ド陰キャ最強魔術師、追っ手令嬢に惚れられる。~龍の卵に陽キャ指南してもらったド陰キャ魔術師、追われたので逃げてたらガチ恋された件~

卯月八花

文字の大きさ
3 / 5

第3話 side:リネル

しおりを挟む
 場末の酒場で同僚を待つリネルは、安酒の酸っぱい臭いと脂ぎった男たちの怒号に近い笑い声に顔をしかめていた。

 こんなところで作戦会議をしようという同僚の気が知れない。

 リネルは、羽織った黒いコートの合わせをぎゅっと重ねた。下にはまだ例の破廉恥な鎧を身に着けている。
 あの男がコートを掛けてくれたときの、胸が締め付けられるような感触が身体に蘇る。実際は重力魔法による拘束だったとしても、あの瞬間リネルの心に灯った温もりまでは否定できない。

 リネルは周囲の目を盗むようにして、コートの袖をそっと鼻に押し当てた。

(やっぱり変な匂い。でも、すごく落ち着く……)

 薬草の青臭さと磨り潰された薬品が混ざり合った、理知的で冷ややかな香り。だがその奥底には、男の体臭が潜んでいる。

「やぁリネルちゃん! どうしたの、そんなにうっとりしちゃって。それ、あの男のコート?」

 背後から飛んできた、心臓を土足で踏みつけるような軽い声がした。リネルは跳ね上がるように肩を震わせた。

「うっとりなんてしてないわよ!」

 エール片手に銀髪を揺らし、磨き上げられた革靴を鳴らして現れたのは、同僚のヴァインス・ヴァンバーグだった。
 明るい金色の瞳に一点の曇りもない自信を浮かべた24歳の青年で、暴力的なまでの陽のオーラを放ちながらリネルの向かいにどっかりと座る。

「仕事さえ完遂してくれれば相手が犯罪者でも構わないよ?」

「だから違うって言ってるでしょ! それよりこの秘蔵品、全くの期待外れだったんだけど!」

 リネルは忌々しげに自分の胸を指さした。コートの下では、あの鎧が肉体を締めつけている。

「結局、コート被せられて終わりだったわ」

「あらら。リネルちゃんの身体は最高に魅力的だってのにねぇ。特にお胸のあたりとか……」

 ヴァインスの視線がリネルの胸元を這う。
 ぶかぶかの黒いコートでは、人よりだいぶ大きなその膨らみを、隠そうと思っても隠せるものではない。

「……殺すわよ?」

「おっと、怖い怖い」

 リネルの氷のような眼光に、ヴァインスはわざとらしく両手を挙げておどけてみせた。

「でもねリネルちゃん。相手は女の免疫がゼロの天才なんだ。だから確実にダメージは入ってるはずだよ」

 ヴァインスはエールのグラスを指先で弄びながら、ふと、その瞳から表情を消した。

「あいつは確かに物凄い天才だけどね。あの性格だから使いづらいんだ。だから俺とは正反対に、魔術道具の管理部署――要するに埃を被った倉庫の番人に回されたのさ」

「……それが、どうして龍の卵なんて盗んで逃げ出したの?」

「さあね? そこは俺にも分からない。だが、一つだけ確かなことがある」

 ヴァインスは身を乗り出し、リネルの耳元で囁くように声を落とした。

「化け物が相手じゃ、普通の包囲網じゃお話にならないってこと。だから君のような搦め手が必要なんだよ」

 リネルの手が無意識に、コートの合わせを強く握りしめた。
 あの時このコートを掛けてくれた、彼の静かな、しかし孤独を湛えた瞳。あれは本当に化け物の目だったのだろうか。

「君のその健康的な色気はまだまだ使い道がある。次はもっと効果的な作戦を考えなきゃね」

 まだ何かさせられるのか。あの人を捕まえるために……。

 リネルは縋るように、黒いコートに染みついたセルディクの匂いに精神を集中させた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました

ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」 優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。 ――僕には才能がなかった。 打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

モンド家の、香麗なギフトは『ルゥ』でした。~家族一緒にこの異世界で美味しいスローライフを送ります~

みちのあかり
ファンタジー
10歳で『ルゥ』というギフトを得た僕。 どんなギフトかわからないまま、義理の兄たちとダンジョンに潜ったけど、役立たずと言われ取り残されてしまった。 一人きりで動くこともできない僕を助けてくれたのは一匹のフェンリルだった。僕のギルト『ルゥ』で出来たスープは、フェンリルの古傷を直すほどのとんでもないギフトだった。 その頃、母も僕のせいで離婚をされた。僕のギフトを理解できない義兄たちの報告のせいだった。 これは、母と僕と妹が、そこから幸せになるまでの、大切な人々との出会いのファンタジーです。 カクヨムにもサブタイ違いで載せています。

処理中です...