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第5話 誕生
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卵の殻が、限界を迎えた薄氷のようにパキパキと音を立てて剥落していく。
「そんな……卵さん! 僕が、僕が乱暴に扱ったから……っ!」
セルディクの悲鳴に近い声が、広場に響た。こんなことをするつもりはなかったのに!
中心から溢れ出したのは、夕焼けをそのまま結晶化させたかのような、眩いばかりの深紅の魔力光だった。これは、龍の卵の放つ、命の最後の光なのか……。
しかし。
殻の隙間から声が響いた。それは、脳内に直接届いていた、あの勝気な少女の声だった。
「……やかましい。ワシはもう、卵ではないぞ」
爆ぜるような赤い光と共に、箱に一匹の生物が誕生していた。
大きさは中型犬ほど。しかし、その全身を覆うのは艶やかな真紅の鱗だ。背中にはまだ湿った翼があり、深紅の瞳が、宝石のような輝きを放ちながらセルディクを射抜いてくる。
「……!」
セルディクは息を呑む。生まれた。龍が孵った!
赤龍はゆっくりと首を伸ばすと、クンクンと鼻先をセルディクの頬に寄せた。
熱い。
それに焦げたような、それでいてどこか甘い、生まれたての命の香りが鼻腔をくすぐる。
「この姿では初めましてじゃの、パパ」
「……パパ?」
セルディクは呆然と、周囲を見渡した。いるのは倒されたゴブリンの山と、呆然と立ち尽くすリネルだけだ。
「ワシの誕生の瞬間に、もっとも近くで魔力を注いで、見届けた者……すなわちお主がワシのパパじゃ」
「僕が……龍の父親……?」
理解が追いつかないセルディクの前で、赤い龍はさらに光に包まれる。
シュルシュルと魔力が収束し、そこには五歳児ほどの愛らしい人間の少女が立っていた。
真っ赤な髪をツインテールにしてぶかぶかの赤いローブを纏ったその姿は、破壊的に可愛らしい。
少女は満足げに頷くと、箱の縁に手を置いて、次にリネルを見上げた。
「丁度いいことにママもおる。これでワシの育児環境も安泰じゃの」
「マ、ママって……私っ!?」
セルディクとリネル。二人の視線が、互いを牽制し合うように空中で絡み合う。
お互い、なにが起こったのか把握し切れていないのだ。
だがすぐに、セルディクは手をポンと叩いた。
「分かった。これ、インプリンティングです。鳥が初めて見たものを親と思うという、アレ……」
「ちょっと待ってよ! それで私がママで、あんたがパパなんて……そんなのって!」
「なにを言っておるのじゃ。お似合いじゃぞ? 既にパパの魔力とママの魔力がワシの中で混ざり合っておるしな。つまり私はパパとママの愛の結晶というわけじゃ」
「そんなの認めないわよ!」
リネルが顔に火を吹くように赤くなった一方で、セルディクの顔面からは急速に血の気が引いていった。
パパという重すぎる称号、ママは隣りにいる美女。しかもママはセルディクのことを『いい匂い』といってきた女で、自分は彼女の無防備なうなじに触れてしまった。
こ、これは。責任を取らなければならないのか?
「あ、ああ……あ…………」
セルディクの視界がぐにゃりと歪む。
「え? ちょっと、セルディク? 顔色が最悪よ!?」
「う……うぇぇぇ……っ」
地面に膝をつき、必死に胃液を飲み下す。女性とここまで密接に関わり、さらに家族認定までされてしまうとは。ド陰キャ心臓には神話級の攻撃魔法よりも負荷が大きすぎる。
「じょ、女性と……けっこん……!!」
「落ち着け、落ち着け」
リネルが呆れたように、しかしどこか慈しむような手付きでセルディクの背中をさすった。
その手のひらの柔らかさと温かさが、セルディクの理性にとどめを刺す。
「駄目……それ、駄目……うげぇぇぇぇぇぇぇ」
「まあ、ゆっくり女に慣れていけばよい。案外龍の里に着く頃には、私も姉になっているかもしれんしのぅ。リネルママ、お主の手腕に期待しておるぞ」
赤い幼女のいうことは、つまりそういうことである。
「……うぇ?」
「私は仕事があるから、まだそういうのはパス! ……でも」
リネルはため息をつくと、乱れた髪をかき上げた。そうして地面に手をついて肩で息をするセルディクを見つめる。その瞳には、呆れたような、なおかつ親しみのようなものが込められていた。
「……まあ、セルディク次第といっておくわ」
リネルは、黒いコートの合わせをぎゅっと握りしめると、セルディクの傍らにかがみ込んだ。
吐き気が和らいできたセルディクの頬に、羽毛が触れるような感覚がある。
唇が、触れたのだ。
「っ!!!!!!」
セルディクの脳内で、全属性の魔法が同時暴走したような衝撃が走る。
顔面からしゅううううと音が聞こえてきそうな勢いで顔が真っ赤になり、セルディクは白目を剥いて地面に倒れ伏した。
「え、ちょっと? セルディク? セルディクーっ!」
「はっはっはっ! ママもなかなかの手の早さよの。いや口か。この分だと、龍の里に着く頃にはパパも立派なウェーイになっておるかもしれんな!」
幼女の姿をした龍は未来を予見したように楽しげに笑い、倒れ伏したパパと慌てて肩を揺らすママを満足げに見つめていたのだった。
「そんな……卵さん! 僕が、僕が乱暴に扱ったから……っ!」
セルディクの悲鳴に近い声が、広場に響た。こんなことをするつもりはなかったのに!
中心から溢れ出したのは、夕焼けをそのまま結晶化させたかのような、眩いばかりの深紅の魔力光だった。これは、龍の卵の放つ、命の最後の光なのか……。
しかし。
殻の隙間から声が響いた。それは、脳内に直接届いていた、あの勝気な少女の声だった。
「……やかましい。ワシはもう、卵ではないぞ」
爆ぜるような赤い光と共に、箱に一匹の生物が誕生していた。
大きさは中型犬ほど。しかし、その全身を覆うのは艶やかな真紅の鱗だ。背中にはまだ湿った翼があり、深紅の瞳が、宝石のような輝きを放ちながらセルディクを射抜いてくる。
「……!」
セルディクは息を呑む。生まれた。龍が孵った!
赤龍はゆっくりと首を伸ばすと、クンクンと鼻先をセルディクの頬に寄せた。
熱い。
それに焦げたような、それでいてどこか甘い、生まれたての命の香りが鼻腔をくすぐる。
「この姿では初めましてじゃの、パパ」
「……パパ?」
セルディクは呆然と、周囲を見渡した。いるのは倒されたゴブリンの山と、呆然と立ち尽くすリネルだけだ。
「ワシの誕生の瞬間に、もっとも近くで魔力を注いで、見届けた者……すなわちお主がワシのパパじゃ」
「僕が……龍の父親……?」
理解が追いつかないセルディクの前で、赤い龍はさらに光に包まれる。
シュルシュルと魔力が収束し、そこには五歳児ほどの愛らしい人間の少女が立っていた。
真っ赤な髪をツインテールにしてぶかぶかの赤いローブを纏ったその姿は、破壊的に可愛らしい。
少女は満足げに頷くと、箱の縁に手を置いて、次にリネルを見上げた。
「丁度いいことにママもおる。これでワシの育児環境も安泰じゃの」
「マ、ママって……私っ!?」
セルディクとリネル。二人の視線が、互いを牽制し合うように空中で絡み合う。
お互い、なにが起こったのか把握し切れていないのだ。
だがすぐに、セルディクは手をポンと叩いた。
「分かった。これ、インプリンティングです。鳥が初めて見たものを親と思うという、アレ……」
「ちょっと待ってよ! それで私がママで、あんたがパパなんて……そんなのって!」
「なにを言っておるのじゃ。お似合いじゃぞ? 既にパパの魔力とママの魔力がワシの中で混ざり合っておるしな。つまり私はパパとママの愛の結晶というわけじゃ」
「そんなの認めないわよ!」
リネルが顔に火を吹くように赤くなった一方で、セルディクの顔面からは急速に血の気が引いていった。
パパという重すぎる称号、ママは隣りにいる美女。しかもママはセルディクのことを『いい匂い』といってきた女で、自分は彼女の無防備なうなじに触れてしまった。
こ、これは。責任を取らなければならないのか?
「あ、ああ……あ…………」
セルディクの視界がぐにゃりと歪む。
「え? ちょっと、セルディク? 顔色が最悪よ!?」
「う……うぇぇぇ……っ」
地面に膝をつき、必死に胃液を飲み下す。女性とここまで密接に関わり、さらに家族認定までされてしまうとは。ド陰キャ心臓には神話級の攻撃魔法よりも負荷が大きすぎる。
「じょ、女性と……けっこん……!!」
「落ち着け、落ち着け」
リネルが呆れたように、しかしどこか慈しむような手付きでセルディクの背中をさすった。
その手のひらの柔らかさと温かさが、セルディクの理性にとどめを刺す。
「駄目……それ、駄目……うげぇぇぇぇぇぇぇ」
「まあ、ゆっくり女に慣れていけばよい。案外龍の里に着く頃には、私も姉になっているかもしれんしのぅ。リネルママ、お主の手腕に期待しておるぞ」
赤い幼女のいうことは、つまりそういうことである。
「……うぇ?」
「私は仕事があるから、まだそういうのはパス! ……でも」
リネルはため息をつくと、乱れた髪をかき上げた。そうして地面に手をついて肩で息をするセルディクを見つめる。その瞳には、呆れたような、なおかつ親しみのようなものが込められていた。
「……まあ、セルディク次第といっておくわ」
リネルは、黒いコートの合わせをぎゅっと握りしめると、セルディクの傍らにかがみ込んだ。
吐き気が和らいできたセルディクの頬に、羽毛が触れるような感覚がある。
唇が、触れたのだ。
「っ!!!!!!」
セルディクの脳内で、全属性の魔法が同時暴走したような衝撃が走る。
顔面からしゅううううと音が聞こえてきそうな勢いで顔が真っ赤になり、セルディクは白目を剥いて地面に倒れ伏した。
「え、ちょっと? セルディク? セルディクーっ!」
「はっはっはっ! ママもなかなかの手の早さよの。いや口か。この分だと、龍の里に着く頃にはパパも立派なウェーイになっておるかもしれんな!」
幼女の姿をした龍は未来を予見したように楽しげに笑い、倒れ伏したパパと慌てて肩を揺らすママを満足げに見つめていたのだった。
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