龍使いの姫君~龍帝の寵姫となりまして~

卯月八花

文字の大きさ
29 / 32

第28話 お渡り前の準備

しおりを挟む
 ついに夜が来た。

 私は家麗さんも含めた数名の世話女官に給仕されつつ、じっくり湯につかった。

 石けんで身体を洗われて、風呂を上がったと思ったら花の匂いのする香油を塗り込まれる。
 できあがった肌なんかつるっつるよ。つるっつる。殻を剥いたゆで卵状態。

 で、夜着は薄衣を何枚か重ねた柔らかそうなものだった。今の私はさぞかし美味しそうなゆで卵に見えることだろう。

「巫貴妃様……」

 家麗さんが不安そうに鏡をのぞき込んでくる。
 ……家麗さんはいま、私の髪を結ってくれていた。

 家麗さんだけではない。
 この夜……、翼玉閣よくぎょくかくにはいつも見ないような女官まで集って、みんなでそわそわしているのだ。
 いや、翼玉閣だけじゃない。後宮全体が、緊張と興味をない交ぜにして練り香水で固めたみたいな変な期待感のなかにいた。

 みんな、後宮始まって依頼の珍事に焦っているのだ。
 それはつまり、龍帝陛下のお渡りがそれだけなかった、ということなんだけど。

 お渡りされる当人である私にしてみたら、こんなに翼玉閣に見物人がいるのはちょっと恥ずかしいのよね。
 どう飾り立てようと、つまり龍帝陛下とすることは夜伽なのだから。

 ……というのは建前だ。本当は龍帝を暗殺する邪魔をされたくないのだ。

 家麗さん一人だってどうしようかと思っていたのに、数えたら五人くらい世話女官が翼玉閣に集ってるんですもの……。

 しかもあの女官長すら部屋に来ているのだ。私、この人に怒られる以外で初めて会った気がする。

 実は、もう女官たちを追い払う方法は考えてあった。
 少し早いけど人数が多いし、始めてしまおう。

「あー。みなさん聞いてくれる?」

「はっ、はい、巫貴妃様っ!」

「ええとね……私は龍の使いなの」

「それは存じ上げておりますわ」

 と、これは女官長である。

 私が龍使いであるということは、この国では大々的に宣伝されていた。だからこのことはみんな知っている……といういことだ。

「龍の使いの姫君――、ええと、あなたたちの言葉で言うところの『龍使姫りゅうしき』ね。あのね、実は龍の声が聞こえる私は、玖雷国でずっと隠して育てられてきたのよね……」

 ……ということになっていた、この蒼霜国においては。龍を神聖視するこの国では、龍使いは『龍【の】使い』とされ、これもまた神聖視される存在なのである。

「それも知っておりますわ、巫貴妃様。おいたわしや、おいたわしや……」

 女官長が袖でそっと目頭を押さえた。…………事実との相違になんとも言えない気分になる。

「それを龍帝陛下がお助けしたのでございましょう」

「え、ええ、まあ……そんな感じ、かな?」

「巫貴妃様! 幸せになって下さい!」

 これはいちばん年若い女官の言葉だ。

 そして小麦色の肌でおっぱいがぼよーんな色っぽい女官が微笑む。

「これからいっぱい龍帝陛下に可愛がってもらいなさいませ、巫貴妃様。女の歓びをいっぱい知って、あなたはどんな女よりも幸せになるのですわ」

「なにかご入り用なものがあったら何でも言ってくださいね。自慢の足ですぐに調達して参りますから」

 と、これは足が速そうな女官の言葉である。

 ……みんな、私のこと本気で気遣ってくれてるのよね。
 ああ、気が引ける。けどやらないと。

 私に無許可で『龍の使いの姫君』になんともご立派な政治的宣伝を付けてくれているのだから。
 そっちがそうやって私を利用するのだから、それを利用させてもらったってバチは当たらないわよね。

 というわけで、私は分かりやすく声を落としたのだった。

「実はね……、私は龍たちから龍帝陛下に伝言を授かってきているの」

 ざわっ、となる五人の世話女官たち。

「ほ、本当でございますか!?」

 もちろん本当じゃないわよ。そんなことひとっつも龍には言われてないわ。

「私を信じて。私は龍の使いの姫よ。いままでは龍たち口止めされてて……。『このことは龍帝陛下の耳にのみ入れよ』って」

 きゃあああっ、と黄色い声が上がる。

「すごいっ、龍帝陛下が龍様からお言葉を授かるなんて!」

「ああ……巫貴妃様、ありがたや……ありがたやでございますわ!」

 なかには私のことを拝む女官までいる。……なんか、ここまでくるとやっぱり気が引けるわね。

「ま、まあそういうことで。あなたたちには席を外しておいてもらいたいのよ。……龍たちの名において。この翼玉閣から離れておいてもらいたいの」

「しかし、それでは何かあったときにすぐに気づけませんわ」

「……大丈夫よ。何もないわ」

 暗殺するんだなにか大ありともいる。ただ、それにはあなた方が邪魔なのよ。

「巫貴妃様がそうおっしゃられるなら……」

「なにかあったら大声で呼んでくださいね! 誰よりも早く、この自慢の足で駆けつけますから!」

「ありがとう。みんな」

「とりあえず龍帝陛下がいらっしゃるまではここにいますわね。まだ準備もありますし」

「そ、そう。……ええとね、ちょっとお願いがあるの。龍帝陛下をお連れしてくるとき、できたら一人でお願いしたいのよ。つまり、その、龍帝に……じゃなくて龍帝陛下に、ここに一人で入ってきて貰いたいの。……ほら、私龍の使いの姫だから。なにせ龍がねー、そうしろってうるさくてー」

 秘技・責任は全て龍作戦。

 おおざっぱで適当でいい加減な人払い作戦だけど、ことこの蒼霜国では効果はてきめんなわけで……。

「かしこまりました、巫貴妃様。お任せ下さい。龍様がそうおっしゃるのでしたら龍帝陛下も納得していただけることでしょう」

 よしよし。やっぱりこれならうまくわね。

「となれば、龍帝陛下の側近にも話を通さなけれなりませんね。梨音りおん家麗かれい、今すぐ龍帝陛下をお迎えする女官たちのところにいって事情を伝えてきなさい」

「「はい、かしこまりました女官長様」」

 命令された家麗さんともう一人の女官(足が速い彼女)は軽く膝を曲げる可愛らしい礼をとると、部屋を急いで出て行ったのだった。

 ……みんな、騙してごめんね。

 でも、私。
 龍帝陛下を暗殺したいの。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

処理中です...