ド陰キャ最強魔術師、追っ手令嬢に惚れられる。~龍の卵に陽キャ指南してもらったド陰キャ魔術師、追われたので逃げてたらガチ恋された件~

卯月八花

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第4話 ゴブリン襲撃

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 安宿で一夜を明かしたセルディクが古びた扉を押し開けると、そこに男が立っていた。

 磨き抜かれた革靴と、計算し尽くされた銀髪のハネ。
 眩しいほどの陽キャオーラを放つ男――ヴァインス・ヴァンバーグだ。

「やぁ、ド陰キャ先輩。昨日のおもてなしはどうでした? 少しは男の修行になりましたか?」

「……あれは君の差し金だったんですか、ヴァインスくん」

 朝の光を背負って眩しいことこの上ないこの陽キャは、魔術学院時代、ことあるごとにセルディクを面と向かって陰キャと弄ってきた後輩である。

「題して、『令嬢魔術師好感度アゲアゲ作戦』! 女慣れしてない先輩に女をあてがい惚れさせてからの、その女をピンチに陥れて交渉材料にする。陰キャ特攻の完璧な作戦っしょ?」

 彼が指差す先、町の中央から鋭い悲鳴が響いた。リネルの声だ。
 顔色を変えたセルディクを見て、ヴァインスは白い歯を見せて嘲笑った。

「リネルにはゴブリン寄せの呪いをかけた首輪をはめました。今頃、不細工な魔物どもに囲まれて……ふっふっふ、いつまで保つかなー。さぁ、女を助けたければ卵をこちらに――」

 セルディクは、後輩が言い切るのを待たなかった。
 腕を、横に一閃。たったそれだけで、純粋な魔力がヴァインスの顔面に叩きつけられる。

「がはっ!?」

 ヴァインスはその場から弾け飛んで、宿屋の壁に激突した。精神を直接揺さぶる一撃を喰らったのだ、見た目よりはるかにダメージが入っている。ヴァインスは白目を剥き、そのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

『殺したのか?』

「いえ。殺人の罪まで背負いたくないから、気絶させただけです」

 念のために【空間固定】で彼を文字通り空気の檻に閉じ込めると、セルディクは卵入りの箱を背負ったまま走り出した。

『女を囮に使う陽キャなど男の風上にも置けぬな。セルディク、お主はあんなものにならんでよいぞ』

「分かってます。あいつは例外ですよ」

 外に出ると、町は大混乱に陥っていた。
 逃げ惑う人々、だが緑色の肌をした醜悪なゴブリンの群れは人間の背中は追わず、どこかへ一直線に走って行く……。

 ゴブリンたちはリネルがはめられたというゴブリン寄せの首輪を目指しているはずだ。

 セルディクはゴブリンたちを追いかけながら、指を鳴らした。
 巨大な竜巻が発生し、セルディクの進行方向にいるゴブリンたちを空中に打ち上げた。
 落下した肉塊が地面に叩きつけられる音すら聞かず、セルディクは駆け抜けていく。

『相変わらずお主の魔法は気持ちがよいのぅ。人間にしておくのが惜しいくらいじゃ』

「そんなこと言ってる場合じゃないです!」

 セルディクの行く手を先に走っていたゴブリンの群れは、指をパチンと鳴らすだけで炎の波に呑まれ、あるいは真空の刃で細切れになっていった。

「僕のせいでリネルさんが被害に遭うのはよくないです。急いで助けてあげないと」

 シャツの袖をたくし上げながら、セルディクは勢いよく走り抜けたのだった。

 大広場が見えた瞬間、激しい爆発音が鼓膜を叩いた。
 土煙の向こう側、必死に杖を振るリネルの姿が見える。
 見覚えのある黒いコートを着ていた。リネルが被せたコートだ。気に入ったのだろうか。

 それより、その細い首に呪わしく輝く黒い宝石――首輪が嵌められているのを、セルディクは見逃さなかった。

 リネル・アウェイン。さすがは魔術協会所属の魔術師だ。大量に押し寄せてくるゴブリン相手に一歩も引かず、魔法を繰り出している。
 だが、その焔は確実に小さく鳴ってきている。疲れてきているのだ。

 セルディクは、一生分の勇気を肺に詰め込んで叫んだ。

「リネルさん! 首輪です! それを、外して!!」

「分かってる! 取れないの!」

 悲痛な叫びが返ってくる。ヴァインスの仕掛けた呪いは、リネルでは解除できないのだろう。

「分かりました、僕が取ります!」

 その前に。彼女に近づくためには、ゴブリンたちが邪魔だ。
 セルディクは両手を振り抜いた。複数の【竜巻】が同時に産声を上げる。

「うそ、同時に!?」

 リネルの驚きの声が聞こえた。
 並の魔術師なら一生をかけて習得するはずの魔法の同時並列発動をセルディクがいとも簡単に行ったのだから、リネルの驚きも仕方がない。しかもそれが制御が難しい竜巻となれば、もはや秘奥義レベルである。

 とにかく、荒れ狂う風の渦がリネルを包囲していたゴブリンたちを、セルディクはゴミクズのように空へ放り投げていった。

 空いた空白を縫って走り込み、セルディクはセルディク女の背後に陣取った。

「セルディク! お願い!」

 リネルが髪をかき上げた。
 露わになった白く華奢な首筋。そこには玉のような汗が浮かび、陽光を反射して真珠のように輝いている。
 立ち上る甘い香りと、生きるために必死に上下する息づかい。女性の肌、それも無防備な場所に触れるという現実に、セルディクの心臓が爆発しそうなほど跳ねた。
 ここに直接触れてしまっていいのだろうか?

『愚か者! 女が困っているのだぞ、男を見せろセルディク!』

「いわれなくとも……!」

 卵の叱咤に刺激され、震える指先で首輪を掴む。
 リネルの体がビクリと震えるのが伝わってきた。
 その感触に眩暈を覚えながらも、セルディクは冷徹なまでの魔力を集中させた。

 バチバチと白い煙を上げて封印が解除され、首輪が緩んだ。
 だが、同時に。黒い宝石から黒い光が弾ける。
 黒い宝石に宿っていた魔力の全てが、外へと一気に放出されていくのだ。

「っ!」

 セルディクは反射的に首輪を放り投げ、リネルの肩を掴んで地面に押し倒した。
 卵の箱の背負ったまま、セルディク女の小さな体を覆い隠すようにして、黒いコートごと抱きしめる。

 ズドォォォォン!!

 凄まじい衝撃波がセルディクの眺めの黒髪を煽った。
 咄嗟に張った防護魔法の壁と、自分の腕のなかにある確かな温もりを感じながら、セルディクは歯を食いしばってそれを耐える。

 やがて爆風が収まり、静寂が訪れた。

「……ぅ」

 腕のなかで、リネルが微かな吐息を漏らした。
 ほとんど耳元で囁かれるその吐息は、どんな攻撃魔法よりもセルディクを無力化させる威力を持っている。
 慌てて離れようとしたのだが――。

「……やっぱり」

 リネルの腕が、縋るようにセルディクのシャツを掴んだ。
 セルディクの胸に顔を埋め、深く、深く息が吸われる。

「この匂い。……すごく、安心する」

「え、えぇぇ……っ!?」

 宇宙が静止した。
 女の子に抱きしめられる。肯定された。しかも匂いを。
 陰キャの脳内キャパシティを遥かに超えた情報量に、セルディクが知恵熱で気絶しそうになった、その時だ。

 ゴォォォォォォ……ッ

 背負い箱から、大地を揺るがすような低周波が響いた。

「あつっ!?」

 まるで火そのものを背負っているかのように、背負い箱が熱を発していたのだ。
 慌ててリネルを振り切り、箱を降ろす。

 地面に降ろした背負い箱の中を覗き込めば、そこには赤熱した卵があった。火のついた炭のように激しく発光し、ドクン、ドクンと鼓動を打つように明滅している。

『…………ウェ……ウェーイ……』

 弱々しい、しかし確かな意志が脳内に響いた。

「卵さん……!?」

 まさか。壊してしまったのか!?
 さすがに卵相手に乱暴しすぎたのかもしれない……。

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