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第3話 side:リネル
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場末の酒場で同僚を待つリネルは、安酒の酸っぱい臭いと脂ぎった男たちの怒号に近い笑い声に顔をしかめていた。
こんなところで作戦会議をしようという同僚の気が知れない。
リネルは、羽織った黒いコートの合わせをぎゅっと重ねた。下にはまだ例の破廉恥な鎧を身に着けている。
あの男がコートを掛けてくれたときの、胸が締め付けられるような感触が身体に蘇る。実際は重力魔法による拘束だったとしても、あの瞬間リネルの心に灯った温もりまでは否定できない。
リネルは周囲の目を盗むようにして、コートの袖をそっと鼻に押し当てた。
(やっぱり変な匂い。でも、すごく落ち着く……)
薬草の青臭さと磨り潰された薬品が混ざり合った、理知的で冷ややかな香り。だがその奥底には、男の体臭が潜んでいる。
「やぁリネルちゃん! どうしたの、そんなにうっとりしちゃって。それ、あの男のコート?」
背後から飛んできた、心臓を土足で踏みつけるような軽い声がした。リネルは跳ね上がるように肩を震わせた。
「うっとりなんてしてないわよ!」
エール片手に銀髪を揺らし、磨き上げられた革靴を鳴らして現れたのは、同僚のヴァインス・ヴァンバーグだった。
明るい金色の瞳に一点の曇りもない自信を浮かべた24歳の青年で、暴力的なまでの陽のオーラを放ちながらリネルの向かいにどっかりと座る。
「仕事さえ完遂してくれれば相手が犯罪者でも構わないよ?」
「だから違うって言ってるでしょ! それよりこの秘蔵品、全くの期待外れだったんだけど!」
リネルは忌々しげに自分の胸を指さした。コートの下では、あの鎧が肉体を締めつけている。
「結局、コート被せられて終わりだったわ」
「あらら。リネルちゃんの身体は最高に魅力的だってのにねぇ。特にお胸のあたりとか……」
ヴァインスの視線がリネルの胸元を這う。
ぶかぶかの黒いコートでは、人よりだいぶ大きなその膨らみを、隠そうと思っても隠せるものではない。
「……殺すわよ?」
「おっと、怖い怖い」
リネルの氷のような眼光に、ヴァインスはわざとらしく両手を挙げておどけてみせた。
「でもねリネルちゃん。相手は女の免疫がゼロの天才なんだ。だから確実にダメージは入ってるはずだよ」
ヴァインスはエールのグラスを指先で弄びながら、ふと、その瞳から表情を消した。
「あいつは確かに物凄い天才だけどね。あの性格だから使いづらいんだ。だから俺とは正反対に、魔術道具の管理部署――要するに埃を被った倉庫の番人に回されたのさ」
「……それが、どうして龍の卵なんて盗んで逃げ出したの?」
「さあね? そこは俺にも分からない。だが、一つだけ確かなことがある」
ヴァインスは身を乗り出し、リネルの耳元で囁くように声を落とした。
「化け物が相手じゃ、普通の包囲網じゃお話にならないってこと。だから君のような搦め手が必要なんだよ」
リネルの手が無意識に、コートの合わせを強く握りしめた。
あの時このコートを掛けてくれた、彼の静かな、しかし孤独を湛えた瞳。あれは本当に化け物の目だったのだろうか。
「君のその健康的な色気はまだまだ使い道がある。次はもっと効果的な作戦を考えなきゃね」
まだ何かさせられるのか。あの人を捕まえるために……。
リネルは縋るように、黒いコートに染みついたセルディクの匂いに精神を集中させた。
こんなところで作戦会議をしようという同僚の気が知れない。
リネルは、羽織った黒いコートの合わせをぎゅっと重ねた。下にはまだ例の破廉恥な鎧を身に着けている。
あの男がコートを掛けてくれたときの、胸が締め付けられるような感触が身体に蘇る。実際は重力魔法による拘束だったとしても、あの瞬間リネルの心に灯った温もりまでは否定できない。
リネルは周囲の目を盗むようにして、コートの袖をそっと鼻に押し当てた。
(やっぱり変な匂い。でも、すごく落ち着く……)
薬草の青臭さと磨り潰された薬品が混ざり合った、理知的で冷ややかな香り。だがその奥底には、男の体臭が潜んでいる。
「やぁリネルちゃん! どうしたの、そんなにうっとりしちゃって。それ、あの男のコート?」
背後から飛んできた、心臓を土足で踏みつけるような軽い声がした。リネルは跳ね上がるように肩を震わせた。
「うっとりなんてしてないわよ!」
エール片手に銀髪を揺らし、磨き上げられた革靴を鳴らして現れたのは、同僚のヴァインス・ヴァンバーグだった。
明るい金色の瞳に一点の曇りもない自信を浮かべた24歳の青年で、暴力的なまでの陽のオーラを放ちながらリネルの向かいにどっかりと座る。
「仕事さえ完遂してくれれば相手が犯罪者でも構わないよ?」
「だから違うって言ってるでしょ! それよりこの秘蔵品、全くの期待外れだったんだけど!」
リネルは忌々しげに自分の胸を指さした。コートの下では、あの鎧が肉体を締めつけている。
「結局、コート被せられて終わりだったわ」
「あらら。リネルちゃんの身体は最高に魅力的だってのにねぇ。特にお胸のあたりとか……」
ヴァインスの視線がリネルの胸元を這う。
ぶかぶかの黒いコートでは、人よりだいぶ大きなその膨らみを、隠そうと思っても隠せるものではない。
「……殺すわよ?」
「おっと、怖い怖い」
リネルの氷のような眼光に、ヴァインスはわざとらしく両手を挙げておどけてみせた。
「でもねリネルちゃん。相手は女の免疫がゼロの天才なんだ。だから確実にダメージは入ってるはずだよ」
ヴァインスはエールのグラスを指先で弄びながら、ふと、その瞳から表情を消した。
「あいつは確かに物凄い天才だけどね。あの性格だから使いづらいんだ。だから俺とは正反対に、魔術道具の管理部署――要するに埃を被った倉庫の番人に回されたのさ」
「……それが、どうして龍の卵なんて盗んで逃げ出したの?」
「さあね? そこは俺にも分からない。だが、一つだけ確かなことがある」
ヴァインスは身を乗り出し、リネルの耳元で囁くように声を落とした。
「化け物が相手じゃ、普通の包囲網じゃお話にならないってこと。だから君のような搦め手が必要なんだよ」
リネルの手が無意識に、コートの合わせを強く握りしめた。
あの時このコートを掛けてくれた、彼の静かな、しかし孤独を湛えた瞳。あれは本当に化け物の目だったのだろうか。
「君のその健康的な色気はまだまだ使い道がある。次はもっと効果的な作戦を考えなきゃね」
まだ何かさせられるのか。あの人を捕まえるために……。
リネルは縋るように、黒いコートに染みついたセルディクの匂いに精神を集中させた。
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