龍使いの姫君~龍帝の寵姫となりまして~

卯月八花

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第29話 そわそわ水氷

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 龍帝を待ちながら、私は誰もいない翼玉閣よくぎょくかくのなかをうろうろしていた。

 ついに、ついに龍帝陛下が渡ってくるのだ。
 さあ龍帝陛下……いやここは敢えて本名で秦瑞泉しんずいせん! 早く私に会いに来るといいわ。あなたを殺してさしあげるわよ!

 なんてことを考えながらもピョンピョンとその場で垂直跳びしたりしている私。

 これは心臓のドキドキを紛らわすのではなくて、初撃を確実に瑞泉の腹に沈めるための準備運動である。
 身体はほぐしておかないとね。いざというとき動かなかったら元も子もないから。

 それから、龍帝陛下・瑞泉を暗殺したあとはどうしよう、なんて考える。

 瑞泉を短刀で刺したらもう自分がどうなろうが関係ない――なんて考えてはいない。ちゃんと後宮から逃げるつもりだ。私は自由になるのだから。

 逃げる方法は用意してある。後宮上空を真琉に旋回してもらっているのだ。呼べばすぐに来てくれる位置だ。この前男装して街に出たときの失敗を活かしたのだ。

 逃亡に万全の手は尽くした。
 だから、その先の、もっと未来のこと。

 玖雷国に戻って……、ううん、ダメだ。それだと同じことになってしまう。

 玖雷国に戻れば、私は以前の生活に逆戻りだ。そりゃ衣食住に困らないお姫様ではあったけど、自由に龍に乗ることもできない生活だった……。息が詰まるところもあった。
 まあ、その原因はだいたい一人に絞られるけど。
 せっかく玖雷国を脱出したのだからまたあんな生活に戻りたいとは思えないわよね。

 そんな緊張と期待がない交ぜの私の脳裏に、ふと……朱い瞳が思い浮かんだ。

 市場で助けてくれた、あの人……。瑞泉を暗殺したら、あの人を探しに行くのもいいかもしれない。でも沢山のお嫁さんがいる貴族なのよね、あの人。
 じゃあ、返す刀で彼を攫っちゃおうかな。

 彼を龍に乗せてどこかの高い山のなかに拉致して……、そこで一緒に暮らすの。

 もちろんいきなり拉致したのだから最初は嫌がるだろう。だから、時間経過と共に彼の憎しみが収まるのを待って、こんどは彼に龍の扱い方や乗り方を教えてあげるんだ。

 うん、それがいい。きっと楽しいだろうなぁ。

 それで二人でいろんなところに行ってみよう。私の故郷に……生まれ育った村に行ってみるとか、彼の生まれ故郷とか。そうやって二人だけの思い出を作っていくの。

 ……あーもう、想像するだけで楽しくなってきたっ!

 それで、ゆくゆくは子供もできちゃったりして……。

 ……………………えへへ。
 ついにやけてしまう私。いけないいけない。こんなところで気を緩めてはいけないわよ。
 今から大仕事しなきゃいけないんだから。

 でも、兄がそれを許してくれるかどうか……。ちゃんと逃げ切れるかしらね、お兄さまから。お兄さまに捕まるくらいなら瑞泉の後宮にいるほうがよっぽどマシな気がしてしまって、決心が鈍る……。
 
 けど、瑞泉も兄みたいな人だったら?

 ……背筋に冷たいものが走った。
 それは、イヤだ。
 絶対にイヤだ!

 私は短刀を腰だめに持って、ふんっ、と突き出す練習を何度か繰り返した。
 この想像練習はなかなか使えるわね。
 瑞泉を兄みたいな人だと思い込むのだ。そうすれば、邪念なく暗殺できる。


 ……本番は、すぐそこだ。






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