「私を信じて。私は龍の使いの姫よ。いままでは龍たち口止めされてて……。『このことは龍帝陛下の耳にのみ入れよ』って」
きゃあああっ、と黄色い声が上がる。
「すごいっ、龍帝陛下が龍様からお言葉を授かるなんて!」
「ああ……巫貴妃様、ありがたや……ありがたやでございますわ!」
なかには私のことを拝む女官までいる。……なんか、ここまでくるとやっぱり気が引けるわね。
「ま、まあそういうことで。あなたたちには席を外しておいてもらいたいのよ。……龍たちの名において。この翼玉閣から離れておいてもらいたいの」
「しかし、それでは何かあったときにすぐに気づけませんわ」
「……大丈夫よ。何もないわ」
暗殺するんだなにか大ありともいる。ただ、それにはあなた方が邪魔なのよ。
「巫貴妃様がそうおっしゃられるなら……」
「なにかあったら大声で呼んでくださいね! 誰よりも早く、この自慢の足で駆けつけますから!」
「ありがとう。みんな」
「とりあえず龍帝陛下がいらっしゃるまではここにいますわね。まだ準備もありますし」
「そ、そう。……ええとね、ちょっとお願いがあるの。龍帝陛下をお連れしてくるとき、できたら一人でお願いしたいのよ。つまり、その、龍帝に……じゃなくて龍帝陛下に、ここに一人で入ってきて貰いたいの。……ほら、私龍の使いの姫だから。なにせ龍がねー、そうしろってうるさくてー」
秘技・責任は全て龍作戦。
おおざっぱで適当でいい加減な人払い作戦だけど、ことこの蒼霜国では効果はてきめんなわけで……。
「かしこまりました、巫貴妃様。お任せ下さい。龍様がそうおっしゃるのでしたら龍帝陛下も納得していただけることでしょう」
よしよし。やっぱりこれならうまくわね。
「となれば、龍帝陛下の側近にも話を通さなけれなりませんね。梨音、家麗、今すぐ龍帝陛下をお迎えする女官たちのところにいって事情を伝えてきなさい」
「「はい、かしこまりました女官長様」」
命令された家麗さんともう一人の女官(足が速い彼女)は軽く膝を曲げる可愛らしい礼をとると、部屋を急いで出て行ったのだった。
……みんな、騙してごめんね。
でも、私。
龍帝陛下を暗殺したいの。
私は家麗さんも含めた数名の世話女官に給仕されつつ、じっくり湯につかった。
石けんで身体を洗われて、風呂を上がったと思ったら花の匂いのする香油を塗り込まれる。
できあがった肌なんかつるっつるよ。つるっつる。殻を剥いたゆで卵状態。
で、夜着は薄衣を何枚か重ねた柔らかそうなものだった。今の私はさぞかし美味しそうなゆで卵に見えることだろう。
「巫貴妃様……」
家麗さんが不安そうに鏡をのぞき込んでくる。
……家麗さんはいま、私の髪を結ってくれていた。
家麗さんだけではない。
この夜……、翼玉閣にはいつも見ないような女官まで集って、みんなでそわそわしているのだ。
いや、翼玉閣だけじゃない。後宮全体が、緊張と興味をない交ぜにして練り香水で固めたみたいな変な期待感のなかにいた。
みんな、後宮始まって依頼の珍事に焦っているのだ。
それはつまり、龍帝陛下のお渡りがそれだけなかった、ということなんだけど。
お渡りされる当人である私にしてみたら、こんなに翼玉閣に見物人がいるのはちょっと恥ずかしいのよね。
どう飾り立てようと、つまり龍帝陛下とすることは夜伽なのだから。
……というのは建前だ。本当は龍帝を暗殺する邪魔をされたくないのだ。
家麗さん一人だってどうしようかと思っていたのに、数えたら五人くらい世話女官が翼玉閣に集ってるんですもの……。
しかもあの女官長すら部屋に来ているのだ。私、この人に怒られる以外で初めて会った気がする。
実は、もう女官たちを追い払う方法は考えてあった。
少し早いけど人数が多いし、始めてしまおう。
「あー。みなさん聞いてくれる?」
「はっ、はい、巫貴妃様っ!」
「ええとね……私は龍の使いなの」
「それは存じ上げておりますわ」
と、これは女官長である。
私が龍使いであるということは、この国では大々的に宣伝されていた。だからこのことはみんな知っている……といういことだ。
「龍の使いの姫君――、ええと、あなたたちの言葉で言うところの『龍使姫』ね。あのね、実は龍の声が聞こえる私は、玖雷国でずっと隠して育てられてきたのよね……」
……ということになっていた、この蒼霜国においては。龍を神聖視するこの国では、龍使いは『龍【の】使い』とされ、これもまた神聖視される存在なのである。
「それも知っておりますわ、巫貴妃様。おいたわしや、おいたわしや……」
女官長が袖でそっと目頭を押さえた。…………事実との相違になんとも言えない気分になる。
「それを龍帝陛下がお助けしたのでございましょう」
「え、ええ、まあ……そんな感じ、かな?」
「巫貴妃様! 幸せになって下さい!」
これはいちばん年若い女官の言葉だ。
そして小麦色の肌でおっぱいがぼよーんな色っぽい女官が微笑む。
「これからいっぱい龍帝陛下に可愛がってもらいなさいませ、巫貴妃様。女の歓びをいっぱい知って、あなたはどんな女よりも幸せになるのですわ」
「なにかご入り用なものがあったら何でも言ってくださいね。自慢の足ですぐに調達して参りますから」
と、これは足が速そうな女官の言葉である。
……みんな、私のこと本気で気遣ってくれてるのよね。
ああ、気が引ける。けどやらないと。
私に無許可で『龍の使いの姫君』になんともご立派な政治的宣伝を付けてくれているのだから。
そっちがそうやって私を利用するのだから、それを利用させてもらったってバチは当たらないわよね。
というわけで、私は分かりやすく声を落としたのだった。
「実はね……、私は龍たちから龍帝陛下に伝言を授かってきているの」
ざわっ、となる五人の世話女官たち。
「ほ、本当でございますか!?」
もちろん本当じゃないわよ。そんなことひとっつも龍には言われてないわ。
「私を信じて。私は龍の使いの姫よ。いままでは龍たち口止めされてて……。『このことは龍帝陛下の耳にのみ入れよ』って」
きゃあああっ、と黄色い声が上がる。
「すごいっ、龍帝陛下が龍様からお言葉を授かるなんて!」
「ああ……巫貴妃様、ありがたや……ありがたやでございますわ!」
なかには私のことを拝む女官までいる。……なんか、ここまでくるとやっぱり気が引けるわね。
「ま、まあそういうことで。あなたたちには席を外しておいてもらいたいのよ。……龍たちの名において。この翼玉閣から離れておいてもらいたいの」
「しかし、それでは何かあったときにすぐに気づけませんわ」
「……大丈夫よ。何もないわ」
暗殺するんだなにか大ありともいる。ただ、それにはあなた方が邪魔なのよ。
「巫貴妃様がそうおっしゃられるなら……」
「なにかあったら大声で呼んでくださいね! 誰よりも早く、この自慢の足で駆けつけますから!」
「ありがとう。みんな」
「とりあえず龍帝陛下がいらっしゃるまではここにいますわね。まだ準備もありますし」
「そ、そう。……ええとね、ちょっとお願いがあるの。龍帝陛下をお連れしてくるとき、できたら一人でお願いしたいのよ。つまり、その、龍帝に……じゃなくて龍帝陛下に、ここに一人で入ってきて貰いたいの。……ほら、私龍の使いの姫だから。なにせ龍がねー、そうしろってうるさくてー」
秘技・責任は全て龍作戦。
おおざっぱで適当でいい加減な人払い作戦だけど、ことこの蒼霜国では効果はてきめんなわけで……。
「かしこまりました、巫貴妃様。お任せ下さい。龍様がそうおっしゃるのでしたら龍帝陛下も納得していただけることでしょう」
よしよし。やっぱりこれならうまくわね。
「となれば、龍帝陛下の側近にも話を通さなけれなりませんね。梨音、家麗、今すぐ龍帝陛下をお迎えする女官たちのところにいって事情を伝えてきなさい」
「「はい、かしこまりました女官長様」」
命令された家麗さんともう一人の女官(足が速い彼女)は軽く膝を曲げる可愛らしい礼をとると、部屋を急いで出て行ったのだった。
……みんな、騙してごめんね。
でも、私。
龍帝陛下を暗殺したいの。
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